第8話 ータケルー
その日は、いつもより朝が冷え込んで、キンとした空気に包まれていた。
一度外へ出たけど、もう一度玄関に戻り、手袋を取った。シンプルな黒いやつ。
(今日は、どうかな…。)
会えずに落胆しない様に、あまり期待を持たない様にして、家を出る。
空が青い。
どこまでも澄みきった冬の空だ。
漕ぐ息が白い。
晴れているのに、心無しか、地面が冷たさで濡れている様な、そんな日。
「あれ?」
前から女性の声がして、心臓が跳ね上がる。
おそらく、いや、きっと。
二つの自転車が止まる。
「やっぱり。あの時の男の子だよね?もう、顔の傷、大丈夫?」
「あ…。」
目が合う。
「すごいね。全然、傷跡残ってない。若いね〜。」
「あ、あの、あの時は、ありがとうございました。ティッシュ、もらっちゃって。」
「あぁ、あれ?いいのいいの!いつも何個か持ち歩いてるから。この子、よく転ぶから。全然、気にしないでね。」
「その、お礼言いたかったんすけど、最近、見なかったから。」
「やだー。そんな、本当にいいのよ。この子ね、冬だから、保育園で風邪もらっちゃってて、中々治らなかったんだよね。」
「そうだったんすね。」
心の中がじんわりと暖かくなる。
「でも、もう元気で、今日から復活なんだ。じゃ、そろそろ登園時間だから。またね。」
「あ、はい。また…。」
(……。)
(若いね〜…)
(もう、登園時間だから…)
彼女の声が心の中をこだまする。
なんでだろう。涙が出てくる。瞬きを数回繰り返す。
なんで、なんで、俺、高校生なんだろう。




