日常は非日常に。
今回はGL要素ありません。
既に雪は止んでいた。
「今日はこれから来なきゃいいんだけど。
そうもいかないんだよな」
と、栗原さんは苦笑いする。
「昨日、一昨日からすると、11時5、6分に二人組、夫婦かカップルが来店ってとこですね」
毎度のことながら、お客さんが来なければいいのにと思う店員ってどうなのだろうと笑う。
自分もそう思うように染められてきている。
ここに来て3か月。
「今日、11時半までだと思ってたら、11時までだった」
「え?え?聞こえないなあ」
「見間違いじゃないのー?」
みんなからからかわれている。
「あと30分いてもいいんですよ?」
わたしも負けじと参戦する。
「もう、ユキちゃんまで」
そう言って藤森さんは事務所へ向かった。
この人の、からかわれて困ったように笑う顔、割と好きだ。
深い意味はないけれど、きっとみんなもそう思っているから
いつもこの人はいじられているんだろうなと
つられて笑う。
「あ、テーブルのチェック、まだだ」
薬味置いたままだとまたパートのおばさんに怒られる。
やろうと思ったことは声に出さなきゃ忘れてしまう。
もうこんな時間のせいか、頭は思うようには動いてくれない。
「ユキちゃん」
低くてなんだか落ち着く声で、わたしのことを呼んだのがわかった。
「お疲れ様です」
脊髄反射かのように挨拶をした。
藤森さんはなぜか懐かしげに店内を見まわしていた。
「来年、というか、来月、転勤になりました」
「そう、なんですか」
『転勤』……その言葉の意味さえ探せないくらい頭が動かない。
「えっと、どこに、ですか」
とりあえず何か聞かないと。
なんとか質問を絞り出す。
「系列のイタリアンレストランに。
三上さんの面倒、みてやってね」
あそこは、確かここからそう遠くなかったはず。
やっと息ができる気がした。
「えっと……頑張ってください」
そう言う頃にはもう店のドアの方に足が向いていて。
届いたかどうかはわからない。
「酔った三上さんの面倒見られるなんて、藤森さんしかいないのに……」