表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
学園生活スタート編
4/178

 2



 気まぐれ都市サランジュリエは、横にした六角形をしている。

 ダンジョンである巨大な塔は北部にあり、中央に広場があって、その周辺にギルドや役場などが集まっていた。

 門は南と、北西の二つだけだ。都市の外、北西部に森が広がっており、そこを行き来する者の為の出入り口である。南は他所からの玄関口だった。

 修太の住む家は、ちょうど北西の門から結構近い場所にあり、大きな通りに面している。

 町の中央へ向けて東へ進むと、やがて広場に出る。冒険者ギルドの前を横切れば、正面にシュタインベル学園の門があった。


「おはようございます」


 門番にあいさつすると、槍を持った男は、修太の腕章を見つけて、にやりと笑った。


「おはよう。新入生か、集会堂に行くように。ほら、看板を見ていけば分かるからな」

「ありがとう」


 修太は会釈をして、門から前庭へと入る。

 次々に生徒が入ってくるが、皆、様々な服装をしている。

 この学校には制服がないので、校章が刺繍された腕章をつけなければいけない。色で所属している科が分かり、入っているラインの数で学年が分かる仕組みだ。

 修太は文学科なので、黄色だ。他には、冒険者科の赤と、騎士科の青がある。武器を携えている生徒がそうなんだろう。


(前にも来たけど、広い敷地だよな)


 看板の誘導に従って歩きながら、修太は息をつく。

 以前、人を喰う本というオルファーレンの断片がトラブルを起こしていて、それを探しに来たのだ。なんとか解決したけれど、そのせいで教師の何人かには覚えられている。

 広い校庭には、ぽつんと小さな塔が建っている。あれはダンジョンから派生したものらしく、中はかなり低レベルのモンスターしか出ないダンジョンになっているそうだ。

 戦闘学を学ぶ生徒達は、あの施設を使って力量を積む。


(本当に色んな奴がいるなあ。あっちはレステファルテ人か。エルフや灰狼族もいるのか。えっ、黒狼族もいる!)


 これには驚いた。黒狼族は戦士であることが誇りなので、学問系になると、同朋から冷たい目を向けられやすい。


(うわ、しかも一年生だよ)


 この学校は、国内では平民や外国人も通える唯一の場所なのだが、受験には年齢制限がある。十五歳から二十歳までだ。そして、ある程度の読み書きが出来ないと入れない。


(十七か八くらいかな。勉強、頑張ったんだろうなあ)


 彼らは戦闘では天才的だが、勉学は疎いので、読み書きができないことが多い。

 グレイもそうだったし、彼の弟子も同じで、修太は旅をしながら教えていた。というのも、修太と幼馴染はこの世界に来てすぐに創造主オルファーレンと会い、言葉が通じるようになる霊樹リヴァエルの葉を飲まされたのだ。

 お陰で、セーセレティー精霊国で使われているエターナル語も、他のエリアの一般言語もどちらも読み書きできる。


 ――リーンゴーン


 その時、予鈴が鳴ったので、修太は慌てた。

 感心している場合ではなかった。このままでは入学式に遅刻してしまう。

 そして走り出そうとした時、近くで何かが強く光り、悲鳴が上がった。




 何が起きたのか、修太には全く分からなかった。

 どういう訳だか、周りでは生徒達が地面に転がってうめいている。


「え!? どうしたんだ、皆」


 周辺で立っているのは修太だけだ。唖然としていると、門のほうから金髪の少年が駆けてきた。


「セレス!」


 誰かの名前を呼んだと思えば、白金の髪を持つ少女に声をかける。

 騒ぎを聞きつけて、集会堂からも人が出てくる。


「いったい何事ですか? ……これは」


 教師だろうか、四十代くらいのぽっちゃりした女が目を見張る。


「セヴァン! 来てください!」

「なんすか。っと、こりゃあいったい」


 くたびれた雰囲気の男が出てきた。灰色の髪を後ろで結び、眠たげな垂れ目は金色だ。彼はこの有様を把握するや、空気が鋭く変わった。


「なんだ、何が起きた?」

「分かりません。何かが光ったと思ったら、皆が倒れていて」


 厳しい問いかけに、修太は見たままを話す。


「そいつ、怪しいです! 周りが倒れてたのに、そいつだけ無事だったんですよ。犯人に決まってる」


 後から来た少年が、修太に敵意を向けて叫んだ。


「ええっ、違うよ! 俺も何が起きたか分からないのに」


 弁解したところで、怪しいことに変わりはない。先程の女教師が、修太の左腕を掴んだ。


「こちらに来なさい、話を聞かせてもらいます」

「違いますからね!」


 再び言ったが、完全に疑いの目なので、修太は諦めた。




 それから二時間近くして、校長室で待機していた修太のもとに、グレイがやって来た。


「やっぱり俺が送ったほうが良かったんじゃないか?」


 一言目がそれだったので、修太はがっくりと肩を落とす。


「そんなわけないだろ。学園に入るまでは安全だったよ」


 グレイは薄く笑う。


「しかしお前、入学初日に後見人呼び出しとはな。不良になったもんだ」

「父さんっ」


 遠慮なくからかうグレイに、修太は大声を出す。

 グレイはトラブルがあった時ほど面白がるので、始末に負えない。

 修太の抗議の目や、校長室にいる面々の戸惑いに、グレイは普通の態度に戻った。――つまり怖くて無愛想だ。琥珀の目で、じろりと校長を見る。


「久しぶりだな。それとも忘れてるか?」

「いいえ、覚えておりますとも。お久しぶりです、グレイ様。以前はお世話になりました」


 老婦人が丁寧にあいさつをした。

 校長のマリアン・シュタインベルだ。銀色の髪をひっつめにして、茶色の目は若干ゆるめている。


「校長、お知り合いなんですか?」


 修太を疑っていた女教師――リスメル・アガトワが、けげんそうに目を細める。マリアンは頷いた。


「ええ、ですから彼は絶対に犯人ではないと言ったでしょう?」


 疲れたように溜息をつき、マリアンは理由を話す。


「以前、生徒が本に食べられて行方不明になった事件、あれを解決してくださった方々です。ツカーラさんは特に功労者ですよ。彼がいなかったら、本の中にとらわれた人達は全員死んでいました」


 マリアンはそう言って、うっすら微笑む。


「あなたがこの学園に通うと聞いて、会うのを楽しみにしていましたが……、最初からこのような有様で申し訳ありません」


 気落ちした様子を見せるので、修太は慌てた。老人に弱いのは相変わらずだ。


「いえっ、校長先生は悪くありませんからっ。でも俺も何が何やらよく分からなくて」

「それはこちらも同じです。今、うちの治療師(ヒーラー)薬師(くすし)で調べてもらっています。とりあえずお掛けになって下さいな」


 長椅子を示すマリアンに、グレイは問う。


「悪くないと分かっているのに、解放しないのか。矛盾している」

「原因不明ですし、あの時、彼だけ無事でしたから、生徒に疑いの目を向けられています。一人にするほうが危険と判断しました。報告があれば、彼は教室に戻せますが……どうします、今日は帰宅しますか?」


 マリアンの問いに、修太は首を横に振る。


「もう少しこちらで待ってもいいですか」


 マリアンは答えず、グレイを見た。グレイは面倒くさそうにしながら、修太の隣に座った。


「仕方ねえな、付きあってやるよ」

「ありがとう!」


 修太は喜んだが、すぐに申し訳なくなった。


「なんかごめんな、ここまで来てもらったのに、我が儘言って」

「……嫌なら来ない」


 なんとも簡単な一言だったが、修太には意味が伝わった。


「う、うん。ありがとう」


 確かに彼なら、嫌なら来ないことを選ぶだろう。わざわざ来たということは、問題無いということなのだ。

 修太は慣れているから理解できるが、人によっては不安になる返事だろう。


「なんで黒狼族って、誤解されるような言い方をするんだろうな」

「分からねえ奴とは付きあわねえからいいんだよ」

「ふーん」


 もう少し考えれば、好かれそうなものだけどと、修太は首を傾げる。

 そんな二人の変わったやりとりを、リスメルはけげんそうに見ている。一方、マリアンは微笑ましげだ。

 それからしばらくして、セヴァンと呼ばれていた男が顔を出した。


「失礼します。校長、報告に来ました」

「待っていました、セヴァン。――ああ、彼はセヴァン・レノワール。薬草学の教師で、ツカーラさんにとっては担任に当たります」

「ええ、まだ生徒の誰にもあいさつ出来てませんよ。お前さんが一番乗りだな」


 セヴァンはそう言って、肩をすくめる。


「この学年の要注意人物、六人のうちの一人だろ? 賊狩りグレイの養子ってことは、〈黒〉だ。道理で無事だったわけだな」


 修太は眉をひそめる。


(すげえ聞き捨てならねえけど、要注意人物が他に五人もいるのか。濃いな!)


 馴染めるのか不安になってきた。


「どういうことですか?」


 マリアンの問いに、セヴァンはうんざりした様子で返す。


「どうもこうも、誰かが、魔力を暴走させる感じの魔具を使ったみたいですよ。倒れたのは、魔力酔いのせいですね」

「感じってなんですの、はっきりしませんわね」


 リスメルが口を出すと、セヴァンは手を挙げる。


「そう言ったって、そうとしか言いようがないんですよ。今のところ、そんな魔具はありませんからね。だが、そうでないと説明がつかないと、治療師と結論が出たんです」

「魔力酔い……確かにきつそうですね。あ、前にそれで寝込んだ人を見たことがあって」


 問いかけの視線に、修太はそう弁解した。ちらりとグレイを見る。グレイも、以前、サーシャリオンの影の道を通った時のことを思い出したのか、納得というように頷いた。


「魔具の魔法も〈黒〉には効きませんからね。――お前さん、本当に犯人じゃないよな?」


 セヴァンの確認に、修太は急いで首を横に振る。


「違います! っていうか、俺がそんなことして、なんの得があるっていうんですか」

「だよなあ。俺もさっぱりだ。犯人も動機も不明。今日が入学式ってことを考えると、ただ騒ぎを起こしたかった愉快犯か?」


 皆でそれぞれを伺ったところで、どこにも答えなどない。

 グレイが煩わしげに切り出す。


「原因がはっきりしないことは分かった。――で? こいつの処遇はどうなるんだ。まさか生徒全員に、〈黒〉だと公表するわけじゃないだろうな」


 ぴりりとした空気に、修太はもちろん、他の三人も緊張した面持ちになる。


「グレイ、そんな風におどかさなくても……」

「何言ってんだ、大事なことだろうが。お前にとっちゃ、命にかかわることだ。どこから白教徒にばれるんだか分かりゃしねえ。お前らはこれから仲間になろうって連中を、間接的に殺人犯にしたいわけか?」


 容赦のない指摘に、修太も反論ができなくなった。


(確かに……! 誰かに罪悪感を持って欲しいわけでもないもんな)


 グレイの言い方は厳しいが、いつも本質を突いたことを指摘する。改めて尊敬を覚えた。

 マリアンはしばし考え込んで、結論を出す。


「公表しませんわ。こうしましょう、ノン・カラーだったので影響を受けずに済んだ。彼の顔には怪我があり、見られるのを望んでいない。――どちらにせよ、在学中は顔を隠すということで、元々許可証も出していますし、相応の理由があれば皆も納得するでしょう」


 セヴァンも首肯する。


「それが妥当でしょうな。いや、そもそも他に良い理由が思い浮かびません」

「リスメル、彼のことは内密にするように。我が校の教師には守秘義務があります、いいですね?」


 確認するマリアンに、リスメルは頷く。


「もちろんです、校長。彼の秘密は守ると誓います」


 それを聞いて、修太はほっとした。マリアンは更に言う。


「後でセヴァンから話してもらうつもりでしたが、こちらから説明しておきます。いいですか、ツカーラさん。あなたが〈黒〉だと知っているのは、私とリスメル、担任のセヴァン、それから医務室勤務の治療師の四人です。助けが必要な時は、この誰かを頼ってください」

「はい、お世話になります」


 ぺこりと頭を下げると、マリアンは目元を和らげて頷く。


「いいんですよ。あなたは文学科の試験に合格しました。多少の事情は考慮して受け入れる、それがこの学園の方針です。これからの学園生活、どうか励んでください」


 厳格な雰囲気ながら、マリアンは校長としては立派な人格者のようだ。


「はい、俺、頑張ります!」


 単なる一般教養への興味で学校へ通うことにしたのだが、せっかくだから充実した学校生活にしようと、修太はやる気が出てきた。

 話がまとまったのを見て、グレイが立ち上がった。


「それじゃあ、俺はお役御免だな。帰る」

「父さん、ありがとう」


 グレイは軽く左手を挙げただけで、ハルバートを担いだ格好で校長室を出て行った。扉が閉まると、マリアン達はほっと息を吐く。


「緊張しました。流石、養子になるだけあって、落ち着いてらっしゃるのね」

「まあ、最初は俺も怖かったですけど、もう慣れましたし……グレイが良い人だって知ってますから」


 修太の返事に、マリアンは感心した様子で口元に手を当て、セヴァンは天井を仰ぐ。


「要注意人物だってことははっきりしましたよ。つまりこの坊主に何かあったら、あの怖い保護者が出てくるってことでしょ? 黒狼族ってのは身内には甘いから、面倒くせえ」

「しっかりしてください、セヴァン」


 リスメルにたしなめられ、セヴァンは肩をすくめた。




 それから、修太はセヴァンとともに教室に向かうことになった。


「入学式は明日に延期、今日のところは教室に移動して、簡単なオリエンテーションで解散だ。ちなみに、教室は学年ごとに一つだぞ」

「えっ、科ごとに分かれるんじゃないんですか?」


 セヴァンと並んで歩きつつ、修太は驚いて質問する。


「騎士科と冒険者科のカリキュラムは作法が増えるくらいでほとんど変わらないし、文学科は、今年はお前さん一人だ。普通は文官になりたいような奴は、金持ちの学校に行くから、うちを受ける奴は滅多といねえんだよ。お前さんは変わり種って奴だな」

「うわあ、嬉しくないです。でもそれだったら、文学科って据えてる意味があるんですか?」


 セヴァンは頷く。


「あるよ。うちは平民のために開かれる場所であるべきって考えだからな。シュタインベル校長は前任も含め、本当に素晴らしい人なんだ。あ、前任は校長の旦那だよ。この学園を創立した人だ」

「パンフレットで読みました」

「おう、真面目だねえ。城では騎士と文官で対立してるところもあるらしいから、互いに理解できれば、少しずつ住みやすくなるって考えをされてたよ。まあ、お前さんが文官にならなくても、黄色がいるってだけで奴らには刺激になるから、将来については気にしなくていい」


 修太がつけている腕章を示し、セヴァンはにやりと笑う。


「黄色ってのは、自然界では警告の色でね」

「もしかして、文学科を怪我させると退学のあれですか?」

「力を持ってる連中には、ちょうどいいバランス装置ってわけだな。文学科の生徒がいると、少し楽になるんで助かるよ」


 セヴァンはなんとも気の抜ける笑い方をして、ある教室の前で立ち止まった。廊下には鍵のついたロッカーがいくつも並んでいる。


「それじゃあ入るぞ、気を引き締めてついてこい」

「はい」


 そして、一年の教室へと、修太は足を踏み入れた。



 今、書いてる本編あたりのネタバレがあるけど……、どうやって解決するかの核心には触れないので、ギリギリセーフってことで。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ