50.水の洞窟②
大岩の奥の道は真っ暗だった。
この先に進むにあたり、光がないまま進むことは出来ない。
洞窟内ではあまり火を使うべきではないことは承知しているけど、全く明かりが差し込まない場所だ。
このままでは進むことも出来ないため、片手に松明をもって進んでいく。
この水路は途中で道が別れるなど、一本道ではない。
ただ、基本的には流れる水を頼りに、上流に向かっていけばいい。迷わずに進むことが出来る。
ゲームでは道がなくて、横道から進む必要がある。
ただ、オリオンに乗って水上を移動でき、ショートカットできるのはいい感じ。
しかも、この洞窟では魔獣が出てこないため、危険は少ない。
「なんか、寒くなってきた気がするんだけど」
「次の広間に近づいてきたんだと思う。地面の水が凍るくらいだから。ステージ全体がさっきまでより気温が低いよ」
「光が見えてきたね。あれでしょ?」
「うん、いこう」
光が差し込む地底湖にたどり着いた。
差し込んだ光を浴び、凍り付いた表面がきらきらと輝く神秘的な光景。
地底湖といっても、実際は最初の広間にあった池と大きさは変わらない。縦も横も10メートル程度の大きさだ。
湖の表面は、凍っている。
ゲームでは氷を踏むと一度目で罅が入り、二度目に割れる。
だけど、現実で氷の上を歩くなんて、危険すぎる。氷が割れて、池に落ちれば氷点下の水。
心臓麻痺や溺死、なんとか這い上がったとしても凍傷の心配もある。
「それで、どうすればいいの?」
「今、考えてる。奥へ進む道を作るために、氷を全面、割らずに罅をいれる必要がある。その方法が思いつかなくて」
ゲームでは人の重さで罅をいれていたけど、オリオンの重さでも可能か。
危険を考えるなら、それもあり。
「あのさ、魔法で割ればいいんじゃないの?」
「え? 割れるの?」
「それくらいできるよ」
アイオ様の言葉に驚くと、アイオ様は少しムッとした表情をしている。アイオ様は腕を疑われた感覚だったようだ。
「じゃあ、魔法で……割るんではなく、罅を前面に。ルヴィニ、オリオンに乗って、あっち側に渡ってもらってもいい?」
「なんで?」
「いや、こっち側は魔獣いないけど、あちら側にいる。作業の途中で邪魔にならないように、池に近づかないようにして欲しい」
「まあ、そういうことなら仕方ないかな。いいよ」
ルヴィニはオリオンを使ってあっさりと向こう岸に渡った。
池を超えるまでは魔獣は出ないけど、現実はそんなことはない。
池の氷を勝手に割られると困るからね。
私も湖面を警戒しつつ、アイオ様に合図を出す。
「闇よ……」
アイオ様が手を池の方に向けて、魔力を溜める。
黒のような紫のような球体がいくつも浮かぶ。
次第に球体が槍のような尖った刃物の形に変わっていく。
「はぁっ!」
アイオ様が手を下ろすような素振りをした。
池に黒い刃がいくつも降り注ぎ、氷に罅が入る。
「すごい!」
「これでいいの?」
「あ、でも、ちょっと効果にムラがあり過ぎる」
罅が入っていない箇所と、一部の氷がパリンと音を立てて割れた個所がある。
一か所、大きく氷に穴が出来てしまった。
その穴に、一瞬、黒い影が水面に映った。
「ん?」
確認のため、池にゆっくりと近づく。
その瞬間、ざばっと穴の部分から出てきたのは、鯱。
ここで出て来るとは思わなかった。
今まで出てきた魔獣より、明らかに強い穢れを纏っている。
氷をばきばきと音を立てて割り、こちらに泳いでくる巨体。
「シャアァ!」
鮫が大きな鳴き声でこちらを威嚇する。
一歩、後ろに下がり、杖を構える。じっとりとした汗で滑らないように、両手でしっかりと持つ。
「ミオ!」
「大丈夫、何とかする」
「えっ!?」
ルヴィニに返事をする。隣で、アイオ様が驚きの表情をしている。
鯱は明らかにこちらを狙ってる。
「言ったからには、言葉に責任を持ちなよ?」
「わかってる!」
私とアイオ様でなんとかするしかない。
そもそも、今、ルヴィニが池を渡るのは危険。
そんなことをルヴィニにさせる訳にはいかない。
相手は鯱。
基本的には水から出てこない。陸に上がるとしても、すぐに水に戻る。
陸地を這うことは出来ず、池の部分も狭い。
できる事は限られている。
「アイオ様、池から出来る限りはなれて! 引きずり込まれると厄介なので」
「いや、本気で? 僕と二人で戦うつもりなの!?」
「落ち着いて。遠距離で魔法撃って牽制してください」
アイオ様を下がらせた状態で、私が前に出る。
「浄化!」
鯱に向かって、浄化をかける。
力の源になっている穢れを祓われると弱体化する。
鯱もそれがわかったのか、水中に隠れてしまった。
「アイオ様、いつでも撃てるように魔力は溜めておいてくださいね」
「もうっ……わかったよ」
対象の鯱が見えなくなったため、浄化する対象を池の水に変える。
すると、池の中で鯱が暴れ始める。
鯱がばしゃっと波を作り、水を被せる。
割れた氷の塊と尾で蹴り飛ばす。
陸地に上がらずとも、こちらの様子を窺いながら、攻撃を仕掛けてくる。
ただ、明らかに巨体であるため、あちらも上手く攻撃が出来ていない。
「くっ」
邪魔をしているのが私だとわかったらしい。
鯱も水が浄化され、だいぶ苦しんでいるのだろう。アイオ様よりも私に対して、執拗に水をかけてくる。
すでに全身濡れ鼠だ。水の重みが動きを阻害する。
吐いた息の白さに、忘れていた寒さが蘇ってきた。
このまま、時間をかけ過ぎても良くない。
一か八か、多少の危険も必要か。
「動きで誘います!」
アイオ様に合図を出す。
池へとわざと近づく。
おそらく、鯱が水を出て、戻れるギリギリのライン。
失敗すれば、嚙みつかれ、池に引きずりこまれるだろう。
恐ろしさに胸がどきどきと激しく脈打つ。
それでも、やる。
やるしかない。
勢いよく、大量の水が降り注ぐ。
「あっ」
私はバランスを崩したフリをして、浄化を一時的に止める。
「シャヤァァァァ!」
波に隠れるようにして、鯱が大きな口を開け、襲い掛かってきた。
「結界っ! アイオ様っ!!」
鯱と私の前に結界を張る。バクバクと先ほどよりも胸の鼓動が激しくなる。
杖を握る手が汗と水で滑りそうになるのを堪え、正面を見据える。
「うぅっ」
鯱と押し合い状態になるが、衝撃が強い。
まずい――だけど、負けられない。
ぐっと奥歯を噛みしめると同時に心臓がドクンと脈打った。
壊れそうな結界に魔力を一気に流し込み、補修――いや、結界が分厚く強化された。
よし。
杖に魔力を流しながら、必死に踏ん張る。
「あれ?」
以前あったように、急に体に力がこもる感覚。
「はぁっ」
結界ごと、力任せに向きを変えた。
その勢いで鯱が横にずれ、陸に打ち上げる。
鯱は池に戻ろうとするじたばた藻掻く。
「ない?」
鯱の全体が見えた。
そこに有るはずの物がない。
鯱の胸に埋め込まれた赤い石が――ない。
「下がって! いくよっ、闇よ、貫け!」
アイオ様が魔法で鯱の脳天を突き刺した。
ドーンっという音の後、ばたばたと動いていた鯱の動きが止まった。
何とか、倒せた。
だけど、ゲームとは違う。別の問題が浮上してしまった。




