68.風の神殿の闇
スマラ殿下が聖獣を召喚しての移動は早かった。
殿下の聖獣である鳥が伸縮自在。普段は肩に乗れるくらいのサイズだけど、人を4人乗せて飛べるくらいの大きさでも余裕だった。
これは多分、魔力量も関係あるのだろうけど。
空を飛べるので、通常よりも早く移動ができる。ただ、魔力消費は激しいようだけど……それでも、2日でショウドウまでたどり着いた。
王城内に降り立つとすぐに案内された。
部屋には、王、王太子、サフィロス、ルヴィニ、カライスちゃん。
さらに顔色の悪い風の神子エメロードと、沈んだ表情のおじいさん。どうやら、神殿の神官長らしい。
「サフィロス……予定外の動きでもあった?」
戦力は十分と判断したのに、突入をしていない。何があったのか。
いや、サフィロスとルヴィニがいるのに?
怪訝そうな顔をすると困った顔で、耳元に顔を近づけて囁かれた。
「一応、風側と足並みを揃える必要もあったからな」
「……本音は?」
「ミオ。君はもう少し、魔力の動きを読めるようになった方がいいな。少々増援がある……流石にあの数、許可を得ずに殺せば問題となる」
一掃することは出来るが、人数が多いだけに問題となるらしい。
元々、教団への出入りをしている人数はそれなりにいたはず。それが全て教団のアジトにでも潜っているのだろうか?
「……私が話をしようか?」
水側が殺したことを、後から問題にされるのは困るだろう。
教団側に与した人は処罰を免れないように話をしておく必要がありそう。
「ふむ……できるのか?」
「まあ、多分? 私が一番詳しいと思うし、説得力もあるように持っていくよ」
サフィロスは少し悩んだ後「頼む」と肩を軽く叩いた。
では、神殿には完全な『悪』という立場になってもらおう。
会議が始まり、現状の情報交換が始まる。
最初は教団のアジトについて。神殿関係者にはここで初めての情報公開。
事前に聞いていた王やジェイドは冷静だけど、神官長と神子様は驚いている。
ただ、淡々と状況をサフィロスが語っていく。
「これだけではなく、街や神殿でも、問題が起きているらしいな」
サフィロスがカライスちゃんの方に視線を送る。
「ふふんっ! 私が調べたんですよ!」
「カライスちゃん? 一人で調べたの? 危なくなかった?」
「え? 大丈夫なの?」
ふんすと胸を張っているカライスちゃんが可愛い。
しかも、アイオ様が心配しているのをちょっと馬鹿にされたと思ったのか、カライスちゃんがアイオ様の背中をぽかぽか叩いているのが癒される。
「町中で、行方不明者が増えています! とくに病人だったはずの人やその家族。さらに、神殿の神官たちも姿を見ない人が多数で、人手が足りないからと協力要請を受けました! あとは街中でも穢れも発生し、治安が乱れてます」
「カライスの証言もだが、先日より教団のアジトにいる魔力持ちも増えている。あちらも本腰を入れてるんだろう」
風側が苦い顔をして報告を聞いているが、神殿の行方不明もいるという割には他人事のように聞いている。
ちらっとサフィロスに目配せをすると頷きが返ってきた。
では、私の方からも話を進めさせてもらおう。
「神殿の行方不明になった人は魔力の高い人達ですか? 具体的に誰を見かけないのか、教えていただきたい」
「……なぜ? 神官は、穢れに対処するために大陸中に赴くことが……」
「それをしてたのは僕や亡くなった水の神官だったよね?」
ルヴィニの言葉に、神官長は顔を逸らした。
つまり、行方不明な理由を把握していない。
行方不明。教団のアジトにいる人が増えたのなら、普通に考えれば、教団側が現状打開をするための動きだと予測できる。
この場合、戦力増強のためにも魔力持ちが欲しいと考えるのは普通だろう。
「まず、神殿内で教団に与する人は多い。これについては、ルヴィニ達が侵入して調べたから間違いありません。そして、与する人だけなら神殿内の情報を制限し、カライスちゃんが知ることのない様にするでしょう。外部に話が漏れているなら、無差別なのかなと思ったので……それなら、基準は魔力の高さであると予測したんですけど」
私が不自然でないようにサフィロスとスマラ殿下に視線を送る。
「なるほどな。で、どうなんだ?」
「……包み隠さず、答えろ。それとも、リストにはなかったが貴様も与する側か?」
「……ええ、その通りで。神殿でも魔力の高い者達が突然、姿を……消しております。リストは……知りません」
二人の威圧に神官長はか細い声で答え、頷いた。
神官長は神殿内部にいる獅子身中の虫の多さを王家に突き付けられ、出来る限り隠したいといったとこかな。
「嘆かわしいことだな。教団を潰すために存在するはずの神殿こそ、教団の温床となっているとは」
風王が重く言葉を発するけれど、それはどうしようもない。
「誠に……なぜ、このようになったのか。内部で調査を……」
神官長の言葉に、わざと大きなため息をついて、神官長の言葉を遮る。
私に視線が集中したことを確認してから、神官長をじっと見つめながら問いただす。
「与するものと行方不明者を合わせれば、半数を超えるのに? どうやって、神殿内だけで調べるんです? だいたい、そんな調査なんて時間の無駄をせず、国の立て直しのために身を粉にして働いたらどうですか?」
「いや、ミオ殿。同じ事が起きないように原因を調べることは必要だと思うよ?」
王太子殿下に若干咎められるような声音で必要なことだと言われてしまった。
ただ、ここで追い詰め、主導権をもらおう。まあ、水側が主導権はもっているのだけど。ここで、少し私の話を聞いてもらいたい。
「私の考えを伝えても?」
「理由の調査は不要か?」
王の問いに、「はい」と頷く。
「なぜ、そう思う?」
「理由を知ったところで、防げない。それならば、理由を調べるだけ無駄という意味です。邪龍の脅威など、今更説いたところで、皆が知っているでしょう? 教団に与することの意味は世界の敵。それでも、人は己のために与する。そこを断つことができるとは思いません」
「ふむ……理由を知っているのか?」
「たとえば、病気の人がいます。全身が痛み、苦しみの中で生きている。そこに、病気を治して、元気にしてあげるという人が現れます。最初は半信半疑であろうと、助かるなら……そんな思いを普通は抱くでしょう。そして、体から痛みが消え、自分の力で歩ける。病気であったはずが健康な体になる」
私の言葉に怪訝そうにしている風側の人達。スマラ殿下だけは仕方ないというあきらめの表情をしている。
「実際は、死んで……邪龍の下僕として核を埋め込まれた死体だとしても――見た目は赤い石が埋まっている以外、本人の体、本人の人格のまま。ただ、邪龍の命令を絶対としますが、他人にはわからないでしょう?」
家族は喜ぶだろう。そして、救ってくれた存在に対し、祈るだろう。
それが、邪龍であっても――救われたと認識する。
町の中でそのような行方不明者が出ている以上、すでに起きたことだ。
「……だが……いや、しかし……」
「村の井戸に毒を放ち、苦しむ人達がいます。今の説明のように、救う人が現れる。邪龍に反抗的な人はそのまま死なせ、何でもいいから救われたいと願う人達だけ生き返らせる。これだけで、その村は邪龍を祀る村に早変わりしますよ?」
「ねえ。それ、実際にあるの?」
「いや、無いと信じたいけどね」
ルヴィニの言葉に否定を返す。
実際に私はそんなことがあるのかは知らない。そんな描写がゲームにあったら乙女ゲ―ではなくホラゲーだろう。
おそらくこの世界でもないだろう。
そこまでして、邪龍教団が村一つを欲しがるとは思えない。
あの赤い石は無限にある仕様ではなかったから、コスパが悪いだろう。
ただ、そういうことも出来るという知識を与えれば、重くのしかかる。
「だ、だが! 神官達は健康であった! 皆ではなくとも、そんなことはあり得ない」
「そうでしょうね。神官たちは全く異なる理由で与しているからですよ」
神官長の言葉に頷く。病気でなくても、理由はある。
ここで止めることはしない。膿は全て排除できるように。
「死体を動かす。その死体は邪龍に忠実ではあるけど、かつての人格を保っている。そして、死体だからこそ、成長――老化もしない。先代の水の神子が亡くなったのは20年以上前、かな? それでも、戦った彼女は、若く美しい姿のままだった。これ、何て言うと思います?」
「……」
私の問いに誰も答えない。
ただ、暗い顔で私の言葉の続きを待っている。
「……不老不死、ですよ。権力やお金がある人達が求めてやまない。真実は違っても、外からはそう見える。だから、求める。そして、邪龍が復活し、人は死ぬ。でも、眷属となった自分は生きれる。そう思うでしょう? 理由を調べるだけ無駄でしょう?」
私の言葉に、しんっと静まりかえり、誰も声を発しなかった。
皆が息をつめ、眉を顰める。
ただ一人、神官長ががたがたと震えている。
理解してしまった。自分の部下たちに、そのような考えを持つ者がいる。
神官長は全く知らなかった。
何故なら、神官長が不老不死を手に入れれば、自分の番は来ない。
教団側に最初に与した人物は、虎視眈々と神官長の後釜を狙っている人物なのだろう。
「神殿内に教団に与する人が多いのは、歪な権力関係が成り立ってしまったからでしょう。容易に操れる神子、王の権威の失墜、やりたい放題となった神殿では、不老不死を得たい人がいるでしょうね? 一人が釣れれば、なし崩し的に増えていく。教団側に与する人を増やす手段なんて、断つことは出来ない」
理由を調べるだけ無駄。
少しでも関与した人間を洗い出すだけだ。それで、風の神殿の人員の大部分がいなくなっても。
神官長が机を一度大きく叩いた。ただ、言葉を出すことは出来ない。
黙り込み、口の端から血が出ているのがわかる。
神殿の輝かしい時代は終わり、自分の権力は全て消えると理解したのだろう。
王が私を見つめた後、大きく頷いた。
ただ、そこに立ち上がって、意見を述べる人が――現れてしまった。
「……で、でも、神殿内でもそういう雰囲気に流され、邪龍教団だと知らずにいる人達もいるんじゃないかしら?」
「母上?」
ああ。本当に、駄目だな。この神子様は……善意だけで人は救えない。
そして、この場で庇うにしても、庇い方が致命的過ぎる。黙っていればいいのに。
怪訝そうにジェイドが風の神子を覗き込んでる。
「それは、神子ともあろう者が教団を庇うという意味でいいかい?」
風の神子はサフィロスの問いに、はっとした表情に戻った。
うつ向き、服の上から自分の足に爪を立てて……震えた声で「そんなつもりじゃ……」発言する神子様に視線が集まる。
ただ、決定的だろう。
神官達を取り調べをすれば……おそらく、彼女の名前も出るのだろう。
「……不老不死の誘い、貴方も受けたんですか。神子様」
これ、神殿の権威を奪うと同時に、神子も代替わりしないと駄目だ。致命的すぎる。




