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傭兵の誇り


 オルグ号の生存者は“マスク”の能力によって難を逃れ自力で──あるいは護衛の飛竜に助けられて基地に帰り着いたものが多い。しかし機密保持を考えればオルグ号の残骸や死体は回収する方が望ましい。飛行船の残骸を運ぶのは同規模の飛行船を使うか、解体して運ぶしかない。手間がかかるため後回しにし、まず死体やその“マスク”の回収から始められ、一定の数が集まると飛竜に乗せられ基地に順次送られた。

 作業に追われる彼らは、こっそりと後をつけているものに気づかなかった。

 “マスク”を装着したクロウはサードの背に乗り精神を集中していた。『気が散る』という理由で話しかけることを禁じられたコウとマリエはなるべく離れた場所に座り大人しくしていた。

 回りの景色は妙なふうに見える。音もしない。ただ小さなゆがみのような穴があり、そこには前方を飛ぶ『奴ら』の飛竜が映っている。サードは羽ばたいていなかったがその巨体は確実に三人を運んでいた。気づかれないよう光と音をクロウの術で遮断しているのだという。そうすれば回りから見えないし音も伝わらないのだそうだ。そうしていながら見失わないよう別の術で『奴ら』の映像を写しているのだ。

 音を遮断するとなぜか飛竜も飛べなくなるのだそうで、現在サードはクロウの飛翔術で飛んでいる。全員に術をかけるのはさすがに難しいので三人はサードの背に乗っている。さらに術の気配を隠蔽するための術も使っているらしい。

 クロウの気を散らさないようマリエが小声で話した。

「すごいですね。こんなに複数の術を同時に発動させて制御できるなんて」

 魔法のことはよく分からないコウはマリエに訊ねた。

「難しいの?」

「三つぐらいならわたしでもできますけど、かけっ放しじゃなくひとつひとつ制御するとなると……右手と左手と足と首、それに目に一度に別々の仕事をさせるようなものです。不可能じゃないですけど、難しいですね」

「……そうなんだ」

 二人はクロウの気を散らさないよう小さくなって小声で話していた。


 この世界では一般の人間は自分が産まれた村や町からか出ることはめったになく、自分の生まれ育ったところか、せいぜい近くの村や町というごく限られた地域しか知らない。地図は各国の極秘事項であり詳しく知られているのは国境くらいなものだ。

 しかしクロウの家系は代々自由戦士である。金で雇われ、どこにでも行く。そのため代々伝えられる独自の地図というものがあった。その地形を熟知しているかどうかが生死に関わることもあるからだ。新しく行く国があれば新たに書き加え、変更があれば書き直す。クロウも子供のころからその地図を覚えさせられていた。

 そのクロウの知識と方角や距離から考えれば敵はどこの国にも属さない名もない峡谷へまっすぐに向かっている。つけられているとは露ほども思わないようで、感知系の魔法を使うこともなければ、コースを変更したりごまかすこともないようだ。

 やがて飛竜は峡谷に侵入した。あるということはわかるが、さすがに峡谷の内部まではクロウの知る地図にも記していない。

 クロウの感覚に触れるものがあった。そう強いものではないが、魔法が使われている。

「こっちはだめだ。隠れるぞ」

 クロウはコースを変え、目立たぬところにサードの巨体を下ろした。

 軟着陸と同時にすべての術をといて“マスク”をはずした。

「はあ!」

 クロウはその場に座り込んだ。

 全身にびっしょりと汗をかいていた。疲労感が襲ってきて、身動きが取れない。複数の術の発動と制御はさすがに神経を使った。

「大丈夫? 兄貴」

「……少し……休ませろ……」

「次はわたしも手伝います」

 マリエが申し出たがクロウが顔も上げずに断った。

「……めだ……力が……大きすぎる……」

 マリエの“マスク”は“レアマスク”だ。

 何でも“レアマスク”は装着しているだけで術を発動しているのと同じ状態になるのだそうだ。感知系の魔法にすぐに引っかかりそうなほどその力の波動が大きい。術を使うため装着すればすぐにでも発見されてしまうだろう。

 クロウの“マスク”は力が強いとはいえノーマルなものなので発見されにくい。複数の術を一人で発動させるという負担を背負い込むのはそういうわけだ。

 クロウが心配ではあったが、コウとマリエにできることはなかった。

「複数の、強い力の波動を感じた。感知系の魔法の気配もだ。捕まる前に逃げたから気づいていないだろう。少し休んで回復したら、そちらに忍び込むぞ」

「うん」

 コウは力強く頷いた。マリエが申し訳なさそうに言う。

「……すみません。大きなことを言っておいて……あなたにばかり負担を……」

「気にするな……あんただけの問題じゃあない」

 敵はアゼラ村で口封じに集団(ファミリー)すべてを本気で殺そうとした。クロウの“マスク”で事なきを得たが、無事だとわかれば再び始末しようとするだろう。些事と忘れてくれればいいが、まずいことに飛行船の残骸にいたところを見られている。アゼラ村の飛竜乗りと不審な二人組みを関連付けて考えれば、集団(ファミリー)が無事だとばれてしまう。

 どこまでばれているか確認しなければ枕を高くして眠れない。


「兄貴の負担になるからおまえは連れて行けないんだ。どこかで見つからないよう隠れててね」

 サードは小さく鳴いて了承の意を示した。サードは賢い飛竜なので目立たぬよう隠れていてくれるだろう。

 クロウが“マスク”を装着し、注意した。

「離れるなよ。術の効果範囲から出たら見つかるぞ」

「うん」

「はい」

 再びいくつもの術を重ねて擬装した一行は歩いて移動した。

 敵の飛竜が降りた方向には感知系の魔法が使われているが、上空が主で下のほうは疎かになっているらしい。崖下は手を加えられた形跡がなく歩き辛いが、歩いて移動する方が見つかりにくい。

 切り立ったような岩肌に不自然な──出入り口や窓のような──穴があった。どうやら敵の根城は峡谷の斜面を掘りぬいたか、自然の洞窟に手を入れたかしたものらしい。

 相手の感知をごまかしつつ、感知系の魔法であたりを探っていたクロウが二人に声をかけた。

「警備が甘いな……見つかるなんて、これっぽっちも思っちゃいねえ。これなら忍び込めそうだ」


「なんだ、これは……」

 呆然とクロウが呟いた。

 マリエが目を見張る。

「“マスク”? こんなにたくさん」

 部屋の中に無造作に(うずたか)く積まれたものは──顔の造作のない仮面──“マスク”だった。

 敵の基地は自然の洞窟に人間が手を加えたもののようだった。上空に注意が向けられるのも当然で、谷底は大きな岩がごろごろしていて地形的に軍隊のような大人数が通れるところではない。中枢は整えられているのだろうが、そうでない自然の枝道が多くあったのだ。一行が入り込んだのはそうした枝道だった。

 中に入り込んだ一行は内部には魔法的な監視はされていなかったので、人気のない部屋に入り込んだ。

 いくらクロウでも常時魔法を発動し続けるのは無理なのだ。

 しばし身を隠して休むつもりであった。

 そこにあったのが“マスク”の山だった。

 それを見上げてマリエが呟いた。

「無防備ですよね。普通の“マスク”かもしれませんが、こんなふうに無造作に……」

 “マスク”は金を出せば手に入るというものではなく、またごく稀に売りに出されれば天井知らずの値段がつけられる。

 いわばお宝の山だった。

 クロウがそのうちのひとつを手にとり装着した。

「兄貴?」

 コウが首を傾げた。

 そしてクロウはすぐに“マスク”をはずす。

「やはりな。これはカラだ」

「カラ?」

「どういうことですか?」

 マリエの問いに、苦労は眉をひそめた。

「そうとしか表現できないな……“マスク”には普通魔法に関するものが入っている。中に封じたものと同じ魔法を複写して放つことができるんだが、これには何の魔法も封じられていない。からっぽだ」

 コウとマリエは改めて“マスク”を見た。“マスク”は古いものが多く、中にはひびが入っているものさえあった。

「……なにも封じられないほど新しいものとは思えませんが……」

 マリエが呟けば、コウが身近な“マスク”を指さす。

「これ、ひび入ってるよ?」

「ひびが入っているやつは、一度に負担をかけすぎたやつだろうな。そういうこともあると聞いたことがある」

 複数の術を同時に発動しすぎると“マスク”に負担がかかり壊れてしまうこともあるらしい。

 熟考ののちクロウが呟いた。

「……移しかえた……んじゃねーか?」

「移しかえるって……“マスク”に封じられている『魔法』そのものをですか!」

 マリエが悲鳴を上げ、コウが目を見張った。

「で、できるの? そんなこと!」

「知らねえよ。だが、そうして“マスク”を強化したのかもしれない」

 “マスク”を強化するには新しい魔法を封じることだ。“マスク”の持ち主の中には魔法使いに依頼して新たな魔法を封じるものもいる。しかし“マスク”から“マスク”へ、封じられた魔法をそのまま移しかえることが可能なら、これほど手っ取り早いものもない。敵の持つ“マスク”がことごとく強力なのもこれで納得がいく。

 だが、そんな技術は伝わっていない。

「自分達で開発したか……あるいは知られていないだけで、伝えられてきたものがあったのか……どっちにしろ、“マスク”に精通してやがるな」

 厄介な相手だとクロウは思った。本来“マスク”稀少だ。だからこそここまで“マスク”を知り尽くした相手というのはどんな裏技を繰り出してくるかわかったものではない。

「……まさか……アスガルド?……」

 呆然とマリエが呟いた。

「知ってるの? マリエ」

 コウの問いにマリエは頭をふった。

「そんなはずはないんです。だって、アスガルドはもう滅んだと……」

 クロウは知っている地名、国名を脳裏に浮かべた。同じ名は──ない。

「国の名前か? 知らないな」

 わずかな躊躇ののち、マリエは口を開いた。

「アスガルドは“マスク”を最初に作り出した国です。“レアマスク”がそうだったと……そしてその力を恐れ、信用できるものに託して隠させた……」

「それがマリエの国」

 コウの問いにマリエは頷いた。

「ええ。公国の最初の大公は、アスガルド王の弟だったと伝えられています」

 フランシード公国が陰に隠れ細々と生き残ってきたのに比べ、アスガルド国は相次ぐ戦乱に国は乱れ、亡国となった。“マスク”発祥の地はとうに失われた。

 熟考ののちクロウは仮定を口にした。

「生き残りがいた……とは考えられないか?」

「生き残り?」

 マリエがはっとして顔を上げた。

「国としては滅んでも、血筋や中枢の人間の子孫……そういうものが“マスク”の情報を伝えてきた、そうは考えられないか?」

 マリエが泣きそうな顔をした。

「そうかも知れません……彼らの制服は……フランシードの軍服に似ているんです」

 アスガルドから分裂したフランシードの軍服はアスガルドと同じものだった。長い年月に少しずつ変わっていっても元が同じであるだけに、似たところがあっても不思議ではない。

「それなら、私の国のことを知っていたのも、“レアマスク”のことを知っていたことも説明がつきます」

「“マスク”発祥の地か……面倒なことになりそうだな」

 クロウがぼやく。コウは思わず疑問を口にした。

「でも兄貴、“マスク”や“レアマスク”を集めてどうするんだろう? そりゃあ、すごいものってことはわかるけど」

「……………言うなよ、考えねえようにしてたのに……」

 これほどの力を集めて、ただ持っているだけとは考えられない。飛行船といい、飛竜といい“マスク”といい、これだけの力があれば国の復興も叶うだろう。穏便に復興を目指すだけなら問題はないが、力をかさになにをするかわからない。

 クロウは嫌な予感に首を振った。

「ひでえ冗談だぜ」

 過去の亡霊は力を蓄え、現在に蘇ろうとしている。


 内部で魔法を使うと発見されやすい(基地内部では発動中の魔法がないため)だろうとクロウが言うので、魔法による擬装無しで三人は警戒しながら人気のない廊下を慎重に進んだ。

 忍び込む前に多少なりとも内部を探っていたため大まかなところがクロウにはわかっているらしい。下へと向かう道を選んで進んでいるようだった。

「兄貴、どうするんだ?」

「下層を探す。囚人がいるとすれば地下だ」

「囚人?」

 マリエが不思議そうな顔をした。

 囚人といえば罪を犯したもののことだ。そんな者に何の用があるというのか。

「ここは普通じゃない。拘束されているとしたら、あんたみたいに協力を拒んだものとか、敵対しているものだな。もしかしたらあんたの家族が、拘束されてるかもしれないだろう?」


 扉が突然開いた。

 突然のことでコウは反応できなかった。それは相手も同じことで、茶色の髪の若い男が呆然と突っ立っている。制服の男が我を取り戻す前に動いたのはクロウだった。鳩尾に拳を食らわせ瞬時に失神させる。そのままの勢いで男ごと部屋にとびこむ。剣を抜いたが内部には誰もいない。

 倉庫代わりに使われているのか、雑多なものが壁中に作りつけられている棚に並び、箱が積み上げてあった。

 廊下で呆然としている少年少女を内部に呼び込み、扉を閉める。

 隠蔽完了。

 気を失っている若い男に猿轡をかませ、縛り上げる。これだけの作業をクロウは一人でやってみせた。あまりの手際のよさにマリエとコウはなにもできなかった。

「ごめん、無用心だった」

 コウは慌てて謝った。

「いいさ、かえって好都合だ。こいつに聞いてみよう」

 クロウは男に目隠しをした。こちらのことをどれだけ覚えられたかはわからないが、記憶するほどじっくり見られるのは危険だ。

「でも、騒がれたら……」

 マリエが不安そうに言う。

 クロウが“マスク”を取り出した。

「危険はあるが、これを使う」

 “マスク”を装着し、すぐさま遮蔽。気絶していた男に活を入れ、目を覚まさせた。

「むぐ、むぐぐ」

 猿轡をかまされたままの男が不明瞭な悲鳴を上げる。クロウはそのまま男の額に触れた。

「おまえ達はなにものだ?」

「むー」

 男がクロウを睨みつける。答えはないようだが、クロウがポツリともらした。

「アスガルドの残党か……いやな予想があたったな」

「むぐー」

「読心術ですか? そんなものを封じたんですか?」

 マリエは驚いたようだった。“マスク”の中身は過去にどんな魔法を封じたかによる。“レアマスク”は不明だが、普通の“マスク”には攻撃系の術を優先して封じる傾向がある。

「ご先祖様がな。あ? 俺達がなにものかって?」

 アスガルド残党の兵士がそう考えたらしい。

「なんだと思う?」

「もが、ぐぐもが」

 逆にクロウが聞き返した。クロウの“マスク”に封じ込められているのは表層意識を読む程度の読心術だ。相手が聞きたがったり、質問されとっさに思い浮かべてしまう答えをよみとる程度のものだ。

 兵士の答えを読み取りクロウは安心した。

(まったくわからないか)

 いくつかの仮想敵を思い浮かべたようだが、マリエやアゼラ村の集団は出てこなかった。そのうちのひとつがマリエを送っていくつもりの国だった。後はその周辺の国だ。

「囚人がいるのはどこだ?」

 幸いなことに兵士は牢の位置を知っていた。組織の中では下っ端で、様々な雑用をこなしているらしい。

「お前達の目的は?」

 この若い兵士はアスガルドの下級貴族の末裔らしい。目的は故国の復興だ。若者らしい熱意に溢れている。アスガルドのあったのは仮想敵として思い描いた国のある場所。

「……できると思ってんのかね」

 それは質問ではなく、思わず言ってしまったものだが、兵士はその答えをも思い浮かべた。

「そのための“レアマスク”か……」

 “レアマスク”や“マスク”の能力に頼るつもりらしい。そのため闇雲に“マスク”を集めているのだろう。

「囚人はどんなやつだ」

 どうやらフランシードの関係者はいないようだ。

「他に囚人を閉じ込めている施設はどこにある」

 いくつかの場所がわかった。思ったより大規模だった。クロウは質問を切り上げることにした。あまり長い時間この状態だとばれる恐れがある。

 兵士の首筋に手刀を落として再び気絶させた。

「ここにフランシードのものはいない。撤退して他を当たろう」


 安全を考えれば顔を見られたかもしれない兵士を生かしておくのは危険だったが、殺す気にはなれずそのまま転がしておいた。そのうち誰かが見つけるだろう。

 マリエが訊ねた。

「ここに捕まっている人はどうするんですか?」

 クロウが気まずそうな顔をした。

「助けてやりたいが、危険が大きすぎるな」

 捕まっているのはうっかり紛れ込んだ旅人や、間諜と思われているものだ。他にも何らかの懲罰としてアスガルドの者がいる。

 相手が大きすぎる。幸運だったのはアスガルドの仮想敵とする国に知り合いがいたことだ。捕まっている間諜のことを手土産にして、そちらを窓口に力が借りれるかもしれない。

 そこまで考えて──クロウは慌てて“マスク”を装着した。

「“(ウォール)”!」

 とっさに立てた魔法障壁に冷気がぶつかった。

「また会ったな」

 背の高い金髪の男はわざわざ“マスク”をはずしてそう言った。

 まだ若い男だった。貴族的な整った顔立ち、冷たい青い瞳にも見覚えはないが、わざわざ前にもあったと言うからには──遺恨がある──ということだ。そんな相手は一人しか思い浮かばない。

 察しはついたが確認のためクロウはとぼけた。

「誰だったかな?」

 男は喉をそらした。

「あの時は“マスク”越しのうえ、名乗りもしなかったからな。私の名はギシン。きさまと戦ったものだ」

 面倒な相手に見つかったものだとクロウは思った。ギシンと名乗った男のほかに、茶色の髪の男と、銀髪の女が後ろに控えている。二人とも“マスク”をしているので顔はわからない。

「ああ、あのとき撃ち落されたやつか」

 ギシンの整った顔に血の気がさした。

「きさまにやられたのではない! 黙っていろ! 下郎が!」

 けっこう気が短い。うまく誘導できそうだった。

 ギシンがマリエに視線を移した。

「そこにいるのはマリエ皇女ではありませんか。わざわざ足を運んで下さったからには、我々の仲間になる決意をされたのでしょうな」

「誰が──」

 ぎりっとマリエが歯ぎしりする。

 そんなマリエにギシンは威圧するように言った。

「“レアマスク”を渡していただきましょうか? あれはまだ未完成。我々の仲間になるのなら、しかるべき処置を施してお返しいたしましょう。我らの仲間となり、ともにアスガルドの復活のため働くのです」

「お黙りなさい! フランシードを滅ぼしたものの言うことなど聞きません!」

「下郎とは言ってくれるぜ。俺達がなんなのか知りもしないくせに」

 マリエをさえきってまでギシンを挑発したのはクロウの賭けだった。

「黙れ! おおかた金で雇われた傭兵か飛竜乗りごときだろうが! フランシード公国に雇われていたのか? 我らの崇高な目的の邪魔をするか!」

 激昂したギシンが叫び──アゼラ村の飛竜乗りと自分達を関連付けて考えていないことを教えてくれた。アゼラ村の集団のことなど些事として忘れているのだろう。それこそクロウの望んだ答えだった。

「ありがとよ」

 その瞬間、ワード無しの魔法が複数発動した。走った雷光がギシンの手前の天井を直撃し、爆発を起こした。人ではなく回りの天井や壁、床に破壊のための力が加えられる。建物の一部が壊れ破片が盛大に飛び散る。

「ワード無しに三重発動だと!」

 アスガルドの残党がひるんだ隙に、マリエとコウを抱えてクロウは飛んでいた。

 ギシン自身は“マスク”をはずしていたが、部下のマリスがとっさに立てた“壁”に守られ無傷だった。しかし追跡するにはその“壁”が障害物となる。

「おのれ、小賢しい!」

 ギシンは“レアマスク”を装着した。白く輝く白義体が全身を覆う。

「マリス、壁を解除しろ」

 銀髪の女が頷き、“壁”が消えうせる。

「追うぞ」


 マリエとコウを抱えたクロウは曲がりくねった道をつま先が地面に触れるか触れないかで低空飛行していた。走るよりは早いのだが──

「大丈夫ですか? 魔法なんか使って」

 すぐ居場所を探知されてしまうのではないかとマリエは心配していた。

「問題ない。隠蔽は続行中だ。直接目視されない限りは見つからん」

 思わずマリエは叫んでいた。

「そんな無茶な! そんな負担をかけたら“マスク”が!」

「まだ大丈夫だ。できりゃこのまま脱出したいところだけどな」

 轟音と振動がした。

「な、なんだ!」

 コウが振り向いた。それは一度で終らず何度も空気をふるわせる。

「ちっ、壁をぶち抜いて最短距離をきやがる」

 近い外に逃げ出せるルートは決まっている。それがわかっていればクロウ達を直に追わなくとも先回りができる。クロウは急いだが、目の前の道の壁が爆発した。とっさの急制動。降りそそぐ爆煙と破片を避けるため一時的な“壁”を作らねばならなかった。

 壁にあいた風穴から飛び出してきたのは白く輝く細身の鎧を身に着けたような人影──ギシンだった。

「やっと追いついたな」

「てめえ……」

「“レアマスク”……おかしいわ、なぜあなたは意識を保っていられるの!」

 マリエが悲鳴のような声をあげた。

「やっとお分かりになりましたか、皇女。これこそが長きに渡って我らが研究してきた成果です。“レアマスク”に宿る力のすべてを意のままにする。それこそが我らが悲願。“マスク”の真の完成です」

 勝ち誇ったようにギシンが言った。

「“レアマスク”の意思を奪ったの? どうやって……そんなことが可能だなんて……」

 マリエは戦慄した。“レアマスク”の意思を奪うことが可能ならば、『ミズナ』もまた意思を奪われ、その力を利用されてしまう。

「さあ、あなたの“レアマスク”を──」

「──だめよ! 死んでも渡さないわ!」

 マリエが叫ぶのと同時にクロウが雷撃を放った。ワード無しの不意打ちだったが、すでに“壁”が作られていた。

 “マスク”の下でクロウが舌打ちする。

「ふん、ワード無し。しかも異種の魔法を多重発動できるとはたいしたものだな。普通の“マスク”といえどそこまで強い“マスク”は滅多にない。踏み潰すには惜しい腕だ。さきま、いくらで雇われた?」

「さあてね、いくらだったかな?」

 クロウは金で雇われたわけではない。しかし、勘違いしているのならその方がありがたい。アゼラ村の集団(ファミリー)を始末したと思い込んでいる限り集団は安全だ。

 己が勝利を疑わぬギシンが続ける。

「我らに雇われる気はないか? 本来ならきさまのような下賎な輩にはようはないが、我らの悲願をかなえるには力はいくらあっても足りない」

「ごめんだね。負けると決まってる戦に雇われるバカはいねえよ! “解呪”“雷”!」

「“白い牙”」

 クロウの“解呪”が“壁”を消し、すぐさま放った“雷”はギシンの“白い牙”に阻まれた。魔法で生み出された雷と氷の刃が絡み合い相殺する。

「“解呪”をそんなふうに使うとはな!」

 言い捨てて、ギシンが攻撃魔法を放つ。ギシンが使うのは氷系の魔法だった。直撃されなくとも、掠められるか近くに被弾すれば冷気にやられる。時には“壁”でときには雷系の魔法でクロウはそれを食い止めた。

 クロウの後ろにはコウとマリエがいる。二人をかばいながらでは防ぐので手一杯だ。逃げ出すこともできない。マリエが“レアマスク”を使うのは論外だ。その波動が敵を引き寄せるうえ、奪うべき物を敵の目の前に晒してしまう。

「よく防ぐ。ただの“マスク”とはいえ、使い手しだいというわけか。しかし、一度に多方向からの攻撃はどうかな?」

「きさま!」

 距離をとったギシンが哂う。クロウはすぐにその意味を悟り背後を振り返った。

 いつの間にか廊下の角から敵がきていた。ギシンが時間稼ぎをしているうちに、ギシンの部下が回り込んだのだ。後ろにはコウとマリエ、狙われればかばいきるのはクロウといえども難しかった。

 三方から攻撃魔法が襲った。

「“(ウォール)”」

 とっさにクロウは魔法障壁を立てたが、防げるのは一箇所だけだ。

「“吸魔”」

 もうひとつの声が響いて、クロウが防ぎきれなかった攻撃魔法がそこへ吸い込まれる──コウがかざした“マスク”に。

「コウ!」

「お、おれだってこのくらい」

 コウが“マスク”を持っていても不思議ではない。カラの“マスク”が山積みにされていた部屋に一時隠れていたのだから。

 そういえば、昔も皆が手ぶらで飛竜から逃げ出したときにも、一人だけちゃっかりお宝を持ち出したという前例があったと、クロウは思い出した。たとえカラでも魔法を吸収する能力はある。よくぞ持ち出してくれたものだ。

 これで魔法に対する防御は大丈夫だ。直接攻撃だけ気をつければいい。

「お手柄だぞ、コウ」

「そんな子供が“マスク”を……」

「無用心に部屋に置いとくからだ」

 ギシンが愕然としている隙にクロウが切りかかった。さすがに剣でうけとめ、力を逃がすようにして体を交わす。

「カラだったはずだ!」

「使い手しだい、って言ったのはてめえだぜ!」

 クロウが雷の魔法を発動しかける。至近距離ならば発動させるまでもなく帯電した分だけでダメージを与えられる。それに気づいたギシンが後ろに大きく跳んで距離をとる。わずかに白義体の表面に電光が走るがそれだけだ──しかし、そのときにはクロウの術が完成する。ワード無しの小規模のものだが、ギシンを直撃した。

 白い鎧──白義体の表面に電光が広がり消滅する。

「なに!」

「その程度の魔法が通用するか!」

「だめです! その白義体──白い鎧は小規模な魔法じゃ傷つけることもできません! せめてワードを使わないと」

 マリエが叫んだ。かつてギシンが打ち落とされたのは“レアマスク”の攻撃だったからのようだ。

「一人じゃもう無理です!」

「そのようだな。後ろ二人を頼む、こいつは俺がなんとかする」

「わかりました! “破面”」

 マリエが服の下から“レアマスク”を取り出し装着した。白く輝く物質が装着面から広がりマリエの全身を包む。それは優雅な女性の体型になる。背が確実にマリエより高くボディラインが変わっている。マリエはあくまでも少女だが、それは『ミズナ』なのだ。

『“氷花”』

 大量の花びらのような氷の欠片が生まれ舞う。そのひとつが茶色の髪の男に触れた。そこから凍りつき、白い侵略は瞬く間に全身に及び、男は氷柱なかに封じられる。

「シェン!」

 生き残った女──マリスが悲痛な悲鳴を上げる。

『自分の身は自分で守りなさい』

「マリエ!」

 コウにそういい残し、『ミズナ』がマリスに向かっていった。マリエが“レアマスク”を隠し持っていることが知られたからには、次に捕まれば衣服に手をかけられるだろう。それは阻止しなければならない。目撃者は殲滅しておくべきだろう。

『“水刃”』

 『ミズナ』の周りに水が現れる。それは高速回転しながら刃となり、『ミズナ』はそれを操りながら敵に向かっていった。

「“白い牙”」

「“壁”」

 ギシンの攻撃をクロウの“壁”が受け止めた。そのとき、クロウの“マスク”が小さな音をたてた。度重なる負荷にとうとうクロウの“マスク”に微細なひびが入ったのだ。

「あ、兄貴!」

「く……」

「とうとう“レアマスク”との差が出たな。おまえはよくやったよ、その“マスク”もノーマルにしては強かった。だが、終わりだ」

 ギシンの回りに冷気が集まり始めた。

「そうはいくかよ!」

 クロウが飛んだ。冷気への対抗呪をまといながらギシンへ向かっていく。飛翔術と対抗呪、二つの術を同時発動させたクロウの“マスク”に負担がかかり、さらにひびが大きくなった。“マスク”が端から砕け欠片が散る。

「きさま!」

 冷気が散らされ虚をつかれたギシンの面前にクロウが飛び込んでいた。その右手がギシンの顎にかかる。

「解呪!」

 クロウが術を使った瞬間、ギシンの“レアマスク”がはじけるようにギシンの顔から外れた。同時にクロウの“マスク”が砕けた。

「ば、ばかな! こんなことが!」

 顔から外れた“レアマスク”は白義体を吸い込みながらクロウの手に納まった。クロウの長剣が無防備になったギシンの胴を薙ぐ。

 “マスク”に留め金などはない。顔に装着すればそのまま張り付いたように動かない。おそらくは何らかの魔法だろう。クロウの解呪はそれを解いたのだ。使い手からはがされた“マスク”はその瞬間すべての魔法をとめる。たかがひとつの解呪が“マスク”の致命傷となるとは誰も考えていなかっただろう。

 その可能性を“マスク”を受け継いできた傭兵の一族だけが思い当たった。

 わずかな混乱、“レアマスク”の無効化。それがクロウの狙いだった。

 砕けた“マスク”の最後の欠片がクロウの顔から剥がれ落ちた。

「“マスク”は使い手しだいっつったの、おまえだろうが」

 そのときにはもうひとつの戦いも終っていた。

「兄貴、“マスク”が!」

 コウに言われるまでもなく、もうクロウの“マスク”は再生不可能だった。クロウの家が代々つかってきたそれはもう白い欠片だ。

(いままでありがとよ)

 クロウは心の中で礼を言った。

 形あるものはいつか壊れる。便利であっても道具は道具。いざというとき惜しむな、とは死んだ父の教えである。

「ご、ごめんなさい。私のせいで」

 マリエ──敵を倒して“レアマスク”をはずした──が泣きそうな顔で謝った。

「あんたのせいじゃない。ものはいつか壊れる。今日がその日だっただけだ」

「でも、大切なものだったのでしょう? どうお詫びしたらいいのか……」

「なに、“マスク”なら、ここにあるさ」

 クロウは手の中の“マスク”を見せて笑った。

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