【第2話】 「帰れない理由」
朝、目を覚ました瞬間、違和感があった。
布団の中が、やけに狭い。
というか、重い。
「……なんで腕が塞がってるんだ」
目を開けると、銀色の髪が視界いっぱいに広がった。
「……朝です」
「そうだな。問題は、お前が俺の腕を枕にしてることだ」
「……安心しました」
「理由を聞く前に離れてくれ」
リュシアは名残惜しそうに離れた。
心臓に悪い。
◆◆◆◆
顔を洗って戻ると、リュシアが姿見の前に立っていた。
「……帰れそう?」
「試します」
鏡に手を当てる。
「……えい」
何も起きない。
「……えい」
やっぱり、何も起きない。
「……閉じてます」
「だろうな」
俺は頭をかいた。
「この鏡、なんなんだよ」
「……門、です」
「門って言うな」
「……通路?」
「やめろ」
◆◆◆◆
朝ごはんは、トーストとスクランブルエッグ。
「……これ、光ってます」
「油だ」
「……鳥の卵を焼く文化……」
「文化って言うな」
ひと口食べたリュシアは、目を見開いた。
「……あつい。でも、おいしい」
「感想、正直すぎる」
牛乳を渡すと、じっと見つめる。
「……白い液体」
「怪しく言うな」
「……毒では?」
「なんでそうなる」
◆◆◆◆
洗濯物を干そうとすると、背後から声がした。
「……それ、何をするところですか」
「洗濯機」
「……箱?」
「服を洗う箱」
「……魔法?」
「文明だ」
ふたを開けた瞬間。
「……入れます?」
「入らない!」
腕を引っ張られる。
「……回ったら、どうなりますか」
「大惨事になる」
「……見てみたいです」
「だめ!」
◆◆◆◆
昼過ぎ。
俺が着替えようとしたら、リュシアがドアを開けた。
「……開いてます」
「開けるな!」
「……知らなかった」
「ノックを覚えろ!」
慌ててシャツを引き寄せる。
「……肌、白いですね」
「見るな!」
「……戦士は、傷だらけです」
「戦士の話はいい!」
◆◆◆◆
午後。
姿見の前で、二人で考える。
「なんで、昨日だけ開いたんだろ」
「……門は、不安定です」
「だから門って言うな」
「……条件、あるかも」
「条件?」
「……人が一人、通った後」
「……それ、俺の部屋が満員になるやつだろ」
リュシアは、少し不安そうに言った。
「……帰れなかったら」
「調べる。ちゃんと調べる」
「……一緒に?」
「一緒に」
少し、安心した顔になる。
◆◆◆◆
夕方。
風呂に入ろうとしたら、背後から視線を感じた。
「……それは、何をするところですか」
「身体洗う場所」
「……一緒に?」
「入らない!」
「……なぜ?」
「説明が難しい!」
ドアを閉めても、外にいる気配がする。
「……水の音、安心します」
「聞くな!」
◆◆◆◆
夜。
布団を二つ並べる。
「……距離、近い方が暖かいです」
「近い方が危険だ」
「……危険?」
「心臓に悪い」
「……病気ですか?」
「違う!」
電気を消す。
暗闇で、声がする。
「……朝倉」
「なに」
「……ここ、変だけど」
「うん」
「……少し、楽しいです」
「それは、否定できない」
そのとき。
姿見が、また淡く光った。
「……え?」
「……開きました」
「頼むから、今日は一人ずつで……」
次の瞬間。
「いたた……」
黒髪の少女が転がり出てきた。
巫女服っぽい格好だ。
「……ここは、どちらでしょうか」
俺は天井を見上げた。
「……説明、追いつかない」
リュシアと黒髪の少女が並んで首をかしげる。
俺の部屋は。
本格的に、異界の待合室になった。




