第二話 『暗い部屋の隅の金貨』 1
シュタインベル学園の校長室に、騒がしい声が響く。
「まったく、シューター! 貴様、また妙なトラブルに巻き込まれおって。こっちまでとばっちりだ!」
「うるせえぞ、フラン。啓介のうかつさも少しは責めろ!」
「ケイ殿は一切悪くない!」
「お前はそういう奴だよな! 知ってたよ、ちくしょーっ」
フランジェスカと修太は互いに文句を言い合い、ぜいぜいと肩で息をする。その横で啓介はのほほんと茶を飲んでいる。楽しげに問う。
「落ち着いた? 相変わらず仲良しだね」
「「どこがっ」」
声がそろい、そのことに口元をひくつかせ、二人してにらみあう。気にせず、啓介はにこやかに指摘する。
「だって喧嘩するほど仲が良いって言うだろ? ねえ、校長先生?」
「……なんでもよろしいですが、双方、落ち着いてください」
校長のマリアン・シュタインベルは、疲れた様子で返した。
「怪しいのに変わりない。その二人が無関係なら、証拠を出してもらいましょう」
一方、リュークは苛立った様子を見せる。後ろにはセレスやライゼルもいた。ちょうど三人で帰る時に、修太らが話しているところに出くわしたのだ。リュークだけにするのは不安だからとついてきた。
フランジェスカは憶すことなくリュークを見やり、不愉快そうに眉をひそめる。
「ふん。クソガキっぷりはシューターと同レベルだな。面倒くさい奴だ」
「何をっ」
「ほら、これでいいんだろう? 納得したか、クソガキ」
フランジェスカは保存袋――アイテムを十個まで、重さや大きさ関係なく保管できる道具から、紙を一枚取り出した。冒険者ギルドからの調査協力依頼と書かれている。内容には魔具のことが書かれていた。
リュークは書類を読み、続いてセレスやライゼルも手に取った。
「俺のほうも、この通りです。報告書はまだまとめている途中なんですけど、アリッジャの分は出来ていますよ」
啓介も書類の他、事件についての報告書を差し出す。
マリアンはそれに目を通した。次第に空気が緊張を帯びて厳しいものになる。
「――なるほど、確かに拝見いたしました。そうですか、あなたはアリッジャの顔役からの推薦人なんですね。以前も当校での事件解決にご協力いただきまして、感謝しております。――あなた達、誤解が解けたのですから、この方々に謝りなさい」
リューク達は苦いものを飲み込んだ顔をしたが、マリアンに促されて渋々謝った。
「早とちりして申し訳ありませんでした」
頭を下げるリュークの後ろで、ライゼルとセレスも「幼馴染が失礼しました」と謝った。もっと反論するかと思ったが、予想していたより素直な態度だ。
啓介はそんな彼らに謝り返す。
「いや、俺のほうも悪かったよ。こんな物騒なもの、表で堂々と見せるんじゃなかったな。君達に頼みがあるんだけど、よかったら話を聞いてくれないかな?」
啓介の問いかけに、リュークらは顔を見合わせ、ライゼルが答える。
「俺達にですか?」
「そう。見た感じ、正義感に熱そうだから、信頼できる。もしこういったものが店で売られていたら、商人ギルドにこっそり教えておいて欲しいんだよ。その場で指摘しなくていいよ、見間違いだった場合、争いになってしまうからね。でも商人ギルドに伝えてくれたら、彼らが秘密裏に調査してくれるから間違いがない」
啓介はそこで思い出したように付け足す。
「あ、わざわざ探しに行けってことじゃなくてね。もし買い物をしていて見かけたらって意味だから、誤解しないでくれよ」
「啓介、その魔具ってそんなに出回ってるのか?」
修太の問いに、啓介は首をひねる。
「うーん、最近、出回り始めたってところかな。南部から大きな都市だけ転々としてきて、ここが最後。あとは商人ギルドが、小さい支部に連絡してくれることになってる。レステファルテから入ってきたばかりかと思ってたんだけど、予想と違うみたいだ」
当てが外れたと言いたげに、啓介は肩をすくめる。修太は更に問う。
「伝書での注意じゃ駄目だったのか?」
「これが壊れやすい品で、粗末に扱うと危険なんだ。それに人間がわざわざ回ったほうが、危険度の高さも伝わるだろ? ――ってことで、おばば様にすぐに出発しろって急かされてここにいるわけだ」
啓介は肩をすくめた。
「早く帰って、うちのお姫様二人に会いたいよ。はああ」
落ち込みながら、啓介は旅人の指輪から先程の魔具を取り出した。
フランジェスカはそんな啓介を気の毒そうに見てから、目つきをとがらせて舌打ちした。
「どうせ違法薬師の仕業だ。使い方によっちゃあ、魔法使いの足止めには効果的な代物だ。そうなると、また犯罪が増えるだろうよ」
「いったいどのようなものなんですか?」
セレスの問いかけに、啓介は魔具を見せながら説明する。
「こんな風にね、瓶の中に、濃いめの魔力混合水と、魔法陣が書かれた木の板が入ってるんだ。――あ、飲むには危険すぎる魔力濃度だから、飲んじゃ駄目だぞ?」
啓介は真剣な顔で注意した。
マリアンがそういうことかと声を上げる。
「なるほど、そういうことですか。魔力濃度の濃い水を摂取すると、魔力が急に増えすぎて、魔力酔いを起こしますわ。――つまりこの魔具は、その原理を使っているのね?」
「流石は校長先生、明晰でいらっしゃる」
フランジェスカはふっと微笑み、マリアンを褒めた。そして、険しい顔で頷く。
「その通り。だが、これはそのまま飲ませるものではない。衝撃を与えると、水が霧に変わり、風の魔法で周囲に一気に拡散するという魔具だ。周囲にいる魔法使いは、軒並み魔力酔いで立っていられなくなる」
「ハーフも少し影響がありますけど、ノン・カラーと〈黒〉は平気みたいですね。それから黒狼族の男性や、灰狼族の男女も。つまり、魔法が効かないか、魔力が無ければ影響はない」
啓介が付け足すと、リュークはようやく納得したようだった。
「そういうことなら、彼だけ無事だったのも理解できますね。――ツカーラ、疑って悪かったな」
「ああ、分かってくれたならそれでいいよ」
修太はそう返したが、ライゼルはまだ不審げにこちらを見ている。
「だけどよ、リューク。影響を受けないんだから、余計に怪しくないか?」
「はあ? シュウがそんなことするわけないだろ」
啓介が至極当然と、修太を庇う。修太は首を傾げて返す。
「俺じゃないけど、こいつらが疑うのも理解できるぜ?」
「シュウ、お前は『俺じゃない。疑うんだったら証拠を持ってこい、バーカ』って言っておけばいいんだよ。中途半端に身を引くと、余計に怪しいだろ」
啓介に叱られ、納得いかずに修太も反論する。
「でも、色んな可能性があるのは普通じゃないか。否定したところで、疑う奴は疑う。ほうっとけばいい」
「俺が嫌なんだよ。親友が疑われるなんてムカつく! お前が俺だったらどうだよ」
「……確かに腹が立つな。それじゃあ仕方ない」
「だろ?」
「ああ」
ようやく修太が納得して、啓介と頷きあっていると、フランジェスカが呆れをこめた目でこちらを見ていた。
「はあ、お前達は相変わらず仲が良いな。疑うのは自由だが、仲間のよしみで言っておくと、こいつはそんな面倒な騒ぎをわざわざ起こしたりしない。ただでさえトラブルを引き寄せて、しょっちゅう面倒な深みにはまってるんだ。自分から作ったりはせんだろ」
「あんまり嬉しくない援護をどうも」
修太は口をへの字に曲げた。まさにその通りすぎて何も反論できない辺りがムカつく。
「……まあ、いったん分かりました」
このままでは話が進まないのを見かねたのか、ライゼルは渋々頷いた。
啓介は部屋を見回す。
「とりあえず説明に戻るけど、いいかな?」
それぞれ返事があったので、啓介は瓶を示した。
「この木の板は、魔法が発動した後、勝手に燃えてなくなっちゃうんだ。だから残るのは瓶と少しの灰だけだね。他には、魔力の調節に長けている治療師なんかは、影響を受けても軽症で済むことが多いみたいだ。自分で魔力の暴走をなだめてしまうみたいだよ」
そこで修太は手を挙げて問う。
「なあ、魔力濃度の濃い水って作れるもんなのか? 初めて聞いたけど」
「普通は無理だよ。治療師が作ってる人工の魔力混合水なら、ある程度の濃さはあるんだけど、魔力酔いを起こすほどはない」
適当な紙を出して、啓介は図を描いた。普通の鍋と、圧力鍋の絵を描いて、すかすかの中身が押し込まれていく様子をあらわした。
「原理としては、少量の水を容器に見立てて、魔力をこう、圧力鍋みたいにぐぐっと押し込むらしいんだけど。危険なんだよね、破裂して飛び散るかもしれないし、押し返されて体内に戻っちゃうと、魔力が逆流してきて負荷がかかるから強い魔力酔いになって自滅だ。それに、そんなに一気に魔力を押し込めるくらいの量を持ってる人も、そうそういないんだ」
首をひねるばっかりの啓介に続き、フランジェスカが追加する。
「アリッジャの顔役であるサラ殿の考えでは、魔力過剰症の〈青〉か、もしくは魔力濃度の濃い泉か何かががあって、そこから汲んでいるのではないか? ……と」
サラというのは、ピアスの祖母だ。啓介とピアスがおばばと呼んでいる人のことである。
「そんな自然界のことより、誰かのほうが割合は高いだろうから、私はそちらだろうと見ているがな」
フランジェスカは元騎士で、犯罪捜査には詳しい。彼女なりの推測を口にした。
修太はすぐに問う。
「魔力過剰症ってのがあるのか?」
「魔力欠乏症の反対だな。魔力を過剰に作りすぎて、許容量をオーバーして魔力酔いするんだ。で、寝込む。予防したかったら、適度に魔法を使うことだが……今度は魔力回復でエネルギーを奪われるんで、加減を間違えると衰弱死する病気だな。欠乏症の者よりは数が少ない、珍しい病気だ」
そんなものもあるのかと、修太の目からうろこが落ちた。リュークらも知らなかったらしく、ぽかんとしているので、マリアンが説明に補足する。
「魔力過剰症のかたの中には、外に出す魔力濃度が濃いかたもいるんですよ。そういったかたは、更に数は減るそうですけど」
「それって、もしその魔具を作ってるのが魔力過剰症の人だったとして……なんかすごく犯罪のにおいがするな」
思わず修太が呟くと、フランジェスカが頷いた。
「だから私も断れなくて、調査を引き受けたんだ。中途半端な仕事をされてみろ、被害者が憐れだろう? もし無理矢理作らされているならば……だが」
「俺も早く帰りたいけど、自分の娘がそんな風な扱いされてたらって思うとかわいそうだからさ、各地を回ってるんだよ。おばば様に根本を突きとめてこいって言われたのもあるけどね。それで、フランさんと組んで調査中。――とりあえずしばらく泊めてくれよ、修太。グレイにも協力を頼むかな。トリトラって来てる?」
グレイの弟子の名をあげる啓介に、修太は首を横に振る。
「いや、たまに土産を持って来るけど。今は確かビルクモーレじゃなかった?」
「先にそっちにも行ったけど、いなかったよ」
「ふーん。まあ気まぐれな奴だし、そのうち顔を見せるんじゃねえ?」
「俺のとこは、赤ん坊が生まれた後に来てくれたよ。集落では一族全体で子育てするからって、子どもの扱いが意外と上手くてびっくりした。でもほら、彼は手加減が下手だから、そっと取り返したけどね」
その様子が簡単に想像できて、修太は笑ってしまった。
「あいつ、悪気がないから、余計にたち悪いんだよな。何、手伝い?」
「うん。裏のほうを探ってもらおうかなって。俺からじゃ駄目だけど、シュウが頼めば一発だろ?」
「そうか?」
首を傾げるが、フランジェスカも頷いている。
「お前が事件の渦中にいると知ったら、尚更だな。本当にあいつら、仲間には甘いからな」
「そうかな。まあ、分かった。あいつが来たら、とりあえず伝えておくよ。詳細は冒険者ギルドに言付けしといてくれ、俺からの説明は無理」
「了解」
啓介が頷いて右の拳を突きだしたので、修太の拳を突き合わせた。
啓介は改めて部屋の面々を見回す。
「ってことで、もしこういう魔具を見つけたら扱いには気を付けて。――ってそういや、そんな事件が起きて、生徒の間で疑心暗鬼になったりしてないんですか? 校長先生」
「あなた達はどう感じていますか?」
マリアンの質問に、修太やリューク達は首を横に振る。
「まあ俺はそいつに疑われてるけど、他の奴からはそうでもないな。どっちかというと、和やか?」
教室の様子を思い浮かべ、修太は結論を出す。
「そうですわね。被害者同士で話すきっかけにもなって……そうでないかたからは気遣われていますわ」
被害者のセレスも同意した。
「ぎすぎすした空気は感じないな。前に道場で泥棒があった時は嫌な感じだったけど、今回は全然違う」
「言われてみるとそうだな」
ライゼルの返事に、リュークも目を丸くしている。フランジェスカは顎に手を当てる。
「ほう。同じ危機を体験して、むしろ仲間意識が芽生えたのか? 『暗い部屋の隅の金貨』だな」
「なんだそりゃ」
初めて聞いた例えだ。
「ああ、私の故郷での言葉だ。暗い部屋で転んで痛い思いをしたが、隅に金貨を見つけて幸運だったという」
災い転じて福となすと似たような意味の言葉らしい。修太は頷いた。
「そうだな」
マリアンも深く頷き、修太達に静かな目を向ける。
「生徒内で問題がありそうなら、担任のセヴァンに伝えてください。でも心配なら、いつでもここに来てください。生徒への助力は惜しみませんからね」
マリアンのその言葉で、話がまとまった。
どこに犯人がいるか分からないので、ここで話したことは秘密にすることと約束をして、それぞれ解散となった。




