4
昨日、あんなやりとりをしたせいか、学校に行くと、リューク達の修太への態度ががらりと変わっていた。話しかけてはこないものの、敵視はやめ、遠巻きに様子見するようなものになった。
(これはこれでうざい)
心の中で悪態をつき、修太は席に座る。
「はよーっす」
少し遅れて教室に入ってきたアジャンが、修太の隣に座ると、不思議そうに軽口を言う。
「なんかあいつら、大人しくて不気味だな。嵐の前の静けさ?」
「やめてくれよ、憂鬱になるだろ」
アジャンは肩をすくめ、話題を変える。
「昨日、仲間とどうだった?」
「普通だよ。しばらくうちに滞在するってさ。仕事だそうだ」
「仕事?」
「商人ギルドと冒険者ギルドのお遣いらしいぜ」
細かくは教えられないので、ざっくりと話す。
「お遣いかあ。下っ端はどこも大変だな」
「はは……」
見当違いなことを言うアジャンに、修太は苦笑を返すしかない。どちらかというと、二人は幹部だ。今回の件も重要なことを任されている。
「ホームルーム始めるぞ。座った座った」
そこで担任のセヴァンが入ってきたので、修太達も雑談をやめる。
その日は平穏な学校生活だった。リューク達の誤解が解けたので、おおっぴらに修太を糾弾する者がいなくなったおかげだ。だが、被害者の中には修太を警戒する者もいて、ひそひそと噂をされているようだった。
買い出しをしてから帰宅すると、修太はコウとともに庭に出た。
井戸の傍でコウを洗っていると、家政婦のニミエが顔を出した。四十代前半くらいの女で、灰色の髪と茶色の目を持った平凡な容姿をしている。頭を布巾で覆い、灰色の仕事着に身を包んでいた。掃除や洗濯といった仕事で汚れてもいい服らしい。
「シューター様、ササラ様がいらしてますよ」
どこにでもいそうな雰囲気のニミエだが、声はやわらかくて落ち着いている。料理の腕も良く子どもの世話も得意なので、家政婦ギルドでは人気があって給与が割高だ。修太の家には週に三回来る。合い鍵を渡しているので、留守でも決まった家事をしてくれていた。
「ありがとう、ニミエさん。ちょっとごめん、ササラさん、コウを洗ってるから……ぶっ」
コウが急に身震いして、顔に泡が飛んできた。ニミエとササラの笑い声が響く。
「コウったら、洗濯物にはかけないでくださいよ」
「オンッ」
ニミエの注意に、コウは良い子の返事をしたが、泡が落ち着かないのかそわそわしている。これ以上暴れられる前にと、修太は井戸水を汲んでコウにかけた。石鹸を落としてしまうと、コウは離れた場所まで走っていって、そこで勢いよく身震いをする。
今日は天気が良いので、タオルでふかなくても乾きそうだ。
もう夕方だが、サランジュリエの今日の季節は夏なので蒸し暑い。
「掃除も終わらせました」
「洗濯物はこっちで取り込むから、今日は帰っていいですよ。ありがとうございました」
「ええ、こちらこそ。では失礼します」
ニミエはあいさつをして、庭を後にした。残ったササラが歩み寄ってくる。
「シュウタさん、お味噌と醤油を手に入れたので、おすそわけに参りましたの」
「本当? ありがとう、ササラさん! すっげえ嬉しい!」
「喜んでいただけて嬉しゅうございますわ」
ササラは品良くころころと笑い、ハンカチで修太の顔についた泡を拭った。
「お茶でも……というか、夕食を一緒にどう? 昨日から啓介とフランが来てるんだ、会っていったら?」
「ま、ケイさんとフランさんが? ではお食事もご一緒しようかと思います。何か手伝いましょうか?」
「これから仕込みをするんだ。それでもいいかな」
「もちろん」
ササラは料理が上手なのでかなり作業が楽になると、修太はにまりとする。すぐに洗濯物を取り込むと、台所でササラとしゃべりながら準備をした。
そうこうするうちに夜になり、啓介とフランジェスカ、グレイが連れだって帰ってきた。
啓介とフランジェスカはササラとあいさつして、しばらく近況を語り合っている。その間に、修太が食堂の大テーブルに作ったものを運んでいると、グレイが手伝ってくれた。
それから夕食をとりながら、修太は啓介に今日の成果を問う。
「どうだったんだ、啓介」
「今日は注意喚起で歩き回っただけだよ。でも、グレイに紹介してもらった情報屋が挙げた店が、孤児院の子といくつか同じだったんで、期待できそう。明日、さっそく行ってくるよ」
そう返事してから、啓介は汁物を口に運んで、ふうと息をついて感慨にひたる。
「味噌汁、おいしい……最高だ」
故郷の味を思い出したのか、啓介は感動のあまり涙目になっている。味噌や醤油はスオウ国からの輸入品なので、セーセレティーの王都でならたまに出回るが、サランジュリエでは滅多と手に入らない。
おすそわけしてくれたササラがにっこり笑う。
「喜んでいただけて嬉しいですわ。旦那様に、また手に入れてもらうようにお願いしておきますね」
「え、アレンさんのこと、旦那様って呼んでるの?」
啓介がぴたりと箸を止め、ササラを見つめる。ササラは小首を傾げた。
「スオウでは夫をそう呼びますが。どこかおかしいですか?」
「いや、とても丁寧だなって驚いただけだよ。名前で呼び合わないの?」
「呼びますが、旦那様は旦那様では?」
ササラはきょとんとしている。フランジェスカは愉快そうに笑う。
「ははっ、あの男の苦笑が目に浮かぶな。どちらかというとパスリルでは、名前を呼ぶほうが親しみがあっていいとされてるから」
「しかし……」
「いいよいいよ、呼びやすいほうで。好きにしなって。ところで、今日は夕食に来て良かったのか? 新婚では?」
フランジェスカの問いに、ササラはあっさりと返す。
「ええ。遅くなるかもしれないとは、侍女に伝えてありますから。いいんですよ、わたくしはもう、何かに束縛されたくないんです。そう話した上でも、しつこ……いえ、諦めないので、しかたなく結婚しただけで」
ササラはどこかうんざりした様子で、視線を横に流す。修太は噴き出した。
「うざがられてるよ、あいつ!」
「シュウタ様が一番大事だからとお断りしたら、自分は二の次でも良いと言うんですもの」
「いや、だから様は付けないでくれって。というかそんな断りかたもしたのかよ。だからあいつ、会うたびに俺をにらむんだな。納得した!」
「本当ですか? 厳しく言っておきますね」
「いいよ、別に。あいつがすねると面倒くせえし」
「まあ、お心が広くてらっしゃるんですね。でも、あの方がご迷惑をおかけしていたら、いつでもおっしゃってくださいね。夫婦喧嘩も辞しませんわ」
ササラはやんわりと言っているが、彼女が武人として優秀なのはよく知っている。
(夫婦喧嘩というか、ササラさんによる一方的な制裁……?)
想像すると、かなりおっかない。アレンはササラに弱いので、絶対に手を出さないだろうから、きっと彼が逃げ回る羽目になる。
相変わらず修太に甘いササラの様子に、修太だけでなく啓介とフランジェスカも苦笑する。旦那様と丁寧に呼ぶわりに、アレンの扱いが雑だ。ちょっとだけアレンに同情した。
「そうだわ、ケイさん。いつまでこちらにご滞在かしら。出産祝いを用意しているので、明日にでもお渡しできればと」
「一週間くらいはいるつもりだから、急がなくていいよ。ありがとう、ピアスも喜ぶよ」
ササラの気遣いに、啓介は破顔する。場が温かい雰囲気になった。
「魔力を無理に増やす薬なんて、恐ろしいものが出回っているとは思いませんでしたわ。旦那様にも伝えておきます。こういう時こそ、紫のランクを活用すべきですもの」
「何か情報があったら助かるけど、無理はしなくていいよ。アレンさんもカラーズだから、気を付けてもらってね。もちろん、〈赤〉のササラさんも」
「ええ、分かりました。ありがとうございます」
ササラはぺこりと頭を下げ、口元に微笑を浮かべる。
「早く解決なさるとよろしいですわね。学校でそんなことがあったなら、犯人も内部にいるはずですもの」
「確かにササラ殿の言う通りだな。私なら、薬が割れた時に近くにいた者を疑う。被害者か、もしくは誰かを真っ先に槍玉に上げることで目をそらした人間か」
ササラとフランジェスカの指摘は、修太には予想外のものだ。
「リューク・ハートレイも容疑者って?」
「調べる気があるなら、そいつと被害者も疑ってかかることだ」
「被害者ねえ」
修太は食事の手を止め、顎に手を当てて考え込む。
今までだんまりだったグレイが、じろりとフランジェスカをにらむ。
「おい、こいつに余計なことを吹きこむな。シューター、下手な真似はするなよ。お前は事件になんか関わらなくていい」
「担任の研究室の鍵をもらったんだ。先生に話してみるくらいはいいだろ?」
「仕方ねえ奴だな、危険だと思ったら逃げろよ」
いつもの調子で念押しするグレイに、修太は大きく頷いてみせた。




