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翌日、さて昨日の件はどうなったかなと、修太は朝からそわそわしていた。
落ち着かないので、朝食後から裏庭に出て、辺りを闊歩するケテケテ鳥を眺めている。黒い羽毛を持つ大型の鳥はケテケテと鳴き、地面を掘り返して虫を食べている。そこへササラがやって来た。
「シュウタさん、ちょっと来てくださいな」
「分かった」
もしかして、グレイ達が戻ってきたのだろうか。手招かれるまま、ササラについて応接室に行くと、知らない人達が集まっている。
「誰?」
「商人ですわ」
「商人……?」
修太はそのまま問い返す。
なんで商人がこんなにいるのだろう。助手らしき者も含めて、十人近くいる。
「うちの出入りの方々で、親しいんですの。わたくし、シュウタさんにお召し物を見繕いたかったのですよね。市場で買ってあげますと言っても、承知してくださらないから」
「いやいや、俺、自分で買えるし! 悪いから!」
「うちにお泊りする時に使えばよろしいですわよ。そして、ゆくゆくは、滞在期間を伸ばしていって……ふふふ」
含み笑いをしているササラがちょっとおっかない。
「奥様、こちらの方は?」
二人の会話を聞いて、商人がけげんそうに修太とササラを見比べている。屋敷の女主人が、フードを目深に被った地味な少年に商品を買ってあげるとか言っているのだから、そりゃあ気になるだろう。
「この方は、ツカハラ=シュウタ様ですわ。わたくしが以前、お仕えしていた主人ですの。いえ、離れて暮らしていても、今でも心の主人です!」
ササラの熱の入った紹介に、商人達がざわめく。そのうちの一人が、ごくりと息を飲み、恐る恐る問いかける。
「それはさぞ、やんごとなき……?」
「ええ、それはもう高貴な」
「違うから!」
ササラの返事を、修太は慌てて遮った。
「庶民だからやめてくれよ、ササラさん!」
「今ではそうですけど」
「いや、昔からだぞ!?」
「シュウタさん、どうおっしゃろうと、わたくしにとっては尊ぶべき方です」
「やめてくれってばー!」
ササラが真剣に言い切るものだから、商人達の目つきが変わってしまった。ササラは平民でも気品のある立居振る舞いをしている。そんな彼女がこれだけ言えば、修太だってそれ相応に見えるだろう。印象操作みたいなものだ、恐ろしい。
「どちらにせよ」
ササラはにこりと微笑んで付け足す。
「現在、シュウタさんは、紫ランク冒険者の養子ですのよ」
とどめだった。紫ランクは冒険者では出世頭だ。グレイはストイックなので金持ちに見えないが、実際はかなりの資産持ちである。本人がその気になれば、アレンと似たような生活はできるのだ。
つまり、商人にとって、金を吐きだすカモである。
商人達はそれぞれ修太に丁寧にあいさつして、どうぞよろしくと、名刺を差し出した。もらっても困るのだが、断れる空気では無い。
「ど、どうも……」
結局、名刺を受取ってしまった。
(負けた……っ)
内心ではがっくりとへこみつつ、逃げるに逃げ出せず、しばらくササラに言われるまま、着せ替え人形扱いされた修太だった。
ほくほく顔の商人が帰った後、応接室には結構な数の商品が置かれていた。
仕立屋や靴屋にはサイズを測られ、ササラや修太の意見をもとに、材料やデザインを決めた。商品が完成したら、ここに届くそうだ。
「ササラさん、これ……代金にして」
修太が罪悪感にかられて、スーリアにもらった大きな媒介石を差し出すと、ササラは目を真ん丸にした。
「まあ、大きな媒介石ですわね! ですが不要ですわ」
「でもアレンに悪いから」
「大丈夫です、わたくしの蓄えから出したので」
「もっと悪いよ!」
慌てる修太に対し、ササラは首を傾げる。
「どこがいけないんです。これほど有意義なお金の使い方はありませんわ」
「でも……」
「シュウタさん、前にわたくしを姉のようだと言ってくださいましたよね。それは嘘ですか?」
「そうじゃないけど」
「可愛い弟のために散財するのは、とても楽しいことですわ。それに、お金が欲しいなら、冒険者として仕事してきますから大丈夫です。わたくしもフランジェスカさんと同じく、藍ランクになりましたのよ」
「いつの間に!?」
修太は驚いてのけぞった。
相変わらず、仲間達の有能ぶりはぶっ飛んでいる。
「わたくしは、スオウ国にいた頃、あそこにしか居場所がないと信じきっておりました。ですが、外に出てみると、案外チョロイんですもの。馬鹿馬鹿しくなりましたわ。無知って心底恐ろしいです」
チョロイのか……。
修太にはわりとハードモードな世界だが、攻撃力の高い〈赤〉で、武人としても優秀な彼女にはそれほどでもないのだろう。うらやましい。
「シュウタさんは、わたくしから故郷を奪ったと気にされておいでですが、わたくしは自由を教えていただいて感謝しております」
「だからってこんなことしなくてもいいよ。その……姉みたいだと思ってるのは本当だし。幸せそうにしてるのを見られたら、家族はうれしいものだろ?」
うぐぐ。口にするのは気恥ずかしい。
修太が照れ混じりに返すと、ササラは赤い目をキラキラさせる。
「ありがとうございます。――まあ、それはそれとして、シュウタさんを飾りつけたいのはわたくしの趣味です。楽しみです。姉の我が儘に付きあってくださいまし」
「急に良い話から、欲全開になったな!」
「ふふふ」
ササラは楚々とした笑みを浮かべているが、譲る気が無い辺りが強い。
高校の同級生が、姉が強くて逆らえないと言っていたのが、急に理解できた。
「お部屋の家具も、シュウタさんの好みで少しずつ揃えてまいりましょうね。そしてゆくゆくは……ふふふふ」
「いや、俺はグレイと暮らすから」
「未来は分かりませんわよ。それに今後、結婚したらどうなさるんです?」
「え? んー、分かんないけど。俺がお嫁さんをもらうんだから、一緒に暮らせば良くない? うわっ、何?」
急にササラが修太の頭を撫でるので、修太は驚いた。
「お嫁さんなんて、可愛らしい響きです」
「うっ。他になんて言えばいいんだよ」
奥さん? 妻? どういう表現が大人っぽいのか分からない修太に対し、ササラはそれはそれは微笑ましそうに頬を緩めている。
「お嫁さんですって、うふふふふ。お嫁さん。可愛い」
「もう! 忘れてくれよ!」
あんまりからかわれると恥ずかしい。顔を真っ赤にして言うと、更に笑われた。なんでだ。
夕方、グレイとトリトラが迎えに来た。
玄関ホールにササラとともにむすっとした態度で現れた修太に、トリトラが不思議そうに問う。
「どうしたの、そんなにふてくされて。もしかして迎えに来るのが遅かったから?」
「違うよ。ササラさんが俺をからかうから!」
修太がキッと傍らのササラをにらむと、彼女は逆にグレイ達に詰め寄った。
「聞いてくださいまし。シュウタさんってば、大変可愛らしくて」
「ちょっと!」
結局、止める間もなく、お嫁さん呼びを暴露された。トリトラもササラと一緒になって、にやにやしながら修太の頭を撫でる。
「お嫁さんか~。君、たまに可愛いこと言うよね」
「撫でるなっつーの!」
手を払いのけて怒っても、トリトラとササラは笑っている。トリトラはグレイに声をかける。
「良かったですね、師匠。お嫁さんをもらっても、一緒に暮らしてくれるらしいですよ」
「どうだかな、後で気が変わるかもしれない」
グレイはそう言ったが、修太の頭をポンポンと軽く叩く辺り、実は嬉しいのかもしれない。あいにくと、無表情すぎて修太にはどちらか分からなかったが。
「ええ、わたくしと暮らしているかもしれませんし!」
「それはどうだろう。君に子どもができたら、シューターを構ってられないでしょ? 今だけだと思う」
「まあ、トリトラさん。わたくしの主従愛をなめてますの!?」
トリトラが毒舌を返したので、ササラがブチ切れた。
「まあまあ、落ち着いてよ、ササラさん。トリトラ、やめろよ!」
「え? なんで怒るの?」
「……はあ、もういい。それで、白教徒の件はどうなったんだよ」
失礼なことを言ったと分かっていないトリトラに説明するのを諦め、修太は話を変える。ササラも気を鎮めた。
「解決したのですか?」
グレイが頷いた。
「ああ、まあな。あの連中、相変わらず胸糞悪い」
「処刑とかの被害者が出たわけではないんだけどね、例の魔具を広めてた理由が最悪。邪教徒同士で内紛を起こさせたかったんだって」
内紛というと、仲間内での喧嘩という意味か?
確かに胸糞悪いが、魔具とどうつながるのか、修太にはよく分からない。
「もう時間も遅いですし、夕食をとりながら話しませんか?」
ササラの誘いを、グレイ達は了承する。
「ああ、構わん。晩飯をとってから戻ると、ケイ達には言ってあるしな」
「僕、肉が良い」
遠慮の無いトリトラにも、ササラは気にした様子を見せない。共に旅した期間で、黒狼族の自由さに慣れているだけある。
「ええ、料理長に伝えておきますわ」
それから食堂に移動して、ちょうど帰ってきたアレンやディドとともに食卓を囲んだ。
「へえ、つまり、出入りするための合図があったのか」
話を聞いて、修太は呟いた。魔法が凝っているわりに、そういったところは単純らしい。
神隠しのように人が消え失せる結界は出入り口が決まっていて――大木に目印となる木札がかかっていたようだ――そこで、中に入りたい者がある鳥の鳴き真似をすると、中から結界が解除される決まりになっていたという。
「実は結界は二重になっていて、外側の結界だけ解除すると、そこだけ扉みたいな穴があいている結界が現われるっていう仕組みだって、白い人が言ってたよ」
トリトラの言う白い人とは、啓介のことだ。銀の目を持つ〈白〉の魔法使いなので、昔からそう呼んでいる。黒狼族は認めた相手の名前しか呼ばないが――仕事上、名に力を持たせないまま呼ぶこともあるが――長い付き合いのわりに、いまだに名前で呼ぶ気はないらしい。
トリトラの説明を聞き、修太は頭に図を思い浮かべてみた。
「外に出る時も、外側だけ解除するらしいから、内からなら自由に出られる黒輝石の結界とは違うみたいだ」
「そういう技術、他のことに使えばいいのにな」
賢さの使いどころを間違えていると思う。
修太の皮肉に、トリトラはうんうんと頷いて、それから付け足した。
「魔力消費が激しすぎるから、媒介石だと厳しいんじゃないかって」
「啓介がそう言ってたのか?」
「そう。建物の中に水路で作った魔法陣があってね、それを見て言ってたよ。面白いって騒いでたけど、僕にはよく分からなかった」
その時のことを思い出したのか、トリトラは緩く首を振って、ステーキを口に運ぶ。
「あいつ、相変わらず天才肌だな」
「アイテムクリエイトはまだまだらしいけど、魔法の解析くらいはできるって、けろっと言ってた。いや、充分、すごいでしょって話だよね。ええと、パターンを覚えれば簡単だとか」
首をひねり、トリトラは「やっぱり分からない」と呟いた。
「魔法のパターンなあ」
修太はふと、啓介との雑談を思い出す。
「そういや、たまにあいつがダンジョンに潜ってるのって、ダンジョンに使われている古代の魔法パターン探しだって言ってたな。アイテムや媒介石を手に入れるのは、そのついでなんだってさ」
地球にいた時はオカルト情報収集に忙しかった啓介だが、エレイスガイアでは魔法の神秘を探究するのに忙しい。その一方で、エレイスガイアでのオカルトに触れるのも趣味にしている。ときどき謎の雑誌や怪しいアイテムを手に入れては、修太と会うたびに披露するので、やめてくれないものかと思っている。
「たまに学者が護衛を頼んで、ダンジョンに入りたがるんだけど、それも似たような理由みたいだよ。僕は絶対に受けない依頼。あの連中、危険を知らずに好奇心であちこち手を出すくせに、怪我でもしようもんなら、護衛の能力不足ってぎゃあぎゃあ騒ぐみたいだからさ。面倒くさいって噂」
「でも、受ける奴はいるんだろ?」
「そりゃあ、報酬が良いからね。護衛が得意な奴もいるし。僕だったら、あんまりうるさいと殴っちゃうな」
にこっと笑って軽い調子で言っているが、内容はかなり物騒である。
「黒狼族にはぜってぇに向かない依頼だな。だが、サランジュリエはダンジョン研究者が多いから、そういう依頼は多いぜ」
ディドがそう言い足した。そして、骨付き肉を豪快に頬張る。
上座の席にいるアレンがワイングラスを揺らしながら問う。
「それで、その連中はどうなったんです?」
「もちろん全員を捕縛した。冒険者ギルドから応援も連れていってな。もしかすると被害者がいる可能性もあるんで、治療師は必要だ。この騒動での怪我人くらいで、被害者がいなかったのは僥倖だな」
グレイはそう言ったものの、面倒くさそうな空気を漂わせている。
「この都市にもアジトが無いとは言い切れねえ。冒険者ギルドはここまでで、都市のほうは衛兵が担当するってよ。せめてもの名誉挽回だと」
「後始末までは分かりましたが、先ほどおっしゃっていた邪教徒同士での内紛というのは?」
アレンの向かいの席に座るササラがそっと手を上げて問うと、グレイは質問に淡々と答える。
「あんな魔具が商店で売られていたらどうだ? 姿の見えない悪党がいて、しかもうっかり巻き込まれれば、魔力酔いで危険な目に遭うかもしれない。この国の民衆は、疑心暗鬼になるかもな」
「子どもにでも被害が及べば、あっという間に不安の芽が爆発するだろうね。心理戦が上手いよ。ああもう、白教徒、うざい」
トリトラがうんざりとぼやく。
「それでなんで内紛? 悪いのは悪党だろ?」
修太にはよく分からない理屈だ。するとアレンも嫌そうに顔をしかめて推測を口にする。
「セーセレティーの民は迷信深いんですよ? 精霊と祖先への信仰が日常に根付いています。誰かがこう言ったらどうでしょうか。『こんな騒ぎが起こるなんて、祖先の霊がお怒りに違いない』」
「そこでなんで祖先が出てくるんだ?」
「あんまりひどい時は、現王の血の流れまで否定される可能性もあるんです。現王に反対する勢力がいるなら、格好の餌食ですね」
「そんな馬鹿げた理由で、国が揺らぐのか?」
訳が分からない。笑ってしまう修太だが、テーブルの面々には微妙な空気が漂っている。
「……え? まじでそんなんでやばいの?」
「君の故郷がどうだか知りませんけど、そんなものですよ。足をすくう理由があれば、なんでもいいんですから」
アレンの冷めた結論に、グレイも同意する。
「これをセーセレティーを敵視してる連中がするって辺りが胸糞悪いと言ってるんだ」
「国が荒れると、白教徒が慈善事業という名目でうろつき始めるからね。今日の食事に困ってる人からしたら、救世主でしょ? で、信者が増える。そうして信者が増えていって内側から食いつぶしていくってわけ。本当に、あいつらのやり口は陰湿だよ」
黒い表情で、トリトラは憤然と呟く。
「なんで詳しいんだよ、トリトラ」
「大陸南部は、そうやってパスリル王国に吸収されていったんだよ。レステファルテじゃ有名な話だよ」
さすがはパスリル王国の敵国だ。悪口として広まっているんだろう。
とりあえず彼らの目的は理解したので、修太は他の気になることを問う。
「あのゴミ捨て場ってどうなったんだ?」
すると、グレイはちらっとトリトラを見た。意図を汲み、トリトラが説明する。
「この辺を治めてる領主の土地だからってことで、領主が管理するそうだよ」
「お前、学園でもめてたろ。あのガキの父親だってよ」
「もめた? まさか、リューク・ハートレイ?」
修太の問いに、グレイは頷く。トリトラが更に言った。
「サランジュリエって、ハートレイ子爵領らしいよ。冒険者ギルドの力が強いから、ほとんど自治都市みたいなものだけどね。税金は払ってるって話。ボスモンスターのテリトリーは除いて、北西の森も入るんだってさ」
「なるほど……。だからリュークは、市長の息子と幼馴染なのか」
実家の領地ならば、この辺で暮らすのが自然だ。サランジュリエはセーセレティー精霊国西部では都会だから、領主一家の屋敷もあるだろう。
「ま、冒険者ギルドが解決したから、それなりの報酬はあるそうだがな。あの聖堂内の泉も、魔力が薄れるまでは要注意扱いだな」
鉱脈があるわけではないから、そのうち高濃度の魔力混合水ではなくなるだろうが、偽装のために残してきた媒介石がある。媒介石をすぐに採取してしまわない限り、数年は残りそうだ。
「片が付くまで、一人での外出は禁止だ。いいな」
「はいっ」
グレイにきつい調子で念押しされ、修太は思わず背筋を伸ばして頷いた。アレンがそんなグレイを笑う。
「過保護すぎるのでは……と言いたいところですが、白教徒相手なら、これくらいの警戒がちょうどいいですね」
「師匠が付きそうと目立つだろうし、しばらく僕も送迎してあげるよ」
トリトラが名乗り出ると、ササラがうらやましそうに口を挟む。
「わたくしもお迎えに行きましょうか?」
「そんなに何人も来ると恥ずかしいから、やめてくれ」
アレンがじとっとにらんでくるのを気にしながら、修太は素早く断る。当然、気付いたササラが怖い笑みを浮かべる。
「旦那様?」
「見ていただけですよ」
アレンは肩をすくめてそう言ったが、心中では面白くないと思っているのは確実だ。だいたいそんなに心配しなくても、修太だって新婚家庭を邪魔する気はないのに。ササラが関わると、子どもっぽい独占欲をあらわにするので困る。
ひとまず事件の結果も報告しあい、夕食を終えると、修太達はモイス家を後にした。




