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屋敷は共同名義で買った。
さんざん連れ回された役人も、全く売れない物件にようやく買い手がついたので、満足そうに手続きしてくれた。
空き家になって長いから、特に希望業者がないなら、補修や清掃などの手配はしておいてくれるという。先に職人に会ってから契約することにして、しばらくは宿暮らしだ。
二週間後、ようやく修太達は屋敷に移ることになった。
補修しながら、大工に紹介をもらって家具を発注し、最低限必要な家具がそろうまで、それくらいかかったのだ。
注文してから、部屋に合わせてのオーダーメイドが主流らしい。家具屋もあるが、高級家具のアンティークを扱う専門店があるくらいで、他に買えるとしたら、のみの市での中古品だそうだ。
セーセレティーの民にとって、家や家具は大事に使い、親から子へ引き継いでいくものであり財産なのだ。格安で使い捨てるものではないようだ。
家は煉瓦や石造りがほとんどだから、一度建てれば長持ちする。最初に家を建て、子どもが内装を手がけ、更に家具を追加していく。世代をおうごとに、少しずつ質を高めていくらしい。
やがて子どもに引き継ぐものなので、修理して大事に使うわけだ。
そんな事情があるので、セーセレティーでは新築より、手をかけて受け継いできた中古物件のほうが高価だというから驚きだ。
双子山脈のおかげで他国とへだてられ、内戦以外では平穏なセーセレティーだからこそ、家を何世代も受け継ぐことができるのだろう。
家の様子が落ち着くまで、修太とグレイは日用品を買い集めた。
ようやく屋敷に引っ越すと、買ったものを配置してみたが、やはり足りないものが出てくる。
「あとは暮らしながらそろえるしかないね」
「そうだな」
今のところ、修太とグレイの部屋である二階の主寝室が二つと、一階の居間や風呂場や洗面所、台所にしか家具が無い。殺風景で寒々としていた。
前の住人が置いていったという一枚板の大きなテーブルは、表面が少し汚れていたので、木工職人に頼んで修理してもらった。軽くやすりをかけて、塗装しなおしてくれたのだ。元々は白く塗られていたが、焦げ茶色にしてもらったので、落ち着いた雰囲気になって結構気に入っている。
居間と修太の部屋に、犬用のベッドを用意したので、コウの居場所も確保済みだ。
落ち着くまでしばらくかかるだろうが、修太はわくわくしている。
「よし、まずは引っ越しのあいさつだな! 引っ越し蕎麦かな?」
「ひっこしそば?」
修太の独り言に、グレイが訊き返す。
「俺の故郷の古い風習なんだけど、引っ越しのあいさつで蕎麦を配るらしいぞ。俺は引っ越したことないから、今もするのか知らないけど」
ちょっと憧れる風習だ。しかしここには蕎麦がない。
「やっぱり、麺かなあ」
「俺は、見知らぬ者にいきなり料理を渡されるのは、不気味だがな」
「そっか。果物がいいかな。もらって嬉しいもの……お茶とか?」
「お前の薬草ブレンドティーならいいんじゃねえか」
グレイの返事は適当だった。
「律義だな。わざわざあいさつに行くのか」
「定住するんだから、ご近所さんとは仲良くしたいだろ。グレイだって、お隣さんの顔を見ておいたほうが安心するんじゃない?」
「……一理あるな」
偵察という名目なら、グレイは納得するようだ。
とりあえず修太は、市場で材料を買い集めると、ブレンドティーを作って瓶に詰めた。市場で適当に買ったリボンを結んでおけば、贈答用くらいには見えるだろう。
両隣と裏の三軒に行くため、三つだけ用意して、さっそくグレイと出かける。
右隣と裏の民家を周り、最後に孤児院に行く。
塀に囲まれ、門もしっかりしているが、昼間は開け放っているようだ。チャイムが見つからず、敷地に勝手に入るのもどうかと思い、遠くから声をかける。
「すみませーん、どなたかいらっしゃいませんかー?」
何回か叫んでいると、十代半ばくらいの少年が顔を出した。訪問客を見て、眉をひそめる。
明らかに怪しんでいる。
修太ははたと自分達の格好に気付いた。
黒づくめで殺し屋みたいなグレイと、フードを目深にかぶっている少年、犬。どんな連中だと思うだろう。修太だって、もしこんな人が急に訪ねてきたら怪しいと思う。
「誰?」
少年は遠くからぶっきらぼうに問う。その傍らから、年齢がばらばらの幼い子達が顔を出すと、手で追い払った。
「隣に引っ越してきた者です。あいさつに伺いました」
「隣! クソジジイの手下か!」
少年が完全に敵を見る目になって、口汚いことを言った。その時、後ろから現われた中年女性が、少年の頭に拳を振り下ろした。
「こら! 汚いことを言うんじゃありません!」
「イダー!」
少年は頭を抱えてしゃがみこむ。
痩せた女性は、銀髪を編み込んで後ろでお団子にしており、緑のワンピースに白いエプロンを付けている。人が良さそうな顔で、こちらに微笑んでお辞儀した。
「すみません、お二人とも。私はこちらの院長をしております、メル・イーシスと申します」
孤児院の院長は、足早にやって来た。
「先生、駄目だよ。隣の奴だぞ! 危ないよ!」
「イスヴァン、離しなさいっ」
少年が院長の手を引っ張って、家に連れ帰ろうとする。院長は細身のわりに力があるのか、思いのほか踏ん張っている。
「先生はお人好しで、よくだまされるんだから。気を付けなきゃ駄目だってば!」
「それもまた学びです!」
「駄目だってー!」
ギギギギと音がしそうな感じで、二人は引っ張り合いをしている。
修太はちらりとグレイを見る。
「父さん、身分証を見せてあげてよ」
「ああ」
グレイも面倒くさくなったみたいで、冒険者ギルドの身分証を出した。
「俺はグレイだ。身元が心配なら、冒険者ギルドで聞けばいい。こっちは息子で、この犬は息子の手下だ」
「いや、父さん、手下って……。まあいいや、俺はシューター・ツカーラです」
それぞれのあいさつを聞き、イスヴァンと呼ばれていた少年が、やっと手を離した。院長が冒険者カードを覗き込み、目を丸くする。
「ま、紫ランクなんですの? お隣さんが強い方って、とても心強いですわ。グレイ……二つ名は『賊狩り』。どこかで聞いたことのある呼び名ですわねえ」
「ええっ、賊狩り!? 先生、盗賊を殺しまくる冷酷非道の冒険者だよ! やっぱりあのジジイの手下なんだ!」
まるで番犬みたいに、ガルルルと威嚇してくるイスヴァン。
本人の目の前で堂々と言うので、修太は苦笑する。だが、否定はできない。実際、グレイは賊には容赦がないので、噂通りだ。
院長は呆れたっぷりに息をつく。
「まったくもう、困った子ですね。前のお隣さんは天涯孤独で、親戚はいらっしゃらないと教えたでしょう。あの、ごめんなさいね。あんまりその……お隣の方と良い思い出がなくて」
「良い思い出どころか、こっちに嫌がらせして、ムグググ」
「静かになさい!」
院長はイスヴァンの口を手で押さえ、取り繕うように微笑む。今更すぎる感じはあるが。
とりあえず誤解をそのままにしておくのは良くないので、修太は前の住人と関係無いと話す。
「よく分かりませんが、俺達はセーセレティーには親戚はいないので、安心してください。あ、そうでした。こちら、引っ越しのあいさつで配っているんですよ。薬草ブレンドティーです、良かったら」
「まあ、ご丁寧にどうも」
修太が差し出した瓶を、院長は両手で丁寧に受け取った。
「まだ庭などが片付いていないので、しばらくうるさくするかもしれません」
「ええ、お互い様ですわ。昼間でしたら、大丈夫ですよ」
「夜に作業はしませんよ」
一応、断っておく。職人は昼間しか働かないのが普通だ。
「でも良かったわ、冒険者さんなら安心です」
院長は親しみを込めて、グレイを見つめている。それを居心地悪そうにして、グレイが問い返す。
「何が安心なんだ?」
「え? この孤児院、冒険者ギルドが運営しているんですよ。必要最低限の補助金だけで、あとは寄付でまかなっておりますが」
院長はついでに教えてくれた。冒険者ギルドは、ダンジョンへの入場料や冒険者から買い取ったアイテムや魔具を売って得た収益で、サランジュリエで色んな事業をしているのだそうだ。
「孤児院のような慈善事業や、聖堂への寄付も。教育関係も力を入れていて、後進を育てるために教室なども開いているんですよ。ですから、ダンジョン都市では、冒険者はとても尊敬されているんですわ」
経済が恵まれているだけでなく、事業でお金を循環させている。しかも、衛兵とともに、都市の防衛も担っているそうだ。
ここでなら、グレイも安心して暮らせそうだと、修太も嬉しくなった。レステファルテでは黒狼族は差別されている。家族をけなされるような場所で暮らしたくはない。
「へえ、冒険者ギルドって手広くやってるんだな」
修太は感心したが、グレイはものすごく興味がなさそうだ。
「シューター、もういいだろ。戻るぞ」
しかも飽きたようである。言うなり歩きだすので、修太は院長にぺこっと会釈する。
「あの、それでは、これからよろしくお願いします」
「ええ。こちらこそ」
院長は朗らかに笑って返す。だが、傍らの少年の眼光が怖い。
(いったい何をやらかしたんだ、前の住人)
とんだとばっちりに、修太は溜息をついた。




