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ちび王様と自衛官な私  作者: 吉田
ベアルリンガ
17/28

回想と前足あげ蹴りと



 そうしてしゃべる熊さんたちに連れてこられたのは、深い森のさらに奥にある小さな集落――ミーメと呼ばれる里だった。

 たどり着いたのはもう、空がうっすらと紫色を帯びて明け始める時間帯。それでも、そんな時間に関わらず、村人さんたちは色々と準備をして待っていてくれたらしい。しゃべる熊さんが先触れを出してくれていたんだ、とその時初めて気がつく。村人たちは熊さんに抱えられたちび様を見ると、一様にその大きな身体を震わせ、一瞬瞳を伏せた。それは何か大きな存在に対して畏れ敬うかのような仕草。


「巫女様は?」

「もう準備を整えていらっしゃる。血の汚れを落として木屋へ」

「わかった」


 短く交わされる言葉はわかるが、それが指す意味や内容まではわからない。それは私が別の場所からやってきたからなのか、それとも彼らの独特な文化なのか、判断はつかなかった。ただ、ちび様を害するわけではなく、助けようとしてくれていることだけは雰囲気から読みとれて、私は少しほっとして息を吐く。

 すると、その気配を感じたからか、しゃべる熊さんと話していたどこか高貴な雰囲気のある熊さんがこちらを振り向いた。


「あなたはウェイフォン様の乙女か?」

「あ、え、ええとその……多分そう、です」


 突然のその問いに、いまだダーティさんに負ぶわれたままだった私は慌てて背から降りる。そして、背筋を伸ばして曖昧に答えた。

 『緑の乙女』――インゼリアの人たちにはそう認知されてはいたけれど、果たして正式な立場として答えてしまっていいのか、迷った挙げ句に私は頷く。

 今はこちらの事情を長々と説明している暇はないだろう。誤解があるなら、あとでいくらでも謝ってもいい。とにかく今は、ちび様を。

 そのもどかしい思いが伝わったのか、高貴な雰囲気のその熊さんは、私を安心させるかのように大きく頷いてみせる。


「そう不安がられるな。ウェイフォン様の魔は必ず我らが払いますゆえ」


 やはり言われた言葉の意味は正確に理解できないけれど、とりあえずちび様の怪我のことを言っているのだということだけはわかる。真摯なその黒い瞳に、私は小さく答えた。


「お願い、します」

「乙女にも協力して頂きたいことがある。お召し替えののち、木屋へ」


 彼のその言葉に、背後からふたりの女性……と言っていいんだろうか、独特の民族衣装を身にまとった熊さんたちが私へと近づいてきた。

 見た目から年齢を推し量るのは難しいが、なんとなく若いような気もする。柔らかそうな布を何枚か重ねた衣装は、どことなく着物のよう。周りを見れば、女性と思われる熊さんたちはみんなそれを身につけている。

 ただ、目の前の二人のそれは普通の村人たちよりも、もう少しだけ特別そうに見えた。


「どうぞ、こちらへ」

「ご案内致します」


 そう言われて恭しく頭を下げられた私は戸惑い、思わずちび様を抱えている熊さんを振り返った。さっきの感じからして、ここでは偉い部類の人だと思うんだけど。

 すると彼は少し目を細め、微笑んだようだった。熊だから、細かい表情まではわからないけど。


「大丈夫だ。俺たちはお前を傷つけない」

「……はい。ちび様を、よろしくお願いします」

「おう!」


 牙をむくようにして口を大きく釣り上げたのは、笑顔、なのだろうか。

 ちょっとその獰猛さに引きつつ、私は彼にむかって頭を下げると、目の前で静かに待っている熊ちゃんたちにも同じようにする。私は彼らに頼るしかないんだ。

 この先何が待っているかわからないし、私に何ができるのかも知れないけれど、それでも私はちび様を失うわけにはいかないから。


「行きます」


 顔を上げた私に彼女たちも軽く頭を下げ、先に立って歩き出した。

 最後にちらりと意識のないちび様を振り返り、そして私はそのあとを追う。今私にできることをするために。



***



「……ちゃん! お嬢ちゃん、どうした?」


 思いの外近くから聞こえてきたその声に、私は思わず小さな悲鳴を上げてのけ反ってしまう。傾いたその身体を、その声の主であるデンスさんがひょいっと受け止めた。

 背中に柔らかな肉球の感触。強い力でぐいっと抱き寄せられた私は、今度はそのもふもふっとした腕の中に抱え込まれてしまった。


「で、デンスさん!?」

「ぼうっとして、呼んでも答えねえから心配したぜ?」


 そっと肩に移動したその手が、より近くへと私の身体を引き寄せる。相手が熊さんじゃなかったら、ちょっとドキドキする展開だ。いや、相手が熊さんでもドキドキはするけど!

 覗き込むように近付けられたその顔に、私は慌てて首を振った。


「ああああの、ちょっとちび様のことが気になりまして!」

「ちょっと疲れてるんじゃねえのか? 夜はずっとウェイのところに詰めてるんだろ? 乙女しかできないっつっても、限度ってもんがある」


 目の下の隈ひどいぞ、と爪を引っ込めた状態の手がそっと頬を撫でた。猫の肉球がたまらなく好きな私としては、なんて美味しいシチュエーション!とか思わないでもないが、相手は成人男性だ。……多分ね。


「ね、寝ないで見張りをするのは慣れてるから大丈夫です! 私、もといた所では軍隊……っぽいことをやってたんで!」

「そうは言っても、ここひと月ずっとだろう」


 そう、そうなんだ。

 あれからずっと、ちび様は眠ったままでいまだ目覚める気配がない。

 あのあと熊ちゃんたち――アマンドさんとノワゼットさんに連れられ、ちょっとしたお屋敷に案内されたかと思えば衣服をはぎ取られ、驚く間もなく水風呂に放り込まれるという、よくわからない状況へと追いやられてしまった。

 それから抗議する間もなく髪や身体を洗われた私は、今度はふたりの着ているのと似た衣装に着せ替えられ、ようやくちび様の所へと案内された。

 そこにいたのが、最初に高貴な雰囲気の熊さん――ゼンゼロさんの言っていた巫女様。

 あきらかにここの人たちとは違う、どちらかというと人に近い容姿をしたお婆ちゃん。だけど、人よりはるかに小さな身体をして、綺麗に結われた白髪からのぞく耳は異様に長かった。それは、おとぎ話に出てくる妖精のような。

 その巫女様はしわの中に埋もれてしまった瞳をこちらに向け、しばらくじっと私を見詰めると、静かに言ったのだ。

 『魔を払うため、夜は乙女が王の傍につくように』と。

 それから一ヶ月――こちらでは24日にあたる――、私は昼に仮眠を取って夜は木屋と呼ばれる場所で、ちび様につきっきりとなっているのである。

 警衛勤務や野外訓練なんかで、そういう不規則な生活には慣れてはいるけれど、確かにこんなに長いこと続くと少しは疲れがたまる。日中だって食事を作ったりするのに、ここでは日本みたいにカチッとコンロで火を点けてってわけにもいかないし。だって、コンロどころじゃなくかまどだよ、かまど!

 火は種火を燃やしておくから問題ないとしても、まず薪を割ってかまどに敷いて、そこに火を入れて……って。お茶を飲むのも楽じゃない。

 おかげで自衛官していても身に付かないようなことを、色々と勉強させてもらったけど。固形燃料と百円ライターが懐かしい!


「お嬢ちゃん?」


 またもやデンスさんを無視して回想に浸っていた私は、本格的に「大丈夫かこいつ」みたいな声を出した彼に、私はなんとか笑ってみせる。誤魔化す、ともいう。


「あー、でも、デンスさんが色々とよくしてくれますし。薪割りから何から力仕事してもらって……。お忙しいのに、すみません」

「俺のことはいいって。若長わかおさなんつっても、頼られるのは狩りの時くらいで、あとは畑をひやかして歩いてるだけだからよ」

「それでも、助かります。本当に、ありがとうございます」


 こちらに気負わせない彼の気遣いに、私は改めて頭を下げた。この人が――若長であるデンスさんがあそこに来なければ、私もちび様もどうなっていたかわからない。

 少なくともちび様はあのままじゃ危険なことになっていただろうし、その彼を連れて私が逃げ込める場所なんてない。一時逃げられたとしても、すぐにインゼリアを攻めたガナドールに捕らえられていただろう。

 インゼリアは落ちた。

 その話は、デンスさんが落ち着いた頃を見計らって私に教えてくれた事実だった。

 破壊され焼けたのは王宮のみで、城下はそれほど被害を受けなかったけれど、インゼリアのひとたちはみんな散り散りになってしまっているらしい。

 ただ、インゼリアには現在、ガナドール帝国軍が駐留し国内に入ることはできない。この話は、リンガと呼ばれる獣人けものびとから情報。土族タルパリンガという、情報を売り買いする種族から買った話なので一応信用できるだろう、というのがデンスさんの談だった。

 この村に暮らす熊さんたちのような種族を、人は『獣人けものびと』と呼び、自らは『リンガ』と呼ぶ。色々な種族があり、デンスさんたちはその中で『熊族ベアルリンガ』という種族。

 森の奥に住み、畑仕事をして外界とは積極的には関わらず、穏やかに暮らすことが多いそう。狩りもするけどむしろ肉よりも野菜や果物なんかを主食としている。その外見からは意外にも思えるけど、穏やかな人……じゃなくて熊さんたちなんだ。

 村の人たちはみんな、よそ者の私にとてもよくしてくれている。私は何も返せないのに。


「よせよ、俺がしたくてしてんだ。頭なんか下げんなよ」

「でも……」

「まあ、どうしてもお嬢ちゃんが俺に報いたいっつんなら、口付けのひとつでもくれればいいぜ?」

「ええっ」


 どことなく甘く囁かれたその言葉に、肩を抱かれたままの私は身を引こうとするが、置かれた手がそれを許さない。反対にさらに近付けられた顔に、私は真っ赤になって横を向く。すると、その隙をつくようにべろり、と耳を舐められた。


「ひゃあっ」


 なんとも言えないその感覚に身震いすると、デンスさんが喉の奥で低く笑ったのが聞こえた。か、からかわれた!?

 むっとした私は両手を使ってその鼻先をぐっと押す。デンスさんはそれ以上無理をするつもりはないらしく、あっさりと私の身体を離した。


「からかうのはやめてください!」

「からかってなんかいねえって。あんたを可愛く思ってんのは本当さ。ただ、ウェイのいない間に手を出すのは反則かなと思ってよ」

「また!」


 耳を押さえて真っ赤になった私を見て、デンスさんは何だか嬉しそうに笑った。そして立ち上がり、私にむかって肉球のついたその手を差し伸べた。


「んなに睨むなよ。ほら、そろそろ帰ろうぜ。ちったあ、眠らなくちゃ身体に悪ぃだろ」

「誰かさんのお陰で眠気もふっとんだ気がしますけど!」


 渋々その手に掴まって立ち上がり、私はずいぶん上にあるデンスさんの顔を睨み付けた。なのに、何でそんなに楽しそうに笑うかなあ!?

 浦安にいるあの、黄色いハチミツ大好きな何かみたいだと、油断した私も悪かったと思うけど!

 ここへ来た時と同じように軽々と私の身体を抱き上げて、デンスさんは私にぱちり、と可愛らしく片目をつぶって見せた。


「俺のこと考えて眠れねえなんて、殺し文句だな」

「言ってない! そんなこと言ってない!」

「今度は寝酒を差し入れてやっから」

「それはすごく嬉しいけど、言ってませんからね!」

「はいはい」


 花畑を抜けて私の身体を降ろす時、するっと尻を撫でていったその手に徒手格闘で鍛えた蹴りをかましながら、私はひたすらに願う。

 ちび様、早く目を覚まして!と――。


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