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断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
薬師ギルドでの騒動編
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 20 トリトラ視点

 トリトラ視点

 暴力表現注意。(おどしているだけですが、一応)



 薬師ギルドを出ると、適当な物陰で灰色のマントに着替え、トリトラはウィルと合流した。

 目当ての酒場は庶民向けだが、歌い手と楽師(がくし)が優雅な雰囲気を演出していた。


「へえ、君、こういうのが趣味か」

「ここの野菜と鳥の煮込みが好きなだけだよ! それから、あそこで食事してる楽師のおじさんがいるだろ。彼の演奏が好きなんだ。たまにピアノを()くんだよ」

「ふーん、興味ない」

「ひどいなあ、まったく黒狼族というのは……」


 悲しげに呟き、ウィルは注文した酒をすすった。


(めそめそするなよ、鬱陶しい)


 トリトラは面倒くさくなったが、きつめの酒を喉に流し込んだ。ウィルの言う通り、野菜と鳥の煮込みはかなりおいしく、口の中でほろりととろける。


(今度、シューターを連れてきてあげようかな)


 食事好きな修太を自然と思い浮かべ、同時に今の状況にイラッとした。


「……殺したほうが早くない?」

「ぶっ」


 ウィルが酒を噴き出し、思い切りむせた。すぐに給仕が飛んできて雑巾(ぞうきん)で片づけをする。


「すみません、すみません」

「ウィルさんったら。構いませんけど、気を付けてくださいよ~」


 常連のよしみで許してくれたようで、給仕の女は呆れまじりに笑って、雑巾を片付けにバックヤードに向かう。


「ちょっと、そういう物騒なのはやめてくれよ」

「証拠を残さなきゃいいんでしょ。大丈夫、すぐそこに森がある」

「何が大丈夫なのか分からないから! あのね、君らはそれでいいかもしれないけど、ツカーラ君みたいな優しい子は気にするよ」

「だろうと思って我慢してるけど、僕にも限界ってものがある。正直、こちらに危害を加える相手に、危害を返して何が悪いんだかさっぱり分からない」


 このお人好しの男は、きっと説教するか否定すると思ったが、意外にも違うことを言った。


「それを通すつもりなら、人間の社会では生きていけないよ。ここで暮らしていかないのなら、それも手だ」

「……ちぇっ、しかたないな」


 トリトラやグレイはどこでも生きていけるが、修太は人間社会が必要だろう。鳥かごで育った鳥は、外では長く生きられないのだ。互いによく分かっている。例えば野生の鳥と飼われた鳥が、ちょうど中間でほどよく生きているような状態だと。

 トリトラ達はどうあがいたって人間にはなれないし、修太は黒狼族にはなれない。


「なんで君達人間は、同族を(わな)にはめるんだ? 僕には理解できないな」

「そうだね。君達のように強くはないから、かな。僕がこうしていられるのは、環境と運が良かっただけだ」

「周りに左右されるなんて、かわいそうな生き物だね」

「僕には君達のほうがかわいそうに見える時があるよ。一人は怖いだろう」

「分からないよ。でも、黒狼の男は、それを(さと)った奴からおかしくなって死んでいく。知りたくないね」

「そのほうが幸運なんだろう。でも、君にはお師匠さんとツカーラ君がいるから、きっと大丈夫だよ」


 (しん)のない男かと思えば、ずばずばと切り返す図太さはあるらしい。ウィルという男は、少しだけ他の人間とは違っているようだ。


(この男は信用できるかな? シューターは相変わらず、良い人間と知り合うなあ)


 なぜか知らないが、修太には善人をかぎ分ける素質がある。だからといって、悪人に狙われないわけではないのが難儀なところだ。


「あ、来たよ。あの連中だ」


 しばらく無言で飲み食いしていると、ふいにウィルが扉のほうを指先で示した。


「覚えてるよ。ムカつく奴らだ」


 事故の時に駆けつけた薬師達は、陽気に笑い合って、酒と食べ物を注文する。次第にほろ酔いになり始め、チップだと言って給仕に駄賃をやっていた。気を良くした給仕が、その肩に手を置いて微笑みかけた。


「ずいぶん気前が良いわねえ。どんな良いことがあったの?」

「実は前から上司に頼まれていた件が片付いてな。褒美をもらったんだ」

「それは良かったわね」

「ああ。少し面倒だったが、仕事をこなせば評価してくださる。良い人だよ!」

「どんなことか聞いてもいいかしら」

「駄目駄目! お前みたいな奴に話す内容じゃないんだ。くそが!」


 突然けなされ、給仕はむっとして、その場を離れた。男はくだを巻き、仲間達と下品な笑い声を上げている。夜も更けてきた頃、ようやく彼らは酒場を出た。トリトラはその後を追い、褒美をもらったと話していた口の軽そうな男に当たりをつけ、一人になったところに声をかけた。フードを外し、顔をさらして。


「やあ、お兄さん。昼ぶりだね」

「……ん? 誰だぁ、へへ、べっぴんじゃないか」


 ただでさえイライラしていたところに、コンプレックスを刺激され、トリトラは瞬時に切れた。男の胸倉をつかんで、左手一本で宙づりにする。


「だ、れ、が、女顔だって?」

「ぐえっ、な、何すんだ!」

「忘れたのかな。僕らの乗っていた馬車に、馬車をぶつけただろ? ねえ、あれでシューターが死んでたら、君達、どう落とし前をつける気だったのかな。頭の悪い僕に教えてくれないかなぁ」


 月明かりでもはっきり分かるくらい、男の顔が青ざめた。


「ひぃっ。お、俺は悪くない! 頼まれただけで!」

「はいはい、その台詞(せりふ)って、下っ端のお約束だよねえ。悪くないなら言えるよね? 誰に頼まれたのかな。それから、シューターはどこ?」

「そ、それは……知らない!」


 男はじたばたともがくが、酔っているせいで動きがにぶい。トリトラの鼻は、男の体温が若干上がって、体臭がきつくなったのをかぎつけた。嘘のにおいだ。


「上司のことも知らないの? 馬鹿なのかな」

「……っ。薬師ギルドのマスターだ」

「それじゃあ、シューターの居場所は?」

「知らない!」


 そう言うが、見るからに動揺した。目が泳いでいる。


「嘘だよね。どこ?」

「……」


 トリトラは面倒になって、男を放り出す。ドサッと尻もちをついた男は、そのままにじり下がろうとした。その服の(すそ)を踏みつけて、逃がさない。

 すらりとサーベルを抜くと、離れた所で様子見していたウィルが声を上げた。


「ちょっ、それは駄目だって」

「大丈夫だよ。黙って見てなよ」


 トリトラのにらみに、不安そうにしながらもウィルは後ろに戻る。しかし男のほうは大丈夫ではない。油汗(あぶらあせ)を流して、逃げようともがいている。


「ねえ、人間社会では殺しはご法度(はっと)なんだってねえ。殺さなきゃいいなら、足の一本くらいはもらってもいいよね?」


 刃先でひたひたと足を叩くと、男は懇願(こんがん)し始める。


「やめてくれ! 頼む! 死にたくない!」

「そうだよね。きっとあの子も、そう言っていたと思うんだ」

「あの少年は生きてる! マスターは暗闇に放置するが、絶対に傷つけない! 証拠を作るのが嫌だからだ」

「でも僕、信じられないなあ。後ろ暗い連中ってさあ、すぐ拷問に走るんだよね。痛みで言うことを聞かせるんだ。クズだよねえ。ははっ、僕もそうだから、君くらいは地獄に落とせるんだよ?」


 サーベルの刃を振り下ろし、足すれすれにズダンと刺した。


「ひいいっ」

「あはは、(ねら)いが外れたかな?」


 にっこりと笑うと、男はぶるぶると震えだす。トリトラが冷酷さを見せると、人間はものすごく怖いらしい。普段は女顔だの綺麗だのと褒めたたえるくせに、途端に死神扱いする。

 ここまで脅せば、こういう口の軽い奴はあっさり白状する。


「本当に、生きてるから! でも、俺達は頼まれた人物を連れてくるだけで、そこから先は知らないんだ。薬師ギルドの中のどこかなのは間違いない。マスターの秘書が、そいつらの世話をしてるって話で」

「つまり信用できない奴には、核心は教えないってこと?」

「そうだよ! 俺達は下っ端なんだ!」


 情けないことに、男は涙と鼻水を流して、(あわれ)みをこう。

 醜くて汚い生き物だなあと、こういう連中を見るといつも思う。だが、ぺらぺらとしゃべってくれるところは好きだ。


「君らって馬鹿だよね。いつか自分も同じ目にあうかもとは考えないの? 被害者が(うら)みをこめて、君達を殺しにくる……とか」

「そ、それは……」

「たとえば僕みたいなのを雇うとか」

「……っ」


 男はぎょっと息を飲み、ガクガクと震えが強くなった。

 まさか初めてその可能性に気付いたのだろうか。馬鹿すぎて呆れた。


「君のボスは大馬鹿だよ。師匠の養子になんか手を出して……。師匠が帰ってきたら、血の雨が降るね。それが君のものじゃないといいけど」


 くすくすと笑ってみせると、男は恐怖が限界に達したようで、突然、泡を吹いて倒れた。さしものトリトラも、ちょっとびっくりした。


「えー? これだけで気絶するの? やだなあ」


 やれやれと溜息をつき、サーベルを(さや)に納める。びくびくしながら、ウィルが近づいてきた。


「いや、トリトラ君、めちゃくちゃ怖かったよ? サディスティックっていうか」

「それ、よく言われる」

「……だろうね。それにしても、マスターの秘書が手伝いか」

「とりあえず収穫はあったね。シューターは生きてるし、いるのはギルドの中だって」

「手当たり次第、探してみるしかないようだね」


 すでに見当のついた場所を探したせいか、ウィルは浮かない顔をしている。トリトラは腹をくくった。


「こうなると、師匠にお願いしたほうが良さそうだ。師匠を迎えに行こうかな」

「僕らじゃ無理だってこと?」

「無理だったでしょ」

「だけどね、薬師ギルドのことだから、できれば僕らで解決したい」


 ウィルの言うことも分かるが、トリトラにはグレイに頼みたい理由があった。


「下手に刺激して、場所を変えられるほうが厄介だ。師匠は昔から引きが良いんだよ。レアドロップは当てるし、獲物はすぐ見つける。ダンジョンに行けば、隠し部屋を発見したりね」

「隠し部屋か……。僕も薬師ギルド勤務は長いほうだけど、マスターしか知らない部屋なのかな。前のマスターとも親しくはなかったしなあ……」

「前のマスター?」

「そ。ブランドンの大叔父(おおおじ)だった。ご年配の方ですごく厳しくて、弟子や部下はいつも顔色をうかがっていたよ。ブランドンは親戚だから可愛がられていたみたいだし、引き継いでいてもおかしくはないな」


 どちらにせよ、ブランドンと秘書しか、その部屋がどこにあるのか知らないのだ。


「とにかく、今まで怪我をさせられなかったからって、明日もそうとは限らないだろ。時間が勝負だから、すぐにでも行くよ。君の助けはありがたく思うけど、(はち)の巣をつつく真似はやめてよね」

「うーん。蜂の巣をつついたのは、むしろトリトラ君じゃないか? 配下をこらしめちゃってさ」

「酒に酔ったから見た夢なのか、現実なのか、区別がつくと思う? この馬鹿に」

「……よし、分かった。夢だとすりこんでおくよ。君は行ってくれ」


 ウィルに行くように促され、トリトラは冒険者ギルドのほうへ行こうとして、途中で振り返った。ウィルが男を起こしている。


「君、こんな所で寝て、どうしたの?」

「ひぇあっ、やめて、殺さないでくれ!」

「うわっ、びっくりした。お酒に酔って、変な夢を見たみたいだね」


 通りがかった親切な人っぽく話しかけているのが聞こえ、トリトラは再び走り出す。

 ウィルはお人好しだが、ただ者ではなさそうだ。敵に回すと面倒くさいタイプに違いない。薬師ギルドのマスターに嫌われている理由が少しだけ分かった気がする。





 拍手から、続き楽しみにしてますって送ってくださって、ありがとうございます。感想もうれしいです。ちょろいんでやる気が出ますよ

 とりあえず、手が止まらなくてここまで書いてしまいましたが、これでストック切れですね。

 グレイといいトリトラといい、本気で脅す時は激やばです。トリトラ、顔は笑ってるけど、漫画なら瞳孔が開いてて目が笑ってないやつですね…。


 この次がグレイなんで、楽しみですー!

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