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知らない場所でした

 グルグル真っ暗な穴の中。かちこちとどこからか時計の音が風の音と共にやけに大きく響いていた。


 『時計の音が聞こえるね』


 誰かがすぐ側でそんなことを言う。

 誰?

 聞き覚えのない声・・・のはずだ。なのに、懐かしく感じる。昔、ずっと側で聞いてたような気がする。


 誰?


 唇を震わせても声にはならない。なのに誰かは分かったらしく少しだけ笑い声が聞こえた。


 『まだ、ナイショ』


 そっと囁く。さらりと髪が零れる音が聞こえた。


 『でも・・・もうすぐ私たちは会うよ』


 ひんやりとした手が私の手に何かを握らせる。


 『時計の音。時を刻む音。ずっと聞きたかった音。あの時からずっと止まってしまった音。動いた』


 時計の音が私の手の中から聞こえる。不規則で今にも止まってしまいそうなその音。


 『お願い・・・時計を止めないで・・・・』


 誰かがぎゅっと手を握り締める。


 『お願い。時計を止めようと望まないで』


 どうして時計を止めないでと私に言うのだろう。

 私は時計を壊したりなんてしない。止めたりなんてしないのに誰かは私こそが時計を止めようとしているように言う。

 時計なんて知らない。止めたりなんてしない・・・。

 そう言うと誰かが少しだけ悲しそうになったのがわかる。


 『・・・・・忘れないで・・・・・・』


 頬に何かが落ちて流れた。誰かはとてもとても悲しんでいる。

 どうしてだろう?私まで悲しくなってきて、胸が痛い。

 忘れないで。その言葉を最後に誰かの気配は消えてしまった。




 どこか遠くから鳥の鳴き声が聞こえてくる。嗅いだ事のない花の香りが風に乗って私の鼻腔をくすぐった。

 少し身じろぎするどジャリとした土の感触・・・・・土?

 違和感を感じて薄く目を開くと鬱葱と生い茂る木々の間から差し込んでくる暖かい午後の日差しと雲ひとつない高い高い青空を悠々と飛ぶ頭がライオンで立派な翼を持つ見たこともない生物(?)がいた。

 しばし無言でそれらを見詰め、そして再び目を瞑る。


 「うん。平和だ」


 何か・・・全く平和じゃないことがあったような気もするけど気にしない。

 平和だといったら平和だ!うん!

 そう自分に無理矢理言い聞かせる。


 (何もない。何もいない。何もみていない)


 呪文のようにそう繰り返す私をあざ笑うように響く謎の鳴き声。


 「ギシャァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」



 「うぁぁぁ!!知らない振りが出来ない!!」


 勢い良く起き上がる。無視できない。無視できないよ!!

 視線の先には私の常識ではいないはずの動物。

 

「ぎしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ♪」


 「謎の生物がものすご~~~く気持ち良さそうに鳴きながら飛んでいるよ・・・・」


 っていうかライオンぽいのに泣き声「がぉー」じゃないんだ。

 動揺しているせいかどうでもいい所が気になってしまう。

 あ~~~なんで空はあんなに青いんだろうね?

 現実逃避している間にもライオンぽい生物は何が楽しいのかグルグルと同じ場所と飛び続けている。


 「あれは・・・・・」


 ぼーと見物していたら現実を受け入れる心の準備ができて私は目の前の生物について考える余裕がでてきた。


 「グリフォンっていうんだっけ?」


 乏しい知識から類似する事柄を引っ張り出す。

 テレビかなんかで見た想像・伝説上の生物に今空を飛んでいる生物は良く似ている気がする。


 「でも、実際にはいないよね?」


 というか翼が生えたライオンモドキが普通に空を飛んでいているのは嫌だ。


 「いや、でも服着て喋って二足歩行できるウサギがいるんだからあんな生物がいてもおかしくない・・・・・」


 いや、おかしい。


 即座に自分で突っ込んでしまう。


 「前提からしておかしいって」


 普通そんなウサギはいないという常識が私の中に蘇ってくる。

 喋ったり二足歩行するウサギはいない→もちろんグリフォンも存在しない。


 「ならこの状況は何なのよ!?」


 パニック状態の私は髪を掻き毟らんばかりに苛立っていた。さっき現実を見ようとしていたがどうやら相当混乱していたらしい。だだっこのように首を振り、地団駄を踏む私の頭上で「ギシャ♪ギシャ♪」とグリフォン(認めたくはない)が楽しげに飛んでいる。

 うあ~~~~~~!認めたくない。認めたくないけどこれ、現実だぁ・・・・。


 「なんで・・・こんなことに・・・・」


 そこまで呟いて不意にあの教室で起こった一連の出来事が脳裏に蘇る。

 大穴・教室に突如として現れた森と道。そして穴に落ちかけた私の手を必死になって摑んでくれた少年とその少年ごと私を大穴へと蹴り落としてくれたウサギ。


 「あ~~~~~~~~~~~~~~~!!」 


 そうだよ。私、秋田と一緒にあの大穴に落ちたんだった・・・・。

 底の見えない穴を思い出して思わず身震いが起こる。

 穴に落ちたときはもう、死ぬんだとばかり思った。穴はどこまでもどこまでも続いていて底なんてないんじゃないかと思った。体から熱を奪う冷たい風を感じながら私は意識を失ったんだ。


 「よく、生きているな・・・私」


 しかもまったくの無傷。体操服に多少の土こそついてはいたがそれ以外は穴に落とされる前と全く変わった所がない。

 試しに腕やら足を動かしてみるが痛みもなく普通に動く。


 「ふむ。どうやら五体満足のようね」


 一通りストレッチなどをして確かめた後、パンパンと服についた砂を落としながら立ち上がるとグルリと周囲を見渡してみる。


 「教室に出てきた森だよね。ここ」


 森などそう見たことはないが森の真ん中を通る道や雰囲気が教室でみた森と同じように感じられる。

 残念なことに教室はなく、森が広がるばかり。


 「残念。教室があったらそっちに行けたのに・・・・そいえば秋田はどうなったんだろ?」


 一緒に大穴に蹴り落とされた少年のことがようやく頭に浮んだ。

 ちょっと薄情だろうか?でも色々あり過ぎてそこまで気が回らなかったというのが本音である。


 「近くに落ちてないかな?」


 ガザガザと手短な茂みを探してみる。事態が余りにも非日常的過ぎて心配だとかあせりが今一どころか今十ぐらい沸いてこない。

 どうにも私の常識外のことがたて続けに起きているのでこれが現実だという認識が薄い。どこか夢でも見ているかのようにふわりと浮いた感じがする。

 だから秋田捜索もあまり本気になれない。

 まぁ・・・私が無事だったんだからあいつも同様だと考えて楽観的過ぎるってことはないよね?


 「・・・・・・もしかして私って結構酷いやつ?」


 客観的に見て、もしかしなくても酷い奴だ。と突っ込んでくれる人はいない。


 「はぁ~~~。本当に何がどうしてどうなっているのやら」


 重い重い溜息が我知らず口から零れ落ちていた。

 付近を捜索した結果秋田どころか人の姿さえ見つからない。どうやら秋田とははぐれてしまったと判断していいだろう。


 (秋田が湖とかに落ちて死体になってなければ、の話だけどね)


 自分で考えておいてなんだが一気に気分が沈んだ。

 うあ~~~。そうだよ。落ちた場所によったら全然無事に済まないよ~~~~。

 頭を抱えてしまう。

 ここにきてようやく心の底から秋田の安否を案じられた。


 「大丈夫よね?」


 私、無事だったし。

 呪文のようにそう繰り返し考える。

 少なくとも落ちたとき下にいた私が無傷だったのだから秋田だって無事だ。そう、信じる。


 「秋田のことは生存を信じるとして・・・さて、これからどうしたものやら」


 ふむ。と腕を組んで考え込んでみる。

 見知らぬ土地でここに来るまでの状況を考えても尋常でない事態に巻き込まれていると判断できる状態で放りだされた場合の適切な対処法など私はもちろん知らない。大多数の人間が知らないことだろう。

 考えて思いつくことでもない。

 ここはやっぱり秋田を探すのが先決かな?

 秋田一人増えても状況把握に差があるとは思えないが1人よりかは2人の方が心強いし今の私の心境を一番わかってくれるのも秋田だし・・・放っておくのも人間としてどうかとも思う。

 よし決めた。秋田を探そう。そして2人でどうするか話し合う。


 「で、肝心の秋田はどこに行ったんだろう?」


 ははっ。手がかりすらないですよ?

 どこの誰に言っているのかそんなことを呟いてみる。


 「ははは・・・・むなしい・・・・・」


 ここで一人漫才していても虚しさだけが倍増しそうなのでどこまで続いているのか分からない森の道を進んでみる。

 テクテクと歩く。

 森の中、爽やかな風と穏やかな日差し。こんな状況でなかったらピクニックでもしたい陽気だな・・・。

 風に木々が揺れる。

 どこか懐かしい気さえしてくるのは何故だろうか・・・・。


 「どこまでこの道続いているんだろう・・・・」


 根本的疑問が湧き出てくる。

 歩いても歩いても景色は変わらず道が途切れることも二手に分かれることもない。誰とも出会わないし何とも出くわさない。

 まるで同じ場所をメビウスの輪のように歩いている気さえしてくるほどの変化のなさだ。

 だけど・・・・・。


 「道があるってことは人が・・・・少なくとも定期的に使う人間がいるってことよね・・・」


 ちゃんと舗装された荒れてない道。多分誰かが使っている・・・と思う。だからこのまま歩けば人に会うなり人のいる場所に出られると思うんだけど。

 あまりの変化のない光景にちょっぴり自信がなくなってくる。


 「う~~ん。私、本来なら考えるタイプじゃないんだけどな・・・」


 ほかに誰もいないから考えざるを得ない。本とか雑学関係は好きだったから変な知識だけは溜め込んでいたけど・・・役に立つ・・かなぁ?

 ああ・・・・ついに自分にまで自信がもてなくなってくるよ。


 「まったく。この道の先になにがあるのよ」


 苛立ちついでに愚痴る。

 答えなんてはなから期待していないのに風と共に聞こえた。


 (この先には・・・・・・の店があるよ)


 「えっ?」


 驚いて足を止める。慌てて周りを見てもあるのは森の木々だけで声の主は見つからない。


 「どういうこと・・・?」


 確かに聞こえた。

 声。女の子の声が。


 「空耳?ううん違う」


 はっきりと聞こえた。空耳なんかじゃない。


 「だれ、なの?」


 今度は答えは返ってこなかった。

 落胆した気持ちを抱えたまま歩き出してすぐに一軒屋が建っているのが視界に飛び込んできた。


 「家だ」


 あの声の通り家があった。

 ドキドキする胸を押さえて私はわざとゆっくりその建物に近づく。

 レンガ造りのこじんまりとした家が森の途切れた先に建っている。

 近寄ってみるとプランナーがあり見たことのない花が植えられていた。

 玄関先に吊るされた看板には見たこともない文字でなにか書かれていた。どうやら何かの店みたい。窓から店内をのぞいてみるが暗くてよく分からない。


 「さっきの声が言った通りだ・・・」


 本当に店があった。

 取りあえず人がいそうな場所に来れたのだ店に入ってみよう。


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