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帰宅する前に冒険者ギルドに寄ると、待合室の奥のほうで、酒瓶を傾けているグレイを見つけた。
グレイは家にいない時は、冒険者ギルドか酒場にいることが多い。それ以外は何をしているのかよく分からない。前に好奇心で質問したら、「本当に聞きたいか?」と薄く笑われて怖かったので、聞かないことにしている。その辺のホラー小説より怖い内容がリアルに飛び出してきそうだ。
「父さん」
修太が声をかけると、グレイはちらりと修太を見た後、後ろの二人に目をとめた。
「……珍しい客だな」
「久しぶりだな、グレイ殿。また酒を飲んでいるのか? レッドサンドロザリーが好きだよな、貴殿は」
フランジェスカはあいさつし、朱色の酒を示した。レステファルテで多く採れるナルサルデという赤い実をつけた酒だ。グレイはよくこの酒を飲んでいるので、修太も見慣れている。
「……用件は?」
「相変わらずそっけないな。あいさつぐらい返したらどうだ」
「どうせ手伝いでもさせようって腹だろ。面倒な客にあいさつなんざしたくないね」
「ははは、ご名答! いやあ相変わらず察しがいい」
フランジェスカは笑いながら、席についた。四人掛けの丸テーブルなので、修太や啓介も座り、コウは修太の椅子の下に伏せる。
「さっき正門前で会ったんだ。また待機?」
「おう。紫のランクはこれが面倒だ」
グレイはよく冒険者ギルドの待合室で酒を飲んでいるが、単なる暇潰しではなく、冒険者のトップランクである紫なので、用事がない時は、一定時間はギルド内で待機していないといけないんだそうだ。緊急事態があれば、すぐに出られるように。
待機している間は暇だからと、酒を飲んで時間つぶしもしている。煙草と酒くらいしか趣味がないからだそうだ。
修太も暇だと、グレイを探して冒険者ギルドに来て、傍で茶菓子を食べたり勉強したりしている。旅の間によく冒険者ギルドに入り浸っていたせいか、ここのほうが落ち着くのだ。それにグレイは冒険者達から怖がられていて、いつも周りの席があいているから文句も言われない。
「とりあえず聞くだけ聞いてくれよ」
啓介が申し訳なさそうに切り出すと、グレイは面倒くさそうなオーラを漂わせながらも、酒瓶に蓋をして聞く体勢になった。
「――そんな魔具が出回ってんのか」
グレイはしばし思案気に黙り込み、首を横に振る。
「情報屋を紹介してやるから、裏をかぎ回るのはやめろ。トリトラに頼むのも無しだ。余程の理由がない限り、俺はこの都市の裏には首を突っ込まねえよ」
「なんだ、意外に慎重だな」
目をみはるフランジェスカに、グレイは眉をひそめて返す。
「旅人と定住者じゃあ、全く違う。ドラゴンの尾を踏んだところで、逃げりゃあ済む話だが、家をかぎつけられたら災難だ。ケイ、お前だって妻子が狙われたらかなわんだろ。とちったら、一ヶ月以上は追い回されるぞ?」
「うっ、それは困る」
「やはり最終手段か……」
うめく二人に、グレイは更に指摘する。
「ああいう暗がりに、お前らみたいな奴らは目立つ。空気で違う奴だって分かるからな。日射しにいる奴か、影にいる奴か。においも違う。――ひとまず情報屋を当たって、それでも駄目なら考えりゃあいい」
「そうだね。注意喚起はして回ったから、出来ることから片付けていくよ。――とりあえず、他には市場や店を回ってみる」
方針を固め、啓介は頷いた。
「先にギルマスに話してこい」
「そうするよ。ありがとう、グレイ」
「それから、しばらく厄介になるから頼むぞ」
啓介とフランジェスカはそれぞれ言って席を立った。受付のほうへ面会の申請に行く。
修太はこっそりとグレイを伺う。グレイがちらりとこちらを見た。
「……なんだ」
「もしかして俺、グレイの邪魔になってる?」
「……。どうしてそう思った?」
グレイはけげんに問う。
(あ、これ、本当に分かってないやつだ)
グレイは感情の機微にうといので、ときどき修太の考えが全く分からないらしいのだ。
「俺はケイ達と話をしていた。お前の話なんてしていないが」
「俺とこの都市で暮らしていなかったら、裏とかいう所に出かけていって、情報を集めてくるだろ? 旅してた時みたいに。なんか自由を狭めて、足を引っ張ってんのかなって思って」
じっと話を聞いてから、グレイは首を振った。
「いいか、そもそもお前は勘違いしている。自由ってのは、転々として気楽に動き回ることじゃない」
「……違うの?」
「違う。自由は、自分で考えて決めるってことだ」
修太は目をぱちくりさせて、その言葉を飲み込んだ。グレイはグラスに手を伸ばして、残っている酒を飲む。
「俺はお前を養子にして、仲間であり家族として守ると、自分で考えて決めた。お前がここで暮らしたいと言うから、定住するという自由をとった。それだけの話だ。――定住しようが旅をしようが不自由な奴はいるし、逆もまたしかりだな。自分で決めているかどうかだ」
「え? 旅をしていても不自由なの? だって旅をするって自分で決めてるんじゃないのか?」
「人間でな、たまにいる。自分にはどこにも居場所はない、だから旅をしなきゃいけないってな。よく分からん幻想に縛り付けられて、まるで不自由そのものだろ」
「うーん、言ってることはなんとなく分かるんだけど、難しいな」
グレイがふんと鼻を鳴らした。
「お前くらいの年で、なんでもかんでも理解できるほうがおかしい。ま、隅で覚えておきゃあいい。お前は根本的には自由だよ。自分で考えて、自分で決めてる。だから俺らとうまが合う」
「……よく分かんねえな」
自分自身のこととはいえ、修太には謎だ。グレイはグラスを置いた。静かな口調で付け足す。
「周りの奴は俺を怖いと避けるもんだが、お前は違うだろ。どうしてだ?」
「え? だって俺はグレイのことを知ってるし、良い人だって感じるからそっちを正しいと思ってるよ」
「ほら見ろ。お前は自分の感じ方を信じて、それを正しいことだと決めているんだ」
「な、なるほど?」
そう言われると確かに、他人の意見より、自分の感じたものを大事にしている。修太はなんだか感動した。
「グレイって、いや、黒狼族ってすごいな。いつもこんな風に考えて生きてるのか?」
「自分の足で立って生きるとは、そういうことだ。だからお前は、俺がどうとか気にする必要はない。定住も守るものを持つってことも、不自由さが付きまとうが、俺はそれを自分で考えて受け入れているし、それすら楽しむ自由を選んでいるってわけだ」
修太はこくこくと頷いた。なんてかっこいい生き方だと感極まりつつ、照れも覚える。
「楽しんでたんだ……。そっか、嬉しいよ、ありがとう。でもなんか、悪いな。俺はそんなに深く考えて養子になるって決めたわけじゃないし」
「お前は家族を欲しがっていて、俺が養子になるかと訊いた。それでだろう?」
「え、誰でも良いわけじゃないよ。グレイがかっこいい大人で、一緒にいて落ち着くから、こんな人となら家族としてやってけるって思ったんだ。それに、もしグレイが怪我や病気をして、俺の手伝いが必要になっても、世話できるって想像も出来たからさ」
グレイはしばし黙り込んだ。
その沈黙の理由が分からず、修太は問う。
「え? どうしたの?」
「お前のほうが体が弱いのに、俺を世話するのか? お前はときどき予想外のことを言う」
「驚いたってこと?」
「これがそういう感情なら、そうなんだろう」
「変なの。だってグレイのほうが年上じゃないか」
至極真っ当な考えだろうに、どうしてそんなに驚いているんだろうと、修太は不思議でならない。
グレイは額に手を当てて、うつむいた。
「珍しいな、酔ったの? 水をもらってこようか」
「違う、そうじゃない。……はあ、やはりお前にはかなわんな」
何やらぼそぼそと言うので、修太は首を傾げる。
「というかそれは深く考えているといえるんじゃないか?」
「そうかな? 親の介護って大事だと思うけど」
「……介護」
さしものグレイも、口元を引きつらせた。修太は慌てて謝る。
「あ、三十代なのに、こんな話をしてごめんな!」
「いや、お前が慎重な奴だってことは分かった」
そう返したものの、グレイは頭を深く抱えている。やはり酔ったのだろうか。修太はそわそわと問う。
「なあ、やっぱり水を持ってこようか?」
「……ああ」
重たい沈黙の後、グレイは返事をした。
修太は水を買おうと席を立った。ふと振り返ると、啓介とフランジェスカがそっぽを向いて笑っていた。ギルドの面々もこちらと目を合わさない。
「どうかしたか?」
「いや、シュウってすごいなって思って」
「途中でうっかり泣きそうになったが、オチが秀逸すぎて。くくくく」
「……なんの話?」
啓介とフランジェスカの言っていることが、全く理解できない。
「よく分かんねえけど、二人ともギルマスのとこに行くんだろ? ここで待ってるから、また後でな」
修太は首をひねりつつ、売店のほうへ駆けていく。啓介とフランジェスカも二階へ続く階段へ向かう。
修太達が去ると、グレイはぼそりと言った。
「……笑った奴は殺す」
皆、ピシリと凍りつき、そそくさと待合室を出て行った。
ほんとは翌日に回そうと思ってたんだけど、面白いの書けたって思ったらもう更新せずにいられなくて、アップしちゃいました。
グレイを黙らせられる唯一の存在(笑) ちょっとずれてる修太も好きです。
※指摘いただいたんで、一応こちらでも書いておきます。
修太の「父さん」と「グレイ」呼び、使い分けに特に理由はありません~。
なんか修太の気分? みたいな感じ。呼びかけとあいさつは「父さん」率高めなんだけど、会話してるうちに、前みたいにグレイ呼びに戻ってるだけ。
っていうラフさが好きで、この感じで行きたいです。
もし統一したくなったら、後で修正してるかも。とりあえずこれで書かせてね~、私が楽しいから。ゆるくまいりますね~。




