52.水の洞窟④ (アイオ視点)
「えっと、気絶、してる?」
ミオさんは力なくルヴィニ様に寄りかかっていた。
顔色は普段より青く、呼吸も浅い。限界まで魔力を使ったせいだろう。
「アイオ。ミオが凍らせたから、指示通りに罅だけ作れるよね?」
「え、えっと……氷の厚さが場所によって違うし、難しいかっ――でも、やります!」
じろっと一睨みされたので慌てる。
これはまずい。やると返事をして魔力を込める。
「さっきより弱くていい。ミオが張った氷は薄い。その前に水を浄化してたから、均一になってるよ。破壊目的じゃない。いいね?」
「……はい」
ルヴィニ様はミオさんを両腕で前に抱きかかえた。
薄く微笑むルヴィニ様は珍しいなとふと思う。
「ふぅ……」
余計なことを考えて失敗する訳にはいかない。
彼女がここまで無理をしてくれたのに、無駄にするわけにはいかない。
敬意をもって、失敗は許されない。
威力を弱めて、正確に魔法を撃ち込む。
一面、罅が入った氷。
目の前で大岩が音を立てて動き、奥の通路が現れた。
「情報通りだね」
「一体、なんなんですか? 持ってる情報が、知識がおかしい」
「理屈で考えてもわかるわけないよ。導き手はこの世界の人間ではないんだから」
ルヴィニ様は軽々と池をジャンプで飛び越えた。
ミオさんを抱きかかえたまま。
身体強化の使い手としては化け物だろう。枷を付けていて、これだけの能力がある。
「アイオ、行くよ」
「はい」
ぼくも身体強化を使って、助走をつけて向こう岸に跳ぶ。
「ふぅ……」
「やっと様になってきたね」
「ありがとうございます」
4年前、兄に命じられ、水の神子様の元へと修行にきた。
それからずっと、ルヴィニ様が身体面について鍛えてくれている。
長くもなく、短くもない4年。
その月日が流れ、ようやく、ぼくは身体強化を自身にかけられるようになった。
「ルヴィニ様。身体強化のやり方、教えたんですか?」
「教えてないよ。ある程度、体を鍛えてからでないと危険だからね」
自分の体を扱いきれない状態で、魔力で強化をする。
これは、反動で肉体が壊れる可能性もある。
だから、教えない。
ぼくが、ずっと言われてきたことだ。
「じゃあ、あれも自力で?」
「そういうこと。まあ、何度か扱ったところは見せてるけどね。アイオが見本を見せた。それだけで魔力で生み出すのではなく、実際の水をコントロールする技術も身に付けた。ずば抜けた素質だよ」
ルヴィニ様は、両手でミオさんを抱えている。
ぼくが先頭に立って、松明で足元を照らしながら、奥へと進んでいく。
理由はわからないけど、何か焦る必要があるのなら。
少しでも先へ。彼女の意向に従おう。
ミオさんは水の民の容姿をした、天の導き手だ。
水の神子様が暗殺されると予言し、阻止のために動いている。
そして、もう一人。
歪んだ笑みを浮かべ、世界を救うのは自分だという、もう一人の導き手。
『好きよ、アイオ。あなたもよね?』
『うん、好きだよ。愛している、ノア』
執拗に、何度も愛を誓わせて、心に浸透していく澱み。
彼女が好きなことが正しい。世界を救うために必要だと言う。
疑問も持たずに、愛を伝える。一方で、自分の“何か”が零れ落ちていく。
自分にしか救えないのだと世界の滅びを紡ぎ、救う未来を歌うように語る。
歪で、異様な存在。
正気に戻ってから、その悍ましさに何度も吐いた。
漸く、吐き気が収まった頃に、隣の部屋に囚われたミオさんと出会った。
この世界が滅びる。世界を救うために行動する。
未来を知っている彼女が、あの恐怖の存在と重ねて見えることが何度もあった。
だから、「信じられない」と伝えた。
でも、それでもミオさんの態度は変わらない。
自分がするべきことをする。その意志をいつも瞳にもち、突き進んでいく。
皆が受け入れていることを知っている。
それでも、ミオさんを信じることが怖かった。
「どうして、信じることが出来たんですか?」
「都合がよかったから、信じた。それだけだよ」
「その割には入れ込んでいると思います」
戦闘に使う両手を塞ぐようなこと、絶対にしない人なのに。
ずっと両腕で正面に抱きかかえたまま、先へと進む。
もし、あれがカライスだったら、肩に担いで運ぶだろう。片手だけでも戦えるように空けておく。
でも、言葉では示さない。
「ぼくもカライスも『自分で考えて行動しなよ』って、散々言われました。あなたは、やる気がないと判断すれば、全然教えてくれないから。だから、ぼくは必死だった」
「何? 突然だね」
「自分で考えて動くから、ミオさんがお気に入りなんですか?」
ぼくの問いに、持っていた松明がぼわっと大きく揺らぎ――火が消えた。
真っ暗になったため、ルヴィニ様の顔は見えない。
「僕より、サフィロスのが気に入ってると思うけどね」
「そう、ですか」
「ふふっ、あははっ、冗談だよ。まだ、お互いにそんな気はないよ」
「それは……別の意味で、世界滅びそう」
大切な存在なのか。
サフィロス様の方が気に入っているとはぐらかした。
闇の中で、楽しそうな声だけが洞窟に響いた。
ただ、“まだ”という言葉が気になる。
二人が本気で争うようなことがあれば、どうなるのか。
ぼくは知りたいとは思わない。この二人が与える影響力は計り知れない。
「水の神子を暗殺する、そんな世迷い事は信じてなかった。でもね、その可能性があることを知ってしまったからね。そのお礼だよ。結果として、世界が改変され、救われるなら良いことでしょ」
ぽっと松明に、再び火が灯った。
そのことに驚いて、振り返る。
いつもより不敵な笑みをしたルヴィニ様。
ぼくを見るその瞳に、燃えさかる炎が見えた気がした。
「え? 魔力が?」
「サフィロスが一時、外したから緩んでるのかもね」
そんなはずはない。
上級の魔力を封じ込めるための枷だ。
お互いに魔力を相殺しているはず。
それでもサフィロス様が魔力を外に出せるのは、超級だからだ。
漏れるとしたら……上級を超えかけていることになる。
まだ、成長している? それとも、意識が変わった?
枷をして、魔力が漏れる化け物はサフィロス様だけだと思っていたけど。
目指すべき二人は、遥か先だった。
「ぼくも強く……」
「そうだね。水魔法も使えるけど、闇に比べると制御が甘い。水を氷に変化させることが出来ないままじゃ、まだまだだからね」
「水を凍らせるほどの制御、上級しか出来ないですよ。知ってて言ってますよね」
「いつも言ってるでしょ。素質はあるって。ミオの知る未来にならないように、さっさと僕らがいるうちに覚醒しなよ? 期待してるから」
「……いない未来になんて、絶対にしません。それに、闇なら技術で負けたりしない」
ミオさんは尋常じゃないスピードで魔力の扱いを覚えている。
でも、まだ、感覚頼りで完全ではない。
ぼくはしっかりと、基礎から――魔力制御と身体強化を二人に教わって、身に付けてきた。
簡単に、二人からの信頼を。その場所を。
いきなり現れた導き手に譲り渡すわけにはいかない。
「到着したら朝まで休憩にしようか」
遠くに見え始めた、次の試練の場の光。
ミオさんが目を覚ましたら、挑戦する。
彼女の知識が全て正しい訳ではなくても、正しいこともある。
全て、情報を取捨選択して、正しく判断する。
ぼく自身でやらなくてはならない。
少し怖いけど、でも、やってみせる。




