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それから、啓介とフランジェスカがギルドマスターに話を通し終えた後、修太達の家に帰る前に、寄り道することにした。
食事のおいしい酒場で夕食をとる。
仕事帰りの冒険者や衛兵がよく来る店なので、ボリューミーで肉料理が多い。串焼きを頬張りながら、修太は啓介達の予定を聞く。
「というわけで、明日からは商人ギルドを回ったり市場の調査をしたりと、ちょっと忙しくなるよ」
啓介に、グレイが問う。
「情報屋はいつ?」
「可能な限り早く」
フランジェスカが答えた。
「明日の夕方はどうだ」
「構わないよ、調整するから」
啓介はそう答え、フランジェスカを見る。彼女も頷いた。
「では決まりだな」
「俺も一緒に行きたいけど、学校があるんだ。悪いな」
修太が謝ると、啓介は首を横に振る。
「まさか、シュウを巻き込んだりしないよ。それより、学校のほうを気にして欲しいな。進展があったら教えて」
「ああ、分かった」
気軽に請け負うと、フランジェスカが修太をじろじろと見ているのに気付いた。
「何?」
「最近、体調はどうなんだ?」
「なんだ、心配してくれるのか。意外だな」
「お前は私をなんだと思っている。さすがに、あれだけ苦しそうなのを見ていれば、気遣いもするさ」
修太はフランジェスカの心配を嬉しいと思う反面、どうしても複雑な気分になる。体調のことはコンプレックスだ。
「大丈夫だよ。魔法を使わなければ問題ないんだ。たまに体調を崩すのは、前と同じだ。っておい、なんでそこでグレイを見る?」
フランジェスカが確認するようにグレイを見たので、修太はツッコミを入れる。フランジェスカは肩をすくめた。
「そりゃあ、病気の人間ってのは、大袈裟にとられるのを嫌がって、本当のところを隠しやすいからな。どうなんだ、グレイ殿」
「シューターの言う通りだ。だから、魔法を使いそうな場面を徹底的に避けるように教えてる。それから敵からも逃げるように」
「そうだな。魔法使いの魔力は血に宿る。血を失いすぎても、魔力欠乏症のある人間には打撃になるからな。気を付けろよ、シューター。お前に何かあったら、この男が恐ろしい」
からかっているような口調だが、フランジェスカは真剣な目をしている。
「例えばどんな風に?」
骨付き肉にかじりついて、もごもごと問う。
「相手が血祭りにあう」
「……確かに」
フランジェスカの答えは簡潔で、啓介も大きく同意を示す。修太は食べかけの肉を見下ろした。あんまり食事中に聞きたい話題ではないことに、遅れて気付いた。
グレイはつまみの干し肉を口に放り込み、なんでもないことのように言う。
「こいつに何かするとしたら、賊か白教徒だろ? 手加減は必要ないだろうよ」
「俺としては、捕まえてもらって法で裁いて欲しいかな」
黒狼族は敵には容赦がない。彼らの在り方をよく知っている修太は、それを否定するつもりはないのだが、希望は口にしておく。
「無いのが一番だが。覚えていたらそうしてやるよ」
グレイはふんと鼻を鳴らし、啓介とフランジェスカは顔を見合わせる。
「たぶん、故意に忘れるんだろうね」
「グレイ殿は怒っても冷静だからな。ありえる話だ」
グレイはちらりと二人を一瞥したが、否定はしなかった。
そこでフランジェスカは話題を変えた。
「そういえば、グレイ殿のほうは、最近はどうなんだ?」
「どうとは」
「仕事。忙しいのか?」
「それなりに。たまに一~二週間ばかり留守にすることはある。賊っていうのは不思議と減らないものでな。俺が出ばるとしたら、極悪な相手だけだが」
グレイはそう答え、酒を口に運ぶ。修太はパンをちぎってスープにひたしつつ、フランジェスカに話しかける。
「長期間の留守の時は、ササラさんに来てもらうんだ。アレンの野郎にはにらまれるけど、ササラさんに頼るように言われてるから……」
前に気を遣って言わなかったら、偶然おいしい食べ物を見つけたからと土産に持ってきたササラに、自分には信用がないのかと涙目で詰め寄られたので、それ以来、遠慮するのをやめたのだ。ササラの涙に、修太はものすごく弱い。
フランジェスカが頷いた。
「確かあちらも新婚ではなかったか? そりゃあにらむだろうな」
「はは。でも、近くに頼れる人がいて良かったよ」
苦笑する啓介に、修太は溜息混じりに返す。
「近いっちゃ近いんだけど、ササラさん達の家って、富裕層エリアだから近寄りがたいんだよな。通りを挟んで向かいの西区画で、貴族の邸宅が集まってる辺りに家があってさ。アレンの奴、元貴族なだけあってこれが普通って顔してるけど、俺はちょっとあの辺は苦手だな」
だから足を運びづらくて、ササラがいても訪ねていくのは億劫だ。
「だがあの若造が留守の時は、ササラはうちに滞在するだろ。一人にすると心配だとかなんとか言って」
グレイがいかにも迷惑そうにぼやいた。修太もそれには同意する。
「あいつの屋敷、使用人が十人くらいいるのに。意味が分かんねえよな」
従者のディドも隅に部屋をもらって、一緒に暮らしているのだ。それをしても鬱陶しくないくらいには、広々とした屋敷に住んでいる。あれで「ちょっと小さい屋敷」とアレンは言っていたので、貴族との価値観の違いに修太はおののいた。
「貴殿も紫ランクなのだし、そいつも結構稼ぐから、金はあり余ってるだろ? こいつのために専任の護衛を雇ってはどうだ」
フランジェスカが当然のように提案したが、グレイは首を横に振る。
「こいつが特殊なんでな。仲間以外の武人を傍に置くのは、どうも安心できねえ」
「通いの家政婦は?」
「あれは平気だ。家政婦のギルドで、お墨付きの者を雇っている。事前に評判も調べたし、問題無い。それに、俺とこいつの部屋以外の掃除と洗濯だけだから、金品には近付かせていない」
「さっすが、ぬかりがないな。護衛は苦手なくせに」
呆れた調子でフランジェスカが呟く。
それでも数年一緒にいる間に、グレイのスキルも着々と上がっている。
修太は気にするなとフランジェスカに手を振る。
「俺が本当に一人きりってことはあんまり無いよ。たまにトリトラとか、グレイの同朋も滞在してるからな。誰もいない時はササラさんに声をかけてる。他だと、たまに、隣の孤児院の子ども達や庭師を入れたりして、庭の手入れをするくらいかな。家には入れないけど」
あの家の庭は広々としている。背の高い庭木もあるため、修太では管理しきれないので、どうしても人手がいるのだ。この都市は日によって季節が変わるが、毎日のようにスコールが降る。豊富な水のおかげで草木の生長が良い。ほうっておくと、あっという間に目も当てられない事態になる。
孤児院の子達には、手入れを手伝ってくれたら、野菜や薬草をあげる約束をしている。この都市の決まりごとで、孤児院の子どもを働かせると罪になるから、金銭が発生しないようにほんの一時間程度のお手伝いの範囲だ。
そこで修太は嫌なことを思い出し、自然と眉をひそめる。
「そういや、前の屋敷の持ち主はとんだ鬼畜だったみたいだ。孤児院側の木に、食べると腹をこわす実がなる果樹を植えてあってさ。引っ越してきてすぐに、庭師に切り倒してもらったよ」
「ええっ、子どもの手が届く所に、毒草を植えてたってこと?」
啓介が身を乗り出す。
「そうだ。しかも見た目はすげえ美味そうなやつなんだ。子ども嫌いだったのか知らないけど、あんまりだろ」
修太はしかめ面をして、肉を咀嚼してグラスの水をあおって飲み干す。
「おかげで、しばらくは俺達も警戒されて参ったよ。まるで親の敵でも見るような目でにらむんだぜ。勘弁してくれっての」
思い出すだけでうんざりする。こういうご近所トラブルは想定外だった。
しかも修太の養父が、どう見ても殺し屋にしか見えないグレイなので、それは怖がられた。啓介も想像ができたのか、修太を同情の目で見つめる。
「うわあ。それは災難だったね。最近はどうなんだ?」
「もう平気。会ったら地道にあいさつして、院長に頼んで、庭でとれた野菜を手土産に料理を教えてもらったりして、なんとか親しくなった」
「へえ、珍しいな。シュウが子どもに好かれるって」
「餌付けしただけな気もする」
「あはは、そうだね。それじゃあ、そこの孤児院はあんまり食料が豊かじゃないのか。その子達、お腹を空かせてたんだろ?」
啓介の問いに、修太は頷いた。冒険者ギルド運営の孤児院だそうだが、最低限の支援以外は、町からの寄付金だけでどうにかまかなっている状態らしいのだ。
「セーセレティーでは子どもを殺すのはご法度だから、生活に困ったら、子どもを森に置き去りにして迷子になったふうにするか、孤児院にやるしかないんだよな。だから結構、孤児院に子どもが多いらしい。でも、生きてるだけいいよ」
以前、院長から聞いた話を口にして、修太は落胆する。あまり気持ちの良い話ではない。
「孤児院か」
フランジェスカがふいに呟いた。修太はそちらに疑問の目を向ける。
「何?」
「いや、子どもってのは変なものを拾ったりするものだろう? 見落としていたが、念のため、孤児院にも注意喚起しておこうかと思ってな」
「いいと思うぜ。買い出しは孤児院の大人か、年長の子どもが行く場合が多いみたいだから」
他にもあるのかもしれないが、修太は知らない。その辺は役場で聞いてみるとフランジェスカがいうので、それで話はまとまった。
翌日、学校に行く前にと、早朝、フランジェスカや啓介を伴って、修太は隣の孤児院に顔を出した。
孤児院の朝は早いので、ちょうど朝食を終えた時間帯だ。
院長や孤児院で働くスタッフ、年長の子どもをまじえて怪しげな飲み物には気を付けるように注意すると、そろって頷いたが、特に情報は無かった。
だが帰ろうとしたところ、門の外で年長の少年にこそっと声をかけられた。
「シュー」
「おい、イスヴァン。だから俺の名前は修太であって、そんな間の抜けた名前じゃねえし、そもそも呼び捨てにすんな!」
顔見知りの少年――イスヴァンに、修太は眉を吊り上げてくわっと怒る。
「だってどう見ても同い年くらいだから、兄さん呼びするのも変だろ」
「年齢はこっちが上だ!」
「はいはい」
彼はセーセレティーの民らしく、銀髪碧眼で容姿は並だ。十五だというわりに背が高く、修太くらいなので、並ぶと同年代にしか見えない。初対面の頃から、年長者として修太をまったく敬う気配の無いイスヴァンに、修太は毎回注意するが、一向に聞き入れる様子が無い。
十五になったら孤児院を出て行く決まりだが、イスヴァンは〈青〉として治療の魔法を使えるので、孤児院に残っている。子ども達の世話をしながら、治療師の診療所で見習いとして働いていた。
「どうしたんだ?」
フランジェスカの問いに、イスヴァンは壁のほうに寄ってから話す。
「俺もそんな薬品は見たことないけど、もし探すんならいくつか候補があるから、教えておこうかと思って」
「本当? 助かるよ」
啓介が身を乗り出すと、イスヴァンはにやりと笑う。
「情報料、いくらくれる? うちの孤児院、カツカツなんだ。ちょっとくらいお情けをくれてもいいと思うけど」
なんとも図太い要求だが、修太は彼らが切実なのはよく知っている。啓介とフランジェスカは顔を見合わせ、フランジェスカが答える。
「一件につき五百エナ。当たりがあったら、追加で五千エナやろう。口から出まかせだったら容赦しないぞ」
イスヴァンはすかさず右手を挙げた。
「先祖と精霊に誓って嘘はつかない」
「オーケー。では、教えてもらおうか」
それからいくつか怪しい店の情報をメモした。
「なんでお前、こんなことに詳しいんだよ。勤務先で、悪いことをさせられてるんじゃねえだろうな。相談に乗ったほうがいいなら言えよ」
彼が五つも店を挙げるので、修太はだんだん心配になってきた。
イスヴァンはからからと笑う。
「まっさかー、今いる診療所の先生は良い人だよ。でも仕事してると、いろいろと聞くんだ。あの店はまずいから近付くな、とか」
「ああ、なるほどな」
「そういや、先生が薬草の在庫のことで相談があるって言ってたから、暇な時に診療所に来てよ」
「分かった。学校の帰りに寄るよ」
そんなやりとりをした後、啓介が口を挟む。
「君、まだ時間はある? 書類を出さないといけないから、そっちにお邪魔していいかな」
「もちろん。今月は楽になるよ、ありがとう」
にまにましているイスヴァンを、しっかりしてるなあこいつ、と修太は尊敬と呆れの混じった目で眺めた。
「だが、どうしてあの場で言わなかったんだ?」
フランジェスカの問いに、イスヴァンは肩をすくめる。
「院長はただで教えろって言うだろうからね。もう少しがめつくならないと、うちの財布事情は厳しいんだけど、人が良すぎて利用されるばっかりなんだ」
「そうか。お前が助けてやればいいさ」
フランジェスカは、イスヴァンのあっけらかんとしたところが気に入ったらしい。彼の肩を叩いて励ましている。
それから啓介とフランジェスカがイスヴァンとともに孤児院に戻り、修太は学校に行く為、いったん家に戻った。
2019.7/31 孤児院について修正しました。




