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翌朝、出かけようと玄関扉を開けたら、ケテケテ鳥がいた。
「え?」
修太は足を引っ込めて、黒い羽毛に包まれた鳥を見下ろす。寝ているのかと思ったが、まったく動かない。トリトラが横をすり抜けて、ケテケテ鳥の前にしゃがみこむ。
「死んでるね。さっきはなかったんだけど、いつの間に」
トリトラがクンとにおいをかぎ、ケテケテ鳥を持ち上げる。
「ケテケテ鳥をくれるなんて……ごちそうだよ。今日はこれの丸焼きにする?」
「いや、待て、トリトラ。そういう問題じゃない」
リックが口を挟む。
「死骸だけなら、特に問題はない。不気味に感じさせるのが狙いだろうが、それよりも面倒なことがある。周りの家で、鳥がいなくなった所を探したほうがいいな」
「盗みの罪を着せるつもりってこと?」
トリトラが言い返す。気に入らないと言いたげに、眉間にしわが寄った。
「賊狩りの兄さんは、『この都市にいられないようにしてやろうか』って言われたんだろ。そういうのはやりようがある。命の危機を感じさせる以外に、いづらくすりゃあいいんだ」
「なるほどね。面倒くせえな」
性格が悪い案件だ。修太は朝っぱらから気落ちしたが、こういうことは様子見をしていると事態が悪化するものだ。リックの助言はありがたい。
「とりあえず、今日は学園まで送るよ。その間に、俺とトリトラで近所を回っておくから」
「ありがとう。そうだな、この辺は庭でケテケテ鳥を飼ってるところが多いしな……」
庭付きの家で、ケテケテ鳥を飼わない家のほうが珍しい。
「被害者がいたら、後であいさつに行くからまた教えてくれ」
「ああ、分かったよ。それと、集会所にも顔を出しておくといいかもな」
「そうだな。根回ししておくか」
共同体から締め出すというのは、一般人にはなかなかこたえる方法だ。修太は特に困らないが、変な噂を立てられて、犯罪者扱いされるのは困る。グレイは悪党と勘違いされて怖がられがちだから、そういうのは信じられやすい。
トリトラはケテケテ鳥を玄関の中に置くと、チッと舌打ちした。
「こそくというかなんというか。いっそ、襲撃に来てくれたら分かりやすいのに。全員、半殺しにして衛兵に突き出してやるよ」
「そのほうがはっきりしてて楽だよなあ。ははは、やべえ、お前らの考え方に毒されてきてる」
修太は思わず笑ってしまい、庭から出てきたコウに声をかける。
「コウ、玄関のケテケテ鳥にはさわるなよ」
「オンッ」
「それと、お前も気を付けないと駄目だぞ。こういう奴は、ペットを狙いに来るからな」
「オオンッ」
コウは歯をむきだして、好戦的に吠える。
「戦うから大丈夫って? いいから、逃げて隠れておけよ」
「グゥーン」
不満そうだが、コウはしぶしぶ返事をした。
「犬と会話してるよ……」
唖然とつぶやくリックだが、修太やトリトラはコウがモンスターだと知っているので、特に気にしない。
「さ、学校に行くぞ」
「ワフッ」
コウが先導して歩き出す。
その日は、ケテケテ鳥の死骸以外は、平和な学園生活だった。
放課後、アジャンやフィル、ソロンと正門まで来た修太は、そこにササラとアレンを見つけて後ずさった。
「ササラさん! なんでここに!」
ササラは淡い黄色のシャツと白いロングスカート姿なのに、左手に薙刀を携えている。どう見ても格好がアンバランスだ。ササラは修太の言いように、ぷくっと頬を膨らませる。
「まあ、ひどい言い草ですわ。心配して駆けつけたに決まっているじゃありませんか。今日、お宅を訪ねたら、トリトラさんから聞きましたよ」
思わずトリトラのほうを見ると、彼は肩をすくめ、ちらっとリックのほうを見た。
いつもいない人間が出入りしていたら、ササラが気にするのも当然だ。
「じゃあ、アレンはなんで……」
と、そちらを見た修太は顔を引きつらせた。アレンがぶつぶつ言っていたのだ。
「ササラ、可愛すぎる。何、あのほっぺた! 貴重すぎる、あああ最高」
「うわ、キモッ」
「何か言いました?」
でれでれの顔を瞬時に真顔にして、アレンがにらんできた。
どう見てもやばい人の顔でしたけど、と修太は心の中で言い訳する。
「ササラが今日はそちらで料理をして、君の様子を見たいと言うんで。それなら久しぶりに皆で食事でもと思ったんですがね。また厄介ごとですか。いやあ、よくもまあ、次から次にトラブルに巻き込まれますねえ」
感心のしかたがうざい。
「皆ってことは、ディドさんもいるの?」
「君のとこの家政婦を家まで送っているところです」
「そうなんだ。後でお礼を言わなきゃな」
なんだかんだで、アレンの気遣いだろう。少々嫌味っぽいが、基本的に善人だ。特に弱者に親切なのは、元聖剣の勇者というのにしっくりくる。
「うわー、お前の知り合い、豪華だな。地竜退治のアレンさんじゃないか。あれ、リック先輩だ。こんにちは!」
修太の傍らでぽかんとしていたアジャンが、リックを見つけて手を振った。リックも親しげな様子で、アジャンに話しかける。
「おう、アジャンじゃないか、久しぶり。元気にやってるか?」
「うっす。どうしたんすか、受付にいないなんて珍しい」
「えーと」
リックが答えに迷ってこちらを見る。依頼主の情報を守らないといけないんだろう。
「俺、今、ごたごたしてるだろ? リックに友達のよしみで、護衛の依頼をしてるんだ」
「えっ、そこまでやばいの?」
アジャンは目を丸くした。この驚きようは、リックが藍ランクと知っているからだろう。
「念のためだよ。相手が相手だからな」
「薬師ギルドのマスターだもんなあ。なんかあったら、親父にも声をかけてくれていいよ。ランクは青だけど中堅でさ、手堅く仕事してるから」
アジャンの説明に、リックはうんうんと首肯する。
「アジャンの親父さんは、ほどよく真面目って感じだな。適度に力が抜けてるんで、一緒にいても過ごしやすいタイプ」
「へえ。冒険者を長く続けられるわけだ」
「俺はまだまだ力が入りすぎって、よく笑われてるよ」
「そう言われても、冒険者じゃない俺にはよく分かんねえよ。っていうか、二人って知り合いだったんだな?」
「先輩には冒険者ギルドの道場で教わってるし、学園の卒業生でもあるからな。道場仲間だよ。な!」
フィルやソロンも頷いた。そういえばこの三人は道場からの友達だったか。
「先輩って友達いたんすね」
「いつも一人だと思ってました」
ソロンの言葉に、フィルが付け足す。リックが苦い顔で言い返す。
「一人が気楽なんだから、いいだろ! ぼっちって言うな!」
「「言ってません」」
二人は声をそろえたが、にやにやしているので、遠回しに言ったつもりのようである。
「なあ、また旅仲間か?」
アジャンが肩をつつくので、修太はササラを示す。
「うん。あっちのササラさんと一緒に旅してたんだ。アレンやディドさんとも旅の途中で知り合ったんだよな。そしたら最近、ササラさんとアレンが結婚したんで、たまに会うんだよ」
「シューターさんのお友達ですか。わたくしはササラ・モイスといいます。どうぞよろしくお願いしますね」
深々とお辞儀をし、顔を上げたササラは赤い目を光らせた。
「ところで、シューターさんは学園ではどうお過ごしでしょうか。危険な目にはあわれておりません? よかったら情報の横流し……教えてくれるとうれしいですわ」
「ササラさん、まったく誤魔化せてない! ちょっと気にしないでくれな、みんな」
修太はササラを後ろに追いやって、手を振って誤魔化そうとしたが、アジャン達は面白がって返す。
「そうだなあ。歴史がどん底に駄目だけど、一部は天才ってことで、変な奴だと思われてるぞ」
「あと、根暗?」
「変だけど良い奴」
からかい半分に言う彼らに、修太はこめかみに青筋を立てる。
「お前ら、好き勝手言いやがって。変って言うな!」
すると思いのほか、真面目な返事があった。
「いや、不思議な奴ってことは間違いないぞ。外国人って皆こうなのかな?」
「やめとけって、外国人に失礼だろ」
「そうだそうだ」
「ああもう、うるせー!」
修太が怒ると、三人は笑いながら駆けだした。
「あ、ツカーラが怒った!」
「逃げろ逃げろ」
「あははは。またな!」
悪ガキ三人はあっという間にいなくなった。
「仲良しのお友達ができたみたいですね、ササラはうれしゅうございますわ」
微笑ましそうにしているササラの他は、皆、笑っている。
なんだろう、このしょっぱい気持ち。保護者の目に、修太は恥ずかしくなった。
「よし、帰るぞ! すぐに帰る!」
ダッと走り出したが、ササラに止められた。
「いけませんよ、あんまり本気で走っては。心臓に負担がかかります。一緒にゆっくり歩いて帰りましょう」
にっこりと聖母みたいな微笑みを前に否定もできず、修太はしぶしぶ受け入れた。
「分かったよ。はあああ」
深い溜息をつき姉が弟にするみたいに、うれしそうに左横にくっつくササラに対し、アレンが右手をひらひらさせている。
「ササラ、僕の右手があいてますよ」
「そうですか」
遠回しに手をつなごうと言うアレンを、ササラはばっさり切り捨てる。
(ああ、にらまれてる、にらまれてる!)
アレンの視線が痛い。
この二人、夫婦らしい甘さというのはあるのだろうか。
修太がいるとササラが修太を構うので、実は二人がいちゃついているところを見たことがない。
「護衛、必要ないみたいだから、僕は先に帰ってるね。受付君、後は頼むよ」
「えっ、ここで俺だけ置いてくの? うわ、もう行った。これだから黒狼族は!」
飽きたのか、トリトラがいつもの気まぐれさでとっとと姿をくらまし、リックが悪態をついている。
「リック、朝のケテケテ鳥の件、何か分かった?」
「え? ああ、孤児院から消えたみたいだよ。困ってるみたいだから、一羽、融通したほうがいいんじゃないかな」
「分かった。じゃあ、市場に寄って、それから集会所だな」
生きているケテケテ鳥を仕入れて籠に入れ、集会所では修太の家が嫌がらせを受けているため、見知らぬ不審者に気を付けておいてほしいと連絡した。
グレイはたまに集会所に顔を出すので、ご老人達は納得という顔をして、皆に教えておくと言ってくれた。グレイが外見で誤解されやすいからだと思ったのかもしれない。
用を終えて帰宅した修太は、今度はネズミの死骸が置いてあるのを見つけた。




