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朝はなんとかかわしたが、セヴァンに相談に行く前に、昼休みに廊下でつかまった。
「その黒いフードに、黄色い腕章! お前がシューター・ツカーラだな!」
怒りに満ちた低い声で言い、ビシッと人差し指を突きつけたのは、ぽっちゃりしたセーセレティー人だ。銀色の髪と青い目を持っている。後ろには、陰険そうな少年が三人立っていた。
「あ、人違いです」
修太は真面目に嘘をついて横をすり抜けた。
あっけにとられた彼らだが、すぐに修太の前に回り込む。ぽっちゃり男が怒った。
「嘘をつくな! 一年の黄色は一人だけだ!」
「ちっ」
修太は舌打ちをした。すごく面倒くさい。
「誰か知りませんけど、食事の時間が減るんで、要件は手短にお願いします」
「それが先輩に対する態度か!」
「はあ。俺は敬語を使ってますし、初対面なのに、最初から怒鳴りつけてくる人よりマシかと」
「なんだと~~!」
激昂する少年。周りで遠巻きにしていた生徒がくすくすと笑った。自分が道化じみたことをしていると気付いたのか、怒りと羞恥の入り混じった赤い顔をしたまま、少年はせき払いをする。
「僕はクライブ・ガーランドだ。薬師ギルドのマスターの息子といえば分かるか?」
「その息子さんがなんの用事ですか」
「失礼な奴だな。こちらが名乗ったんだから、名乗り返すのが礼儀だろう」
昼休みに押しかけてきて怒鳴ってくるのは失礼ではないのか。
修太はそう言いたいのをぐっと我慢した。怒りに火をつけたら、会話の無限ループになりそうだ。
「シューター・ツカーラです」
溜息をつきたいのをこらえ、クライブの出方をうかがう。
「お前、父上の専属採取師なんて名誉な仕事を断るなんて、何様だ!」
「はあ……」
それで怒ってるのか、この馬鹿息子。修太はげんなりした。
「どうして俺が断ったか、お父さんに聞いてないんですか?」
「父上は失礼だと怒っていた」
親が親なら、子も子か。だんだん頭痛がしてきた。
「俺は体が弱いんで、そんなにほいほい薬草採りになんていけませんし、それに……」
「なんだ?」
「マスターの専属採取師の仕事、かなり評判悪いんですよ。払いが悪くて、つぶされる採取師がごろごろいるそうです」
「そんな根も葉もない噂、誰が流した! もし本当なら、父上が訴えられているはずだ」
クライブはもっともらしく返す。
修太はというと、空腹でイライラしている。無駄な会話はやめたいところだ。
「ああもう、面倒くさい。頭が固いな! 権力者に逆らえない奴が多いってだけだろ! ちったぁ考えろ」
「なんだと! お前、お望み通り、この都市で暮らせないようにしてやろうか!」
短気な奴である。修太に掴みかかろうとしたが、それは後ろの取り巻きに止められた。
「クライブさん、そいつ、黄色ですよ。下手な真似すると退学です」
「ぐっ」
クライブは渋々後ろに戻る。
そこに、意外にもクラスメイトが口を挟んだ。
「おいこら、そこの奴。都市で暮らせないようにってなんの話だぁ? 親父の膝元で好き勝手言ってんじゃねぞ」
ドスをきかせた声で歩み寄ってきたのはクラスメイトのライゼル・ケイオンだ。サランジュリエの市長の一人息子である。
ライゼルの後ろでは、リューク・ハートレイも眉をひそめている。彼もまた、この都市を含めた一帯を治めている子爵家の息子だ。
「そうだ、クライブ・ガーランド。彼はこの地への定住者だ。私は領主家の人間として、不当な扱いから領民を守る義務があるのでね。そのような恐喝は受け入れられない」
リュークが一歩前に出ると、クライブが下がった。
「これは領主家のご子息ではないですか。いえ、ちょっと先輩として注意していただけです。失礼します」
旗色が悪くなったせいか、クライブは取り巻きとともにあっという間に去っていった。
「なんだよ、あの小物感」
修太が思わずつぶやくと、リュークが噴き出した。
「ちょっ、本当のことだけど、そんなこと言っちゃ駄目だよ。あはは」
「笑ってるリュークも失礼よ」
セレスが苦笑交じりに注意する。彼女は彼らの幼馴染で、第一聖堂の祭祀長の娘だ。
「大丈夫? 親の身分をたてにして、あんな風に威圧する人もいるから、気を付けなくちゃ駄目よ」
「ご忠告どうも。助けてくれたのはありがたいけど、俺の問題なんで」
修太がそう返すと、廊下の端からアジャンが駆け寄ってきた。
「またそうやって言いすぎるのも良くないぞ! すみません、よく言い聞かせておくんで」
アジャンが修太の腕を叩いてたしなめる。リュークが手を上げ、鷹揚に返す。
「いや、構わないよ。ツカーラ、悪いけど君のことは軽く調べたんだ。養父と君、どっちもうちの領地には利益になるからね。あんな連中のせいで引っ越しされると困るんだよ。あんまり気にしないで」
にっこりとそんなことを言うリュークに、修太はうろんな目を向ける。
「それ、気にしないのって無理じゃないか」
リュークは子爵家の人間だ。調べようと思えばできるのだということが頭から抜け落ちていた。
「校長先生が君をやけに信頼してるから、気になってね。ところで、さっきの専属採取師の件を教えてくれないか。食事でもとりながら」
「あ、俺は弁当なんで」
修太は断ったが、リュークは頷いた。
「うん。私達も今日は弁当なんだよ。アジャンも一緒にどうかな。おすそ分けするよ」
「喜んで!」
あ、アジャン、この野郎。あっさり買収されやがって。
修太はアジャンの変わり身の早さに引いたが、あの件について話すのは構わない。
「しかたないなあ。別に良いけど、あくまで薬師ギルドでの噂だから」
「構わないよ。君の師匠はウィル・クリーバリーだろ? ギルド幹部の噂話なんて興味があるよ」
「もしかしてウィルさんって有名……?」
「お人好しだけど、薬師の腕はかなり良いってことでね。実家がたまに薬師ギルドに仕事を頼むから、それなりに知ってるよ」
あっさりとそんなことを言うリュークに、修太は苦笑するしかない。
「お人好しぶりも有名なんて、さすがだな」
ぶれないなあ、ウィルさん。




