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セントケージの魔法使い  作者: 須々木正(Random Walk)
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第1章 セントケージ・スカーレット -09-



 高い山の頂から朝の光が徐々に降りてくる。

 山から澄んだ風が緩やかに吹き下ろし、草花を撫でる。

「もうすぐ出発ですね」

 セントケージ学園の方を眺める。その中心に屹立する〈叡智の塔〉の先端が光を受ける。

 そこは、この街で一番高い場所だ。そして、そこが光を受けると、いよいよ開門の時間である。

「あ! 忘れていました!」

 エミルが大きな声をあげる。

「どうした?」

「二人とも、まだ荷物を収納してませんよね。早く仕舞いましょう」

「収納って……どこに?」

 クロノは、あたりを見回す。

 確か徒歩の旅路だと聞いたはずだけど、馬でも連れて行くのか?

「とりあえずクロノさんのお荷物は?」

「俺のはこれだよ」

 足元の簡素な革袋を指差す。

「随分少ないんですね」

「まあな」

 クロノはそもそも私物が少ない。いざとなったら借りれば良いだろうという、人に頼ることを前提とした生き方がこんなところにも如実に表れている。

「ミスティーの荷物はどこですか?」

 見る限り、ミスティーの周囲にそれらしいものはない。

 すると、ミスティーは黙って腕を持ちあげ、何かを指差す。学園と西門広場を結ぶ道路だ。

 そちらを見ると、誰かがかなり大きな台車を引きながら走ってきた。

「ハァハァハァ……間に合った、のか? ……ハァハァハァ」

 その人は、西門広場に入るとキョロキョロ辺りを見回す。人混みの中から誰かを探しているようだ。

 ミスティーが今度は手を垂直に挙げて、ゆらゆら動かす。

「あ!」

 台車の人はそれを見ると、嬉しそうにまた台車を引きながら走ってきた。

「ミスティー! ミスティー!」

 正直、かなり目立つ。でかい声で名前を連呼するので、広場中の人の注目を浴びることとなる。

「うわ、出た!」

 シェルがドン引きの表情になる。

「お前、知ってるのか?」

「あれ、ミスティーの兄ちゃん」

「なぜそんなにドン引きする」

「すぐ分かる」

 その人はミスティーの名前を力の限り吠え続け、跳ねるように台車を引いてミスティーの前にやってきた。本当に兄妹なのかと疑いたくなるほどのハイテンションぶりだ。

「ミスティー! 心配掛けたね! ちゃんと間に合ったよ! さあ、餞別だ! 受け取ってくれっ!!」

「エミル先輩、これ、私の荷物」

 ミスティーは、兄らしき人が引いてきた台車の荷台を示す。兄の方は、妹のスルーなどお構いなしに続ける。

「でも僕は知ってるよ! ミスティーは荷物の到着より、僕の到着が遅くて心配していたんだよね! お兄ちゃん見送りまだかな~。早くしないともう出発しちゃうんだからね! 私と会えなくていいの!? 私はそんなの嫌だからね! キャホーゥ!!」

「お兄ちゃん……うるさい」

 ミスティーは手際よく荷物を確認していく。

 大きな覆い布をかけてワイヤーで留めてあるが、そこには小さな部屋だったら収まりきらないくらいの量の何かが積み上げられていた。

「いや、これはいくらなんでも多いだろ!」

 クロノは全力でツッコミを入れる。

 確かに、荷物はどれだけ持ってきても構わないと言われていたが、ものには限度と言うものが……。

「OKです~」

 エミルは何食わぬ顔で対応する。

「え、OKって、この量をどうやって……」

「まあまあ、OKなものはOKなんですよ~。私の怪力っぷりに腰抜かしますよ」

「え!? お前が荷物持つの? そりゃ、それこそ無理ってもの……」

 エミルは、普通にニコニコしている。

「とりあえず仕舞いましょうかね」

 エミルは背負っていた黒くて大きな鞄、というかケースみたいなものを降ろした。

「それ、例のアレか?」

「その通り、例のアレです」

 それは、形状こそまったく違うが、昨日のビデオカメラと同じ雰囲気を醸し出していた。

「あれ、でも待てよ。それ、少し小さすぎやしないか?」

 よくよく見てみると、あのビデオカメラを入れるにしては小さすぎる気がする。

「あ、なるほど。いえ、違うんですよ。こういうことです」

 エミルは何かに納得すると、周囲から見えにくい台車の背後に背負っていたものを持っていき、クロノを近くに呼ぶ。そして、彼女が触れた瞬間、その物体は素早くメタモルフォーゼを開始した。

 精巧な機械仕掛けの時計の内部のように、細かい部品が互いに絡み合いながらいつの間にか噛み合って、次の瞬間には昨日のビデオカメラになっていた。一連の動きは不規則で捉えどころがなく、内部に秘めた泉からパーツが湧き出してきたようにも見えた。

 恐らく、昨日突然ビデオカメラからロケットランチャーが生えたのも、同じような仕組みなのだろう。それが具体的にどんな仕組みなのかはさっぱりだが。

「これはすごいな……」

 ケースじゃなくて、そのものだったってわけか。

「えへへー」

 エミルはビデオカメラを撫でながら嬉しそうに笑う。

「というわけで、仕舞いましょうかね」

 エミルは、荷台のワイヤーを部分的に外し、覆っている大きな布の中にビデオカメラを突っ込む。そして、自分も上半身を突っ込んで何か操作している。

 すると、内側で軽く明滅を繰り返しながら、荷台の荷物はみるみるその容積を減らし始めた。

 クロノ含め、近くにいた四人は呆気にとられてただ眺めることしかできない。

 荷台がすっかり空っぽになってしまうと、エミルは鞄形態になったそれを手に出てきた。

「みなさんの荷物は全部この中に入りました」

 シェルはあまりに不思議が過ぎたのか、難しい顔をしながらその物体を近くで見つめ続けていた。

「ハイ」

 エミルは、そんなシェルに鞄を持たせる。

 シェルはそれを受け取る。

「か、軽い……」

 シェルはますます不思議そうな顔をする。

 エミルは鞄を返してもらうと、それを背負った。

「私の愛用品というか、優秀な相棒ですね、この子は」

 友達を紹介するみたいな口調で、エミルは背中の相棒をみんなに紹介した。

「ちなみに、実際それは何なんだ?」

「実際はカメラですね。正式には、〈アイシュ・ボーニッシュ機構搭載型マルチファンクションカメラ〉って言うらしいです。長ったらしいので、〈アイちゃん〉と呼んでいますが」

(いか)つい見た目のわりに、随分カワイイ呼び名だな」

「そうです。私にだけ懐いてるカワイイ子ですよ~」

「カワイイ子がロケットランチャーぶっ放すのか……」

「ちょっとお茶目な元気っ子なんです」


 ついに出発の時がやってきた。約束の時間に職員が二人やってきて、管理署脇の鉄梯子を登り、開門のための作業に取り掛かる。

 西門広場は、いよいよ混みあってきた。本日は、見送りのため学園の生徒もこの時間帯だけは学園外に出られることとなっていたので、四人の知り合いもたくさん来ていて、順々に短い会話を交わしていった。

 その他、〈セントケージ・スカーレット〉を発行されたヤツを一目見てやろうという野次馬的な人も集まってきた西門広場は、まるでお祭りのような雰囲気だ。

 クロノは、そんな人混みの中を一通り回って、挨拶していった。いろんな人に助けてもらいながら充実の学園ライフを送るクロノは、知り合いも相当多い。日頃の恩を感謝し、帰還後の生活に備えることはとても重要だ。

「リナ、来てないのか?」

 寮の仲間に聞くと、一緒には来ていないと言う。クラスメイトに聞いても同じく。

「ま、どうせ一ヶ月くらいだしな」

 気にならないわけではないが、クロノは西門の近くに戻った。

 すると、シェル、ミスティー、エミルの三人は既に戻ってきていて、その近くに学園長、秘書のルイーゼ、そしてあと一人見知らぬ人が立っていた。雰囲気的には、学園の生徒。

「あ、戻ってきた」

 シェルがクロノに気付く。

「そろそろ出発かな?」

 クロノは、これから当分の間、共に行動することとなる仲間のもとに合流した。

 すると、学園長もやって来た。

「これで揃ったな」

 クロノたち四人を見る。

「出発する前に嬉しいお知らせだ」

 学園長は、背後の人物に促す。その人物は一歩前に出た。

 かなり大きめの帽子を深めに被っているため見えにくいが、中性的な顔立ちの男子生徒のようだ。クロノより体格的に一回り小さく、線の細い印象を与える。

 彼は、少し申し訳なさそうに言った。

「はじめまして。高等部二年のヘイズ・ランバーと言います。じ、実は、僕も〈セントケージ・スカーレット〉を発行されて……あの……みなさんと一緒に校外研修に行くことを命じられました。直前の合流になりますが、ど、どうか宜しくお願いします!」

 彼はどうにか一息に挨拶すると、伏し目がちにお辞儀をした。

「こちらこそ宜しく。俺はクロノ・ティエム。同じく高等部二年だ。旅の仲間に男が加わって嬉しいよ。他のメンバーがかなり強烈だから、お互い助け合いながらしぶとく生き延びようぜ」

 クロノはヘイズと握手を交わす。シェルが若干の不平を垂れているが、他の三人も順々に軽く挨拶を交わした。

「さてと……」

 それをにこやかに眺めていた学園長は、挨拶が終わったのを確認すると、門の上の職員に合図を送る。すると、大きな西門の重厚な門扉がゆっくりと上昇し始めた。

「君たち、そこに並びなさい。ビシッとカッコ良くね」

 五人は言われるまま、学園長が示した位置に横に並んで立った。その背後で、限りなく続く外の世界へと至る道が開かれていく。

 広場の人混みは一瞬ざわめくが、何かを感じとってすぐに静かになる。

 ざわめきが完全に引いたのを見計らって、セントケージ学園の長、パレア・チェルスキーは深く響き渡る声で言った。

「クロノ・ティエム!」

「はい!」

「エミル・オレンセ!」

「はい!」

「ヘイズ・ランバー!」

「はい!」

「シェル・ポリフィー!」

「はい!」

「ミスティー・シンプス!」

「はい!」

 学園長は、気持ちの入った返事をする生徒たちを、嬉しそうに見る。そして自らにも気合を充填すると、再び声を張る。

「君たちはこの城壁の外の世界で、力を結集し、知力と体力を駆使して多くの苦難を乗り越えることになるだろう。世界の厳しさは、君たちの敵であり、同時に最高の教師だ。

 また、君たちはこの城壁の外の世界で、新たな知識と無数の優しさに触れることになるだろう。世界の優しさは、君たちの親であり、同時に至高の魔法だ。

 すべてを手に入れ持ち帰れとは言わない。その代わり、一つを持ち帰るのだ! 得難い経験をし、一回り成長した自分自身を連れて帰ってくるのだ!」

 一瞬の間。そして、学園長は大きく息を吸う。

「セントケージ学園の長たるパレア・チェルスキーの名において、先に名を告げた五名に〈セントケージ・スカーレット〉を交付し、およそ一ヶ月の校外研修を命ずる! よく励めよ!」

「はい!!」

 五人の声は完全に揃った。力強く響いたその音は、己をも打ち震わせる。

 広場に朝日が差し込む。それは旅立つ者たちに真っ直ぐ届き、その先に連なる道をも照らし出す。

 門は完全に開放され、鐘の音が鳴り響く。

 彼らは、見送る者たちに背を向けると、静かに力強く歩き出した。




(第1章 おわり)






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