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【トロイメライ〜子共の情景】

作者: こもれび

 

足元に出来た影をじっと見つめていた。

夏の強い陽射しと相成って、一段と色濃い。

陽を遮ってくれる物はなく、堅苦しく締めたネクタイと着込んだスーツは少しの風も通してはくれない。

 

 

頬を伝う汗がひと雫、熱されたアスファルトに零れた。

それと同時に、眼前のスクランブル交差点の信号が青になる。

人の波に流されるように、顔を上げ足を進めていく。

 

 

 

 

 

惰性で高校を卒業して、妥協で選んだ三流大学に入学。

夢も目的も無いままに、今の当たり障りのない職業に就いた。 

 

毎日毎日、足を止める暇も無く営業の繰り返し。

まるで数多ある歯車の一つ……人柱ですらもない。

心亡すと書いて忙しいと書くが、正にそんな感じだ。

 

 

 

いつからだろうか……こんな心無い人生を歩み出したのは……。

 

 

 

僕は救いを求めるように、高層ビルに囲まれた狭い空を見上げる。

 

変わり果ててしまった僕や僕の生活を余所に、空には『あの頃』と同じ輝きを放つ太陽がしっかりと浮かんでいた。

 

 

 

 

 

―そう、『あの頃』

 

 

 

 

 

裸足で駆け回り、空だって本気で飛べると思っていた……懐かしい日。 

 

 

 

 










 「探検。探検ごっこしようぜ」



こんな僕でも、昔は我が儘なガキ大将だったんだ。

その当時流行っていたのが『探検ごっこ』



探検といっても、隣町、又隣町まで行ったくらいだろうか。

でも、水筒に麦茶を入れて、少ない駄賃で買った駄菓子(当時僕らは食料と呼んでいた)をナップサックに詰めれば、気分はすっかり冒険者。


自分達の二本の足で行けるところ……それが僕たちの世界の全てだった。






集まるのはクラスメイトの男の子三人だけ……のハズだったのだが、その日はいつもと少しだけ違っていた。



 「私も、私もいく〜!」



近所のに住んでた二つ下の女の子、『チエ』がついてきてしまったんだ。

女の子なんか居たらつまらないんだけど、駄々をこねられて渋々連れて行くことになった。



 「出発〜!!」



僕が先頭に立ち、入り組んだ坂道を上り始める。

みんなは僕を『みっちゃん』と呼び、喜び勇んで後を付いてきた。

次から次に溢れ出る汗を腕で拭う。

タンクトップはべっとりと背に張り付いていた。


その様子がいかにも『探検』っぽくて、更に成り切っていく。


途中で拾った枝を


「これが隊長の証だ〜!」


なんて言いながら。



目に写る全ての物が新鮮で、触れる物全部が未知だった。

本当にどこまでも行けるような気分。

きっと、あの頃なら月にだって行けたんだろう。



でも、所詮は子共の足。行ける範囲なんて知れている。

照らす陽に、水筒の麦茶はみるみる内に軽くなり、日が沈み始める頃にはもうクタクタだった。



 「なぁ、みっちゃん。ここどこだよ……」



ついには弱音を吐き出す。

一人が言い出すと、後はもう止まらなかった。

皆グズり出し、一人……また一人と各々が道を引き返していく。



僕はそれを見送ることもせず、ただ前を見て、歯を食いしばって歩いた。


本当は、僕だって今すぐに引き返したかった。



ここがどこかだって?



そんなの僕が聞きたい。

でもただ一人、まだ探検隊のメンバーが僕の後ろを着いて歩いている。

こんなに頼りない隊長を、疑うことなく。

一番キツいハズのチエだ。

このチエの存在が、帰ろうとする足をなんとか引き止めていた。




お互いの会話はもう全く無くなり、ポツポツと街灯が燈り始める。



 「みっちゃん……足、痛い」



見てみると、チエはひどい靴ずれをしていた。

かなり長い間我慢していたらしく、赤く爛れ、血が滲んでいる。

それを見た瞬間、自分の足にも鈍い痛みを感じた。

どうやら二人揃って靴ずれしたらしい。



 「靴……脱ぐか」



チエは無言で頷くと、僕に習って靴を持って裸足で歩き始めた。

直に触れたアスファルトは、昼の陽の余韻を残したように、ほんのりと暖かかった。



……それから暫くしない内に限界が訪れる。

どちらともなく、歩みは止まり、チエは座りこんでしまった。

僕は座りはしなかったものの、足はもう言うことを聞いてはくれない。



 「……ヒック、ヒック」



とうとうチエは泣き出してしまった。

それでも声は上げず、一生懸命に歯を食いしばっている。

それに吊られるように、僕も我慢していた涙が溢れ出した。


巡回のお回りさんに保護されるまで、どこにそんな力が残っていたのかと言うくらい二人して大泣きした。


―そんな、懐かしい夏の日






















―ドンっ!!



肩がぶつかる感覚でハッと我に還る。

交差点のど真ん中で立ち止まっていたようだ。


信号が点滅しているのを確認すると、慌てて駆け出す。



あの日と同じように……あの頃とは全く違う気持ちで。

裸足だった足は、今は仰々しい革靴に包まれている。






スクランブル交差点の真ん中。




あの頃の僕が、すぐ横を駆け抜けていったような気がした。

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