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ヒエン爆誕

すみません。かなり遅れました。


 高みから見下ろす山々はまるで玩具のようだった。

 飛竜という地上からは手の届かない場所。

 少しばかりの優越感は彼らの中に常にあった。

 それはごく普通の山小屋に見えた。

 しかし、調べによると某国の間者の根城になっている可能性があるとのことだった。目をつけられた峡谷の基地は破棄することになりそうだが、後片付けはしておくべきだろう。

「処理するぞ」

 五人編成のその小隊を任された隊長は指示を出した。全員が飛竜に乗り“マスク”を着用していた。上空からその小屋を囲むように陣をひいた五人はそれぞれに攻撃魔法の準備に入った。予め決められた互いに邪魔をしあわない魔法──

「撃て」

 五種類の攻撃魔法が一度に小屋に向かって放たれた。

 ひとたまりもなく小さな山小屋は吹き飛んだ。


──たった一言だった。

「吸魔!」

 子供と呼ばれていた少年の手元に、上部の山小屋を吹き飛ばした攻撃魔法のすべてが吸い込まれていく。

 コウは飛竜の羽音を聞き取ると、運んでいた茶器を放り出してまぬけ(仮名)を通路の後ろに押し込み、懐から取り出したものをかざした。

 ワードを口にするのと山小屋が吹き飛ぶのはほぼ同時。ゆえにそれは間に合った。

 山小屋を吹き飛ばし、なおかつそこに隠れていた者を押し潰してもなお余る魔法。それがコウの手元に殺到した。

 あまりの圧力に押されたコウは全力でその場に踏みとどまった。

 かざしているのは“マスク”──そこに攻撃魔法は吸収されたため、地下の隠し部屋は無傷ですんだ。

 すべての魔法が吸収され、コウは安堵のあまりその場に座り込んだ。

「アスガルドのやつらっすか!」

 まぬけ(仮名)が上空の飛竜を見上げて驚愕する。

「み、見つかっちゃたみたい……どうしよう」

 集団(ファミリー)が襲われたときの経験からコウはとっさに“マスク”の吸収能力を使った。おかげで最初の攻撃は防いだものの、カモフラージュの小屋は吹き飛び、隠し戸までなくなった。上空から少なくともコウとまぬけ(仮名)は丸見えのはずだ。これで完全にばれただろう。まぬけ(仮名)がコウの腕をひいた。

「大佐に知らせるっす! 大佐! 大佐ぁぁ!」

 知らせてどうなるものかコウは考えた。

 広範囲の攻撃魔法は“マスク”の吸魔を使えば防げる。しかし直接攻撃をされればコウになす術はない。うすのろ(仮名)の戦力は不明。まぬけ(仮名)は飛竜使いで、穴倉に閉じこもったような今の状態でははっきり無力。偉い人ことミゥエス大佐は火薬を使うようだが、遥か上空から魔法を使って攻撃してくる相手には何もできない。頼りになるのはマリエの『ミズナ』と──

「なんだ、今の衝撃は!」

「やつらか! もう見つかったのか!」

 大佐とクロウが階段を駆け上がってきた。

「兄貴……」

 クロウの“マスク”は失われてしまった。限界を超えて負荷をかけすぎたせいだ。手元にあるのは得体の知れない加工の施された“レアマスク”。

「~~~~くっ、ここからじゃなにもできねえ」

 大佐が歯軋りする。

「だが、ここを守ってもジリ貧だぞ。袋小路に追い詰められたようなもんだ」

「わかってる!」

 クロウが懐をおさえて躊躇するような表情をした。コウにはクロウの気持ちがわかった。命がかかった大事な場面で信用できない“マスク”を使うのに抵抗があるのだ。

 コウは手の中の“マスク”を見た。

 コウもまた、この“マスク”を使う踏ん切りがつかない。

「わたしがやるわ」

 マリエがクロウと大佐を押しのけようとする。

「お嬢ちゃん一人じゃ無理だ」

 大佐がマリエの肩を掴んで引き戻そうとする。

 マリエは抗った。

「だって、戦えるのはわたし一人じゃない! 通して」

 悲痛なマリエの声にコウの決意は固まった。

 乾いた唇を動かす。

「大丈夫……」

「コウ?」

 力は最初から手の中にあった。ただ、怖かっただけだ。クロウの事を見てきた。その強さにあこがれた。あんなふうになりたいと思っていた。それでも同じ力が手に入ったとき感じたのは恐怖だった。

 怖くて怖くて、ただ持っているだけだった。

「ぼくがやる! 今度はぼくが守ってみせる」

 コウは“マスク”を装着した。

──その瞬間、意識は空白となりすべての音が消えた。ただ、ひとつの声が響いた。

──替わってやろうか?

──え?──

──おまえができないんなら、おれが変わってやるよ──

 意識はくるりとひっくり返った。

 それがコウの代わりに浮上する。

 コウが“マスク”を装着したとたん、“マスク”の装着面から白い物質が吹きだした──それはまぎれもなく白義体。

「ばかな! “レアマスク”だと!」

 大佐の悲鳴のような声が響いた。


 山小屋のあった場所から天に向かって一筋の白い光の柱がのびた。次の瞬間、それは凄まじい光を放った。衝撃波が空を飛ぶ飛竜を打ちのめした──轟音と熱波──それが魔力による爆発だとどれだけの人間がわかっただろう。かろうじて防御壁が間に合ったのは二人だけだった。

「なんだ! なにが起こったんだ!」

 純白に輝く人影が柱のあった場所に浮かんでいた。それは天を仰いで笑っていた。

「出られた! やっと出られたぜ! あーっははははは!」

──それは──“レアマスク”の中にいたものだった。

 熱波の中にそれはいた。

 輝く純白の白義体。コウの体がベースになっているはずなのに小柄なコウとは背丈も体格も全然違う。長身で鍛えたような体つきをしている。髪にも見える白義体のそれは逆立っていた。顔の部分には造作のない仮面をつけているように見える──“マスク”

 それは軽く拳を握った。

『いいねえ、やっぱり外は』

 飛翔呪を使っているのか飛竜と同じ高みに立っている。

「きさま、なにものだ!」

 生き残った隊長が誰何する。

『あん?』

 “マスク”の意思が嘲笑した。

『問答無用で破壊魔法食らわしといて聞くかよ。ばかか貴様は? お前達の敵に決まってんだろ!』

 言葉とともに紅蓮の炎を叩きつける。

 それに込められた魔力を察して生き残りは慌てて術を展開させる。

「〝壁〟」

 ワードもなしに発動させた術だというのに、それの放った炎はほとんど〝壁〟を相殺した。

 あまりの威力に生き残りは顔色をなくす。

 探していたものだというのに、それに恐怖しか感じなかった。

『耐えたか。まあ、楽しめそうだな。これはどうだ?』

 ウォン

 空気が震えた。ワード無しだというのに、無数の火球が生まれアスガルドの兵士に降りそそいだ。

「〝壁〟」

 相殺。

「〝壁〟」

 相殺。

「〝壁〟」

 相殺。

「〝壁〟」

 相殺。

「〝壁〟」

 相殺。

『あーははははははは』

 二人がかりで〝壁〟を何度も立てるが、それは一つの火球で焼き尽くされる。焼き尽くされるたび〝壁〟を立て、〝壁〟を立てるたび焼き尽くされる。

 わざと防げるぎりぎりの火球であり、間隔だとすぐに分かる──遊んでいるのだ。

性質(たち)わりいな」

 大佐が呟くと──

『殿方はすぐまわりのことが見えなくなるわね』

 笑いを含んだ声が応えた。

「まったくだ」

 大佐は肩をすくめる。穴倉組も危なく巻き添えをくうところだったのだ。

「すごいな、これは。なんて魔法だ」

 クロウが辺りを見回した。

 『ミズナ』を中心に大佐、クロウ、まぬけ(仮名)、うすのろ(仮名)を囲む大きさで目に見えない球形の何かがあった。

 それが本来なら喰らうはずだった熱波と衝撃から全員を守っている。

 コウに続いてすぐさまマリエが『ミズナ』をつけ──魔法の気配を察した『ミズナ』が張り巡らせたのだ。炎系の魔法にだけなのか万能型なのかは分からないが、〝壁〟を遥かに凌ぐ防御魔法だ。

 それは球状のなにかの外が奇麗さっぱり吹き飛ばされていることからもよくわかる。

『さあ?』

 『ミズナ』が首を傾げた。

「さあって……」

『知らないけど使えるのよ』

 この〝女〟も謎だ、とクロウは思った。

『もうそろそろ遊びはやめてもらった方がいいかしら?』

 いまだ続く上空のいたちごっこに『ミズナ』が聞いた。

「ああ、さすがに遊びすぎだろうな」

 後続がくると逃げそびれる、と大佐は言う。

「だが、どうやってとめる?」

 クロウはそれを見上げたが、声は届きそうにない。

 だが『ミズナ』はかまわずに声をかける。

『ねえ、そろそろ遊びはやめてもらえないかしら? こっちが迷惑するわ』

 それが『ミズナ』の方を向いた。

『ああ、悪いな。じゃあ、終わりだ』

 距離を無視して響く言葉──それが“心話”“レアマスク”の言葉だ。

 それがアスガルドの生き残りのほうに向き直り。走った火球が角度を変え、男達の全方向に降りそそいだ。

「うわあああああ」

「ぎゃああぁああ!」

 なす術なくアスガルドの兵士が焼き尽くされた。

 それが降りてきて、『ミズナ』が球体を解除した。向かい合う二つの〝レアマスク〟

『わたしはミズナ。あなたは?』

 『ミズナ』が名乗るとコウの体を借りた“レアマスク”が名乗る。

『ヒエンだ。悪かったな。ついはしゃぎすぎた』

 『ミズナ』の結界に守られた穴倉こそ無傷だったが、周りはすっかり焼け焦げ未だ熱気を放っている。

 もう一人の“レアマスク”がいなければ皆助からなかった。

 その自覚があるのか『ヒエン』は気まずそうだった。

 かまわずに『ミズナ』が訊ねる。

『気持ちはわかるわ。ずっと出られなかったのでしょう。わたし、同族がいたら聞きたいことがあったの』

『なんだ?』

 訝る『ヒエン』に『ミズナ』は問う。

『わたし達はなに?』

 少しの間『ヒエン』は答えなかった。『ヒエン』と『ミズナ』。いうならば“レアマスク”だが──そもそも“レアマスク”とは何であるのか。

 その答えを『ミズナ』は持っていない。

 気が付けばそういうもの(・・・・・・)としてそこにあった。

 『ヒエン』の答えは『ミズナ』の求めているものではなかった。

 『ヒエン』は傲慢に言いきった。

『……おれは“おれ”だ』

『そういうと思ったわ』

 『ミズナ』は肩をすくめた。

「取り込み中悪いがお二人さん」

 『ミズナ』と『ヒエン』が大佐の方を向いた。

 大佐は単刀直入に訊ねた。

「おれらに協力してもらえるのかな?」

『わたしとマリエは運命共同体なのよ』

 誇らしげに『ミズナ』が答えた。

 マリエが協力するのなら自分も協力するということだ。

『あんなけったくそ悪いやつらを生かしておけってか? せいぜい利用させてもらうぜ』

 もし表情というものがあったのなら、盛大にしかめていそうな苦々しい口調で返す『ヒエン』。

「決まりだな」

 にやりと大佐が笑う。

 コウの顔から“レアマスク”が外れた。白義体が解けて“レアマスク”に収納される。『ミズナ』も外れて白義体を収める。

 純白の男女は消え、そこにいるのは赤毛の小柄な少年と、金色の髪の少女だった。

 二人に『ヒエン』と『ミズナ』の面影は見当たらない。

 クロウは額を押さえて呻いた。

「……ひでぇ冗談だ」

「そうぼやくな。まあこっちはいい買い物したぜ」

 ぼやいたクロウの背中を大佐がどやしつけた。一気に戦力が増えたためご機嫌のようだ。

「行くぞ」

 大佐が一行に命じた。

 まぬけ(仮名)があたりを見回す。

「処分するつもりだったやつ、全部きれーにふきとばされたっすね」

 上部の山小屋がきれいさっぱり消滅していた。

 周りの森林も焼け落ちている。

「心配するな、装備はある」

 もともと破棄するつもりだったので、荷物の選別はすんでいたそうだ。うすのろ(仮名)が荷物を抱えた。


 大佐組にマリエが加わりノゼライを目指すそうだ。

「どのくらいでこられる?」

 大佐に聞かれ、クロウは頭の中でざっと計算する。

「一週間ほど。遅くとも二週間はかからねえ」

 満足そうに大佐が頷いた。整った顔立ちに下種な笑みを浮かべて別れの言葉を口にする。

「再会を楽しみにしてるぜ、クロウ」

「じゃあな、ミゥエス大佐」

 けっきょく名乗らせてもらえなかったまぬけ(仮名)の操る飛竜が大佐一行を乗せて飛んだ。

「いっちゃったね、兄貴」

「……すぐあえるさ……しかし、ブラウンになんて言えば……」

 自分が出て行くのはとめはしないだろうが、コウも──それも危険な仕事につくとあれば──クロウは盛大に溜息をついた。

 コウの操る飛竜はアゼラ村を目指して飛び上がった。

 だが、クロウがブラウンに言い訳することはなかった。

 なぜならば、二人の知らないところで事態は動いていたからである。

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