表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
北西の森の邪教徒編
31/178

 7



 結局、白教徒は都市の中で息をひそめ、姿を見せないまま、一週間が過ぎた。

 アジトにいた者から聞きだした話によると、数人はいるようだった。あの危ない魔具以外にも、濃度の濃い魔力混合水をそのまま売っている場合もあり、知らずに使った者に被害が出て、あちこちで注意が呼びかけられている。

 水に含まれる魔力濃度は、腕の良い〈青〉でないと分からない。治療師のお墨付きをもらった魔力混合水の値段が跳ね上がり、市場を騒がせた後、ようやく白教徒達は捕縛された。

 なんでも、媒介石の鉱脈という資金源を断たれたため、新たな資金稼ぎとして、治療師お墨つきの魔力混合水売買に手を出した際にボロを出したという。

 そんなわけで、都市を騒がせた事件はようやく幕を引いた。

 濃い魔力混合水がもたらす弊害を世間に知らしめたので、学園を騒がせたアイネ・エトよりずっと重罪になるだろう……と、グレイが事情を教えてくれた。

 平穏さを取り戻したその日、学園から帰ってくるなり、修太は唖然としていた。

 居間のローテーブルに、布の包みや木箱が山になっている。どう見てもプレゼントだ。


「どうしたんだ、これ」

「知らない。僕が出かける時は無かったよ。師匠じゃない?」


 トリトラも知らないようだ。

 夜になり、帰ってきたグレイに問う。


「グレイ、あれってどうしたんだ? いつものもらい物より多いよな」


 名の売れた紫ランク冒険者なので、怖がられている反面、その悪そうな感じが素敵だとかで、グレイは女性にモテる。たまに、無理矢理押しつけられたという菓子や贈り物を持って帰ることがあった。

 とはいえ、手作りの品などもらっても扱いに困るのか、気付けば家から消えている。使っている様子が無いので、捨てるか燃やすかしている可能性が高い。食べ物は、何が入っているか分からないからと、裏庭の残飯用に掘った穴に捨てていた。

 容赦が無いが、グレイは犯罪者から恨みを買っているので、用心に越したことはないのだろう。なんとも決まり悪いので、修太はそう思うことにしている。


「お前のだ」

「俺……? ああ、ササラさん家で作ったやつ? こんなにあったのか」


 そういえば、そろそろ完成している時期だ。こちらに届けてくれたのだろうか。後日、ササラに礼を言いに行こうと考えたところで、グレイが否定した。


「違う。あの女じゃなくて、俺が用意した」

「は?」


 修太はぽかんとした。


(え? 何かあったっけ?)


 誕生日は秋だから、まだ先だ。


「……入学祝い?」


 ようやく思いついたことを問うと、グレイは否定する。


「違う」

「ええと……どういうこと?」


 トリトラを見ると、彼も訳が分からないと首を横に振った。


「僕が知るわけないでしょ。師匠、どうしたんですか?」


 グレイはしばし沈黙した後、渋々といった調子で口を開く。


「あの女が言ってた」

「どの女の人?」


 修太が首を傾げると、グレイは話しだした。

 よくよく話を聞いてみると、どうやら修太のいない所で、ササラがグレイに言っていたことが原因らしい。


「人間の親は、可愛い我が子のために、服や日用品を買い与えるものです。物やお金も愛情表現の一種! わたくしはシュウタさんのために、なんでもしてあげたいんですわ!」


 とか、


「物を買ってとねだってもらえないなんて、グレイさんは本当に親ですの? シュウタさん、グレイさんには甘えづらいんでしょうか……。それとも子どもの我がままを叶える甲斐性(かいしょう)もおありでない?」


 そんな感じで、熱く語ったりあおったりしていたようだ。

 グレイの話を聞き終えるや、トリトラがブフッと噴き出した。


「そ、それで、気にしてこんなに買ってきたんですか?」


 イラついたのか、グレイがトリトラめがけて何かを投げた。トリトラはのけぞってそれを避ける。


「うわっ。ちょっ、殺す気ですか!」

「うるせえ」


 トリトラは紙一重で避けたが、ドスッと音がした壁にはナイフが一本突き刺さっていた。グレイはじろりと修太をにらむ。


「衣類はあっても困らねえだろ。前にも行った仕立屋の型で作ったから、後で試着して、合わなかったら調整してこい」

「わ、分かった」


 あまりの怖さに頷いた修太だったが、もごもごと返す。


「ありがとう。でも、俺、自分で……」


 買えると言おうとしたが、グレイにさえぎられた。


「お前も、必要なことはちゃんと言え。ただでさえ、俺とお前じゃ種族も価値観も違うんだ。俺はお前を養子にした以上、親の(つと)めは果たす。いいな?」

「はいっ、分かりましたっ」


 背筋を伸ばして返事をした修太は、どうして自分が叱られているのだろうかと、ササラを思い浮かべる。甲斐性が無いなんて言われたら、男のプライドがえぐられる。黒狼族でなくたって気にすることだ。


「で?」

「で……? 何?」


 グレイの問いが意味が分からない。聞き返すと、グレイは眼光鋭く問う。


「だから、なんか無いのか」

「え?」


 何? なんの話だ。

 混乱する修太に、トリトラが小声でささやく。


「この会話の流れだと、たぶん、『子どもの我がまま』ってことじゃないかな」

「え? ああ、そういう!」


 よく分かるなあ、トリトラ。修太は納得したが、状況が謎すぎる。


(なんで俺は、我がままを言うように強請(ゆす)られてるんだ……?)


 普通は、我がままを言うなと怒られるものだろう。しかしじっと見つめてくるグレイの様子から、無いと言っても納得しないように思え、無理矢理ひねりだす。


「うーん。我がままっていうほどのことでもないんだけど、それじゃあ一個だけ」

「なんだ」

「ダンジョンの低層にいる、草系モンスターのレアドロップ品が欲しい。草団子」

「草団子?」


 木箱に入っているおやつだと教えると、グレイはちらりとトリトラを見た。


「いや、僕も知らないんで、普段はスルーするような低層でしょうね。シューター、そんなのが欲しいの?」

「故郷のおやつとそっくりなんだ。友達に食べさせてもらってさ。一箱でいいから」

「故郷か、そっかー。師匠、僕も手伝います」


 何故かトリトラまでやる気になった。


「たくさん取ってきてあげるよ!」

「え? いや、一箱で良いんだけど」

「師匠、頑張りましょうね!」

「なあ、俺の話、聞いてる?」


 修太は嫌な予感がしたが、グレイも無言で頷いているので、止められる雰囲気ではない。




 翌日、有言実行で、グレイとトリトラは草団子入りの木箱をたくさん持ち帰ってきた。

 グレイからのプレゼントを片付けた場所に、今度は木箱が山のように積まれている。旅人の指輪に入れておけば、時間が止まるから長々と食べられるが、これには圧倒された。


「めちゃくちゃチョロかったよ! 師匠って、昔から獲物の引きが良いからね。レアドロップがバカスカ出てくるんだよ。面白かった!」


 トリトラは機嫌良く言うが、グレイはけげんそうにしている。


「こんなんでいいのか?」

「うん、これだよ。ありがとう、父さん!」


 ちゃんと中身を確認してから、修太は満面の笑みで礼を言った。


「また何かあったら言えよ」


 ポンポンと修太の頭を軽く叩き、グレイは自分の部屋のほうへ歩いていく。二階、修太の部屋の向かいがグレイの部屋だ。屋敷の主人が住む主寝室(しゅしんしつ)が二つあるので、それを分け合った形だ。

 一階は客室や風呂場、トイレ、台所などが集中しており、二階は主人一家の生活圏となっている。主寝室が二つの他には、書斎や衣装部屋、物置部屋があった。

 トリトラが愉快そうに言う。


「あれはかなりご満悦って感じだねえ。きっとあの姉さんに、今度、自慢するんだろうなあ。――うわっ」


 すると階段にいるグレイが投げナイフを飛ばした。トリトラがさっと後ずさると、床にナイフが突き刺さった。


「うるせえ」

「すみません!」


 どうやら図星だったのだろう。トリトラは謝ったが、グレイの姿が見えなくなると、声を殺して笑い始める。


「トリトラ、お前、すごいな。なんで父さんの感情が読めるんだ?」

「え? 昔よりずっと分かりやすいじゃないか」

「いや、俺には無表情にしか見えない」


 一緒に暮らしていても、まだよく分からない。ちょっとトリトラがうらやましい。トリトラは笑い止むと、思い出したように問う。


「そういや、昨日の服ってどうだった?」

「袖を通したら、どれもぴったりだったよ。グレイが気に入ってる店だから、質も良いし……」

「それでなんで、そんな浮かない顔をしてるわけ?」

「防具の服も混ざってるみたいでさ。単価がものすごそう」


 冒険者や兵士が着る服は、防具に分類される。だいたいがモンスターの吐きだした糸や巣が材料となる特殊素材で、軽いのに鎧並みの頑丈さだ。ちょっと良い服の五倍の値はするのが普通なのだ。


「いいんじゃない? 君、たまに森に行くんだし。防具を身に着けてるほうが安心だよ」

「あと……黒と暗い色ばっかり」

「正直、君は明るい色は似合わないよ」


 ――この野郎、気にしていることを。

 修太はトリトラをにらむと、山のような草団子の木箱を旅人の指輪へと収納した。




 それから数日後、冒険者ギルドに顔を出した修太は、受付カウンターにいるギルド職員の青年リックに呼び止められた。


「ツカーラ、ちょっと」

「何?」


 リックは眉を寄せ、小難しい顔をしている。ちょいちょいと手招きするので、そちらへ足早に歩み寄りながら、修太は不安になった。


「もしかして父さんに何か……」


 今日はトリトラとダンジョンに行くと言っていたので、帰りを待ち構えるつもりでここに来たのだ。修太の心配を聞いて、リックはきょとりと瞬きをし、バツが悪そうに返す。


「いや、違うよ。安心してくれ。そうじゃなくて――なあ、ツカーラ、賊狩りのお兄さんに何か言った? もしくは頼んだ?」

「ええと、話が見えないんだけど」

「この間、低層に入り浸って、草系のモンスターを狩りまくってたんだ。おかげで低ランク冒険者が怖くて近づけないし、モンスターがまた湧くまで何もすることないしで、どうにかしてくれって泣きつかれて」

「低層……草系モンスター……」


 ものすごく心当たりがあった。

 修太はその場で謝った。


「ごめん! それ、俺のせいだ」

「どういうこと?」

「実は……」


 経緯を話すと、リックは間の抜けた顔になった。


「は? 我がままを言えって言われて、草団子が欲しいって言った? ……なあ、それ、冗談か何か?」

「真面目な話だよ」

「だってお前、賊狩りだぞ? 冷酷無慈悲で有名な。少し前も、盗賊団を壊滅してきたばっかりだ。我がまま……何それ、可愛い響きだな。似合わねえ。ぶくくく」


 カウンターに突っ伏して笑い出したリックを、待合室にいた冒険者が慌てて止める。


「リック、命が惜しいなら笑ったら駄目だ」


 他の冒険者もいっせいに頷いた。


「お、おう。すまん」


 真剣な空気に飲まれ、リックは笑い止む。声をかけた冒険者もそそくさと席に戻った。

 相変わらず、グレイは冒険者達に恐れられているようだ。


「なるほどなあ。あのお兄さんがいつもと違うことをすると、だいたい息子が関わってるから、何かあるんじゃないかとは思ったけど。そんな理由とはね。過保護だよなあ。お前は知らないだろうけど、ここの冒険者ギルド、お前にだけは手を出すなって暗黙のルールがあるんだぜ」

「そ、そうなんだ……」


 特別扱いされていると言われて、なんとも居心地が悪い。


「俺、もしかして迷惑かけてる?」


 修太が気にして問うと、リックは笑って手を振る。


「まさか! お前は全然ひけらかさないし、ギルドの仕事もたまに手伝ってくれるだろ。職員には評判が良いぞ」

「手伝うっていうか、バイトだ」

「手紙の代筆とか、翻訳だろ? 速くて正確だから、こっちは助かってるんだよ。職員にはギルドの幹部もいるしな、冒険者がお前にちょっかいかけたら、皆も出てくると思うぜ? そういう意味でも、要注意人物扱いな」


 要注意人物って、学園以外でも言われているのか。修太はがっくりした。


「でも、今回のはちょっと良くないぞ。ダンジョンで入手できるものが欲しいなら、まずはここで相談してくれ。高層のものなら親父さんが出向くのは良いけど、低層なら依頼して欲しいんだ」

「依頼?」


「そ。ツカーラは金銭に余裕があるだろ? でも、低層で戦うような低ランク冒険者はそうじゃない。高ランク冒険者には、そうやって低ランク冒険者を育てるっていう役割もあるんだ。紫ランクの家族なら、そこのところは分かっていてくれるとありがたい」

「なるほど……。そうだな、気付かなかったよ。教えてくれてありがとう。次からは相談する。すみませんでした」


 修太がぺこりと頭を下げると、リックが目に見えて慌てた。


「いやっ、謝らなくていいよ。分かってくれたらいいから。ツカーラは冒険者じゃないから、よく分からないだろ? それに賊狩りは他人に興味がないから、そこまで気が回らないだろうし。……うん、可能な時は相談してくれ、よろしくな」

「分かった」


 修太は頷いたものの、気持ちは落ち込んだ。他人を気遣うのって難しい。

 その様子に、リックはフォローを入れようと付け足す。


「そんなにへこむなよ。大丈夫だって、ツカーラ、紫ランクの家族としちゃあ、かなりまともだからな。中には横暴だったり、特別扱いされて当然って顔したりして、嫌ぁーな奴もいるからよ。受付としては迷惑極まりないんだ」

「リック、大変なんだな」

「もう慣れたけどな。それにそういう奴って、その紫ランクの家族が死んだり大怪我したりして活躍しなくなったら、一気に冷遇されるしよ。ざまあみろってな」


 リックが爽やかな笑顔とともに毒を吐くので、修太は反応に困った。


(トリトラみたいなことを言うなあ)


 修太はリックに礼を言う。


「気を付けるよ。教えてくれてありがとう、リック。良い奴と知りあえて助かった」

「はは、そこでそう返すから、年配連中に人気があるんだろうなあ。俺もお前となら、良い友人になれそうだと思うことがあるよ」

「それは光栄だな。俺、あんまり友達いないから、そう思ってもらえるなら嬉しいよ」


 もしかしてこれは友達を作るチャンスではないだろうか。修太は期待したが、お世辞の可能性もある。少し逡巡したが、思い切って右手を出してみた。

 するとリックは照れくさそうに笑い、握手を返してくれた。

 なんだかんだ、リックとは、以前、サランジュリエに来た時からの知り合いでもある。明るい好青年で、誰とでも気さくに対応するが、実際は適度に距離をとっているのもなんとなく感じ取っていた。

 人当りが良い反面、警戒心の強いタイプ。

 こちらが友達になりたいと思っても、まず難しいから、修太も顔見知り程度の対応をしていた。

 あきらかに友好的になった修太達を見て、周りが笑う。


「おお、良かったな、リック。お前、友達いねえもんな」

「孤高のぼっち!」


 茶化す彼らに、リックは眉を吊り上げる。


「うるせえよ! なんだよ、孤高のぼっちって。かっこ悪すぎだろ」


 その言い返しに、ぎゃはははと笑いが起こった。

 リックは疲れたように溜息をつき、頭をがしがしとかく。そして周りに聞こえない程度の声で、修太に内情を打ち明ける。


「俺だって好きで友達がいねえわけじゃねえんだぞ。ガキん時に、親が詐欺(さぎ)にあってさ。それ以来、どうもな。他人を信用して痛い目を見るより、一人でいるほうが楽なんだ」

「他人不審? 分かるよ。俺もなあ、海賊とか盗賊とか、白教徒とか……なんかおっかないよな。実は人間のほうが苦手なんだ」

「ん? 仲間に守られてきたんじゃないのか」

「うん、助けられたよ。グレイと会った時も、レステファルテの海賊に捕まってた時だしな」

「え、二人って、そんな出会い方だったの?」


 リックは面食らって、青い目をパチパチと瞬かせる。


「まあな。なあ、注意するのって、するほうも嫌なもんだろ? ちゃんと話してくれる人のほうが信頼できる。リックは立派だな。他人に嫌な目にあわされても、自分はちゃんとしてるんだから」

「そうかな。俺の短所をそんなふうに言ってくれる人なんて、初めてだよ。サンキューな。あ、親父さんが来たぞ」

「おう。じゃあ、またな」


 ちょっと照れくさい空気があったので、修太は軽い調子であいさつすると、受付を離れた。

 何故か修太が叱られる不思議な事態だが、友達ができたので良しとしておくつもりだ。

 目下のところ、とりあえずグレイに状況を話しておかなくてはと意気込みつつ、どう伝えればいいかで頭を悩ます修太だった。





 北西の森の邪教徒編、終わりです。

 もうちょい白教徒を暴れさせようかとも思ったんですが、自滅エンドにしました。


 次は番外編にして、引っ越してきたばかりの修太達と孤児院の子たちとの関わり合いを書こうかなと思います。書きたくなった。時系列で行くと、After本編より前ですね。

 ぼちぼち。

 こんなふうに、日常をだらだら書くのも楽しいですねー。

 完全に、私による、私のための、自作品の二次創作って雰囲気がありますよ(笑)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ