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ママ

 二人が会ったのはお見合いだった。

 女性の方はまだ若い、とは言っても三十。男性は女性については、持病があると伝え聞いていた。

 二人きりで喫茶店で会った。カナと言った、カナは少し太っていて、でもイヤな感じじゃなかった。女性らしいふんわりした感じ、それで、おとなしくて。でも俺と付き合いたいとはっきり言ってくれた。

 おれはその喫茶店の内装を覚えていない。カナの服装や髪型も、どこか遠く。カナは、綺麗だ。痩せていたら美人として威張れると思う。威張る必要はないが。俺は、どこにでもいるようなサラリーマンで、四十代で、役職にはあるがこの話には関係がないのであえて書かない。

 カナとは、特別なデートなどはしていない。ランチをともにしたり、夕飯を俺のウチでカナが作ってくれたりした。映画には行ったか。その後で、安いが本物の宝石の指輪を買ってやった。気まぐれで、気分が良かったから。俺の収入なら痛くはない。でもこれで、カナは決心したようだった。

「洋司さん。わたし、わたしの病気は精神病なの。統合失調症なのよ。」

 俺はショックだったが、足をふんばった。腰を据えて、カナに向き合った。

「その病気、統合失調症はヒドいの?」

「ひどいと思う。働けないし、しょっちゅう寝るし。」

 この日もカナは俺のウチで夕飯を作ってくれていた。

「こんな高価な、指輪までかってもらって、黙ってちゃいけないと思ったのよ。」

「うん。」

 小さな石は水色をしていた。砂粒みたいなダイヤも付いている。

 俺にとっては、服や鞄を買ってやる感覚と同じで、もっと、カナに会える喜びを強く伝えたかったから買った指輪だった。ネックレスでも良かった。女と付き合ったことのない俺はいつだって、カナと居るときは真面目だった。

 病気だとは見合いの前に聞いていた。だからそれはいい。だけど精神病は、俺の中で情報が少なすぎる。しょっちゅう寝るって、そうなのか?

「カナさん、俺は精神病について何にも知らないのと同じなんだよ。カナさんの病気について教えて欲しい。」

「はい。でもその前に洗い物をしてしまいますね。お茶を入れますから。ゆっくり」

 おれは汚れた食器を運ぶのを手伝い、彼女が洗った食器を拭いて棚に仕舞った。

 彼女がヤカンで湯を沸かし、俺のウチに持ってきたほうじ茶を急須でいれた。それまで俺のウチにはインスタントのブレンディーコーヒーしかなかった。牛乳に溶かして飲んでいたのだ。

 ソファで、ふーっと二人は落ち着いた。彼女がぽつりとしゃべりだす。

「発病は、就職してから。事務職で、上司と合わなくて、同僚にも合う人がいなくて、巡り合わせが悪くてストレスだったのね。もともと精神的に弱いしため込むし、無理するタイプ。我慢してたら病気になっちゃった。それからは、一回入院したの。合う薬を見つけるため。調剤で入院。わたしなかなか合う薬が見つからなかったの。」

 俺は黙って聞いていた。

「幻聴があってね、命令してくるの。揚げ油で、指を揚げなさいって。できないって泣いたりするのよ。気が弱くなってね、実家にいたこともあるわ。」

「幻聴は今もあるの?」

「薬を飲んでるから、大分無いわ。いまはアルバイトをしているくらいよ。病気自体は良くなっているの。」

 カナがそう言うから信じて結婚した。

 両親が俺に残してくれた家にカナを迎えて、夫婦となった。カナの両親は泣いていた。カナと母親はとても仲がいいのだと知った。

 よく夕飯の一品にカナの母親の煮物だったり漬け物が並んだ。美味しいので気にもとめないが。

 カナがセクシーランジェリーを買ったというので楽しみにしてベッドで待っていた。

「どう?」

「いいよ」

 カナの身体にさわる俺。

「ママと選んだの。」

 俺は、黙ってシャワーを浴びに行った。戻ってくるとカナはパジャマに着替えていて眠っていた。

 ママと選んだはおかしい。本人も言った後で気付いたのだろう。

 翌日はいつもの通り、カナは起きてこず、自分でインスタントコーヒーをいれて菓子パンを食べる。独身の頃と変わらない。カナは寝ないと病気が悪化するというので寝かしておく。病気が悪化すると不機嫌になり、幻聴が酷くなり、妄想が出てきたりして入院しないと治らないのだそうだ。

 そんなことになったら可哀想だし、俺も寝覚めが悪いし。入院費とかかかるだろうし。

「ただいま。なにしてた?」

 なんとなく聞いてみた。

「ママと買い物。食料品とか一緒に選んだの。」

「そう。」

 ママと、ね。こいつ友達とかいないのか。言えないけど。

「ほら、これ」

 カナは可愛い服を身体に乗せて見せてきた。

「やすもの店のだけど、いいでしょ。」

「ああ、かわいい。」

 ママと選んだのか。なんだかやるせなくなってきた。

「だってわたしが病気になったとき、友達だと思っていた人はみんな去っていったわ。友達じゃなかったのよ。自暴自棄で病人のわたしを受け止めて、一緒に歩んでくれたのがママだったわ。わたしにはママしか居なかったのよ。」

「でも今は、カナは俺の奥さんだ。」

 カナはため息を吐いた。一瞬俺は気色ばんだが堪えた。

「この世にあなたしかいない。あなたの帰りを待つだけの女、なんてものを望んでいるの?」

「い、いや。そんなの重たい。」

「だったらママと会うくらい良いじゃない。」

「う、うん。でも、友達もいたほうが、いいよ。」 カナは下を向いた。

「そりゃね。友達も欲しいけど。でも病気の人は普通の人はイヤなんでしょ。あなたは本当に偉いわ。」

 偉いんじゃない。病気だからイヤとか、そんなのは言う方が人としてどうかしている。

 でもそう、カナに向かって言えなかった。なんとなく言えなかった。俺とカナはなんとなくずれている。噛み合わないなにか。


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