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ちび王様と自衛官な私  作者: 吉田
ベアルリンガ
18/28

約束と竜と目覚め



 そんなことがあったせいでうまく仮眠を取ることができなかった私は、いつもの時間よりも早めに身支度を住ませ、木屋へとむかった。

 すでに顔見知りになっている門番さんに挨拶をして門をくぐり、目の前に現れる急勾配な階段を登る。この木屋と呼ばれる建物だけが、日本でいうところの高床式住居、みたいな造りになっている。

 草で編まれたすだれを手でよけ、私は明かりのない薄暗い室内へと足を踏み入れた。


「末葉です。魔払いに来ました」


 膝をつき、手を前について少しぎこちないお辞儀をする。こういうやり方は、こちらも変わりないみたいで、少し不思議な感じがする。

 そして顔を上げ、部屋の中央を見る。籐のようなものでできた寝床に、横たわっている小さな身体。あれからひと月。それは深い眠りについたまま、未だに目を醒まさないちび様の姿だった。

 その枕元でお香のようなものを炊き、じっと座っていた巫女様がゆっくりとした動作で立ち上がる。


「禊ぎは済ませて来たかい」

「はい。いつも通りに」


 座ったままでそう答える私と、そう変わらない目線で巫女様はひとつ頷くと、そのまま無言で部屋をあとにする。

 残された私は、今まで巫女様の座っていた場所に移動すると、傍にあったお香を入れ物に継ぎ足した。ふわり、と白い煙とともになんとも言えない香りが部屋に満ちる。

 それは決して不快なものではなく、なんとなく懐かしさすら覚える香りだった。そうして、私はぴくりとも動かないちび様の顔を見つめる。

 健康そうに焼けていた肌が、今は少し白く見える。整っている顔立ちは、動かないままだとどこか人形めいていて、怖い。髪と同じ黒色の睫毛が縁取る瞳は、固く閉ざされたまま。乾いてしまった唇に、私はそっと持ってきた蜜をリップ代わりに塗ってやる。

 こんな風に、飲まず食わずでどのくらい無事にいられるんだろうか。

 背中の傷は一週間もかからずに、魔法のようにふさがって綺麗に治ってしまったというのに、意識だけが戻らない。デンスさんやゼンゼロさん、不思議な巫女様にいくら尋ねても首を振るばかり。それは誰にもわからないことらしい。

 私にできることなんて、何もなくて。ただただ、こうして毎晩ちび様の顔を見つめ続けている。

 部屋の隅に立てかけられている小銃に目をやり、私は大きなため息をついた。なんだか、ついこの間のことみたいに思えるのにな。私がいなくなって、みんなどうしているだろう。

 二戸三曹はちゃんと探してくれてるのかな。あの憎たらしくも懐かしい顔を思い浮かべ、少しだけ笑う。

 あの時はただ持っていやすいから、なくしたら困るから、そんな気持ちだけで持ち出した小銃と銃剣だけど、今は心の底からあってよかったと思う。

 これがなかったら、私はとっくに自分の正気を疑っていたかもしれない。自分が別の場所からやってきた人間だなんて、自分の妄想なんじゃないかと思ったかもしれない。

 私と、私の世界を繋ぐ、唯一のもの。

 これから先、どんなことがあっても離さない。必ず帰るんだ。ちび様と約束したんだから。


「だから、早く目を覚ましてよ、ちび様……」


 呟いたその言葉は、誰もいない部屋にこつんと音を立てて落ちる。

 この時間はひどく寂しく、切なく、長い。明日はあの大量の野菜をどうやって料理しようか、そんなことを考えているうちに、私は少しうとうとしてしまっていたらしい。

 ふっと鼻先を風が通りすぎる感触に、はっと目を開けた。

 すっかり闇に満ちた部屋の中、私と意識のないちび様しかいないその空間で、空気がそろりと動くのが感じられる。とっさに私はちび様を自分の胸へと抱き寄せて、闇に慣れない目を凝らして入り口のほうを睨み付けた。


「……誰、ですか」


 迷った挙げ句、声をかける。

 私がここにいる間は、村の人たちも巫女様も部屋には近づかない決まりだ。緊張に、手のひらに汗が滲んでいくのがわかる。何かよくないことが起きるのであれば、こちらから行動を起こしたほうが動きやすい。

 いくばくかの沈黙のあと、闇の中、その何者かが静かに口を開いた。


「その者は、死んだほうがよい」


 するりと吐き出されたその言葉に、私は目を見開いた。

 徐々に慣れていく瞳に、その誰かの影がはっきりと見えてくる。

 背の高い、多少がっしりとした体つき。けれど無骨なのではなく、どことなく優美なように感じるのは、必要以上に筋肉がついていないせいかもしれない。

 暗闇に紛れるような濃紺の衣装。足下までゆったりと流れるような、まるで物語に出てくる王様のような出で立ち。その衣装と同じように、こちらをじっと見つめている瞳もまた濃紺だった。少ない光源に、きらりと濡れたその瞳が光る。

 すうっと差し出された手が、私の胸に抱かれたちび様を指さした。その動きに、首に沿うようにして流れていた黒の髪が揺れる。


「その者は、ここで死んだほうが幸せなのだ」


 ゆっくりと繰り返された言葉に、私は無意識に奥歯を噛み締めた。

 この人が何者かはわからない。けれど、そんなこと、今ここで言ってほしくない!

 私は震える声を抑え付けるように、低く反論する。


「どうして、そんなこと言うんですか……!」

「その者は自らが王であることに疑いを持っている。その迷いを持ったまま国を潰した」

「え……?」


 私の言葉なんか意にも返さず、その人は続ける。

 ふわり、と風で入り口のすだれが少し揺れ、外から入った月明かりにその顔が半分照らし出された。

 男性的に整った顔立ち。どこかで見たような、何か懐かしさを感じるその顔が、無表情にちび様を断罪する。


「自らが王であると確信が持てぬから、簡単に国を捨てた。臣を犠牲にし、民を捨てた。罪は、購わなければならない」

「そんな!」


 その何の感情もこもらない厳しい言葉に、私は反射的に声を上げる。そんなこと、ない。ちび様は国を捨てたわけじゃないのに!

 あの時、事前に最悪の予想をしてインゼリアの人たちを逃がす手筈を整えていたし、私の安全だって考えてくれてた。撤退すると決めたのだって、あれ以上の被害を出さないため、私やシムさんのことを考えてのことだった。

 自らを犠牲にしたシムさんの名を、ちび様は血の滲むような、そんな声で呼んでいた。

 それなのに!


「ちび様は……ウェイフォン様は、きちんと責任を負って一所懸命にやってました! あの時だって、国よりも人の命を優先したから、そっちのほうが大事だったから撤退を選んだんです! 私がいたから……!」

「ならばなぜ目覚めぬ」


 その問いに、私は言葉を詰まらせた。

 胸元に抱き寄せた身体は、少しも反応しないけれど、温もりを失ってはいない。緩慢な動きだけれども、鼓動はしっかりと脈打っている。

 生きている――けれど。


「竜族にとって、そのような傷は命に関わるものではない。なのに目を覚まさぬのは、この者が心の底で死を望んでいるからだ。王である責から、逃れたいとおもっているからなのだ」


 私は絶句する。

 インゼリアに来てそう長くはなかった時間、私が遠くから見ていたちび様は、そんな迷いを微塵も表に出していなかった。みんなから慕われ、頼られ、立派に王様として仕事をこなしていた。少なくとも、私の目にはそう映っていた。

 けれど今、こうして抱き寄せた彼の肩の小ささに、私は悲しみを感じる。

 ここに乗せるには大きすぎる責任が、命が、確かにある。家族もいなくて、シムさんや隊長たちがいても、きっとひとりぼっちだったはずのちび様。

 いつも余裕のあるような振る舞いをして、インゼリアが落ちたあの日も、自分のことよりも私のことを気遣ってくれた。

 その彼が、本当はその心の中で何を考えていたのかなんて。

 あの黒竜を『兄上』と苦しげに呼んだ、そこにこの人が指摘する『迷い』の根元があるんだろうか。それでも、と私は小さく呟いた。

 そして再び顔を上げ、目の前に立つ人の青い瞳をしっかりと見つめる。


「それでも、ちび様は約束してくれました。必ず私を元の場所に帰してくれるって」


 それが今のこの状況下で、どんな我が儘に聞こえてもかまわなかった。

 自分勝手な物言いだった。迷っている、そのちび様にはさらに重くのしかかる責任を、私は負わせようとしているのかもしれない。

 けれどこれが、今はこれだけが私とちび様をつないでいるものだから。

 だから。


「私は、ちび様に生きていて欲しい」


 目を、開けて欲しい。ただそれだけ。それじゃあ、この小さくて切れそうな約束だけじゃあ、駄目なの?

 そう問いかけるように、挑むようにその人を見れば、それまで厳しい瞳を向けていたその顔がふとゆるんだ。今までの無表情が嘘のように、慈愛に満ちた笑みが広がる。

 それは誰かに似ているような気がして、私がもう一度あなたは誰なのかと問うよりも先に、その人が口を開いた。


「君ならば、その者の翼になれるだろう」


 言葉の意味を問い返そうとしたとたん、部屋の中に突然の風が吹き荒れた。

 小さく悲鳴を上げて、私は顔を伏せる。ちび様を抱き寄せた腕に力を入れ、何が起こったのかと薄く目を開き、前を見た。そこに。


「……竜!?」


 吹き荒れる風の中、そこに佇んでいたのは、美しい緑の竜だった。

 宝石のような青い瞳が、優しく意識のないちび様を見つめる。それからいっそう強く風を巻き起こすと、次に私が目を開けた時、その姿は幻だったかのようにそこから消えていた。

 私はしばらく呆然としたまま、動けない。

 風によって端に飛ばされた掛け布と、火の消えてしまった香炉が、今の出来事が私の夢ではないと証明してくれていた。

 ふ、と耳に何かの声が聞こえ、私は辺りを見回す。気のせい?

 すると、今度ははっきりとしたうめき声が腕の中から聞こえ、私はびくりと身体を揺らして腕の中を見た。


「ちび様!?」


 見れば、今の今までぴくりとも動かなかった眉がひそめられ、その唇からは判然としないうめき声がもれている。意識が、戻った!

 喜びに震える手で、瞼にかかっていた前髪をそっとどけてやると、そこがひくりと動いてゆっくりと持ち上がる。その下から、不思議な虹彩の、青の瞳が。

 何もかもがいっぺんに起きすぎて、私はただじっとそれを見つめることしかできない。

 始めは茫洋と辺りをさまよっていたその瞳は、見つめ続ける私に気がつき、急速に焦点を合わせていく。しっかりとして光が宿り、そして――。


「ウラ、バ……?」


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