第一話 波乱の入学式 1
早朝、窓を開けると、心地良い春風が吹きこんできた。
「今日は春か、幸先が良いな」
塚原修太は自然と笑みを浮かべ、窓の外を見た。
家の屋根の間に、巨大な塔がそびえている。四角柱の塔は、〈四季の塔〉と呼ばれるダンジョンだ。
この都市の名は、サランジュリエ。セーセレティー精霊国の西にある、大きなダンジョン都市だ。この塔のお陰で毎日季節が変わるので、気まぐれ都市なんて呼ばれている。
断片を集める旅を終えた後、修太はこの都市を気に入って移り住んだ。
「おい、ぼんやりしていていいのか?」
その時、台所の入口から、黒髪の男が顔を出した。
背が高く、琥珀色の目を持った顔の整った男だが、表情にとぼしい。黒い狼の尾を持ち、常に黒い衣服をまとう、黒狼族の戦士だ。
「あ、おはよう、父さん」
修太は気軽にあいさつした。
男の名はグレイといい、修太の義理の父親だ。
仲間達とも数年一緒に旅をした仲だ。そのつながりで、修太を養子にしてくれた。
黒狼族はすぐに殺すだの戦うだのと物騒だが、身内には情が深い。お陰で、修太のことも気にかけてくれている。
(まあ、人間のことが分かってないから、たまにずれてるけど)
心の内で付け足すが、気持ちがありがたいのだ。
「弁当の残りだけど、おかずが余ってるから食べていいよ。冷蔵庫に入れてるから」
「分かった」
返事を聞きながら、修太はばたばたと弁当を布で包んで、水筒とともに布製の鞄に放り込んだ。それを左手の人差し指につけている、旅人の指輪へと仕舞う。
修太が幼馴染とこの世界――エレイスガイアに迷い込んだ時、創造主オルファーレンにもらった餞別の品で、容量や重量は関係なくなんでも収納できる。しかも時間の流れが止まるので、便利なアイテムだ。
食堂に行き、椅子に置いていた鞄を手に取った。すぐに玄関へ向かい、スリッパからブーツへと履き替えていると、グレイがついてきた。
「シューター、約束を覚えてるな?」
確認の問いに、立ち上がってつま先をコツコツと叩きながら、修太は振り返って答える。
「目は隠すこと」
グレイが無言で頷いた。
この世界では、生まれついた目の色で魔法が使えるかが決まる。
赤・青・黄・緑・白・黒。
この六色は貴色とされ、それぞれ、赤は火、青は水、黄は地、緑は風、白は光、黒は闇の属性の魔法を使える。彼らを魔法使いと呼んでいる。他、二色が混ざった目の色のため、弱い魔法を使えるハーフや、全く魔法を使えない茶色を持つノン・カラーがいる。
一部、当てはまらない種族がいるが、おおよそはこの決まりだ。
例えば黒狼族は、女性しか魔法が発現しない。だからグレイは魔法を一切使えないことになる。
(それでも、俺は瞬殺だろうけど)
隣国レステファルテに集落がある黒狼族は、荒野の狩人と恐れられる戦闘民族だ。
〈黒〉という、魔法の無効化と鎮静しか使えない修太なんて、赤子の手をひねるようなものである。
「信用できると分かるまで、生徒にも目は見せるな。お前の通う学校とやらは、他国からも来てるからな。どこに白教徒がいるやら分かりゃしねえ」
「うん、気を付けるよ」
グレイがピリピリしているのは、ここからは遠く離れた南方の大国、パスリル王国の信徒を気にしているからだ。
五百年前にモンスターが大量発生した大事件があった。その際、〈白〉だったという聖女レーナが解決したので、彼らは〈白〉を重要視している。白教と呼ばれる宗教に熱心なあまり、対極の〈黒〉を忌み嫌っており、悪魔の使いと言っては捕まえて処刑するのだ。
修太も旅の間に何度か危険な目にあったので、よく分かっている。
「二つ目は?」
グレイの催促に、修太は返事する。
「よほどの時以外、魔法は使わないこと」
「そうそう無いだろうが、魔法で馬鹿やってる連中がいたらとっとと逃げろよ。いいな? 薬は持ったか」
「水は入れてあるよ」
魔力混合水という、〈青〉が水に魔力を込めた代物だ。飲むと魔力を補給できる。
「魔力吸収補助薬も」
「……ある」
思わず苦い顔をした。苦くてまずいのだが、魔力の吸収率が上がるので、一緒に飲まなくてはならない。
この世界に来てから、〈黒〉として神業レベルの魔法を使えるようになったが、〈黒〉は常に魔力を微量に外に出しているため、魔力が不足しやすい。以来、修太は持病として、魔力欠乏症をわずらっている。
「具合が悪くなったら、すぐに医務室に行けよ」
「大丈夫だよ、無理しなければ平気だって、医者も言ってただろ?」
念押ししてくるグレイに、修太は苦笑を零す。
旅の間に何度か大規模な魔法を使ったのだが、その負担が知らぬ間に修太をむしばんでいて、ちょっと無理をすると発作になって出るようになった。胸が苦しくて息がしづらいので、修太としてもそんな状況にはなりたくない。
「三つ目は?」
「出かける時は、必ず鋼を傍につけること。あれ? どこに行ったんだろ」
修太は玄関を見回して、灰色の中型犬を探した。
「外だ」
グレイが扉を示すので、修太は玄関扉を開けた。
「オンッ」
すでに玄関先で鋼――コウがお座りして待っていた。黄橙色の目をキラキラさせて、尻尾を振っている。革製の赤い首輪には、小さなメダルが下がっていた。
「準備万端だな」
「出かけるのが好きだからな、そいつ」
修太がつい笑ってしまう後ろから、グレイもサンダルに足を突っ込んで、玄関先に出てきた。
コウは鉄狼というモンスターだ。本来は二メートルくらいの大きな狼なのだが、修太を親分と慕って、小さな体に変化までしてついてきている。〈黄〉の魔法を使ったり毛を逆立てて針にしたりと、これで結構強い。修太の護衛代わりだ。
「シューター、やっぱり俺が送……」
「駄目!」
グレイがそわそわと切り出したので、修太は慌てて拒否した。
「グレイが来たら目立つだろ。入学式なんだぜ、最初が肝心なんだから」
「だからだろ? お前のバックが誰か分かれば、なめられないだろ。俺は地位だけはある」
「いや、地位だけって……普通に実力もあるよな?」
なんでそんなところで謙遜するんだと、修太はひくりと頬を引きつらせた。
グレイは冒険者ギルドで、紫のランクを持っている。実力だけでなく、ギルドの信頼もないともらえないランクだ。
修太の通う学校は、ダンジョンを利用して冒険者を養成している面もある。グレイが義父だとばれたら周りが萎縮して、友達が出来なくなりそうだから困る。
「俺は文官養成の文学科に通うんだから、大丈夫だって。騎士・冒険者科の人達が文学科に怪我させたら、即日退学だってパンフレットに書いてあったし」
そう説明しても、グレイは不服そうだ。若干、眉が寄っているので分かる。
「まずい状況だったら、相手の足を刺して逃げるんだぞ? ナイフは持ったな」
「朝から物騒! 分かってるってば、もう、いい加減にしてくれよ。遅刻するだろ」
修太は文句を言ったが、グレイの心配も分かるので、フードの下で苦笑した。
「いや、ごめん、言いすぎた。心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だから。――それじゃ、行ってきます」
「ああ」
結局、グレイは門まで見送りに来た。
ちょっと気恥ずかしいが、実の両親を亡くしている身なので、親身になってくれるのは嬉しい。
だが子どもではないのだし――と、実年齢のことを思い浮かべて、苦笑いする。本当は二十二歳だが、この世界に来た時に若返ったので、外見年齢は十七くらいだ。グレイと親子になった際に登録したので、冒険者ギルドには今年で十七と登録されている。
「俺、もう大人なのにな?」
雑踏を歩き出しながら、修太はこっそりとコウに愚痴を零す。
「ワフッ」
対するコウは、仕方ないよみたいな感じで、足元で吠えただけだった。
こんばんはー。
extraで後日談の短編書いたら、続きも見たいというご感想をいただいたので、調子に乗って目次を作りましたよ(笑)
ネタバレがお嫌いなかたは読まないようにしてくださいねー。
肝心なところには触れませんしぼかしますけど。
アフターにするにしたって、どこのタイムラインから書こうか迷ってたんですが、やっぱり修太の学園生活が書きたいので、入学式からにしました。
十七歳からスタートです。
旅を終えてすぐじゃないんですけどね。短期間ですが、グレイとコウと修太で旅してる期間もあるんですが、その辺を書くとぼかしきれないから触れません。
断片の使徒って、2011年からのんびり書いてるんですね。もう六年かあ。
書いていて、グレイの過保護度があきらかに上がっていると笑いましたけど、義理の親子とかいいよね。好きなんだ。
ちらちらっとグレイや他のメンバーが出てくる以外は、修太の新生活がメインになってるので、新キャラが出てきます。
あと、現在、本編では人を喰う本編を書いてるから、あのキャラが修太と友達になるのねっていうのが出てきたりしますよ。(こないだの短編ですでに名前だけ出たけど)
色々と中途半端で遊びまくりですけど、のんびりお付き合いいただければ幸いです。
ではー。




