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修太が冒険者ギルドに顔を出すと、グレイとともにトリトラも待っていた。
今日の夕食は外で食べようということで、大通りにある酒場に向かう。入口の屋根の上には木製の看板がのっていて、レインボーガーデンという文字の隣に、虹色の羽をもつ鳥が、派手に描かれている。
冒険者向けで深夜まであいていて、肉料理がおいしい。特に鳥肉が美味い。
修太のクラスメイトである、ソロン・ガルフィングの父親が開いている店だ。
おいしそうな肉料理のにおいとともに、楽しげなざわめきが通りまで聞こえている。
赤く塗られた扉を開けると、広々とした食堂に、円形のテーブルが二十ばかり並んでいる。
「いらっしゃい! おお、賊狩りの旦那じゃないか。いつもごひいきに、どうも。犬連れだから、出入り口の傍でいいかい?」
なじみの店員が、明るく声をかけてきた。二十代後半くらいで、目つきが悪いので黙っていると怖いのだが、客にはにかっと笑って愛想が良い人だ。
「ああ」
「お兄さん、ありがとう」
修太がお礼を言う足元で、コウがお行儀良く座って、パタパタと尻尾を振った。案内された四人掛けの席に座ると、コウはすぐにテーブルの下、修太の傍に伏せる。
「いいってことよ。コウは行儀が良いもんなあ、よく言うことを聞いてえらい!」
「ワフッ」
「新メニューができたから、よろしく」
メニューの宣伝もする店員に、修太達は酒とジュースと手軽に食べられるサラダや炙り肉を頼んだ。運んでくる間に、他のメニューを見る。
「メウ酢漬けガショーを使った、ケテケテ鳥のつくねだって。へえ、こんなふうになったのか。すごいな、おじさん」
「え? どういうこと?」
「この間、トリトラがおごってくれただろ。あの時の友達、ここの店主の息子なんだよ」
「そういえば、メウ酢漬けガショーのことを言ってたね」
そこへ、さっきの店員が飲み物を運んできた。グレイの好きなレッドサンドロザリーというお酒、トリトラが頼んだエールというビールに似た酒、それから修太のヴィオーレジュース。りんごジュースみたいなものだ。
あっという間にテーブルに置くと、店員は気前良く、余計なことを言った。
「へえ、坊主、ソロンと友達なのか? ちょうど奥で手伝ってるから、呼んできてやるよ」
「えっ、ちょっと待って! ああー」
修太が止める前に、店員はすでに移動を始めている。てきぱきしているのも問題だ。結局、厨房にいたソロンを連れてきてしまった。黒灰色の髪をバンダナで押さえ、緑のエプロンを付けている。
「友達っていうから誰かと思ったら、ツカーラじゃないか。あ、トリトラさん、この間はご馳走様でした!」
「どういたしまして」
トリトラが軽く手を挙げる横で、修太は「はは……」と笑う。クラスメイトにグレイのことを内緒にしている修太は、頼むからそれ以上余計なことを言わないでくれと店員に念じたが、彼は思い切り期待外れのことを言った。
「まさか、ソロンが賊狩りの旦那の息子さんと友達だったとはね。教えてくれりゃあいいのに」
「は? 賊狩りの旦那?」
「そちらさんだよ」
「え!?」
ソロンがグレイを見て、驚きとともに後ずさる。エプロンで手を拭いた。
「う、嘘。賊狩り! あの、握手してください!」
「断る」
グレイはいつも通り断ったが、ソロンの熱は更に上昇する。
「冷たい! そこも格好いい!」
ヒーローに憧れる少年の顔をして、ソロンははしゃいでいる。
「トリトラさんが賊狩りの息子さんだったなんて、驚きだな」
「ブフッ」
トリトラが酒を噴き出し、グレイの手の中でグラスがパリンと割れた。修太はテーブルに突っ伏して、ぷるぷると震えながら笑う。トリトラがテーブルを叩いて立ち上がる。
「違うっ。僕は三番目の弟子! 養子はこっち!」
「ええーっ、ツカーラがそうなの?」
びしっと修太を指さすトリトラ。ソロンは目に見えて驚いた。
「え……。実はものすごく強いのか?」
「いや、俺は全然。保護してもらってる形かなあ」
「言えばいいのに」
「目立ちたくないから。……他の奴には内緒で頼むよ」
「えー、自慢して回りたいくらいなのになあ」
「メウ酢漬けのガショーの件、やっぱりアイデア料を」
「分かった! 秘密な! 了解!」
ソロンは素早く言い切った。そして、にかっと笑う。
「あのアイデア、酒のさかなに、なかなか好評なんだ。お礼に、一皿、ご馳走するよ」
そして蒸し返されないうちにと、ソロンは素早く厨房に戻っていった。店員は雑巾とちりとりを持ってきて、グレイが割ったグラスを片付け、手早く酒を拭き取る。
「いやあ、なんかお怒りに触れちまったみたいで、すみません。代わりの酒をお持ちしますねー。うちじゃ分厚いグラスなのに、片手で割るなんてさすがだなー」
店員はグレイに謝りながら様子を伺い、あっという間に片付け終えると、レッドサンドロザリーを運んでくる。
一応、備品を割ったことは気にしていたのか、あれこれと飲み食いした後、グレイは支払いにチップを多めに上乗せして、釣りはいらんと言っていた。
ちなみに、メウ酢漬けガショーを使った、ケテケテ鳥のつくねは、メウ酢漬けガショーがちょうどいいアクセントになっていて、めちゃくちゃおいしかった。酒に合うとトリトラが絶賛していた。
それから夜道を歩いて、屋敷へ向かう。酒場以外はすでに店を閉め、街灯が無い通りは闇の中に沈んでいた。
(トリトラが息子だったら、グレイが十四の時に子どもができたことになるじゃんか。あー、でも、ありえないこともないのか、黒狼族は十三が成人だもんな……)
グレイはトリトラを忌々しそうににらんでおり、トリトラが「理不尽だ」とぼやいているのを眺めながら、修太は年齢について計算する。日本に比べれば、エレイスガイアの人々の結婚は早いのだ。
「シューター、俺を親だと紹介するのは、そんなに恥ずかしいか」
グレイの静かな怒りがこっちに向き、修太は急いで否定する。
「違うよ。恥ずかしいんじゃなくて、友達ができなくなるのが困るんだ」
「どういう意味だ?」
「紫ランクって、それくらい威圧的ってことだよ」
「悪さをしなければ、俺は何もしない」
「ここの人、身分社会だから、権威に弱いみたいなんだよね。遠巻きにされたり、遠慮されたりしそうでさ……」
「そういうことなら、いっそ明らかにしたほうがいい。態度を変えるかどうか、反応を見て決めろ。お前の親の身分で態度を変えるような奴は、付き合うのにふさわしくない。試金石にはちょうどいい」
「父さんの言うことも分かるんだけどさ……」
修太はどう返したものかと、言葉をにごす。個人の付き合いではそれが正解だろうが、社交としてだと、相手の身分を考慮できない人は生きていけないだろう。そのバランスのとりどころが難しい。
「俺ってすでに変わり者扱いだから、どうかなって」
「え? もう変わり者なら、怖いもの無しじゃないか。師匠のランクがなんだっていうのさ」
トリトラが心底不思議そうに問い、修太はイラッとこめかみに青筋を立てる。
「俺は平凡に、普通な学園ライフを送りたいの!」
するとトリトラとグレイは意味深な視線を交わす。トリトラが口を開く。
「それはもうあきらめたほうがいいと思うよ」
「嫌だっ。俺はあきらめないっ」
すぐさま反発する修太に、トリトラはやれやれと首を振った。
「変なとこで強情だよねえ、君ってばさ。師匠、気が済むまで放っておいてあげましょう。どうせ無理でしょうから」
「ああ、そうだな」
「父さんまで、ひどい!」
修太が抗議しても、二人は適当に聞き流すのだった。




