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少年と飛竜


 コウの住むアゼラ村は山脈と深い森に囲まれた小さな村だ。狩人も多い。だが、それだけに猛獣に襲われたり、帰ってこなくなるものもいる。

 そのため小さな子供が残されたりした場合、その家の畑を別の家が預かり、子供を養う習慣があった。人の手のはいらない田畑は荒れて、開墾前の荒地に戻ってしまうからだ。

 そうして子供が育つと畑を返してもらい独立していた。やがてそうして育った子供が、自分と同じ境遇の子供の面倒を見るようになった。

 現在では親が死んだ子供同士が寄り集まり、畑を管理しつつ、互いに助け合っている。苦しいときは村人が手助けもする。

 コウの母親は難産でコウを産んですぐ死んだ。父親は狩人で、ある日帰ってこなかった。

 引き取ったのがクロウ達だ。

 クロウはアゼラ村の生まれではない。

 もともとは流れ者の傭兵の子供だ。たまたまアゼラ村に着たときに病気で親が死んだ。村の習慣に従い、集団のひとつに引き取られた。“マスク”は親の形見である。

 “マスク”は、見た目は白い顔の造作のない仮面だ。その中には魔力が封じられていて、装着者は“マスク”の力を自由に使える。しかし、まったく同じ“マスク”は存在しない。“マスク”は魔力に関係したものを吸収(食わせる、または封印すると表現される)することで強力になる。クロウの“マスク”は代々受け継がれてきたもので、強力なものであるらしい。

 大きくなったクロウは集団のまとめ役になっていた。“マスク”の力で村を守っている。今では村人の信頼も厚い。

 森に近い村の外れに皆での住む家がある。年少組五人。クロウを筆頭に年長組五人の十人がいまのメンバーだ。コウは一番小さい。体力もみんなほどない。足が速いのと、弓が年少組では一番うまい程度だ。

 みんなの役に立ちたいと思っていたから、ついクラムの話に乗ってしまった。

 何代にもわたって子供達が大きくしてきたので広さはある。戸口にほっそりとした人影があった。さらさらと茶色の長い髪が風に揺れている。

「ブラウンに礼言っとけよ。でなきゃ、今ごろ飛竜の腹ン中だ。飛竜の巣にいったというのも、あの森に逃げ込むだろうってのも、あいつが予測してくれた」

 クロウがコウ達を連れて行くと、ブラウンの優しげな面差しが、安堵の表情を浮かべた。

「無事ですか?」

「ああ、擦り傷ていどだ。手当てしてやってくれ」

「あなたは?」

「なにもなし。お前の予測どおりだったぞ」

 ブラウンが眉を吊り上げた。

「やっぱり、飛竜の巣にいったのですか!」

 子供達はうなだれた。

「うん……ごめんなさい、でも──」

「──みんなの役にたちたかった、という気持ちはわかりますが、自分を危険にさらしていいということにはなりません」

 ブラウンが傷口を確かめた。

「湯が沸かしてありますから、それで傷口を洗いましょう。もう冷めているはずです」

 部屋の中には手当ての用意がしてあった。子供たちの傷口を洗い泥を落すと、薬を塗る。ブラウンの手際は医者顔負けだ。

 ブラウンはもう独立していても不思議ではない年頃だが、身体が弱く、昔から何度も死にかけたそうだ。そのおかげで薬や手当てについては玄人はだしだ。

「いいですか? 今日は運がよかったんですよ! たまたまわたし達の仲間に、クロウがいたから撃退できたんです! でなければ食べられていましたよ! あなた方の御両親は、せっかくこの世に残したあなた方がそんな風に死んでしまうことを喜ぶと思いますか?」

「ごめんなさい……」

「わたし達も、あなた方にもしものことがあれば、悲しいです。もっと自分を大事になさい」

 もし──お母さんが生きていたら、こんな風にしかってくれただろうかとコウは思った。

 けれど口にすることは無い──以前ブラウンに「お母さんみたいだ」と言ったら「わたしは男です」と泣かれてしまったからだ→コウは男に「おかあさん」と言ってはいけないことを覚えた。

「で、収穫はなしかよ」

「くたびれ損だな~」

 皮肉屋のシーズと、がめついナギが皮肉った。

「シーズ、ナギ」

 ブラウンが二人をにらみつけた。

 コウはポケットの中身を出した。

「これだけ」

 キラキラした細工物がコウの両手で握れるぐらいあった。

「慌ててたから、そこら辺にあるものを掴み取ってくるのが精いっぱいだった」

 他の子供が顔を見合わせた。他のメンバーにそんな余裕はなかった。

「ねえ、これお金になる?」

 クロウがひとつ手にとり、日にかざす。

「おお、なるぜ。けどな」

 ぽん、とコウの頭に掌をおいた。

「こんなもんじゃ、おまえは買えないんだ、そいつだけは覚えとけ」

「うん」


 コウ達の日常は、畑仕事に家事、森での薪拾いが中心だ。力仕事は年長組の仕事だが、やれることはなんでもやる。ブラウンの指導の下、薬草集めをすることもある。狩りもする。やれることはなんでもやらないと、食べるものがなくなることもある。怠けていては食べていけない。

 アゼラ村では買い物ができない。滅多に商人も来ない。村で調達できないものは、三日かかる隣村まで買いに行かなければならないのだが、これは元気な若者の仕事だ。

 馬に引かせた車で、村でとれた物(毛皮や薬草など。頼まれて野菜やきのこなどを運ぶこともある)を運んでいき、必要なものにかえる。コウ達の仲間では馬の扱いがうまいトキとナギの仕事だ。ときどき護衛としてクロウがついていくこともある。

 その日──隣村から帰ってきたトキとナギが、耳寄りな情報を拾ってきた。

「飛竜狩りが来たんだと」

「へえ、戦でもあるのか?」

 野生の飛竜は脅威であるが、飛竜は乗り物として使われる。もともと飼育している飛竜を繁殖させて調教することもあるが、野生の飛竜を捕らえ、乗り物用に調教することもある。

「さあ、それは知らないけどさ、一匹捕まえて帰ったそうだよ」

「ここらへんの飛竜というと、アレですか?」

 隣村を含む範囲内に住み着いてる飛竜というのは一匹しかいない。コウ達が忍び込んだ飛竜だ。野生の飛竜は、繁殖期以外は単独で行動する。

「あいつ、連れて行かれたのか」

 ナギが身を乗り出した。

「そうなんだよ! だからさ──」

「──いま、巣はからっぽだよな」

 一瞬、皆が考えた──そして破顔する。

「お宝!」

「いい儲けになるぜ!」

「この冬は、ばっちりだぜ」

「炭が買えますね。塩も」

「他にも分けてやれるよ、あれだけあったら」

「家畜飼おうぜ!」

 巣に残されているだろう宝の山に期待して気炎を上げる一同だった。


 野生の飛竜は切り立った岩山の洞窟を巣にする。クロウ、シーズ、トキ、コウの選ばれた四人はコウの案内で巣の洞窟にたどり着いた。残りは家を守っている。

「この奥だよ」

「高そうなものから持っていこうぜ」

 シーズが嬉しそうに言う。

「クロウ、鑑定頼むよ」

 村生まれ村育ちの他の仲間と違って、外で育ったクロウは皆の知らないことまでよく知っている。傭兵の父親から世渡りを教え込まれていたのだ。一般的に売り買いされているものなら、多少はわかる。

「まあ、買い叩かれずにすむものからだな」

 岩山を登った疲れもみせず、足取り軽く奥へ進んだ。

 飛竜は光物(ひかりもの)を好む。山の中にある宝石の原石や金銀。ときに人間の装飾品をどこからか奪い、巣に溜め込む。中には鍋や鏡の欠片などというものもある。

 一同は、巣に溜め込まれた宝と──もうひとつ、とんでもないものを見つけてしまった。

「……アレって、アレだよね」

「アレだろ」

「アレなのか」

「なんで、そんなもんが!」

「まだ、巣立ってなかったのか! 三番目!」

 キュイィィィと力ない声を飛竜の子供があげた。ぐったりと力なく寝そべっていたが、コウ達の気配を感じたのか頭を上げる。しかし、それさえも緩慢な動きだった。

「あれ? なんか元気ない……」

 前にコウが鉢合わせたときは、もっと元気だったのだ。

「親が連れていかれたんだ。喰ってないはずだぜ」

 クロウが眉をひそめた。

「じゃあ、邪魔する元気もないよな」

「さっさと、貰うもん貰って、帰ろうぜ」

 ナギとシーズがほっとした顔で言う。

「……こいつ、どうなっちゃうの?」

「……親をなくした餌の取れないやつは、飢え死にする」

「……死……」

「そいつはいいや。邪魔されないうちに行こうぜ」

 シーズが袋に回りのものを詰め始めた。ナギが無言で手伝う。それでもコウは動けなかった。

「……こいつ、おれ達と一緒だよね……」

「おい、コウ」

「父ちゃん、帰ってこなかった……壊れた弓が見つかって……死んだんだろうって、みんな言ってた。だけどこいつは……母ちゃんが帰ってこないわけもわからず、死んでいくんだ……おれは……みんなに助けてもらったけど……」

「コウ~」

 クロウが困ったような顔をした。シーズとナギも抗議する。

「何考えてんだよ、コウ。そいつのせいで死にかけたんだろが」

「……自然の摂理ってやつだよ」

「でも……」

「あ~、わかった、わかった」

 クロウが荷物の中から鳥を引っ張り出した。ここにくる途中に食料にするため狩ったものだ。それを飛竜の鼻先に投げた。

 飛竜の子供はそのにおいを嗅いでいたが、いきなりかぶりついた。鋭い牙が死んだばかりの鳥を噛み砕く。肉が切り裂かれ、血が滴る。子供とはいえ迫力があった。

「おい、クロウ!」

「いいか、俺達が養ってやる。そのかわり、このお宝は貰ってくぞ」

「クロウ~、ほっとけばいいじゃないか。飛竜はいなくなるし、お宝はおれ達のものになるし」

「可哀相じゃないか!」

「おいおい、コウ、そういう問題じゃ……」

「かまわねえだろ。こんだけお宝がありゃあ、冬は楽勝だぜ。こいつにとっちゃあ、食えもしねえもんだが、俺達はこいつを食いもんに換えられる」

「貰いすぎっぽいけどな」

 飛竜の溜め込んだものは、それだけ膨大だった。

「じゃあ、こいつを連れて行くの?」

『それは無理!』

 年長者三人は声を合わせた。子供とはいえその巨体を運び出すのは不可能だ。

「ときどき餌になるもん、運んでやろうぜ。どうせ一度に運び出せねえからな」

「うん、うん」

「干し肉とかでもいいのか?」

「そいつも食うけど、本当は死んだばかりの生がいいんだぜ。ハラワタとかを食わせねえと病気になるそうだ」

「そうなんだ」

 飛竜の子供は鳥を平らげた。

「元気になるまでだぞ。こいつが元気になったら、こっちが危ない」

「……うん。ねえ、こいつに名前付けてやろうよ」

「名前?……じゃあサード」

「安直~」

「ひねりねえな」

「うっせえ! 仮でいいだろうが!」

 キュィイイとサードと名づけられた飛竜の子供が鳴いた。


 川の水に積もった雪が押し流された。雪を割り緑が顔をのぞかせる。日差しもずいぶんと暖かくなった。

 ふと、空を見上げたクロウは、小さななにかがこちらに飛んでくるのを見つけた。

 それはすぐに大きくなる。

 青黒い輝く鱗に包まれた巨体。大きな口には鋭い牙が並んでいる。足には鋭い鉤爪。飛竜である。冬を越えたばかりの飛竜の一年仔。その背には赤毛の小柄な人影がある。

 以前なら飛竜の姿を見かけただけで村人は逃げ回っていたが、いまは悠然と飛ぶ姿を見送る余裕がある。

 クロウ達の住処の近くの開けた場所にサードと名づけられた飛竜が着地した。

「兄貴、買い物してきたよ」

 その背から荷袋を背負ったコウが下りた。

「……ああ、ご苦労だった」

「ありがとね、サード」

 キュイィィと一声鳴いて、サードが飛び立った。コウが買ってきたものを家に運んでいく。

 その光景をクロウは複雑な思いで見送った。

──あれから──コウはせっせと狩りをしてサードのもとに餌を運んだ。狩りだけ──弓の腕前──なら、もう仲間の中では一番だろう。険しい岩山を上り下りするため体力もついた。持ち帰るお宝が、コウが一日働くより儲かるので誰も文句を言わなかった。

 この冬は食料庫も一杯だったし、炭も自分たちだけでなく村全体に行き渡った。調味料も充分だし、服も新しいものをそろえられた。それはもう、文句のいいようがない。

 コウはサードが元気になっても餌を運び続けた。元気になるまでという約束を破ったのだが、それが奇跡をよんだ。

 サードはコウを襲わず、宝を持ち出されても平気だった。それどころか、コウを背中に乗せて飛んでくれる。

 おかげで隣村への買出しが、多少なら日帰りで可能になった。

「知らないって、怖いよなぁ」

「そうですね」

 独り言に返事を返されて、クロウは驚いた。

「ブラウン、いつからいた」

「先ほどです。仕方ありませんね。この村の人間は飛竜乗りがどんなに稀な存在か、知りませんから」

 クロウは苦い顔をした。

 傭兵の父親について諸国を回っていたクロウと、身体が弱く書物に慣れ親しんでいるブラウンだけが知っている。

 そもそも飛竜のうちで人を乗せて飛ぶのは、繁殖から人間が世話をする人に飼われた飛竜が主だ。一部の地域でそれを専門にした人々が養殖、調教している。そうした飛竜はしっかり躾けられているので人が乗っても嫌がらない。

 そのかわり、庶民ではとても手の出ない値段となる。王侯貴族や軍隊、一部の裕福な者だけが所有できる。

 ごく稀に野生の飛竜を捕らえて調教することもある。急に数を増やさなければならないときなどに多い。

 とにかく、人を乗せる飛竜は人に飼われ、調教されたものだけなのだ。

 サードのような野生(半ノラ?)の飛竜が人を乗せるなど、聞いたことがない。

「あいつ、飛竜乗りとして身を立てられるぜ」

「クロウ、あなたはいつまでいてくれますか?」

「あん?」

「“マスク”を持つ人も稀なのでしょう。あなたもいつでも一人でやっていけるはずです。五年前、あなたの親御さんが亡くなったとき、あなたはご自分ためというより、まとまりをなくし消滅しかかったこの集団立て直すため、この家にやってきました。いつまで、いてくれますか?」

 クロウは苦笑した。

 集団(ファミリー)の中でももう一番の年嵩だ。本来ならとうに独立していてもおかしくはない。持ち主のいなくなった田畑を譲渡してもいいと、村長から何度も言われている。

 それとは別に、父親と同じように流れの傭兵としてでもやっていけるだろう。“マスク”の持ち主も多くはない。

「おんなじ言葉を返すぜ。おまえも薬師として身を立てられるだろう?」

「……わたしは身体が弱いので、人手があったほうが暮らしやすいのです」

「そういうことに、しといてやるよ。ま、所帯を持つ気にでもなれば、独立するさ」


「サード、これご褒美」

 コウは狩ってきた鳥をサードに与えた。サードが喜んで、かぶりつく。骨が噛み砕かれる音がした。

 本当はもうサードにはこんなことは必要ないのだと、コウにもわかっている。持ってくる餌だけでは足りなくなっているだろう。もうサードは自分で狩りができる。

「ありがとな、お前の母ちゃんの遺産(?)のおかげで、この冬は村で誰も飢え死にしなかった」

 飛竜のお宝は家に運ばれ、少しずつ必要なものに換えられた。一度に換えると出所を疑われるとクロウが提案したのだ。家にはまだ金に換えていないお宝が隠されている。次の一冬も楽々越えられそうなくらいはある。

 おかげで飛竜の遺産はずいぶん減った。最初、コウ達が見つけたときは天井近く積み上げられていたのだ。いまは半分ぐらいになってしまった。

 少し前からコウは宝を持ち出すのをやめていた。サードが背に乗せてくれるおかげでずいぶん助かっている。それで充分だとコウは思う。サードは別に気にしないだろうが、なにかどうしても必要なとき以外は持ち出すまいと決めた。

 感慨深げに辺りを見回していたコウの視界に、モノにうずもれた白いものが入った。

「あれは、まさか」

 コウはとんでいき、あたりのものをどけて“それ”を発掘した。震える指で“それ”を持ち上げる──白い独特の輝きを持つ、顔の造作のない仮面──

「……これ……“マスク”」

 見間違いようがなかった。クロウが使うのを間近で見てきたのだ。とんでもないお宝だった。

 コウは慌てて“マスク”を懐に入れた。

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