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基礎をあれこれ習って、実際にやってみる。
ウィルは薬を作る環境については鬼だ。薬師にとって一番大事なことは、まずは清潔さをたもつことだと言い切っている。どんな良い薬でも、作っている場所が悪ければ質が落ちるから意味がない、とも。
調合のたびに机を拭き、床に落ちたら掃き掃除をする。ゴミは分別して廃棄するが、燃やして問題ないものは敷地内の焼却炉に運ぶ。生ごみは虫が湧くもとなので、その日のうちに処理。
調合する場合は、白衣のような仕事着と頭には髪覆いをして、眼鏡と手袋は必ず着るし、危険なものの場合は、着ていた仕事着は調合後に全て捨てる徹底ぶりだ。
最初は手間取っていた修太だが、一週間目を終える頃には、だんだん手慣れてきた。ゴミの処理のほうが難しい。
薬に使うといっても、毒草を燃やしたら毒の煙が出るし、土に埋めたら土壌汚染だ。川に流したら、水を飲んだ人に害が出る。
「あんまりしたくないけど、処分が難しすぎるものは、ダンジョンに行って捨てるんだよ」
アランの説明に、修太はぎょっとした。
「……え? まさかの不法投棄ですか!?」
「違う違う。ダンジョン内に捨てるんじゃなくて、モンスターの口に放り込んでから、モンスターを倒すんだ」
「モンスター……?」
絵面がえげつなさすぎて、静かにびびっている修太に、エスターが軽やかに付け足す。
「すると、あら不思議。消えてなくなってしまうんですわ」
「外のモンスターだとどれくらいで死ぬか分からないから、ダンジョンの低層にいる弱いモンスターを使うんだ。外側にナイフを刺すと、モンスターが倒れるとナイフは残るんだけど、体内に取り込まれたものは消えてしまうんだよ」
修太は恐る恐る質問する。
「それって、最終的に、ダンジョンの栄養になったりしないんですか? モンスターが毒を帯びるとか……」
「大丈夫。そう考えた人がいて、弱いモンスターしか出ないダンジョンで研究した人がいるんだけど、特に変化は無かったよ。よく分かんないけど、消えちゃうんだよね」
アランの説明に、修太はぞっとする。よく分からないのに、よくできるものだ。
(外のモンスターなら、闇に帰るから、その時に世界に戻るんだと考えると納得できるけど、ダンジョンってどうなんだ? あそこのモンスターは疑似生命体だけど、どうして媒介石を宿して生まれ直すのかは謎だしな)
ダンジョンのモンスターは、例えば、熊ではなく、熊のぬいぐるみが媒介石のエネルギーで動いているようなものだ。乾電池の入っているモンスター型のおもちゃだと思えばいい。
「保管所がいっぱいになると、そっちのほうが危険だから、ウィルさんの研究室では年に二回、処分に行くよ。戦えないから、ダンジョンに行けないって人は、薬師ギルドでお金を払えば処分を代理してくれる。覚えておいてね」
「はい、分かりました」
アランの説明に頷いて、修太はさっそくメモをした。
家で薬師の仕事をするにしても、修太は処分に困る毒草を使うレベルを扱う予定はないのだが、念の為だ。
「そういえば、君ってどういう薬師を目指してるの?」
「ええと?」
「診察して、医療をする薬師なのか。既存の薬を調合して、販売するだけの薬師なのか。医院で薬の調合だけ担当する場合もあるけど、見習いから卒業した時点だと、決まった薬だけ販売できる薬師をさすんだよ。診察も込みだと、最低でも青ランク、医院などで下積みを一年は積まないと資格がとれないからね」
たまに、見習いさえ卒業すれば、医療行為もできると勘違いしている人がいるそうだ。アランはそこを気にしているらしい。
「販売のみだと、ランクの低い薬しか扱えないよ。副作用がほとんどない、常備薬扱いのものだけだからね」
「俺はそっちがいいです。塗り薬やお茶を扱えたらいいなって」
「それなら大丈夫だね。そういった薬はよく使うから、お店を持つ以外だと、薬師ギルドや医院への納品っていう仕事もあるよ。取引先さえ見つければ、細く長く続けられる仕事だね。ま、自分で医院を開いたほうが儲かるけど」
アランの口ぶりから、医療資格を持つほうの薬師を目指す者がほとんどのようだと悟った。
「最初のうちは薬師だけだと食べていけないから、冒険者と掛け持ちしている人が多いんだ。あとは医院や他の薬師の補佐だけど、そっちは給料が安いからね。備品をそろえるのにお金がかかるし、お店を持つとなるとまたお金がかかる。僕はウィルさんを尊敬しているから、教わりながら助手をしつつ、たまにダンジョンで生活費稼ぎをしているよ」
アランの説明を聞いて、ウィルが調合の手を止めて口を挟む。
「ちょっと、アラン。それじゃあまるで、僕の出す給料が低いみたいじゃないか。相場よりちょっと良いほうでしょ」
「それでも助手だけでは、余裕がないですよ。家が薬師をしていたら、道具一式と店をそろえる手間がないから、かなり楽なんですけどねえ」
そう言ううちに、アランはノートにメモを取る。
「あ、そうだった。備品管理も基礎だったな。道具の洗い方を教えてから、備品管理を任せて、買い出しにも連れていくかなあ。薬草の保管方法も……」
「アラン、エスター、来週末の薬草採り、弟子も全員連れていくから。皆、藍の曜日はあけておいてね。朝から薬草採りだよ」
ウィルが声をかけると、弟子達がわっと喜んだ。修太はそんな彼らをきょとんと見つめる。
するとレスティがにやにやしながら教えてくれた。
「実地で教えてもらえるから、一番ためになるんだよ。薬師や冒険者をしている人に、訊いてはいけない質問って分かる?」
修太は冒険者の暗黙の了解を思い出す。
「ええと、過去の詮索?」
「重い! 違うよ。いや、それも合ってるけど、素材の採取場所のこと」
「駄目なのか?」
修太には不思議だ。むしろピアスに頼まれて、素材を拾うのを手伝っていた。
「だいたいの採取場所は、薬師でも冒険者でも、受付で情報を買えるけどな。個人の穴場があって、周りに知られると仕事に響くから秘密にしてるんだよ」
レスティに続いて、アランも重々しく教える。
「どういった場所に生えているか。そういう情報も秘密だ。だから薬草採りをしている人の傍で、あんまりじろじろ見ていると怒られる」
「へえ……」
修太にはいまいち飲み込めない。
「図鑑を見れば、すぐに分かると思いますけど」
「そうだよ。でも、本で見るのと実際は違うでしょ? この森のだいたいこの辺に生えてるという情報は、その人にしか分からない感覚的なものだ。そういう意味」
「はあ……」
アランが重ねて教えてくれるが、修太はあいまいに首肯する。
そういえば庭を見せた時に、ウィルが修太を危ういと言っていたのを思い出した。
「……ん? だからウィルさん、前に俺の家の庭で、なんだか深刻そうにしてたんですか?」
「やっと分かったのかい? 理解してくれて何より。とにかく、情報には価値があるから、あまり気軽にしゃべっては駄目だよ」
「なるほど、考えて話せばいいんですね、分かりました」
修太の返事を聞いて、ウィルは困り顔をする。
「なんだかなあ、ものすごく不安になる返事だなあ。とにかく、ギルマスにだけは気を付けて。――あ、胃が痛くなってきた。いたたた」
「胃薬になる薬草、ありますよ」
旅人の指輪から木の実を取り出すと、ウィルが頭を抱える。
「それ、ビーコッツの実だよね。貴重種をさらっと出さないでくれよ」
「え、これって貴重なんですか? 綺麗な湧水の傍に、よく生えてるじゃないですか。水を汲む時に、たまに拾うんですよね」
「そういうとこだよ、そういうとこ! ああ、頭まで痛くなってきた……」
ウィルは額に手を当てたまま、憂鬱そうに溜息をつく。弟子達はきょとんとしているが、ビーコッツの実を知るアランとエスターの顔は強張っている。
「え? これ、法律違反でした?」
修太のほうは、ウィルの嘆きようが謎すぎて首を傾げている。採取禁止リストのメモを取り出すが、特に書いてない。
旅人の指輪に入れておけば、時の流れが止まるので、最近採取したものではない。だが、修太は魔力欠乏症の関係で、旅の途中で、天然の魔力混合水を得るためによく湧水を汲みに行く。だからたまに見つけて拾っていたのだ。
「その木の実は大丈夫だよ。うーん、とりあえず、次は買い取り単価一覧を見せたほうがいいのかなあ」
「がんばって、アラン」
アランまで溜息をつき、エスターが彼の腕を叩いて励ます。ウィルは助手達に話しかける。
「来週末、気を付けておかないと駄目だな……。ギルドの他のメンバーは絶対に連れていかないことにしよう。君達も、誰かに同行を頼まれても引き受けないで。いいね?」
「弟子が増えたので手が回らないってことにします」
「皆も、周りに言いふらしては駄目よ。むしろ彼から学んで、自分の糧にして秘密にしておきなさい。他の見習いより知識で差がつくわよ」
エスターの鬼気迫る注意に、見習い達はこくこくと頷く。しかし修太は手を上げて問う。
「なんでそんなにピリピリしてるんですか?」
ウィルがくわっと怖い形相で返す。
「知識は財産! リピート、アフターミー!」
「えっ、ち、知識は財産?」
「気軽に話しちゃ駄目!」
「は、はい……」
最終的には頭ごなしに叱られた。ウィルが怖いので、修太は頷いた。
まるで常識を叫ぶ時のピアスみたいだ。大人しくしておこう。




