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 食器の片付けは子ども達がするルールだというので、修太はいったん家に戻った。

 収穫の準備ができたら、屋敷の裏口に来るように言っておいた。果樹を採るために、脚立(きゃたつ)だけ用意しておくつもりだ。


「ただいま」


 居間の長椅子にいるグレイに声をかけると、茶を飲んでいたらしいグレイはこちらを見た。


「随分、遅かったな」

「教わりながら食事の用意も手伝って、一緒に食べてきた。ま、全然足りないから、また食べるけど」

「瓜をスープにしたから、食べたきゃ食べろ」

「やった! ありがとう!」


 実は習いに行かなくても、グレイも料理はできるのだ。

 グレイの作る料理は、野宿でも食べられるようなシンプルなものが多い。だが中でも肉料理はめちゃくちゃおいしい。さすがは狩猟が得意なだけはある。

 台所に行って、水が出る魔具で手洗いうがいした後、キッチンストーブにのっている鍋を見る。蓋を開けると、スープが入っていた。スープは黄金色で、白く透明な瓜と細切れ肉と一緒に、長葱が浮かんでいる。少し辛めなのか、赤い香辛料が見えた。

 さっそくスープ皿に盛りつける。それから買い置きの長いパンをスライスして大皿に山積みにしてから、食堂に戻った。皿をテーブルに置くと、また台所にとって返す。オルファーレンにもらった冷蔵庫から水差しを取り出した。シャナをすりおろして混ぜた、一度沸かした水だ。レモン風味のそれは、キンキンに冷えている。


「いただきまーす」


 後味がピリリとするが、肉と葱の出汁が出ていて、絶妙なおいしさだ。

 身の回りのことは集落で全て叩きこまれるというだけあって、黒狼族の家事スペックは高い。グレイは気まぐれなので、たまにしか作らないが、それを待つ価値はある。


「父さんってすごいな。強くてイケメンで、料理まで上手いって……世の女性が放っておかないと思う。結婚しないの?」

「興味ねえ。お前は俺が結婚に向いていると思うのか?」

「いいや、全然」

「だったら訊くな」


 グレイはふんと鼻を鳴らした。それから懐から紙煙草とジッポを取り出し、火を点けようとして、ふとこちらを見る。急に長椅子から立ち上がった。


「別に気にしないから、そこで吸えば?」

「煙草の煙は、体に悪いんだろ。俺が場所を変えればいいだけだ」

「ありがとう」


 裏庭への扉に向けて歩いていく背に、修太は声をかける。

 修太が体を壊してから、グレイはこういったところはさりげなく気遣ってくれるようになった。だが、どうも不自由をさせているようで、修太としてはちょっと気にかかる。


「おい、裏口に誰か来てるぞ」

「あ、もう来たんだ。すぐ行くよ」


 修太は急いでスープだけたいらげ、パンをかじりながら裏庭に向かう。

 裏口を開け、ヴィオーレの実とシャナの実は自由にしていいと、脚立だけ置いて中に戻る。収穫を手伝う気はないので、終わったら声をかけるように言っておいた。

 それからしばらく、ドルトンとメリッサが中心となり、小さな子達も一緒になって、きゃあきゃあ騒ぎながら収穫を楽しんでいた。



     *



 食べ物をお裾分けして一緒に食事して以来、孤児院の面々の態度が軟化した。


(とりあえず、お隣だと名乗った瞬間、悲鳴を上げて逃げられなくなっただけで良し!)


 進歩に感無量になりつつ、週に一度の診察の日になった。

 グレイの付き添いのもと、マーシー診療所を訪ねると、表を掃除していたイスヴァンが目に見えて固まった。

 すぐに毛を逆立てる猫みたいに、こちらを威嚇する。


「お前っ、なんでここに! まさかストーカーか? 俺になんの用だ!」

「いや、お前じゃなくて、診療所に用があるんだ」


 どうしてストーカーなんかしなきゃいけないんだ。

 修太は呆れ混じりに、彼の背後の建物を示す。敷地内に家もあるようで、ちょっとした屋敷くらいの規模がある診療所だ。

 午前中の早い時間にも関わらず、入口から見える待合室は、すでに人でいっぱいになっている。

 治療師を示す水色の衣を着た男が、入口から顔を出した。


「イスヴァン、何を騒いでるんだ。患者さんの中には、体調が悪い方もいるんだよ。大声を出さないでくれ」

「すみません、リムル先生」


 イスヴァンは殊勝に謝った。

 三十代くらいのリムル・マーシーは、この診療所の後継者だ。銀髪と藍色の目を持った〈青〉で、痩せがちだが背が高く、角ばった顔をしている。柔和な雰囲気だが、厳しさも持っている。


「あ、ツカーラ君。えらいよ、ちゃんと診察に来たんだね。予約してあるから、ガムル先生の部屋に通すよ。ついておいで」

「ありがとうございます」


 リムルの後について、ガムル・マーシーの診察室に入る。リムルはそのまま自分の部屋に戻った。

 院長であるガムルはよく来たと言って、修太の診察をする。


「うむ。体調は良さそうじゃな。前と同じく、魔力吸収補助薬と、魔力混合水を出そう。それから血圧を安定させる薬に、心臓に良い薬も。魔法を使うのは良くないが、もし使うことがあっても、影響が少なくなるからのう。ではまた来週、同じ時間で良いかの?」

「はい、お願いします」

「何かあったら、いつでも来なさい」


 ガムルは診察室の扉付近で立っているグレイをちらっと見て言った。


「そうします」


 グレイが頷いたのを横目に、修太がそう返事した。

 あとは薬の調合が終われば、会計して終わりだ。

 この国には健康保険なんて無いので、薬は高価だ。それでもこれだけの人が訪れるのだから、冒険者ギルドの推薦通り、ガムルは名医のようである。

 用を終えて診療所を出ると、まだ外の掃除をしていたイスヴァンが気まずげにこっちを見た。


「わ、わー、わ」

「?」

「悪かった!」


 ものすごく言いづらそうに謝って、イスヴァンはゴミを片付けると、診療所に入っていく。

 グレイが不可解そうに呟く。


「なんだ、あのガキは」

「お隣さんだよ。結構、良い奴みたいだ」

「変な奴の間違いじゃないか」

「ははっ、まあ、素直じゃないよな」


 あの子どもっぽいところは、なかなか微笑ましい。

 外見年齢が十六なだけで、実際は二十一歳の修太にしてみれば、青春といった感じがする。




 その日の午後、マルクが訪ねてきた。


「こんにちは、オランジュ造園商会の者です。ご注文の品をお届けに上がりました」

「いらっしゃい。ありがとう、助かったよ」


 緑瓜やレーノ葱が一気に育ってしまったので、収穫後の畑にまた植え直そうと思い、更に注文したのだ。少量なので持ってきてもらうのも悪いと思い、商会に直接買いに行ったが、苗は農園から仕入れているからと、入荷した後に運んでくれることになった。


「あの、この間、植えたばっかりなのに。何か苗に問題がありましたか? 把握しておかないといけないので、教えてください」

「いや、違うんだよ」


 修太は植物生長促進剤の話をした。

 マルクは納得を見せる。


「ああ、あのアイテムっすね! あれ、面白いですよね」


 苗を玄関先に運び終えたのを見計らい、修太はアイテムについて質問する。


「ろくに考えずに試したんだけど、あんなふうに急成長するんだから、木が傷むとか土地が痩せるとかって無いのかな」

「あははっ、アイテムを使うたびに、木が傷んだり土地が痩せたりするなんて危険なものだったら、とっくに規制されてますよ!」

「……確かに」


「仕組みはよく分かりませんけど、アイテム研究者の発表だと、いくつかのパターンで実験したものの、木や土地に影響は無かったそうです。どうやらあの液体のみのエネルギーを使うみたいですね。ま、どうして生長しすぎて枯れるものがないのかは、いまだに謎なんですが」

「そっか、問題ないなら良かった。安心したよ」


 マルクと話しながら、彼が差し出した請求書を見て、代金を払う。マルクは金を数えて、首をひねった。


「あれ? 百エナ多いですよ」

「あ、それは情報代。教えてくれてありがとう」


 旅の仲間だったピアスの影響で、修太は情報代をきっかり払うことにしているのだ。


「この間のシクシクの木の件で、充分お代になりますよ。はい、お返しします」


 だが、マルクには笑って返された。ちょっと照れたように話しだす。


「あれがかなりこたえて、このままじゃ駄目だって思って。俺、本を読むのは嫌いだったんすけど、父さんに教わって勉強を始めたんすよ。うちは造園商会ですけど、代々、植物学者みたいにして研究もしているんです」

「ああ、そうじゃないと商売は長続きしないだろうな」

「苦手なら詳しい人を雇えばいいかなって思ってたけど、やっぱ、跡継ぎが物を知らないってのは格好がつかないんで、ある程度は頑張ろうかなって。気を引き締めるために、ここの庭の担当は俺になったんです。これからよろしくお願いします!」


 帽子を脱いで、マルクはビシッとお辞儀した。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 修太もお辞儀を返し、なんだか照れて笑ってしまう。


「でもせっかく同年代なんだし、もうちょっと気楽で頼むよ」

「駄目っす。客商売なんで、甘やかさないで欲しいっす」

「あ、うん。ごめん」


 しっかりしてるなあと、修太はマルクを眺める。

 マルクはにかっと笑うと、元気良く帰っていった。


(友達作りへの道のりは遠そうだな)


 ちょっと残念だが、まだ引っ越してきたばかりだ。おいおい知り合いを増やしていけばいい。

 修太は苗を旅人の指輪に収納すると、庭仕事に取り掛かった。


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