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 薬草採り当日。

 まだ薄暗い時間帯、薬師ギルドの会館前に集合して、西門が朝日とともに開くのに合わせ、都市の外に出る。

 北西の森と都市の間には草原があり、朝露で湿っていて、草のにおいが強く感じられた。

 町の外にはモンスターや獣、時には盗賊などがいて危ない。

 森に自分で薬草を採りに行くだけあって、ウィルは結構強いようだ。薬師には、冒険者と兼業している者もいる。弟子のうち、メアリーだけは茶色の目を持つノンカラーだが、他の者は魔法使い(カラーズ)だ。戦いには不慣れでも、隙をついて逃げることはできるみたいだった。

 今回は特に安心だ。紫ランクの冒険者であるグレイも同行している。修太が森に行くと言ったらついてきたのだ。もちろん、コウも一緒だ。

 ウィルがグレイに話しかける。


「賊狩り殿に来ていただけて、助かります」

「こいつを、一人で都市の外に出す気はない」


 グレイが修太を一瞥して言うと、コウが自分もいるぞと主張する。


「オンッ」

「……あともう一匹も」


 ちょっとだけ面倒くさそうに、グレイは付け足した。コウはワフッとうれしそうに吠える。助手のアランは犬嫌いみたいで、コウから距離を取っているが、他の者は、コウの可愛らしさに自然と微笑んだ。

 感情が分かりにくく、とっつきにくいグレイの雰囲気に、助手や見習い達は萎縮しているようだが、コウがちょうどいい緩衝剤になっているようだ。


「一人って、僕達もいますけど?」

「戦いでは信用ならん」

「はは、賊狩り殿ほどの方からすれば、そうですよね」


 ウィルは朗らかに笑って返す。

 修太は、いつグレイがウィルを怒らせるかとひやひやしている。だが、おおらかなウィルは、グレイの率直過ぎる意見も気にしていないようだ。図太いのか、大物なのか。修太にはウィルがどちらなのか、まだ分からない。


「父さん、失礼だよ」

「モンスターや害獣は良いとして、このお人好しに、賊を殺せるのか?」


 グレイの言葉を、修太は否定しきれない。ウィルが泥棒に金をあげていたのを、一緒に見ていたからだ。


「この森、盗賊が住みついてるの?」

「いや。奥が地竜の巣になっているから、賊が住みつくことは滅多とないらしい。だが、この森は貴重な薬草が多い。悪人が混ざっていないとも限らん」


 修太がうっかり法律違反をしかけていたのとは違い、採取禁止の薬草を採りに来ている者もいるかもしれない。グレイが慎重になるのも分かる気がした。


「それはそれとして、せっかく森まで来たんだ。ついでに獣を狩って帰るか」


 グレイの提案に、修太はガッツポーズする。


「やった! 父さんが狩ってくる動物のほうがおいしいもんなあ。あれに慣れると、店で肉を買えない」

「肉は腐りかけが一番うまいが、暑さで傷んでるものもあるからな。市場の肉や魚は、冷凍品か乾物(かんぶつ)しか信用ならねえ」


 すると、アランが口を挟む。


「この森の獣は大型ばかりですよ。危ないのでは?」

「人間なら、だろ。誰に言ってるんだ?」

「すみませんでした」


 アランは愚問だと気付いて、すぐに謝った。

 黒狼族は、レステファルテで荒野の狩人と恐れられるくらい狩りが上手だ。しかもグレイは強いので、人間が四人がかりで仕留めるような獣も一人で狩ってくる。完全に質問相手を間違えているわけだ。

 やがて森の入口に到着した。


「よし、着いた。じゃあ、これから森に入るけど、その前に装備の確認ね。手袋はした? 鋏は出しやすい場所に持ってね。もし危険になったら、荷物は捨ててでも逃げること。命のほうが大事だからね?」


 ウィルの教えに、皆、「はい」と返事をする。

 ウィル達は保存袋も持っているが、手には武器と大きな籠を持ち、背負子や鞄を背負っている。籠の中には瓶などで仕切りがあり、保管しやすいように工夫していた。

 修太は旅人の指輪があるものの、貴重品を見せびらかすのは危ないので、大きな手提げ籠を持ってきていた。採取用の鋏やナイフも入れてある。

 保存袋というのは、セーセレティー精霊国では普通に買える、ちょっと高価な魔法のアイテムだ。物の大きさに限らず、十個までなら収納出来る袋で、袋内の時間は袋の外より緩やかになり重さもなくなる。旅の便利アイテムだが、値段が高いので、これを買えたら冒険者としては一人前といわれている。

 見た目は小さな巾着袋だが、内側に魔法陣がびっしりと刺繍されている。保存袋をたくさん持っている者は、袋の口を結んでいる紐を繋いでロープ状にして、鞄やベルトポーチに入れている者が多い。

 皆の状態を確認してから、ウィルは再び注意する。


「いいかい、この森には危険なモンスターもいる。特に危険なのがタマゴドリだ。僕の膝丈くらいの大きさで、白い卵から黄色い足が生えている。頭が見えないのに、ギャアギャアと騒がしく鳴く鳥だ」


 見習いのバジルがそっと挙手する。


「それって砂糖鳥のことですか?」

「そう。サランジュリエでは、高価な砂糖がよく流通してるよね? あれはこのモンスターの卵の殻が落ちると、砂糖になるからなんだ。割れても中身が出てこないから、本当に不思議な鳥だよ。どこから声が出てるんだろうね」


 ウィルは心から謎だと首を傾げ、更に脅す。


「この鳥が怖いのは、集団で獲物をなぶり殺すところだ。だからリンチ鳥とも呼ばれてる」

「こわっ」

「やばすぎる」

「鳥にリンチにされるって……」


 修太とメアリー、レスティは恐れおののいた。


「他は知ってるみたいだね。いいかい、もしそんな鳥を見つけたら、すぐに逃げるか、隠れるんだよ。できれば近くの木の上に登るんだ。あいつら、飛べないから」


 しっかり注意すると、ウィルは自分が先導して、森の小道へと歩きだした。

 北西の森には街道はないが、よく人が出入りするせいか、地面が踏み固められて道が出きている。

 見習いは見分けが簡単な薬草だけを摘むように言われ、たまにウィルの授業が入る。

 修太がいるお陰か、モンスターは全く襲ってこないが、採取や狩り、モンスター討伐に来た人々とすれ違った。比較的安全だという小道沿いを中心に動いているからだろう。

 途中、グレイが石を拾い上げ、枝にとまっている鳥を落とした。コウが駆けていき、獲物をくわえてきて、グレイに渡す。修太が褒めると、コウは嬉しそうにぶんぶか尻尾を振った。グレイはその場ですぐに血抜きと内臓の処理をする。その鮮やかな手並みに、ウィル達が拍手した。

 そんなふうに、午前中はのんびりと採取しながら進み、ちょっとした広場に出た頃には昼食の時間となった。この頃にはグレイは三羽の鳥を狩り、縄で縛って背負っている。

 持参した弁当を食べ終えると、休息しがてら、ウィルが皆に採取したものを見せるように言った。

 薬草の中に、似ている毒草が紛れ込んでいると、ウィルは正しいものとの違いを丁寧に教える。助手は、さすがは一人前だけあって間違えていることもなく、仕事で使う薬草の補充をしていた。

 最後に修太が籠の中身をハンカチの上に広げて見せると、ウィルと助手達は額に手を当て、うなり声を上げた。


「君のことだから、普通で済むわけがないと思ったけど、いつの間にこんな大物を……?」


 ウィルはキノコを示して問う。修太は首を傾げる。


「大物? これ、良い出汁が出るおいしいキノコですよね!」

「……名前と効能は?」

「イシコロダケ。解熱に効果的」

「その通り、完璧だね。ねえ、これ、いくらでの買い取りだと思う? なんで良い出汁に使ってるの?」

「『スープの具材としておいしい』を先にインプットしてるので。買うともったいないので、見つけたら採取して、スープの材料に」


 修太の返事を、助手のエスターがさえぎる。


「スープから離れなさいってば! とにかくよく効くし、乾燥させれば保存がきくけれど、小さくて見つけにくいせいで高価なの。時期によっては、十粒で1000エナですわよ」

「ええっ、これが!?」


 声を上げたのはレスティだ。エスターは見習い達に教える。


「効能の高さと希少性で価値が決まるのよ」


 修太はこくっと頷いて返事をする。


「なるほど。じゃあ、やっぱりスープの材料にするなら、自分で採ったほうがいいですね」

「だから、なんでそうなるんですの!」

「落ち着いて、エスター。仕方ないよ、ツカーラ君は野宿でおいしいものを食べたくて、薬草を覚えたらしいから」

「なんですの、その理由。わたくし達の苦労はいったい……」


 ウィルになだめられたエスターは、信じられないという顔で修太を眺める。


「シューター、ちゃんと話を聞け」


 グレイが口を挟んだが、修太は納得いかずに言い返す。


「聞いてるだろ。高価なのは分かったけど、スープの材料にしない理由にはならない」

「……悪いな。こいつは大食いで、食べ物に目がないんだ」


 諦めた様子で、グレイが謝った。


「すごいな、黒狼族に謝らせたぞ、この子」


 ウィルが動揺する隣で、アランが他の薬草を見る。


「いつの間にこんなに採取したんだろ。これとこれと、それからこれも希少……」

「普通に生えてましたけど?」


 修太には、彼らが何をそんなに驚いているのか、よく分からない。


「普通にだって。ふふ。自信失くすわぁ」

「落ち着いてください、ウィルさん。気をしっかり!」


 アランに励まされ、ウィルはしょんぼりしながら、見習い達に薬草について教える。


「滅多とお目にかかれないし、間違えやすい薬草だからね。この機会に覚えるといいよ」


 見習いらはすぐに筆記具を出して、ノートにメモを取る。修太に薬草に触る許可をもらってから、においをかいでみたり手触りをチェックしたりしていた。勉強熱心だ。


「よし、それじゃあ、ツカーラ君はそれを片付けて。もうちょっと奥、小川の傍まで行くよ」


 ウィルの声で休憩時間は終わり、修太は薬草を籠に戻した。

 ウィルの先導で、森の中を歩きだす。弟子に教えるのがメインだからか、今日は人がよく通るルートだけみたいだ。

 小川まで行くと、川辺でよく採れる薬草を採取する。これで今日の散策は終わりのようだ。


「ウィルさん、すぐそこにある湧水まで、行ってきていいですか?」


 ちょうどいいので、ついでに湧水――天然の魔力混合水を汲もうと思い、修太はウィルに問う。


「え? この辺に湧水なんてあったっけ?」

「はい。水たまりくらいの、小さな泉があるんですよ」

「それなら、湧水の傍に生える薬草を切らしているから、摘んできてくれないかな?」

「え? 一緒に来たらいいじゃないですか」

「いや、だからね、ツカーラ君。薬師や冒険者に訊いてはいけない質問、覚えてるかな?」

「採取場所を訊いてはいけないんでしょう? でも、湧水を独り占めする必要はないじゃないですか。俺は魔力混合水が欲しいだけです。ウィルさんは薬草でしょ? 目的が違う」

「いや、でもね」


 マナー違反だからと気が引けているウィルに、グレイが口を出す。


「面倒くせえな。すぐそこ、あの辺だ。用があるなら来ればいいい。そもそも、この森は俺らの所有地じゃねえ」

「そう言われると何も言えないな。分かりました、同行させてもらいます。アラン、エスター、すぐに戻るから、ここで待ってて。不安なら黒輝石(クローレ)で結界を敷いてもいいから、弟子達を頼むよ」

「分かりました」

「お気を付けて」


 こうして、修太とグレイ、ウィルの三人は、研究室にメンバーと別れて、少しだけ森に深入りした。


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