運命共同体になる彼との昼食
――――最悪だ。
グルグルと空腹を訴えてくる腹の虫は無視しつつ(残念ながらなぐさめてあげられない)私はグラウンドに向かっていた。
「最低・最悪・・・お昼を食べ損ねた・・・・」
考えてみれば葉山女史達の喧嘩に巻き込まれたあたりから今日はついてなかった。もっと正確に言えば他人様の修羅場に遭遇したあたりから加速度的に運が逃げていった。
そんなものを目撃してしまったがために見知らぬ少年には脅され、びびらされ弁当を強奪されて挙げ句弁当に点数までつけられて笑われて・・・・・・。
オマケに購買にいけば全て売り切れ。友達に恵んでもらおうと思っても皆食べ終わっていて・・・結果私は何も食べることが出来ないまま昼休憩を終えようとしていた。
「おなか空いた・・・・」
体育祭なのに空腹で挑まねばならないのか・・・・きついな・・。
いくら楽な競技ばかり出場だとはいえさすがに空腹で動くのはきつい。
ひもしさと憂鬱を抱えてとぼとぼと歩いていると前方に見覚えのある背中が見えた。
すらりと背の高い後ろ姿からもいい男オーラを放つあの後ろ姿は!
数十分前の光景がぱっと頭の中に蘇ってくる。
同時にムカムカしたものがこみ上げてきて私は早足でそいつに近づく。数メートルになると助走をつけて走る。
「うん?」
前を歩く少年が足音に気付き足を止める。だが、遅い!!
私の足が廊下を蹴る。
そして勢いをつけたまま上げた私の右足が少年の無駄に高い背中を思いっきり蹴った。
問答無用の一撃で少年、さすがにバランスを保てなかったらしく前のめりになるが運動神経がいいのだろう無様に転ぶところまではいかずなんとかその場に留まる。
ちっ、無様に転べば少しは気が晴れるのに。
描いていた未来とは違ってつい舌打ちが漏れた。
「~~~~~っう!誰だいきなりけりなんぞ喰らわせた野郎は!!」
少年が勢いよく振り向いてくる。
放った自分でも惚れ惚れするような会心の一撃を喰らった弁当強奪犯はよほど痛かったのか目に薄っすら涙さえ浮かべながら鬼のような表情であった。
その姿にスカッとした気分になる。
腰に手を当ててニヤリと笑みを見せ付けてやる。
「さっきはよくも人の弁当を強奪してくれたわね」
「お前は・・・・」
少年は私を見てちょっとびっくりしたようだ。だけどすぐに不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「随分と手荒い手段に出たな」
「食べ物の恨みは根深いの。普段は温厚な人間でも空腹の時は多少乱暴にもなるわ」
「普段は温厚・・・?」
心底信じていない態度の少年。ってあんたは普段の私を知らないでいでしょうが。なに「こいつ何おおぼら吹いてんの?」みたいな顔してんのよ!
「何が言いたいのよ」
じろりと睨んでやると「ハンッ!」と鼻で笑い飛ばされた。―――ムカつく。
直接言葉で罵られるより腹が立つ。
「言っとくけど私は温厚な人柄でしられているんだから」
本当はナマケモノだとかものくさだとか言われることのほうが多いのだがまぁそれは言わぬが花だ。
「温厚~~?お前がか?」
心底信じていないのがありありと分かる態度ありがとう少年。お礼に殴ってやる。
そう思って繰り出した拳は完全に不意をついたはずなのに少年に避けられてしまう。
「うおっ!アブねぇな!」
ちっ、本当に嫌な奴だな。
「鳩尾に喰らって悶絶すればいいものを・・・・」
「おいおいおい・・・お前、それ本気だろ?やめろよな」
私としては全男性共通の急所を狙わないだけまだ優しいと思うのだが?
「なんつぅかお前一年だろ?先輩は敬えよ。名前は?」
私の体操服の色から判断したのだろう少年はそんなことを言う。彼の体操服には赤いライン。ということは二年生か。
「そいうあんたは二年生ね。人に名前を聞くなら自分が名乗りなさいよ」
少年がにやりと面白そうに口元を歪める。やたらと皮肉めいた表情が様になる男だ。しかも顔がいいからさらに効果倍増だ。
「そういうお前こそ年上は敬えよ」
「敬えない人間に下手に出る必要性はとんと感じないわね。ただ年が上ってだけの馬鹿に敬意を払う必要、ないと思わない?」
「・・・・それってオレが敬うに値しない年が上ってだけの馬鹿っていいたいわけ?」
言葉の内容だけなら怒っていると判断しそうだが少年の声と表情が私の予想を裏切っていた。
少年はひどく楽しそうに私を見ていた。
なんで、そんな顔するの?
どう考えても私は彼に喧嘩をふっかけているのにどうして嬉しそうなの?
こいつ・・・人とは違う趣味の持ち主なのでは・・・・。
あれだ。虐げられたり罵られたりすることに快感を覚えるとかそういうの・・・・。
はっ!もしかして私、危ない奴に絡んだ?
つらつらと変な考えが頭にこびりついて離れない。少年をまともにみていられなくて私の視線が辺りを不自然に彷徨い始めてしまうのを止められない。
あ~~どうしよう。一時の怒りに身を任してしまったばかりに厄介なことになっている気がする。
「そ、そりゃ・・・脅されてお弁当を横取りされ点数までつけられた相手を敬うなんてできないでしょ?」
「ふ~~ん。でも、さ」
少年が長い指が軽く私の頤をつかんで上を浮かせる。私の視線が強制的に少年の瞳と合わさる。
互いの吐息を感じられるぐらい近くに少年の顔があった。
「オレぐらい顔のいい奴が名前聞いてきたら媚の一つでも売りたくなるもんじゃねぇ?」
皮肉めいた笑みのまま彼は冷たくそう言い放った。
まただ。彼の瞳は出会ったときに見せたあの、冷ややかな拒絶の瞳だった。
全てを惹き付けるくせに全てを拒絶している瞳。
空虚な心。
合わせ鏡のように似ている心。
気になる瞳。
同族嫌悪か同情か自分でも分からない。だけど・・・私の口から出た言葉は彼の言葉を否定するものだった。
「こ、媚を・・・」
少年の瞳に飲み込まれそうになるのを必死に堪えながら言葉を紡ぐ。
私の今の偽らない気持ちを紡ぐ。
「媚を売るつもりなら・・・出遭いかしらに渾身の蹴りを喰らわしたりしない」
少年はハトがまめ鉄砲を喰らったかのような顔をして、ぶほっと噴出した。
先ほどまでの冷たさが嘘のように血の通った人間の笑い声を少年があげていた。
床に座り込んで腹を抱えてしまった少年に今度は私の方がハトにまめ鉄砲を喰らったような顔をさせられてしまう。
「な、なにがおかしいのよっ!」
どうして笑われるのか分からない。
普通に思ったままを言っただけなのに少年に何故か受けてしまっていた。
「だ、だって・・・おまっ・・それ・・確かにその通りだけど・・・あははっ!」
「笑うなっ!第一私は人に媚なんて売らないわよ!面倒だから!」
胸を張って言い切る私。
人に媚を売る?考えただけで面倒で嫌だ。
「ぶほっ!」
一体なにがそんなに面白いのか再び少年が笑いの発作に襲われ壁をガンガン叩いていた。目には薄っすら涙すら溜まっている。
「お、男らしい・・・!かっこいいなお前・・・」
爆笑されながら誉められても嬉しくない上に女としては微妙この上ない評価されているし。
「~~~~!のんびりやる気のないまま生きて生きたいのよ。私は!」
少年は笑いの発作がおさまったのか涙目で私を見た。
「随分と若者らしからぬ考えだな」
その顔は面白がっている。絶対に。
「年寄り臭くて悪かったわね」
今までも散々言われた。若者らしくない隠居のじいさんかもっと活動的になれなどなどそれこそ枚挙に暇がないぐらいに言われまくったけど私はやる気のないままでいたい。何かに夢中になったり熱くなったり出来ないのなら何もしないままで生きていたい。
心の空虚さに気付かない振りしていたいと思う。
「悪いとは言ってない」
「じゃあどう言いたいのよ」
少年は意外なほど真剣な顔をしていた。
からかう様子はない。
じっと深い瞳と・・・さっきまでとは違う冷たくないちゃんと私を見ている瞳と目が、合った。
心臓の鼓動が一回だけ大きく乱れた。
「オレが言いたいのは・・・・・」
少年が口を開きかけた時。
ぐぅぅぅぅぅううぅぅぅぅぅぅ~~~~~~!!
地底から響くような怪獣の唸り声のような奇怪な音が響き渡る。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
慌てて腹を押さえる私。な、なんでこんな時に鳴るのよ!お腹!
ば、ばっちり聞こえて、いるよね?
恐る恐る顔を視線を上げる横を向いて肩を震わせている少年の姿が目に入る。聞かずとも分かる。聞かれた。
かっと顔が真っ赤に染まってしまう。そんな私を横目で見ながら死少年が私の頭に手を置いた。
「腹の虫は元気だな」
「うっさい!!」
ぺしっと頭の上の手を払いのける。最悪、最悪だ。
真っ赤に染まった顔を見られないように俯いてその場から逃げようとする私の手を少年が「ちょいまち」と摑んで止めた。そしてそのまま有無を言わさずに歩き出す。
「ち、ちょっと!!」
私の抗議は当然のように無視された。摑まれた手は万力のようにピクリともしない。細い指。白くて細いように見えるのに私は彼の手を振り払えない。外見の優男振りとは裏腹に少年の力はかなりのものだ。
手を振り払うこともできず抗議も無視されて成すがままにされるしかない私が引っ張ってこられたのは校舎の二階にある二年の教室がある一角。その一つに少年は迷いもなく入っていく。手を摑まれている私も必然的に一緒に入る破目になる。
男子の着替え場所になっているせいか教室のあっちこっちに鞄やら制服やらが散乱している。皆、グランドに向かっているのか教室には私たち以外に誰もいない。
「待っていろ」
少年は私の手を離し有無を言わさずそう言うと机の上に置いてある鞄を開くと中をあさり始める。
しばらく探っているとお目当てのものが見つかったらしく手が止まった。
「ほら」
少年はぽいっと何かをこちらに投げてきた。
大した距離じゃないけど私は慌てて手を伸ばし飛んできた物体をなんとか手に納める。
「うぁ!急に投げないでよ・・・ってこれは・・・・」
慌ててキャッチしたのは紙袋一杯に入ったパン。アンパン・カレーパン・ジャムパン・カツサンド・ミックスサンド・・・およそメジャーなところは揃っている。
少年の意図が分からず困惑する私に少年は驚きの一言を発した。
「やるから喰えよ」
「はぁ!?」
予想外すぎる言葉に私は思わず手にした紙袋を落としそうになる。
なんだ?なんなんだ?人の弁当を強奪したかと思ったら大量のパンをくれたりして・・・・・はっ!まさかさっき蹴ったから?そのお礼?
やっぱりそっち方面の趣味の人!?
ずささっと思わず少年から距離を取ってしまう。
「どうしたんだ?腹減ってんだろ?こっちに座って喰えよ」
こちらの心情など知らない少年は怪訝そうな表情で壁にぴったりとくっいて奇異なものをみるかのような目の私を手招きする。
だが、どうにも近寄れない。信じられない。裏があるのではないのかと穿った考えが頭によぎり気付いた時にはそれは言葉になっていた。
「・・・・・・・・・・なにを企んでいるの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
少年の反応は実に分かりやすかった。
少年はニッコリと笑うと五歩で私のいるところまでやってきた。
あ、足の長さが違うと歩くスピードも違う・・・・。
見上げればそこには笑顔なのに全然笑顔に見えない少年の笑顔。
「あ・・・ははっ・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
少年は無言で私の頬を力いっぱい引っ張った。
「ひゃいひゃい!!ひよめんひやさい!」
痛い!本気で痛い!!
痛さの余り手をじたばたさせながらしゃべった言葉は既に日本語ではなく言っている自分にも理解不能の異次元語となっていた。
痛さの余りうるんだ瞳で睨みつけてやると少年が楽しそうに笑う。
それと同時に手が離れた。
「い、いたい・・・・」
頬がひりひりして痛かった。
「人の親切を疑うからだろう?こんなにいい人のオレを捕まえて「たくらむ」なんて言葉を使うからだ」
―――――本当にいい人は他人の弁当を強奪したり気に入らない発言されただけで頬を引っ張ったりはしないと思う・・・・。
なんてことは後が怖いので胸の内で呟くに留めた。のだけどバッチリ顔に出てしまったらしく少年の形の良い眉がピクリと危険な角度に跳ね上がる。ついでに私の心臓も跳ね上がった。(恐怖で)
「パン!!パンありがとう!あ~~おなか空いたなぁ~~~」
誤魔化すように顔をきょろきょろさせ手短な椅子に座る。少年はじろりとその様子を眺めていたがやがて肩を落とし、椅子を持ってきて私の隣に座る。・・・なぜ隣?
ちょっと疑問に思ったが午後の部はとっくに始まっている。私が出る競技までには時間があるがあまり悠長にもしていられないので私は慌ててパンにかぶりつく。
もぐもぐと空腹も手伝い無心で食べる私。
「・・・・秋田正」
うん?
パンにかぶりついたまま隣に座る少年をマジマジと眺める。数十秒後にようやく少年が口にしたのが彼の名前だと理解した。
秋田正・・・秋田・・・なにかつい最近聞いた名前のような・・・・。
午前中に聞いた話とキャーキャー騒ぐ女子の集団が脳裏に思い浮かんで私は思わず手を叩いてしまった。
「もしかして・・・」
「うん?」
じっと少年の顔を観察する。
確かにこの顔なら周りからキャーキャー騒がれるのも納得できるわ。
「あんたが滅茶苦茶顔がいいっていう二年生?」
「ああ、そりゃオレのことだろう」
あっさりと肯定する少年―秋田。一般生徒がこんな態度を取ればそれこそ鼻持ちのならない勘違い野朗と受けとられるが秋田ほどの顔の持ち主が言うと嫌味にすら聞こえないのだから不思議だ。
しかし・・・まぁ・・・・何と言うか・・・。
「外はいいのに中は真っ黒。天は二物を与えずとはまさにこのこと・・・・ひやいひやい!!」
「だれの、中身が、真っ黒だって?」
(あんた以外の誰がいるの!?)
ニッコリ笑顔で容赦なく人の頬を引っ張るこの男は絶対に性格が悪いと私は確信した。
「ふぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~!!」
確信はしたけど抵抗の手段は見つけられない。
「おお。伸びる伸びる」
「ふやにゃひぇ~~~~!!」
「なにを言っているのかわかんねぇぞ~~~?」
ぐにぃ~~とおもちのように頬を伸ばされあまつさえ好きなようにもて遊ばれる。
痛いし、恥ずかしいしでこっそり泣きたい気分だ。
「面白れぇ顔」
「誰が面白くしたと思っているのよ!!」
「オレ」
アッサリと肯定されて二の句がつなげない。思わずその場に蹲りたいぐらいのだっ力感を感じた私に秋田は目をやる。
「『笹倉』」
呟かれた名前に肩が過剰なほど震えるのが自分でも分かった。
心臓の音が耳のすぐ側で聞こえてくるような気がしてきた。
「っていうんだなお前。下の名前は?」
すっと胃が冷えた気がした。手が微かに震える。
名前・・・とくに下の名前を聞かれるのが私は一番嫌い。
きゅっと膝の上で拳を強く握り締める。
「・・・・呼ばないで」
ようやく絞り出した声の固さに私自身が驚いた。ちょっとだけ震えている。きつく目を閉じる。
浮んでくるのは白い天井と白衣を着た大人たち。そしてこちらを覗きこむ大人の男の人と女の人。
『自分の名前がいえるかい?』
やめて・・・・・・。
思い出したくないの・・・・・。
『私は・・・・・』
包帯を巻いた虚ろな眼の子供が私を見詰めている。
お願い。お願いだから見ないで。
『私は・・・・・』
もういい。もう分かってるの。全部知っているの。
私が欠けてしまっていることは痛いほど分かっているから!
「お願いだから、「名前」で私を呼ばないで」
自分でも把握できない感情が胸の内で渦巻いている。
あれから六年も経つのに未だに囚われて解放されない。そんな自分が嫌だ。
「お願い」
呼ばないで聞かないで――思い出させないで。
―――――――忘れないで。
(え?なに、今の声は・・・・)
私のものではない声が響いた。その声に何かが浮かび上がりそうになる。温かくて優しくて・・・・でも同じぐらい怖くて、悲しい何かが。
誰かが遠い場所で、私を・・・・。
「じゃあ、お前のことなんて呼べばいいんだ?」
『お前、名無しか?』
秋田の声に小さな子供の声が重なって聞こえた。
慌てて耳を澄ましても私と秋田の声以外は遠くのグランドから聞こえてくる放送の音楽と歓声しか聞こえない。
今のはなんだったのだろう?
二つの声。確かに聞こえた。聞いた。なのにどこか曖昧で実感がない。
確かに聞いたと思ったのにどうしても遠い出来事のように感じる。
そう、感じるのに何故だろう。二つとも泣きたくなるぐらいに懐かしく感じてる私がいる?
胸が痛くてたまらなかった。




