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ちび王様と自衛官な私  作者: 吉田
インゼリア
10/28

降下、開始します!



「ひ、ま、だなあ!」


 寝台でひとり恥ずかしさに悶え苦しむことにも飽き、私は大きくひとりごちる。

 夜ごはんを美味しく頂いた後、いつもなら王宮の中にある図書室に行ったりするんだけど、お部屋にいなさい命令の為に断念。

 こちらに来て、どうやら言葉や文字には困らないと気がついてからの、唯一の楽しみだったのに……。

 テレビもない、ラジオもない、もちろんパソコンなんてものは欠片も存在しないこの国で、できることといったら読書か筋トレ。仕方がないので、私は筋トレを選択して寝台から降り、腕立て伏せの姿勢を取った。

 まあ、もともと毎食後には筋トレを実施することにはしているから、日課なんだけど。


「いーちっ、にーっ」


 ひとり掛け声をかけつつ、30回を目指して頑張る。顔の下に置いたタオルに顎をつけるのが、自衛隊式腕立て伏せのルール。そこから起きあがって、初めて1回となる。意外ときつい。

 しかし、これをいつでも食後にやらないと、営内者えいないしゃの自衛官はみるみる太ってしまうのだ。

 なにせ、成人女性に必要な一日の摂取カロリーが1800だとして、自衛官が食堂で食べる三食の総カロリーは約3300。どういうことだろう、これは。

 だから、部隊配属になって自主トレをしないでいると、簡単に肥える。食べても食べても痩せていった新隊員教育と大違い。その時のままの身分証を見ると泣けるくらいに、肥える。

 かく言う私も、部隊配属後半年もかからずに五キロ太り、慌てて夜は走り込んだり筋トレしたりでなんとか戻したものだ。


「にじゅーくーっ、さ、さーんじゅっ!」


 ぷるぷる震える二の腕を叱咤してなんとか顔を上げると、私は額にうっすらかいた汗を拭う。実は、意外と筋トレは嫌いじゃない。

 こう、頑張ったら頑張っただけご褒美のようについてくる筋肉が愛おしい。無理をすると次の日にやってくる筋肉痛も愛おしい。好きな痛みは筋肉痛!

 とか言うと、二戸3曹には「なに言ってるん?」とか、ものすごく気持ち悪いものを見る目つきをされるんだけども。

 いいんだ、自己満足の世界だからいいんだ……。

 一息ついて、目標はセミ腹だ!と腹筋の態勢を取ったちょうどそこに、控えめなノックの音が響く。


「ウラバ様、よろしいですか?」

「ティアオ君?」


 近衛の見習いは通常ならもう家に帰っているはずなのに、と意外に思いつつ腹筋でむくっと起きあがると、私は自室の扉を開けた。

 外にはなぜか分厚い本を何冊か抱えたティアオの姿。いつも通りに優しげな笑みを浮かべている。


「どうしたの? 勤務はもう終わってる時間だよね?」

「宰相様からの命で、しばらくウラバ様の警護につくことになりました。煩わしいでしょうが、どうかよろしくお願い致します」

「警護!」


 ちび様にシムさん、あれは冗談じゃなかったのか……。

 再びあの時のちび様の瞳を思い描いて赤面しつつ、私はとりあえずとティアオを部屋へと招く。


「ま、まあ、じゃあ入って入って」

「あっ、いえ! 僕は外で待機しますから!」

「えー、それじゃあつまらないよ。一人にも飽きてきたし、できればおしゃべりしたいなあ、と思うんだけど」


 しかし、と戸惑うティアオの腕を引っ張り、なかば無理矢理に部屋へと入れる。両腕に本を抱えたティアオはよろめきつつ、仕方ないなあというように笑って、先導されるままに中へと入ってきた。


「その本、ここに置く? ていうか、どうしたの、これ」

「もしかしたら時間を持て余していらっしゃるんじゃないかと思いまして、図書室より借り出してきたんです。ウラバ様が本を好まれてるって、ガンから聞いたものですから」


 そう言えば、先週の貸し出し当番――とインゼリアでもいうのかは知らないけど――が、ガンだったような。

 王宮の図書室といっても、どこも気取ったところはなく、広く国民にも解放されているらしい。もちろん、貸し出しは禁止のものもあるらしいけど。つくづくアットホームな国だよなあ。


「それでわざわざ持ってきてくれたんだ! ありがとう、ティアオ君」

「礼には及びません。それと、僕のことはティアオとお呼び下さい、ウラバ様」

「よ、呼び捨ては慣れないし、困るなあ! だって、ティアオ君だって『様』づけだし」


 ちゃぶ台的なものに本を置いて、私たちはそこに置かれた座椅子に対面して座る。そこでも椅子なんてとんでもない、床で結構ですと言いたげなティアオを押し切る。


「ウラバ様をウラバ様とお呼びするのは当然です。僕を呼び捨てて下さらないなら、『緑の乙女』とお呼びすることになりますけど……」


 よろしいんですか、とにっこり微笑まれ、私は完敗した。

 いい性格だ、ティアオ……。

 うなだれた私を楽しそうに見つめながら、それではせっかくですし始めましょうか、と彼は声を上げた。ん?


「始めるって、何を?」

「ええと、それではまず歴史からに致しましょう。外交にせよ、とにかく自国の歴史を知るところからですからね。あ、これは宰相様の受け売りなんですけど」

「歴史? 外交?」

「はい。ウラバ様はこちらのことをまったくご存知ないということなので、比較的簡単な歴史書を持ってきました。大雑把なところはありますが、とりあえずは大きな流れを知識として入れて頂いた後、詳しいほうへといけばいいと思うんです。インゼリアは古い国ですので、最初から細かくやってしまうと覚え切れませんし」

「ちょ、ちょっと待った!」


 手元にあった緑の厚い本を手に、ずらずらっと並べられたその言葉にストップをかける。

 一体この子は何の話をしているんだ。なぜ歴史?

 机の上に置かれた本をちらりと見れば、インゼリアの歴史書やら王名録やら、法術書なんてものまで見える。ざ、座学の時間……。


「ウラバ様?」

「ええと訊いていいかな、ティアオ。……な、なんで私がインゼリアの歴史を勉強するの?」


 訊きながら、なんとなく答えがうっすらと見えなくもない。

 お願いだから否定してくれ、との私の必死な眼力をものともせず、目の前の少年は何を今さらと言った風ににっこりと笑った。


「王妃様になられるのですから、必要でしょう?」


 うわああああああああああ!!

 心の中でものすごい叫び声を上げつつ、私はごつん、と目の前のちゃぶ台に額を打ち付けた。突然の行動に焦るティアオを、この際しばらく無視する。

 こ、こういうのを外堀を埋められるっていうのかな……。まさか、彼氏ができる前に結婚を迫られる男の気持ちを理解できるようになるとは思わなかった。

 ていうか、ちび様が否定してるのに! 王様が否定してるのに!


「大丈夫ですよ、ウラバ様。ゆっくりやっていけばちゃんと覚えられますから」


 勘違いしたままのティアオの笑顔が眩しい。そ、そうじゃないんだよう!

 もしかして、押しが強いのがインゼリアの国民性!?

 どう言ってわかってもらおうかと一人でフリーズする私に構わず、ティアオはさっきの緑の本を開いてこちらに示す。


「ここに描かれているのがインゼリアの初め――王家の始まりの伝承です。この国の子供達が一番最初に習う、おとぎ話のようなものなんです」

「……竜と、女の人?」


 ティアオが指さした場所に描かれていたのは、古めかしくも美しい一枚の絵。古い歴史の教科書にあるような、神話の挿絵のような。緑色の大きな竜と、それに手を差し伸べる女性の姿が、シンプルに描かれている。

 その独特な美しさに、私は王妃問題を否定することを忘れて見入ってしまった。


「インゼリア王族の始祖、『竜と花嫁』です。『竜の月』から大陸に降りた竜が、乙女と出会った場面を表しています」

「竜の月って、なに?」


 私のその疑問にティアオは立ち上がると、窓辺に寄って引かれていた布を開け放った。

 そこには、満天の星が輝く夜空。もちろんインゼリアには電気はないから、今夜のように晴れた日には、本当に降り注ぐような星々が見える。

 ティアオは私に向かって手招きをすると、側にやってきた私にその夜空を指さした。


「3つの月がありますでしょう。あの右の月が、『竜の月』です。向かって左が『人の月』で、真ん中におわすのが『神の月』なんですよ。始祖はあの月から降り立ったと言われています。乙女の願いに応えて」


 そうだ。ここと私の世界との決定的な違いが、これだった。

 3つの連星のような月の存在。本当に、私はどこに来てしまったんだろう?

 ふと心に差した不安の影に呼応するかのように、『人の月』に雲がかかる。私は何かひどく心細くなって、一歩、窓辺から身体を離した。

 その私の様子に気がついたティアオが何か言おうと口を開きかけたところに、遠くから重いものがぶつかったような、そんな鈍い音がこちらまで響いてきた。

 遅れるようにして、地震のような小さな揺れを感じる。


「な、なに!?」

「……なんでしょう。こんな揺れは初めてですが」


 優しげな面立ちのティアオが眉をひそめ、窓から王宮の外を見やる。素早くあたりに視線を巡らせた彼は、まだ窓辺の近くにいた私の背に手を置き、寝台のほうへと誘導した。

 そして自身は再び窓辺に寄ると、窓を閉め布を引き、油断なくあたりの気配を窺うようにしてしばらく立ち止まる。

 彼の赤茶の瞳が真剣な色を帯びていくのを、私はただわけもわからずに見つめているだけ。その間にも、物々しい音と軽い目眩のような揺れが続く。

 ティアオのあの反応からして、ここには自然現象としての地震っていうのはないみたいだけども……。


「ウラバ様!」

「は、はいっ」


 突然名前を呼ばれて思わず気を付けの姿勢を取った私に、ティアオは扉のほうに移動しながら声をかける。


「僕は少しあたりを見てきます。すぐに戻りますから、決して部屋からは出ないで下さいね」

「う、うん、わかった」


 私が頷くのを見届けると、ティアオは安心させるように微笑んで部屋から出て行った。

 なんというしっかり君。君もいったいいくつなんだ!

 そうして手持ちぶさたになってしまった私は、そのまますとんと寝台に腰を下ろす。いったい、何が起こってるっていうんだろう。

 なにか言い様のない不安。胸騒ぎが心を占める。

 そうしてどのくらいの時間が過ぎただろうか、なかなか戻ってこないティアオに多少焦れた思いを抱えて寝台から立ち上がった、その瞬間。

 耳をつんざくような音とともにやってきた物凄い衝撃に、私は立っていることかできずに床に尻餅をついてしまった。

 さっきよりもひどく、今度は王宮全体が大きく揺れる。な、なんなの?

 敷き詰められた絨毯のお陰でひどい打ち身を回避できた私は、恐る恐る立ち上がり、壁に手をつきつつ扉へと近付いた。

 ティアオは外へ出るなって言ってたけど、もしもこれが地震とか災害の前触れなんだったら、とりあえず建物からは避難したほうがいいよね?

 自分に問いかけつつ、私は扉の側に立てかけて置いた小銃を肩に担ぎ、意を決して扉に手をかけた。


「あ、あれっ」


 なぜか押しても扉がびくともしない。

 焦って何度も何度もやってみるけれど、外に何か障害物があるようでいっこうに開かない。やややや、やばいんじゃ、これって。

 そういえば地震の時とかは、揺れがおさまったらすぐにドアを開けたほうがいいって聞いたような。建物が歪んだり、何かが塞いだりしてドアが開かなくなると、そのまま逃げ遅れてしまうからって。

 まさに、この状況!


「ティアオ! 隊長! シムさん! ちび様っ!」


 大声を出して名前を呼んでみるけれど、むしろ人の気配自体が近辺にまったく感じられない。何かが扉を塞いでいるとして、私の腹からの声でも届かないくらいのものなのか。

 これでも分隊教練、声の大きさ“だけ”はほめられたんだけどなあ……。

 なんてしょんぼりしている場合じゃない。

 この部屋は他に廊下へと続く扉は皆無だし、廊下に出られないと王宮の外にも出られない。

 ティアオが事態を察してここに駆けつけようとしてくれてるとして、この状態じゃあ多分向こうからもこちらには来られないだろう。

 多少焦りつつも、地震に慣れていることや災害派遣に出た経験から、まだ少しは落ち着いて考えることができるみたいだ。ビバ自衛隊!

 そうしてなんとか自分の気持ちを奮い立たせ、私は何か他の方法がないかと部屋の中を見渡した。

 そこで目に入ったのは、さきほどまで夜空を眺めていたあの窓。

 この部屋は外苑に面した二階。王宮の中心からは少し外れているけれど、外から回り込めば中庭を通ってちび様やシムさんのところに行けるだろう。

 問題はどうやってこの窓から下まで降りるかってことなんだけど……。

 外の様子に耳を澄ませつつ、私は思いきって窓を開けてみる。しばらく布に身を潜ませて外を窺うけれど、さっきのような音も衝撃もやってこない。

 それを確認し、私はそろりと窓から下を見下ろした。


「このくらいの高さからなら、なんとかなる、かなあ」


 目測して、呟く。

 私のいた12旅団は『空中機動部隊』ってのを掲げていて、旅団内の全ての部隊員がヘリでの移動と降下の訓練を受けている。

 それはロープを使って自分の身体を固定し、輸送ヘリから飛び降りるって奴なんだけど……まさか、それで鍛えられた度胸が、こんな風に役に立つ日が来るとは思わなかったよ。最初、降下塔から飛び降りるのだって泣きそうになったこの私が!

 芸は身を助く? ってのも何か違う気がするけど。

 そうと決まれば次はロープになるようなもの。丈夫で、ある程度の長さにできてとなると、やっぱりこの窓の布か寝台のシーツだよなあ。

 カラビナもハーネスもないし、シーツだとただ単に身体にしっかりと固定するのみって感じで心許ないけれど、この高さであれば下は芝生だし死なないだろう……と思いたい。

 なるべく余計なことは考えず、とにかく布をよってつなぎ合わせ、即席のロープ代わりを作ることに専念する。

 これを寝台の足に固定すれば、ほどけない限りは寝台自体が動いたり壊れたりすることはないだろう。天蓋つきの立派な奴だし。

 ついでに銃剣も腰にくくりつける。靴ひもを銃剣止め代わりにして、鞘の先に開いた穴にも通してベルトに二重固定。こういうのを想定していたわけじゃないけれど、ひらひらとした服じゃなくてよかった。無理言って用意してもらった男性用のシャツとズボンがありがたい。

 全部が全部、かなり無理矢理当たってくだけろだけど、やるしかないよね!

 そうして後期教育で習ったロープの結び方を思い出しつつ寝台に固定し、反対の端を自分の身体に巻き付ける。足の間を通して、座席を作るように。

 最後に深呼吸。落ち着いて、冷静に。こんなの、人生単位で考えればほんの少しの時間だ!

 区隊付きの言葉を思い出し覚悟を決めると、私は窓枠に足をかけ身体を反転させる。

 外を背にして、最後にもう一度深呼吸。

 そして。


「こっ、降下あああああああああああっ!」


 震える声とともに両足を離したのだった――。


※ リペリングについてはかなり大雑把な表現になっています。話の流れ的にこういう表現となりました。申し訳ないですが、ご了承下さい!

※ 必要摂取カロリーの数字を訂正致しました。教えて頂いてありがとうございます!

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