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「あったあった。これです、湧水」


 修太は低木の陰を示した。

 水場には獣や蛇がいることがあるので、グレイが先導し、危険がないか確認してくれた。


「へえ、本当に小さい。よく気付いたね」


 感心するウィルに、修太は胸を張って返す。


「父さん、鼻が良いから」

「……水のにおいがしただけだ」


 以前、森を歩いていて、グレイが見つけた泉だ。修太が魔力混合水を必要とするので、旅をしていた頃も、よく彼ら黒狼族やサーシャリオンが、泉を見つけてくれたものだ。


「やった、探していた薬草があるよ。助かるなあ」


 ウィルが嬉しそうに薬草を摘み取るのを横目に、修太は旅人の指輪から水瓶や桶を取り出して、湧水をくみ上げてすぐに戻す。そして水筒に水を汲んで、用事は済んだと誤魔化した。


「それだけでいいの?」

「はい」


 ウィルの確認に首肯を返す。ウィルもすぐに摘み終えたようだ。小さな泉なので、湧水の傍に生えやすい薬草の数も少ない。

 さて戻るかと立ち上がったところ、グレイが右手を上げて、注意を促した。


「近くにモンスターがいる」

「えっ」


 木陰から覗くと、白い卵が歩いている。


「ウィルさん、あれがタマゴドリですか?」

「そう。まずいな、一体いると、近くに三十体はいるんだ」


 ウィルがうんざりと零す。


(なんかゴキブリみたいな扱いだな)


 あれよりも凶暴らしいとはいえ、なんだかかわいそうだ。


「帰り道を塞がれた。少し遠回りして戻るか」


 グレイが慎重に言った。


「え、俺がいるから大丈夫じゃない?」

「だから、シューター、魔法は使うなと言ってるだろ」

「すみません」


 修太はすぐに謝る。

 グレイの心配も当然だ。もしあれが狂いモンスターだった場合、三十体も“落ち着かせ”たら、修太はまた発作を起こす。

 グレイの言葉を聞きとがめ、ウィルが問う。


「魔法?」

「俺、〈黒〉なんですよ。でも、魔力欠乏症で」

「持病って、あの病気なのか。お父さんの様子を見るに、結構、病状が重いみたいだね」

「魔法を使いすぎると発作を起こすんで、最低限しか使えません」


 修太がそう申告すると、ウィルは深々と溜息をつく。


「君ね、そういう大事なことは、ちゃんと言いなさい。何かあった時に、すぐに手当てできないだろ?」


 ウィルに叱られて、修太は首をすくめる。


「すみません……」

「白教徒やら盗賊やら、こいつはよく狙われるから、秘密にしてるんだ。他の者にはばらすなよ」


 グレイが口止めすると、ウィルはもちろんと返す。


「分かってるよ。となると、ヘレナもこのことを?」

「知ってます。俺がよく魔力混合水や魔力吸収補助薬を飲んでるから、すぐにばれました」


 隠す暇もなく、言い当てられた。ヘレナの薬師としてのランクは藍だ。最高ランクのすぐ下という、プロフェッショナルである。薬を見ただけで病気が分かるようで、修太はかなり驚いた。


「まあ、日常的に魔力吸収補助薬を飲むような病気は少ないからね」


 小声で会話しながら、泉の奥のほうへ移動して、道を迂回する。タマゴドリを見かけるたびに道を変えた。すると、気付けば森の奥深くに入り込んでしまった。


「これは……タマゴドリがいなくなるのを、木の上で待ったほうが良かったかもしれない」

「すっかり迷子ですね」


 ウィルの呟きに頷いて、修太は木立を見上げる。入口よりも鬱蒼として、薄暗い。


「北に来すぎたな。この辺りは、地竜の巣が近いはずだ」


 グレイはいつも通り冷静だが、声には面倒くさそうな響きがある。邪魔な枝をナイフで切り落とし、藪に道を作りだすグレイの背へ、修太はなんのことかと問いかける。


「地竜って?」

「森の主。ボスモンスターだ。まあ、お前がいるから大丈夫だろう」

「え? なんでツカーラ君がいると、大丈夫なんだ? 〈黒〉だから? でも、自分の家に不法侵入してきた人間に、モンスターが優しくするとは思えないけどね」


 ウィルはグレイの言うことをいぶかしんでいる。

 修太がオルファーレンの断片を集める、断片の使徒だったとは話せない。修太とグレイは目を見交わし合って、結局、黙った。


「え、何、その沈黙。僕、おかしいことを言ったかな!?」

「沼地に出たな」


 ウィルを無視して、グレイは現状を告げた。

 藪を通り抜けると、広々とした場所に出た。

 背の高い水草が鬱蒼と生えた沼があり、中央に小さな山がこんもりしている。沼に近い辺りはぬかるんでいるものの、水は透き通っていて綺麗だ。

 土台がしっかりしている地面を選んで立ち、修太は沼地を見回す。


「綺麗な所だな」

「まずい。地竜の巣のほとんど傍だ。テリトリーに入ってる」


 緊迫を帯びた声でウィルが言い、他の道を素早く探す。

 その時、小山がのそっと動いた。


「騒がしいのぅ」


 しゃがれた声がどこからか聞こえたと思ったら、小山の傍に落ちていた岩が、上へと持ち上がる。――否、それはまるでうら枯れた岩山のような、巨大な灰色の亀だった。


「モンスターが喋った! まずい、高位だ」


 後ろににじり下がるウィルに対し、修太はモンスターにあいさつする。


「すみません! 迷子になって入り込んだだけで、悪さをしに来たんじゃありませんから!」

「オンッ」


 修太の足元で、コウも弁解するように吠えた。


「んん~? なんじゃ、やけに堂々とした童じゃのう。おお、〈黒〉か。いいにおいだな」


 巨大な頭をこちらに近付けて、亀のモンスターは修太のにおいをかぎ、目を細める。

 ちょっとばかり複雑な気分にさせられるものの、モンスターから友好的な気配が感じられて、修太は表情をやわらげた。フードを脱いで、改めてあいさつする。


「俺はシューター・ツカーラだ。こっちがコウで、そっちがグレイとウィルさん。騒がせてすみません」

「おお。何百年とここにいるが、あいさつして名乗った輩は初めてじゃの。ワシは万年亀だ、人間の坊主。このアイヘン沼を寝床にしておる」

「万年亀のじいちゃんが、この森の主?」

「いんや。主様は地竜だから、全然違うじゃろ」


 万年亀はのんびりと答える。


「ねえ、君、なんで普通にしゃべってるの?」

「静かにしてろ」


 ウィルが小声で問うのを、グレイがやめさせる。グレイは静観に徹していた。

 万年亀は修太達をじろっと眺め、にんまりと笑う。


「道に迷っただけなら見逃してやってもいいが、条件がある」

「何?」

「そこの森に生えている果物を、たんまり採ってきてくれ。沼を出て、森を歩くのは面倒くさ……いや、しんどくてのう」

「なんだよ、面倒くさがりかよ。分かった、昼寝の邪魔をしたお詫びに採ってくるよ」

「おお、話の分かる坊主じゃな。できれば赤く熟しているのがいいぞ」

「はいはい」


 交渉成立。和気あいあいと問題解決だ。

 ウィルがあっけにとられて、ちらっとグレイを見る。


「なんだか、祖父に買い出しを頼まれてる孫みたいですね」

「だから大丈夫だと言っただろ。こいつはモンスターに好かれるんだ」


 いつものことだと片付け、グレイは修太に問う。


「果物が生えてるのはどこだ?」

「あっちだって。行こう。早く戻らないと、皆、心配してるよな」


 それから言われたほうの森に行くと、おいしそうな果物がたくさんなっている場所があった。三人がかりで摘み、何度か往復して果物を運んだ。ちょっとした山になったところで、ようやく万年亀が満足した。


「よし、いいぞ。おお、これじゃこれじゃ。美味いのう」


 果物にがっついて、万年亀はうれしそうに笑う。


「ありがとうの、人間と黒狼族、それから……まあいいか」


 コウが鉄狼というモンスターだというのには触れず、万年亀は魔法で水の玉を呼び出し、宙に浮かべる。


「ほれ、これに付いていけば、テリトリーの出口まで出る。あと、そうじゃな」


 水の玉から雫が飛んできて、修太達は少し濡れた。


「よし、これでワシのにおいがついたから、部下には襲われずに済む。今回は見逃してやるが、またうっかり迷い込まぬように気を付けるんじゃぞ」


 好物に機嫌を良くした万年亀のはからいで、修太達は無事、元の場所まで戻れたのだった。




 気まぐれ都市サランジュリエに戻ると、薬師ギルドへ向けて歩きながら、ウィルがしみじみと呟く。


「いやあ、今日はなんか濃かったな」

「なかなか戻ってこないから、心配しましたよ。高位のモンスターと遭遇して、見逃してもらえたなんてラッキーです」

「本当ですわ。グレイ様が一緒でしたから、最悪はなんとかなるかとは思ってましたけど」


 アランとエスターは口々に言い、どれだけ身を案じたのかと、ウィルにくどくどと注意し続けている。ウィルはそれから逃れようと、話題を変える。


「それにしても、賊狩り殿はさすがだね。帰りにちょっといなくなったと思ったら、大きな鹿を担いで戻ってきてびっくりした」

「俺も最初は驚きましたけど、いつものことなんで慣れました」

「君もなかなか大物だよな」


 呆れの混ざったウィルの言葉に、皆が頷く。

 何故だろうか。この一日で、研究室の皆が修太に向ける目が、ちょっと薬草に詳しい人から、常識のおかしい変人へとクラスダウンした気がする。

 噂のグレイは、獲物を置きに、屋敷に戻った。皆で薬師ギルドに帰ることになっていたので、後で迎えに来るそうだ。

 薬師ギルドの会館前に着くと、コウには玄関の近くで待つように言い、皆で研究室に入る。

 ウィルと助手が摘んだ薬草は仕事用だが、弟子の分は好きにするように言われた。


「これで勉強するなり調合の練習をするなり、自由にしていいよ。窓口で売ってもいいしね。はい、ではこれで解散。次は来週ね」


 修太達はウィルと助手にあいさつして、研究室を後にした。

 グレイが来るまで待合室にいようと思い、修太は受付の薬品や薬草の買い取り所を眺める。

 ウィルが窓口で売っていいと言っていたから、この薬草は売って大丈夫なものなんだろう。許可が出たのだと勘違いした修太が、時間つぶしに薬草を買い取ってもらうと、薬師ギルドの職員達がざわめき始めた。


「ツカーラ君、そういえば君のことをうっかり……遅かったか!」


 ウィルの慌てようを見て、修太の勘違いだと分かったが、後の祭り。

 しばらく他の職員や薬師に追われるようにして質問攻めにあい――薬師のマナーはどこに行った? といぶかりながら、修太は逃げ回るはめになった。

 ちょうど研究室で、他の見習いからシュタインベル学園のことを聞いたので、うんざりした修太は受験勉強を理由に研究室から遠ざかり、しばらく休むことにしたのだった。




 番外編2、終わり。

 ウィルさん、良い人なんだけど、うっかりが多いタイプ。

 修太、この後もまた森で迷って、万年亀に会う。それですっかり仲が良くなる。トリトラがいたのはそのうちのどれか。

 で、学園編の第一話につながってく感じ。ざっと書いたからラストがちょっと雑だね(笑)


 次は学園編に時系列が戻りまーす。好き勝手書いてるから、まぎらわしくてすみません;


 次は、イミルやラミルと再会する話にしようかと。

 ふわっとあらすじ。

 

 久しぶりに薬師ギルドに顔を出した修太。平日の日中は、学校があって来られないので、放課後にウィルのもとでの勉強を再開する。ウィルは修太が戦闘学で暇な時はセヴァンの所で勉強できるようにと、カリキュラムを考えてくれていた。

 でも来られる時は研究室に来たほうが、進み具合が分かるからということで、放課後にたびたび薬師ギルドを出入りしていると、薬草園でイミルと再会する。薬師を目指しているイミルは、師匠に怒鳴られていたのだ。

 落ち込んでいるイミルの話を聞くうち、彼女の師匠に問題があると知った修太は、どうにかしてあげられないかと、またトラブルに首を突っ込み始めるのだが。


 こんな感じを予定しています。 

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