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 孤児院の台所は、外にあった。

 食料庫の傍に勝手口があり、その扉をあけると、丸太でできた屋根付の場所がある。四本の柱で支えられ、壁は無い。そこには腰の高さくらいの石組のカマドが三つと流し台、調理台があった。カマドの上には鉄板がついていて、奥に煙突がある。下で薪を焚く形のようだ。そして、カマドの一つには、上に四角い金属製の箱が載っていた。扉といい、金庫に似ている。

 修太の家の台所には、金属製のキッチンストーブがあるが、こちらはカマドだ。(たきぎ)を使うのは同じだが、全く違う。


「この箱、なんですか?」

「オーブンよ。ここに料理を入れて、蓋を閉めて蒸し焼きにするのよ」

「へえ」


 キッチンストーブにもオーブンはついているが、こんなものもあるのか。

 この世界にはカマドしかないのかと思えば、高価だが(まき)ストーブもある。火力の調節も結構簡単だ。熱源に近付けるか遠ざけるか、である。オーブンの下が、薪を燃やす場所から一番遠いので、保温に使えるそうだ。

 まだあんまり有効活用できていないが、薪ストーブはなんとなくわくわくするので、使えるようになりたい。


「なんだか物珍しそうね」


 メリッサの指摘に、修太は頷く。


「ええ。普通のカマドは見たことありますけど、なんでここに扉が二つ付いてるんですか?」


 一つは薪を焼く場所だろうが、もう一つはなんだろう? 


「上で薪を焼いて、下で灰やススを取り出すの」

「ああ、そういう。このほうが便利ですね」

「そうよ。普通のだと鍋がすすけて洗うのが大変だから、こういうタイプが使いやすいわ。私が小さい時はこのタイプはまだ無かったから、田舎だとこっちかもね」

「へえ」


 そう言われてもよく分からないのだが、とりあえず頷いた。

 カマドの奥には石製の流し台があり、隣に水甕が置いてある。皆で椅子を持ちだして、真ん中に使う野菜、足元にクズ入れのバケツ、皮むきした野菜を入れるザルも設置する。


「それでは、まずは皮むきからですよ。緑瓜は大きいので、小さめに切ってから皮むきしたほうが楽です」


 流し台の手前側に調理台があり、洗った野菜をまな板にのせ、院長は包丁で切った。修太も教わるままに真似してみる。案外あっさり切れたが、大きい分、ちょっと力がいる。

 その後、皆で野菜の皮むきをした。

 これが結構、難しい。ナイフでむく際に、手を切りそうになる。

 旅で野宿していた時、料理を手伝おうとして、よくフランジェスカに邪魔がられたのを思い出した。

 院長達は優しいので、修太がたどたどしい手つきをしていても、微笑ましそうに見守っている。怪我はしないようにと注意するだけで、口うるさくしない。


(さすがは、孤児院で子どもの世話をしているだけはある。教え方が上手い……!)


 院長が料理教室を開いたら、きっと人気になるだろう。


(ピーラーが欲しいなあ。キッチン用品を探して、無かったら鍛冶屋で頼んでみるか?)


 なんとか怪我はしなかったが、何回かひやりとした。

 野菜の皮むきが終わると、モルゴン芋は蒸し器に放り込んだ。緑瓜は一口サイズに切って、フライパンで卵といためた。味付けは塩だけだ。

 味見してみると、さっぱりした味付けでおいしい。暑い日に良いと院長が言っていたのも分かる。


「完成ですね。ツカーラさんもご一緒にいかがですか」

「いいんですか?」


 皆の食事が減るのではと、修太は気が引けた。だが、ドルトンが笑って言う。


「あんなに食べ物をもらったのに、手伝わせるだけ手伝わせて帰すなんて非道なことができるかって話だよ」

「そうそう。仲良くなるには、一緒に食事するのがてっとり早いわよ」


 メリッサがウィンクして言った。

 修太の目論見などお見通しのようだ。そういうわけで、一緒に食事することにした。




 食堂に行くと、子ども達がテーブルのセッティングを終えて、席に座っていた。壁際に座っていたコウが、修太を見つけて駆けてくる。


「あ、ワンワンッ」


 小さな女の子が声を上げる。


「こいつはコウっていうんだ」

「コウ、とってもおりこうさんよ」


 にぱっと笑って、女の子が褒める。コウは吠えた。


「オンッ」


 嬉しそうに尾を振るコウを見て、あちこちから可愛いと声が上がる。

 修太がいない間に、コウは子ども達の心をつかんだらしい。

 修太は院長達と料理を運び込み、取り皿にそれぞれよそっていく。余ったものは、脇のテーブルに置いた。

 院長が前に立ち、パチパチと手を叩く。

 端っこの席についた修太は、院長に立つように示された。


「はい、皆さん。あちらは、お隣に引っ越してきた、シューター・ツカーラさんです。紫ランク冒険者のお父様と、そちらのワンちゃんと暮らすそうですわ」


 お隣の単語に、子ども達の顔が瞬時に強張った。不安げなざわめきが広がる。


(どんだけだよ、前の奴……)


 ここまで来ると、もうお手上げだ。

 院長は丁寧に説明する。


「いいですか、前に住んでいたお爺さんとは、全く関係ない方です。今日は食べ物をたくさん寄付してくださって、料理も手伝ってくださいました。緑瓜がそうです。お礼を言いましょうね」


 子ども達はびっくりした顔で修太を見たが、院長に続いて「ありがとうございました」と礼を言う。

 なんてしつけが行き届いているのだと、修太は感動した。一番幼い子だと、五歳くらい。十歳かそこらの子達が、男女合わせて二十人くらいいる。結構な大所帯だ。

 修太はなんと言ったらいいものか迷い、ぺこっと会釈した。

 修太が照れているのは見抜いているのか、院長はクスクス笑いながら、祈りのポーズをとる。


「では、精霊と祖先の霊に、今日の恵みへ感謝をしましょう」

「精霊と祖先の霊に、感謝します」

「はい、召し上がれ」


 それを合図に、子ども達はいっせいに食事をとり始めた。

 修太もフォークを手に取って、料理を口に運ぶ。量は全く足りないので、後で帰宅したら食べるつもりだ。


「はあ、お腹空いた。ただいま戻りました」


 そこに、イスヴァンが帰ってきた。

 皆がお帰りとあいさつする。お隣のチビを見習って、修太も声をかける。


「お帰り」

「!?」


 イスヴァンはビタッと動きを止めて、修太を凝視した。

(あ、あれに似てる。驚いた猫)

 本当に野良猫みたいな奴だなと眺めていると、イスヴァンは眉を吊り上げた。


「なんでここにいるんだっ。というか、そのエプロン、俺のだぞ!」


 やっぱり怒った。そういえばと、修太は急いでエプロンを外す。


「私が貸したんですよ。食べ物を寄付していただいて、お料理も手伝ってくださったんです」


 院長がおっとりと言いながら、イスヴァンに歩み寄る。


「ほら、手を洗ってらっしゃい。午後もお仕事があるのでしょう? 早く食べて戻らないと」

「いやいや、先生! 食べ物をもらったからって、油断したら駄目だよ。この間も、金が無いっていう人を泊めてあげたら、今月分のお金を盗まれただろ!」


 イスヴァンは院長に詰め寄る。


(ああ、だから食料庫がガランとしてたのか)


 そもそも予算が無くなっていたとは驚きだ。


「あの方には必要だったんです、しかたありません」

「そうかもしれないけど、俺達にも必要だろ!」

「もう済んだことです。私達がどうにかしますから、イスヴァンは安心して学んできていいんですよ」

「安心できないってば!」


 この場合、イスヴァンのほうが常識的なんだろう。苦労性らしきイスヴァンに、修太は同情した。


「でも実際、困ってると、不思議とどこからか助けが入るんだよなあ」

「院長の人徳だと思うわ」


 ドルトンとメリッサも、あんまり気にしていないようだ。


「のほほんとしすぎ!」


 それにイスヴァンは噛みついた。三人が全く気にとめないので、イスヴァンの怒りが修太に向いた。


「あんたも、いったい何が目的だよ。こんなとこまで入り込んで! タダほど怖いものはないんだ、絶対に裏がある」

「いや、タダじゃないよ。料理を教わるお代として、野菜を持ってきただけだから」

「……料理?」

「おう。料理初心者なんだ。お前、腹が空いてるからカリカリしてるんだろ。手を洗ってきて、とりあえず食べれば?」

「ワフッ」


 修太の問いに、同意だとコウも続けて鳴く。

 イスヴァンは修太の前に仁王立ちして、ビシッと指先を向けた。


「皆に変な真似したら、ただじゃおかないからなっ!」


 そしてそう啖呵(たんか)を切ると、足音も荒く立ち去る。

 修太は感心して、その背中を見送った。


「良い奴ですね」

「でしょう? 仲間思いの良い子なんです」


 院長もにこにこ笑っていた。


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