始まりのマリエ
ソネ村はアゼラ村から馬車で三日ほどのところにある、周りに比べればわりと大きな村だ。ある国に属してはいるものの、この時代の国境などはあやふやなものだ。どこかの国が「ここは我が国のもの」と宣言して周りの国が認めてしまえばそれでその国の国土になってしまう。国土となった土地にある村を治めることと税の徴収はその土地の持ち主の役割だ。しっかり管理できる者もいれば、この土地の領主のように割と緩いところもある。他国との取引ならともかく、山の民や野の民というどこの国の人間でもない物との取引は野放しなのが現状だ。
それでもれっきとした国の保護のある村なので周りの村に比べれば便利で大きい。定期的に乗合馬車がつく。近隣の村から品物が持ち込まれ、商売が成り立つ。自分たちの村で調達できないものは、この村まで買いにいくのだ。
コウは一人でソネ村まで買い物に来ていた。
飛竜の巣から持ち出したものはここでいったん金に換えてから、さらに何らかの品物に代わる。アゼラ村では物々交換が主で金の使い道があまりないのだ。
「塩と炭と、布と──」
コウは頼まれた買い物があるか確認していた。サードに乗せてもらえるので、日帰りで買い物ができるが、まだ一年仔なので荷車ほどの荷物は運べない。試してみたことがあるが、コウと年長組二人が限界だった。
いずれもっと多くの荷物を運べるようになるかもしれないが、とりあえず、コウが持ち運びできる程度のものにしている。
「よし、全部ある」
頼まれた品物がすべてあるのを確認してから荷物を背負い、コウはソネ村を出た。しばらく歩いて開けた場所に出る。
コウはソネ村の近くのひらけている場所でサードに乗り降りしていた。村の中に飛竜を下ろすと大騒ぎになるからだ。
飛竜は耳がいいので、声が聞こえる範囲内で遊んでいるように頼んでいる。
コウはサードを呼ぼうとして──ガサガサと茂みの方から何かが近づく音がした。振り向いたとたん、金色のものがとび出してきた。
「え!」
「きゃっ!」
コウはそれとぶつかって転んだ。幸い下は雑草が生い茂りそれほど固くはない。体の上に何かがのっていた。柔らかな感触に、いいにおいがした。
コウは体を起こそうとした。
「痛たたた」
「な、なに?」
コウの茶色の瞳と、水色の瞳があった。
コウに覆いかぶさるように転んでいたのは、金色の髪と水色の瞳をした──コウと同じ十三、四の年頃の──女の子だった。見たこともないほど、可愛い顔をしている。
(か、可愛い。お姫様みたいだ)
コウはそんなことを思った。
ガサガサと茂みを掻き分ける音がした。
少女が脅えたように振り返り、左右を確かめてからコウに向き直った。
「助けて! 悪いやつらに追われているの!」
「え? えええ!」
コウが跳ね起きると、茂みの方から揃いの服を着た五人の大人たちが現れた。腰には剣を下げている。そろいの服は軍服のようだったが、ソネ村が属する国の軍服ではなかった。
「見つけました!」
「よけいなものがいるな」
少女を追いかけていたと思しき男達に、コウは少女をかばうように抱き寄せた。
「な、なんだよ! お前ら」
先頭に立つ男が顔をしかめた。
「女の方は捕らえろ。男の方は消せ」
男達が腰の剣を抜いた。
コウは仰天した。
剣はあきらかに本物だった。
「け、消す! 消すって、アレ? アレ? 殺されるってこと?」
女の子が叫んだ。
「そうよ、逃げて! 殺されるわ!」
コウは女の子の手を引いて逃げ出した。男達が追いかける。大人と子供の足だ、すぐに追いつかれてしまうだろう。コウはそう判断して助けを呼んだ。
「サードオォォ!」
コウは力の限り叫んだ。
「キュイィィイイイ」
甲高い泣き声と、大きな影が降ってきたかと思うと、少女を抱えたままコウの身体が吊り上げられた。
力強い羽ばたき。見る見るうちに、男達の姿が小さくなった。何かを叫んでいるようだが、羽ばたきで聞こえない。サードが傷つけないよう加減して吊り上げてくれているのだった。ただ耳元で叫ぶ女の子の声だけが聞こえる。
「いやー! 飛竜! 喰われるぅぅぅ!」
まったく説明していなかったので、サードを野生の飛竜と混同したのだろう。
「大丈夫だよ! サードは人間食べないから!」
コウはとりあえず女の子の恐怖を取り除くべく必要最低限の説明をした。
女の子が訊いた。
「あなたの飛竜? お金持ちにも軍属しているようにも、みえないけど」
常識的に飛竜を持っているのはよほど裕福なものか軍に所属しているものだ。けれどコウはそのどれでもない。
「お金持ちじゃないし、兵隊さんでもないよ!」
「じゃあ、飛竜使いの村の人?」
飛竜の繁殖調教を手掛ける飛竜の村の人間なら飛竜乗りであっても不思議ではない。女の子の判断は常識的なものだった。
「違うよ!」
女の子が目を丸くした。
「じゃあ、なんで飛竜なんか持ってるの?」
「持ち物じゃないよ、ファミリーだ!」
コウが叫ぶと女の子が訊きかえした。
「なによそれ?」
「話すと長いんだよ! この体勢じゃあ苦しいから、乗りなおすまで待って」
「それ、賛成! ちょっと苦しいわ」
羽ばたきの音に負けないように大声を出しての会話だった。
ソネ村から徒歩で二日かかる開けた場所(飛竜の翼なら、数時間でつく)にサードを下ろし、コウは女の子にやっと名前を尋ねた。
「え~と、君の名前は?」
「人の名前を訊くときは、自分から名乗るものよ」
女の子はつん、と唇を尖らせた。
「でも、命の恩人だから教えてあげる。マリエよ。あなたは?」
やっとコウは女の子の名前を知った。
コウはマリエの問いに答える。
「コウ」
マリエは重ねて尋ねた。
「家の名前は?」
「ないよ。そんなもん」
ふつう苗字があるのは、騎士とか貴族以上の者だけだ。コウのような普通の村人は「何々村」の「誰々」というふうに呼ばれる。
「じゃあ、どうして飛竜なんか持ってるの? 騎士とか貴族とかでも、一部の人しか買えないのよ」
マリエが行儀よくコウのとなりに並んでいるサードを指差した。
「飼ってるんじゃないよ、ファミリーだよ」
コウが言うとマリエは首を傾げた。
「だから、なにそれ?」
「……話すと長くなるんだ」
集団制度はアゼラ村独特の制度である。まずそこから話さなければならない。
だが、コウには気になることがあった。
「それよりも、あいつらなに? どうして追われてんの?」
今度はマリエが言いよどんだ。
「え……ええと、それは」
マリエが視線をはずした。
「話すと長くなるのよ!」
「いいけどさ、ゆっくりしてるとあいつらが追ってくるかも。場所変えたほうがいいよ。どこの人? 近くなら送ってあげるよ」
「……わたし……わたし……」
水色の瞳が潤んだ。
きっとマリエが顔を上げた。
「お願い、かくまって! わたし行くあてがないの!」
「え?」
今にも泣きそうな顔で頼まれたコウは思わずサードと顔を見合わせた。つぶらな瞳と目があったコウは思わず訊ねた。
「どうしよう?」
思わず飛竜に相談してしまうほど、コウは混乱していた。
戸口の集団は一人残らず眼を点にしていた。
小柄なコウより少し大きいだけの、可愛らしい少女が頭を下げた。金色の巻き毛に水色の瞳、丈夫そうだが仕立てのよい服を着ていた。大きめのかばんをしっかりと抱えている。
コウに連れられてきた少女は挨拶をした。
「マリエです。事情がありまして、できましたら少しの間泊めていただきたいのです」
クロウががりがりと縮れた黒髪をかいた。ややあって、ぽつりと言う。
「コウ、女を買ってこいといった覚えはねえぞ」
口元に微笑みを浮かべた──目は全然笑っていない──ブラウンが言った。
「悪い冗談はよしなさい」
後頭部をブラウンが(フライパンで)(しかも両手うち)どついたのだ。ゴゴゴゴという地鳴りのような音がするのはきっと気のせい。
「いづっっ~~~軽い冗談じゃねえか……」
「事情がおありのようですね。こんなところではなんですので、中にお入りください」
クロウの抗議を完全に無視して、爽やかな笑顔で言うブラウンを、怖い、とみんなは思った。
マリエがじっとブラウンを見つめて言った。
「男の人……ですよね」
マリエの言葉にひくっとブラウンの片頬が引きつった。ほっそりとして、優しげな顔立ちのブラウンは、女性に見えなくもない。
集団の皆は恐れおののいた。
「ええ、そうですが。なにか?──」
それでも笑顔で言い切ったブラウンに、マリエが訊ねた。
「あ、いえ、ここは男の人しかいないんですか?」
マリエの問いにブラウンが頷いた。
「はい。集団が受け入れるのは、六、七歳からの男子だけです。女の子は間違いがあるといけないので、大人がいる家庭が養います」
「あの、ファミリーって……」
「ああ、アゼラ村独特の制度ですからね。簡単に言えば、親をなくした子供たちが自立するまで助け合っていく制度です。さすがに乳飲み子とかは世話できませんので、家庭で引き取りますが、男の子である程度大きな子はどこかのファミリーが引き取ります」
集団はひとつではない。多いときは三つぐらいの集団があったときもあるという。
「あ……それじゃあ、ここにいる人たちは」
「ええ、皆親をなくした子供ばかりです。わたしと、さっき馬鹿な冗談を言ったクロウが最年長で、いまは十人ばかりいます」
マリエが受け入れられたようなので、コウはサードに礼を言った。
「ありがとね。今日はもう遅くなるから、お帰り」
キュイイイとサードが鳴いて飛び立った。
マリエが振り返った。
「どうしました?」
「いいんですか、飛竜。竜舎もないようですが」
「彼は野生の飛竜ですから」
「は? 野生って……」
「サードはいわゆる三番目でして。巣立ちする前に親が飛竜狩りに連れて行かれたんです。餓死しかけたところを、うちのコウが親代わりに餌をあげましてね、それがわかるのか、コウをのせてくれるんですよ。驚きましたか?」
マリエが目を点にした。
「ええ、そんな話、初めて聞きました!」
ブラウンが微笑んだ。
「そうでしょうね」
「三番目って、ふつう食べられちゃうものでしょう。生き延びることもありますけど……」
不思議がるマリエにブラウンが微笑みかけた。
「ふつう、死に掛けた飛竜を助ける人間もいませんしね。ふつうでないことが重なって、ふつうでない事がおきたんですよ」
頑丈第一に作られたテーブルに、ハーブティーが配られた。
広い居間には全員が座れるだけの椅子があったが、椅子に座ったのはクロウとブラウン、コウにマリエだけだった。他のメンバーは茶器を持ったままマリエを遠巻きにしている。うろうろと歩き回り、ちらちらとマリエをみる。興味津々といったところだ。
ブラウンがマリエに勧めた。
「外はまだ寒いですから。身体が温まりますよ、どうぞ」
「ありがとうございます。ハーブですね」
「ええ、自家栽培したものを保存しているものですけど、口にあえばいいのですが」
マリエがハーブティーに口をつけた。柔らかな香りにその表情が緩む。
その様子を見てからクロウが訊ねた。
「それで、なにがあった?」
クロウに促され、最初に口を開いたのはコウだった。
「帰ろうとしたら、この子が飛び出してきて、助けてくれって言うんだ。おんなじ服きた大人が五、六人現れて、剣振り回してくるんでサードで逃げた。悪いやつらに追いかけられているって言うんで、つれてきた」
クロウの眉が跳ね上がった。
「悪いやつら?」
少し考えてからブラウンが口を開いた。
「同じ服というと、制服かもしれませんね。コウ、あなたならわかりますよね。兵隊の服じゃありませんでしたか?」
コウは首を振った。
「違うよ。ここら辺の兵隊さんの格好じゃなかった」
ソネ村との行き来が多いコウは兵士を見かけることもある。そのため判断できたのだった。
クロウがマリエに向き直った。
「お嬢さん、なにに追いかけられていた? どこから来たんだ?」
「あの──わたし──」
マリエが瞳を潤ませた。今にも泣きそうな顔をされて、コウや回りのメンバーがあせった。
「マ、マリエ」
「わからないんです。ある日いきなりわたしの暮らしていた村にやってきて──酷いことを──わたしは両親が逃がしてくれたんですけど」
とうとうマリエは涙をこぼした。それでも歯を食いしばり、しゃべった。
「あいつら、追いかけてきて──逃げるのが精一杯で──村がどうなったのかも──」
クロウは口を挟まずマリエを凝視していた。回りのメンバーが騒ぐ。
「それ夜盗じゃないの?」
「村全体が襲われたのか?」
こくんとマリエが頷いた。
「ひでぇ」
「かわいそうに。怖かったろ」
「あいつら、本気でおれを殺そうと追っかけてきたよ。悪いやつらだった」
「──どこの村だ? 領主かなにかいるか?」
クロウが聞いた。
「あ、名前を言ってもわからないと思います。隠れ里みたいな小さな村で──領主さまとかいませんでしたから」
クロウが頭をかいた。
このあたりはどこの国でもない土地が多い。そういうところに人が住みつき、村規模になることも多い。アゼラ村もそうした場所だ。襲われてもどこにも助けてもらえない。自衛するしか道はない。
「回りの村に知らせたか? そいつらが他の村を襲うかもしれん。教えといたほうがいいぞ」
「逃げるのが精一杯で、とてもそんな」
マリエが視線を落とした。その様子は少年達の保護欲を刺激した。
「仕方ないよ、そんな余裕なかったんだろ」
「かわいそう~」
「かくまってやろうよ~」
「クロウ~」
「兄貴~」
「クロウの兄貴~」
「あにき~」
「クロウ、追い出すなんていわないよな?」
ブラウンをのぞく全員がクロウをじっと見つめた。
「なに迫ってんだよ、お前ら!」
ブラウンがお茶を飲み干した。
「今日、泊めてあげる分はかまいませんよ。もう日も暮れますし、よそに行く余裕はないでしょうから」
マリエが輝くような笑顔で言った。
「ありがとうございます!」
周りで歓声が起きた。
「今日だけですよ。男所帯に女の子がいるのは好ましくありませんから、あなたの身の振り方は後で相談しましょう」
「はい。あ、これたいしたものじゃありませんけど、せめてものお礼に」
マリエが荷物の中から小さな袋を取り出した。なにかが詰まっているらしく、ごつごつして膨れている。
「なになに、金」
ナギが手を出そうとして、ブラウンにはたかれた。
「はしたないことはおやめなさい」
袋を眺めてクロウが訊いた。
「確かめさせてもらっていいか」
「はい」
クロウが袋の口をゆるめた。皆が興味津々に覗き込み、目を点にした。
「石?」
「石にしか見えないよな」
「いいじゃん、お礼なんか。かわいそうな女の子だよ」
「可愛いし」
妙な透明感のある、片手でもてる程度の石がいくつも入っていた。
クロウがそれを手にとり、打ち合わせた。もろい素材なのか石があっけなく欠け、少しはがれた小さな破片をつまみ口に入れる。
「兄貴!」
「だめだよ、石なんか食べちゃ!」
「そんなに腹へってたのか!」
騒ぐ子供たちを無視してクロウは石を袋に入れなおした。
「岩塩とは、気がきいてるな」
「それはなによりです」
「がんえんってなに?」
「食べ物?」
首をひねる集団の仲間にコウが説明した。
「塩のことだよ。塩は海の水から作るけど、岩になった塩の塊が見つかることもあるんだって」
「これはよい物をいただきましたね」
塩は海水から作るが、時折山の中から岩塩の鉱床が発見されることもある。アゼラ村は海から遠く、近くで岩塩も見つかっていない。塩は貴重なのだ。
クロウが袋をブラウンに渡した。ブラウンはいそいそと台所にもって行く。
「そういっていただけると、嬉しいですわ」
マリエがにっこりと笑った。同世代の男どもには輝いて見えるようである。みなボーっとしていた。
少し年長のクロウが苦笑した。彼の年齢になると、あまり効果はない。
「奥に空いてる部屋があったな」
クロウが言うと、他のメンバーは顔をしかめた。
「奥の部屋……」
「そりゃ、寝起きしている人間はいないけどさ……」
もともと大人数で住むことを想定して建て増しされている家である。寝起きしていない部屋はあることはある。たくさんある。
しかし、そのほとんどが物置や遊び部屋がわりに使われぐちゃぐちゃだ。
「お前ら」
くいっとクロウが親指で奥の部屋を指し示した。
その意味は明らか。「行け」という意味であり付け加えるなら「掃除しろ」という意味である。全員が正確に意味を把握した。
「女の子が寝泊りするんですからね、気持ちよく寝られるようにしてあげなさい」
台所から帰ってきたブラウンが爽やかに微笑みながら付け加えた。
集団の実力者二人に言われて、逆らえる人間はいなかった。
元気のよい(涙声の)返事が重なり、一同は掃除をするべく奥の部屋に突進していった。
「あ、わたしもやります」
いそいそとマリエも奥の部屋に向かった。壊しているのか、掃除しているのか判別つきにくい騒がしい音が始まった。
今に残ったクロウがブラウンに聞いた。
「どう思う?」
「嘘じゃありませんけど、全部じゃありませんね」
「だな」
マリエが何かを隠していると二人は気づいていた。
「ここいらの子供じゃあない」
クロウの断言にブラウンも頷いた。
「そうですね。コウとサードのことは、ここら辺──少なくともソネ村と付き合いのある村なら知れ渡っています」
本人に自覚がないだけで、いまやコウはけっこう知られている有名人だった。飛竜乗りがいるというのは、それだけ田舎では衝撃的な情報だ。それを知らなかったということは、ソネ村と離れたところに住んでいたということになる。
「そうすると、とても女の子一人でこられる距離じゃないぞ。しかも、そいつらが追いかけてきた?」
「ふつうの夜盗では、そこまでしませんよね。何か目的があるか、彼女自身がそれだけの価値を抱え込んでいるか」
「少なくとも、ふつうの村娘じゃあない。物腰が違いすぎる」
「妙に知識がありますよね。三番目のことといい。ハーブティーなんて、ふつうはなじみがないものですし」
「頭もいい。金じゃなく塩を礼にするとはな」
アゼラ村のようなところでは、金はあっても陸路で三日かかるところまで行かなければ使えない。むしろものの方がよろこばれる。しかも、山間では手に入れにくい塩というところが、頭がいい。
「なにもんだ?」
「それも気になりますけど……」
「追いかけてきていたやつらだな」
制服で剣を持っていたとなると、兵士である可能性がある。ここいらの領主の兵の制服ならコウにも判別できるが、付き合いのない地域の兵士なら、わかるわけがない。
そうでなくとも、揃いの服をそろえるということは何らかの組織ということになる。
「きな臭いな」
領地の中で好き勝手されて領主が黙っているはずがない。下手をすれば戦争の引き金になるだろう。
ブラウンが溜息をついた。
「どうしましょう?」
「どうせすぐここをつきとめて来る。村で聞き込みをすりゃあ、一発だ」
コウのことは直ぐ調べがつくだろう。クロウは思案した。
「双方のためにも、どっか遠いところに送っていくのが一番だな……親父の昔の知り合いに頼んでみるか?」
「相手の方の迷惑になるのでは?」
「そりゃあ、仕方ない。ま、手が出しにくいところにするさ」
ちゃんとした国ならば、他の国の兵は手出ししにくい。
「問題はまだ生きてるかだな」
「はい?」
「親父の知り合いってのは、傭兵か兵士ばっかだからな」
いつ終わるかと危ぶまれた片付けは、のちほど参戦したブラウンの指揮もあり、夕食前には終わった。ガラクタは運び出され、家具は磨かれ、何とか一人が寝られる程度は片付けられた。容赦のない人使いにへばるものが多数いた。
素朴な夕食のあと、マリエはその部屋に落ち着いた。
「今夜はこれで我慢してくださいね。こうなるとわかっていたなら、もう少しましにしておいたのですが」
ランプを置きながらブラウンが謝った。
「いいえ、ちゃんとした屋根の下で眠れるだけありがたいです」
ブラウンが微笑みながら入り口を振り返った。
「あなた方も部屋に戻りなさい! 朝までこの部屋に近づいてはいけませんよ!」
ガタガタと逃げ散る音がした。扉の外にメンバーが張り付いていたらしい。
「すみませんね、躾がなっていなくて」
「い、いいえ」
「では、おやすみなさい」
ブラウンが出て行くと、マリエはベッドの上に座った。
ほっと息を吐く。
なんとか逃げられたのだ。久しぶりにちゃんとした食事も取れたし、ベッドで寝られる。
そっとマリエは服の下に手を入れた。
「破面」
マリエはそれを取り出した。集団のメンバーがそれを見たら驚いただろう。白い顔の造作のない仮面──それは明らかに“マスク”だった。
マリエはそれを見下ろし──涙ぐんだ。
「お父さま……お母さま……」
コウが部屋に戻ろうとすると、クロウが呼び止めた。
「コウ、ちょっと来い」
「なに? 兄貴」
コウはクロウのもとに駆け寄った。そこにはブラウンもいた。
「少しばかり遠出ができるか?」
「え?」
目を覚ますと、すでに陽が高かった。マリエは慌てて飛び起きた。まともなベッドで眠ったせいか、寝過ごしてしまった。
ばつの悪い思いで居間に行くと、ブラウンがいた。
「なにか召し上がりますか? たいしたものはありませんけど」
「すみません、寝過ごしてしまって」
「かまいませんよ。疲れておいでだったのでしょう」
ブラウンが直ぐ食べられるものを出してくれた。肩身の狭い思いでマリエは礼をいい、食卓についた。
「食べながらでかまいませんから、聞いてくださいますか?」
「なんでしょう?」
「あれからクロウと話し合ったのですが、行く当てがないのであれば、クロウの親御さんの知り合いの所はどうかと」
「……」
「なるべく治安のいいところに行かれたほうがいいのではないかと思いまして。ここからかなり離れているのですが、どうですか?」
マリエは話を聞きながら、いったいどこまで気づかれているのかと訝しんだ。治安のいい、しかもここから離れたところというのはありがたい。やつらもそういうところなら手を出し辛いだろう。
そういうことがわかっていてのことだろうか。
「はい。ぜひともお願いします」
「そう言ってくださると思っていました」
食事を終えたマリエとブラウンが戸口に出ると、それに気づいたコウが駆け寄ってきた。コウは長い外套をはおり、その下にいくつもの小さな荷物を身体につけている。旅支度のようにも見えた。
その向こうでやはりクロウが旅装束でたっている。
子犬のように根雪を跳ね飛ばしながら駆け寄ってきたコウは満面の笑みで報告した。
「用意できたよ」
「用意って、なんの?」
「なんのって、兄貴の知り合いの所に行くんでしょ? マリエの分も食べ物とか寝袋とか用意しておいたよ」
コウがクロウの足元を指差す。荷物が用意されていた。
あっけにとられているマリエの肩に、ブラウンが外套をかけた。
「飛竜の背は冷えますからね、使ってください」
「飛竜?」
「おれ、何日もかかるような遠出、初めてだよ! 大きな街に行くんだってね! お土産買えるかな?」
コウが幼く見える顔を期待で輝かせていた。その背には弓と矢筒も見える。遠目だが、クロウの腰に剣が下げられているように思える。
マリエに話を通す前に準備をしておいたものだろう。
「飛竜で三日ほどかかるところにノゼライという国があります。そこに昔お世話になった方がいるというので、思い切ってお願いしてみるそうです。サードは一年仔なので、もう少しかかるかもしれません。早くここを離れられたほうがよいでしょう」
マリエは何もかも見透かされているような気がした。
「三人で行くんですか?」
「場所がわかるのはクロウだけですし、サードを使うのならコウがいないとだめなんです。幸いあなたはポトより軽いので、三人でも飛べるでしょう」
サードが乗せて飛べるのはコウと年長組二人である。
クロウは年長組でも背丈もあるし、逞しい体つきをしている。しかし、マリエは年少組で一番重いポトよりも軽そうである。年長組でクロウの次に重いシーズよりは確実に軽い。
「ああ、そうそう」
ブラウンが小さなピンのついた飾りのようなものと、ペンダントを取り出した。
「これをつけておいてください」
「なんですか、これ?」
「迷子避けのまじないです。クロウとコウにはもう渡してあります。これ(小さな飾り)をなるべく脱がない服につけておいてください。上着ではだめですよ。そうするとこれ(ペンダント)が反応して、いる方向を教えてくれます」
簡単な魔法の品だった。こんなものなら正式な魔法使いではなく、地方のまじない師や薬師でも作れる。地方では薬師がまじない師をかねることがあるという。
実はブラウンがそれだった。ブラウンは身体が弱いので、小さい頃は冬になるとソネ村の薬師に預けられていたのだ。直ぐに身体を壊すブラウンは、厳しい冬には薬師のいないアゼラ村では過ごせなかった。そのうちに医学を学び、まじないを覚えた。
少しは丈夫になった四年ほど前から冬でもアゼラ村で暮らすようになったのだ。
迷子避けのまじないは、小さい子が多い集団では役に立つ。
遠出をするので、はぐれないようにとの心遣いだった。みるとペンダントには三つの光がともっている。ペンダントを中心に、ひとつはマリエが受け取った飾りに、ひとつはコウのいる方向に、もうひとつは明らかにクロウの方を示している。これならはぐれてもペンダントの示す方向に進めば直ぐに集まれる。
「ありがとうございます。なにからなにまで」
マリエはペンダントを首にかけ、服の中に隠した。飾りは肌着のわき腹の辺りにつけた。
他にも用意してくれたものをいくつか見につけてマリエ自身のかばんを持つと旅支度ができた。
「じゃあ、サードを呼ぶね」
コウが首にかけていた竜笛を取り出した。
竜笛は人間の耳には聞こえないが、飛竜の耳には聞こえる音を広範囲で響かせてくれるものだ。ひとつひとつ手作りなので、すべて微妙な違いがあるという。飛竜はその音を聞き分け、決して主人を間違えないのだという。
サードがコウを背に乗せるようになってからクロウが調達して来たものだ。サードはこの音色をすぐに覚え、おかげで家からねぐらにいるサードを呼ぶことができるようになった。
コウは竜笛を力いっぱい吹いた。