第17話 ータケルー
転機が訪れたのは、桜の蕾が少し膨らみ始める3月の始めだった。
いつもの通り、自転車に乗って、いつもの道を走る。
同じ時間。
同じ景色。
(今日も、挨拶で終わりかな…。)
生け垣を抜ける。
大通りに出る。
左に曲がる。
少し、顔に力が入る。
もうすぐ、彼女とすれ違う。
前を向くと、今日は景色が少し、違っていた。
いつもよりキレイな服装で、ベビーカーを押す彼女。
そして、隣には、彼女の旦那さんが…。
仲よさげに二人で会話しながら、こっちに向かってくる。
その時。
「あ、あの子だよ!」
彼女が声を上げた。
(あの子…)
「おはよう!今日も会ったね。」
自転車を止め、挨拶をする。
「おはようございます。今日は…、歩きなんですね。」
「そうなの!今日はこの子の発表会の日だから、旦那と一緒にね、保育園向かってるのよ。」
「そうなんすね。」
ちらりと彼女の子供に目をやる。
赤ちゃんだと思っていたが、改めてよく見ると1〜2歳くらいに見えた。
(毎日、彼女の事しか見てなかったんだな…。)
子供は、俺の事を指さして、
「にーちゃ。にーちゃ。」
と言った。
彼女は笑って、
「ふふっ。そう、朝いつも会うお兄ちゃんだよ〜。この子ったらね、君のこと覚えちゃって、なんだかすごく、気に入ってるみたい。」
それを聞いて、胸が詰まるような、泣きたくなるような、初めての感情が襲ってきて、俺は手が震えた。
「ありがとうございます。」
「ほんとに、今どき珍しい好青年だな。」
隣の旦那さんが俺を見て、そして、彼女に言う。
「でしょ〜?いつもちゃんと、目を合わせて挨拶してくれるんだよ。こんな礼儀正しい子、今どき中々いないよ〜。」
(礼儀正しい子…)
ハンドルを握る手にぐっと力が入る。
震えは、まだ収まらない。
俺は自転車を降りた。
「違います…。」
彼女の目を見る。
「俺は、『あの子』でも『礼儀正しい子』でもありません。」
「え?」
逸らさずに、彼女の目を見続ける。
「好きだったんです。ずっと。」
「!」
「こうやって、挨拶する前から、ずっと。」
彼女は驚いた表情で俺を見ている。
「自分でも、どうしたらいいか、今まで、わからなくて。でも、今、気持ちを伝える事が出来て、良かったです。」
俺は続ける。
「俺、春から受験生なんです。勉強に、集中しなきゃいけないし…。」
「………。」
彼女の視線が、だんだん下に移る。
「明日からは、ここを通る時間、ずらします。旦那さんのいる前で、こんな事言って、すみませんでした。」
「………っ。」
顔を上げた彼女の目には、うっすらと涙が溜まっていた。
俺には、もう、それだけで十分だった。
「それじゃあ、今まで、ありがとうございました。じゃあ…。」
再び、自転車にまたがる。
彼女と子供、そして、旦那さんを追い越したその時、彼女が叫んだ。
「じ、受験、頑張ってね!!!こちらこそ、ありがとう!!」
振り返らず、俺は少しだけ、手を上げた。
ほんの少し、彼女と同じ土台に立てた気がした。
一旦、これで、タケル編が終了です。
これからは、悟編、ミカ編と続きます。
ちょっと、休憩をして、力が溜まったら、また、書いていきます。
どうぞ宜しくお願い致しますm(_ _)m




