56.黒幕②
覚悟を決めて、どう戦うかを考える。
ルヴィニは、一足飛びに、女に斬りかかろうとした。
ただ、騎士服の男が魔法で出した闇の剣と鍔迫り合いを起こしている。
メイン火力ではあるけれど、ルヴィニは接近戦で戦うしかない。
対する二人は、魔力が溢れているのを感じるくらいに、魔法戦を得意としそうだ。
「……アイオ様」
「ごめん……でも、信じられなくて……」
いまだに、微動だにしないアイオ様。
すでにルヴィニが戦い始めているから、目を放すこともできないし、話をしている余裕はない。
「逃げるか、戦うか……すぐに決めてください」
ルヴィニは私とアイオ様に近づけないように戦っている。
善戦はしているけど、2対1では厳しい。
私が同時に浄化でデバフをかけるのは難しい。
狙いを絞るなら、水の神子様の方だろう。
「浄化!」
ルヴィニが斬りかかろうとした瞬間に、神子は水の膜を自身の周りにまとい、攻撃を防ごうとした。
その瞬間に合わせて、浄化をかける。
水魔法自体は彼女が操っていて、穢れているわけではない。
それでも、術者への影響はしっかりあるらしい。
水が揺らいだ隙を逃さず、ルヴィニが魔法ごと切り裂き、鮮血が舞った。
ただ、深手を負った割には、気にせず動いている。
もしかして、痛覚がないのかもしれない。
「やるね~。でも、俺のことを放置なんて、さみしいなぁ」
ほっと息をついた瞬間に、すぐ近くから呑気な声が聞こえた。
声の方を確認する。男の方が視認できるほどの闇を纏って、すぐ近くに迫っていた。
男が手を振ると、黒い針が全方位から、私に降り注いだ。
「結界っ…………くっ」
「ミオさん!」
浄化を止めて、結界を張った。
パリン。あっさりと闇の針が何本も飛んできて、結界が割れた。
ダメだ。明らかに、格上。
カランっと音を立てて、杖が地面に落ちる。
頭を手で庇ったため無事だったけど、腕に針が刺さり、血だらけになっている。
「へぇ。もっとハリネズミにしてあげるつもりだったけど、よく耐えてる耐えてる。偉いよ~」
イラっとする言い方はわざとだろう。挑発に乗るわけにはいかない。
近付いてきた男は、私の杖を拾い、興味深そうにそれを見ている。
幸い、致命傷はなかったけど、腕や足などに刺さり、そこから血がだらだらと出ている。
「大丈夫だよ、簡単には死なせないように手加減してあげてるじゃん?」
「趣味悪いですね、ディアンさん?」
「あはっ、名前覚えてくれたんだ。でも、残念。オブシディアンだよ。ねえ、きみはミオちゃん?」
その声音にゾクッとする。
甘い声に聞こえるのに、全く感情がこもっていない。
濁った瞳で笑う顔に嫌悪がこみ上げる。
「に、いさんっ……それ以上はだめ」
震えて、泣き出しそうなアイオ様の声が聞こえる。
逃げることも出来なかったらしい。
私を庇う様に前に出たけど、精神的に戦えるようには見えない。
「邪魔しないでほしいな~もっとミオちゃんを精神的においつめて遊ぶって決めたんだから。あ、でも目の前で切り刻んだらミオちゃんは泣いてくれる?」
私を追い詰めるために、弟に手を出す。笑ってそういう彼には、もう自我はないのだろう。
「させない……兄さんはそんなことしない」
魔力が重く圧し掛かるように、周囲に集まっている。
アイオ様の周囲を黒い渦が渦巻いている。
その様子に、オブシディアンがひゅうっと口笛を吹いた。
「サポートします」
「……うん、お願い」
私が杖を自分の手元に来るように願うと、男の手から移る。
その瞬間に、にぃっと笑った男。
つい、無意識に一歩下がってしまった後、軽く首を振る。
怖がっている場合じゃない。
ただ、突き刺すような魔力が周囲に展開される。
息苦しいと感じる。
「闇よ、貫けっ」
「はいはい、闇に吞まれろ」
アイオ様の闇の槍が、男に刺さる寸前に闇の球体に打ち消される。
あっさりと打ち消す余裕が見える。
「……強い」
「ふふっ、惚れちゃうでしょ? 弱いアイオ見捨てて、俺にしなよ、ミオちゃん」
「冗談っ! アイオ様の方が何倍もいい男になりますよ!」
「ひどいな~」
アイオ様が前に立つ。浄化を唱え、デバフ状態にしても強い。
アイオ様はかなり無理をしている。肩で息をしながら、ガンガン攻めている。
ただ、少しずつだけど、アイオ様の魔力と拮抗する時間が伸び始めている。
もっと、工夫して戦ったら行けるかもしれない。
地の利を活かして戦うしかない。
「アイオ様! そこの右のスイッチを押してください!」
「えっ!?」
「すぐに!!」
アイオ様に指示をしながら、私が逆側のスイッチを押す。
がくんっとオブシディアンのいた床が動き出し、上へと運ばれる。
「え?」
「アイオ様、あそこの上にある水路の壁、壊せます?」
5メートルくらい上で床が止まったオブシディアン。
そこからさらに上。15メートルはあるだろう、天井ギリギリを通っている水路がある。
「……兄さんに撃つよりは壁の方が気は楽かな」
「合図をしたら、お願いします」
アイオ様と私では、彼に攻撃をしても反撃をされてしまう。
それなら、この場に流れている水を利用して、彼を攻撃してしまえばいい。
「準備を……」
「うん」
「今です……結界!」
オブシディアンが上から飛び降りて、こちらに戻ろうとする瞬間。
アイオ様に指示をして、上の水路の壁を破壊してもらう。
さらに、オブシディアンは飛び降りようとした空中で結界に閉じ込める。
もちろん、その結界はすぐに壊されるのだけど、わずかな時間稼ぎが功を奏す。
壊された水路の壁から滝のように水が落ちてくる。
ちょうど、オブシディアンのいる辺りに。
「さすが、アイオ様! どんぴしゃ!」
「あっ……」
空中でそのまま滝に飲み込まれ、地面に叩きつけられた。
水路の水は絶えることはない。
そのまま水攻めによりダメージを蓄積させられるはず。
そう思った瞬間、水に飲まれているのオブシディアンの姿が消えた。
「ミオさんっ!!」
「ぐっ……」
後ろから引っ張られ、首に手をかけて、持ち上げられる。
ぐっと首が絞められ、苦しさに顔が歪む。
苦しさで蹴ろうとするが、力も入らず、空を蹴るような状態で全く効果はない。
「ひどいなぁ、ミオちゃん。痛かったなぁ」
「んぐっ……」
苦しい。声が出ない。
生理的な涙が零れる。
いや、これまずい。
助けて、そう言いたいのに……アイオ様のいる方に手を伸ばそうとして、もう手を動かす力もなく、くたっと落ちる。
意識が遠のいていく。
「ミオ!」
「うわぁぁあぁ!!」
「おや、危ない」
ルヴィニに呼ばれる声と、アイオ様の叫び声が聞こえた。
霞む目で見えたのは、すぐそばにいたはずが、遠くに映るアイオ様。
一瞬で、移動した?
どうして?
「いやぁ、まさか、ここで覚醒するなんてな」
余裕が消えたのか、私をぽいっと床に投げ捨てた。
どうやら、アイオ様が爆心地のように魔力を放出したらしい。
アイオ様の周辺の壁が破壊され、床石が壊れるどころか、クレーターのようになっている。
しかも、まだ暴走しているのか、アイオ様から闇の魔法が波のように周囲を破壊し続いている。
「くっ……」
痛みを我慢して、立ち上がる。
オブシディアンを見ると、その左手に握っているものには見覚えがあった。
「げほっ……くっ……どうして、それをもってる?」
ゲームのキーアイテム、闇水晶。最悪だ。
「もちろん、ノアちゃんが教えてくれたからだよ」
「そんなっ!?」
「あはっ、良い顔。もっと、絶望に染まった顔してくれない?」
とても楽しそうにオブシディアンが笑う。
ノアがゲームでの情報を漏らしたとして……それを教団側の人間が知っているのは痛い。
さらに、空間転移の使い手が増え、敵であることは絶望的とも言える。
それでも、無理に魔力を出し続ければアイオ様が壊れてしまう。止めないと駄目だ。




