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“マスク”

これは以前投稿していた作品の加筆修正版です。

修正しました。


 空を舞う飛竜が下降と上昇を繰り返すたび、木の枝がへし折れた。鋭い鉤爪が一撃を加えるとどんな太い枝でもだめだった。そのたびコウと仲間はまだ被害の少ない──上空への障害物が多いほうへ逃げ込む。

 青黒い(うろこ)に包まれた巨体は弓程度(ゆみていど)では傷つかない。狙うとしたら目や口の中だが、そこまでの精密射撃はできるわけがない。細かい牙を生やした顎が恐怖を誘う。

 飛竜は肉食なのだ。

 捕まれば貪り食われる──死ぬ。もともと子供が手を出せる相手ではないのだ。大人でも無理なのに、十代初めの子供五人だけでは逃げ回るのがせいいっぱいだ。飛竜は耳がいい。息づかいや鼓動だけで位置を知られてしまう。

 それでも死にたくはない。子供たちは必死に生き残る術を探した。

「あ……あに……き……クロ……ウの……」

 コウは思わずここにいない相手に助けを求めてしまった。

 コウの心臓が激しく動いていた。息が苦しく、足がいうことをきかない。コウほどではなくとも、皆にたようなものだ。

(兄貴さえ、いてくれれば……)

 稲光が飛竜を脅かすように閃いた。一瞬おくれて、耳を打つ轟音。

 雲ひとつない晴天にはあるはずのない出来事。

 耳のいい飛竜は驚いて奇声をあげた。空中で姿勢を崩して、体勢を整えようと無様に羽ばたく。

 コウ達は少し離れた場所に立つ人影を見つけた。

「兄貴!」

 コウは歓声を上げた。

 見上げんばかりの巨体に、真っ黒な縮れた髪。男は奇妙な仮面をつけていた。真っ白く、造作のない仮面。

 だがそれを見間違えるはずもない。

 真白い“マスク”を少しずらし、無精ひげの生えたいかにも男くさい素顔をのぞかせたクロウが叱りつけた。

「こぉの、阿呆どもが! 飛竜の巣なんぞ荒らすからだ」

 クロウの怒声に子供たちが肩を縮こまらせた。

 その刹那、甲高い奇声が響いた。

「キエェェェ!」

 体勢をなおした飛竜が上空で吼えた。鉤爪を向ける。それは怒りにみちた敵対行動だ。

「まだやる気かよ」

 ひとつ舌打ちをし、クロウが“マスク”を被りなおした。

 それは始めてみれば奇妙に思うだろう。目ののぞき穴さえない。だが、装着者には周りが見えているのだという。

 クロウの身体の周りに小さな閃きが生まれた。少し遅れて音がいくつも響く。それはすぐに大きくなる。

 クロウが天に向かって腕を突き出すと、そこから稲妻が天に向かって伸びた。地から天に向かって走る雷──本来ならばあるはずのないもの──“マスク”の魔力だ。

 稲妻は飛竜に──あたりはしなかった。至近距離までのびた稲光と轟音に、飛竜は脅えて体勢を崩した。立て続けにクロウが雷を放つ。あたりはしないものの、大きな音と光に飛竜が脅え、戦意をなくして身をひるがえした。逃げに入った飛竜に、クロウは追い討ちをかけなかった。

 ただ逃げてゆく飛竜の後姿を見送るのみ。

 その姿はコウにとってはしびれるほどかっこいい。

「あ、兄貴~」

 転がるようにコウはクロウに駆け寄った。

 しかし、憧れのまなざしとともに駆け寄ったコウ達を、“マスク”を外したクロウが睨みつけた。

 思わずコウ達の足が止まった。

「そこに並べ」

 コウ達五人はクロウの前に並んだ。

「首謀者は誰だ?」

 子供達は一瞬お互いに視線を走らせた。

 一番年嵩のクラムが口を開いた。

「コウだよ」

「ええ!」

 コウは驚いた。

 飛竜の巣を見つけたのはコウだが、巣の中に入ろうと言い出したのはクラムなのだ。

 父親が狩人だったコウはやはり弓に拘り、小さな鳥くらいは狩れる。

 山の中で鳥を狩っていて、偶然飛竜の巣を見つけた。コウがそれを仲間に言ったところ、すぐさま巣の中に入ろうとクラムが言い出した。

 飛竜の怖さを言い聞かされていたコウは渋ったのだが、コウ以外の年少組全員に押し負けた。

 いざという時は責任をとると言っていたクラムは早々にコウに罪をなすりつけようとしていた。

 コウは残りの仲間を見た。

「そうだよ、コウだよ」

 ふとっちょのポトも言った。

「コウが言い出したんだ」

「そうだよ、コウのせいだ!」

 トムスとティンも声をそろえる。

 全員責任をコウに押し付けようとしていた。

 クロウがコウを問い詰めた。

「そうなのか?」

「あの、その」

 クロウに問われ、コウは視線を彷徨わせた。首謀者ではないが──危ないことをしたのは本当だった。

 その分の責任は認めなければならない。

「ごめんなさい」

 コウは潔く謝った。

「何でこんなことをした?」

「……役に立ちたかったんだ──もうじき冬が来るから……少しでも蓄えになればと思って」

 飛竜は光るものを集める習性がある。その巣にはうまくすれば宝石の原石など、金に換えられるものもある。

 クロウが溜息をついた。

「だからってな、危なすぎるだろうが」

「飛竜が巣にいるときになんか、行ってないよ。飛竜が餌をとりに行く時を狙ったんだ。見張ってて巣を飛び出したのを確認してから入ったんだ──でも」

 コウ達だって、少しは考えていた。

 飛竜は単独で行動する生き物だ。いったん巣を離れればしばらくの間は帰ってこない。その隙に多少なりと金に換えられるものを持ち出せればと思ったのだ。

 切り立った岩山の洞窟を巣にする飛竜はよく目立つ。飛竜が飛び立ってからび人は巣に入り込んだ。しかし、そこには飛竜の溜めこんだものの他に予想外のものもいた。

「でも?」

「巣に雛がいたんだ。そいつが騒いで、親が帰ってきちゃって……」

 飛竜の雛は時期的にはすでに独り立ちしているはずだった。しかし、そこにはまだ雛がいて、侵入したコウ達に驚いて甲高い声をあげた。親がその声を聞いて戻ってきてしまったのだ。

 慌てて森に逃げ込んだものの、コウ達は追いかけられるはめになった。

「今の時期にか?」

「うん」

 がりがりとクロウが頭をかいた。

「そいつは三番目だな」

「三番目?」

 子供達は目を見張った。

「飛竜は一時(いちどき)に少しずつ日にちをずらして三つ卵を産むんだ。孵る日ももちろんずれる。先に生まれた奴が大きくて、親に餌を貰いやすい。餌が少ないときなんかは、三番目は餓死することが多い。そうすると、親はその肉を他の子供に食わせて凌ぐんだそうだ」

「ひぇええ!」

 初めて聞く飛竜の生態だった。

「餌が豊富なときには生き延びることもあるそうだ。ただ、先に生まれた兄弟ほど食わせてもらってなかったんで、巣立ちまでが遅いんだよ。不幸な偶然だな」

 コウは肩を落とした。完全なる盲点。そのおかげで死にかけた。

「んじゃま、おしおきだな」

 クロウが拳を握り、息を吹きかけた。

 コウは歯を食いしばった。

 怒られても仕方ない。それだけのことをしたのだ──だが──クロウの拳はクラムの脳天にお見舞いされた。

「いってえぇぇ!」

 クラムが頭を抱えてうずくまった。ポト、トムス、ティンにもそれぞれ拳骨がふる。ぽん、とコウの頭には掌がのせられた。

「あ、兄貴?」

 恐る恐る見上げると、クロウが歯を見せてニカッと笑った。

「いまのは嘘をついた分だ」

「う、嘘なんか」

 クラムが泣きながら訴えようとしたが、

「コウが言い出しても、お前らがついてくはずがない」

──とクロウが断言した。

 そのとおりだったので、コウはなにも言えなかった。

「お前が言い出したんだろ、クラム。他のやつは口裏を合わせた罰だ」

 どうしてクロウの兄貴はこんなに頭がいいんだろう、とコウは感激した。

「それから、こいつは危ないことした罰」

 今度は五人全員に拳骨がふった。

 頭は痛かったが、妙に嬉しかった。コウはクロウをかっこいいと思った。

 コウはクロウが大好きだった。

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