45.脱出
「ねぇ、少しいいかな」
「アイオ様!」
殿下達が帰って、街の光を眺めていると、隣から、アイオ様が顔を出した。
顔を出してくれたのが嬉しくて、満面の笑顔で答えた。
アイオ様はびくっと反応して、私から離れるように窓の後ろ側にさがった。
「様は止めてくれないかな。ルヴィニ様達は呼び捨てなのに、様と呼ばれるのは困るんだよね」
「そう、ですか? 気にしなくてもいいと思いますけど」
あの二人は、呼び方を気にしないと思う。
今まで私がアイオ様と呼んでいても、最初以外はスルーしている。
「僕が気にするんだけど」
しょぼんとした表情をされてしまうと流石に戸惑う。
「わかりました、えっと、アイオ?」
「ありがとう。窓が開いてたし、聞こえちゃったんだけど……ジェイド君もだけど、僕のことも知ってるんだよね……あなたも」
微かに、声が震えた。
ジェイドもだけど、操られていた間の記憶はあるっぽいな。
「彼女に何か言われました?」
「そうだね……頭の中に靄がかかったような状態で。彼女は未来を語ったよ。滅びゆく世界で、僕は世界を救うはずの彼女の前に立ちはだかる存在だって」
事実ではあるんだけどね。
でも、アイオ様も世界を救うために動いていたんだけど。
それは教えてないのか。
「間違ってはいないですけどね」
「そう……正直、僕がそんなことをするとも思えないんだけど?」
「もし、水の神子様が亡くなったとき、貴方に願いを託したらどうしますか?」
「僕に?」
怪訝そうな表情を浮かべるアイオ様に、ゆっくりと頷く。
「私が知る未来で、ルヴィニもサフィロスもいなかった。水の神子様が不在で、カライスちゃんが代理でつとめ、死んでいきます……亡くなった人たちのため、カライスちゃんを死なせないため、動きませんか?」
私の問いに、戸惑いつつ、少しためらった後、頷いた。
「私の知るアイオは……多くを語らない、ただ、いつも思い詰めたように世界のために奔走していました」
「まって、それだとあの子と話が違うよね」
「互いに世界を救うために動いていても、対立することはありますよ。今だって、私も彼女も神から世界を救う使命を受けていて――争っている」
私は彼女の妨害をするために動いた。
次も、同じだろう。協力し合うことはもう無い。
「……事実であっても、全てを語ってるわけじゃない?」
アイオ様の言葉にゆっくりと頷く。
ゲームの世界で知っていたことは全てではないし、改変するために動いている。
私の影響はまだ少ないかもしれないけど、この先は違う世界になる。
「事実ですらない。だって、すでに未来は変わっている。あのプライドの高いジェイドが、彼女に恋に落ちると思いますか? 私の知っているのは恋物語ですよ」
「え?」
鳩が豆鉄砲をくらったように驚くアイオ様が可愛い。そのよう様子につい、くすっと笑ってしまう。
私の笑いに釣られたのか、アイオ様も笑みがこぼれた。
「そっか。ジェイド君も僕も、彼女の語る未来の行動をするとは思えないね」
アイオ様は肩の荷が下りたようにほっとした表情で、息を吐きだす。
戸惑いつつ、それでも私に向き直ったアイオ様は、少し、私が知っている顔に似ていた。
何らかの決意を灯した表情。
できれば、ジェイドもこういう表情をして欲しかった。
「僕は……貴方を信用しきれない」
「そう、ですか」
決意表明には驚いた。
それでも、取り繕い、何でもないように装う。
推しにはっきりと拒否されると結構ショックを受ける。悲しいとも思う。
ただ、わからないわけではない。
ノアに対し、不信。
同じ存在である私へも信じられないというのもわかる。
ルヴィニ達と違い、その未来を知る者への嫌悪も理解できる。
「僕が君と一緒に脱出しないと言ったらどうする?」
「……それが、アイオ様の選択であるなら尊重します」
ルヴィニ達に任された立場ではあるけど、ここに留まり、何かをなす。
考えがあると言うなら、無理矢理連れ出すことはできない。
真剣な表情で彼を見ると、ぐしゃっと前髪を掴んで、目を瞑っている。
ゲームでも見たことのある仕草だけど、この頃から癖だったのか。
悩まし気に眉間に皺が寄っているのが、ゲームだと色っぽいのだけど。今はまだ幼さが勝ってしまう。
「アイオ」
「はい?」
「アイオって呼んでよ。……それから、嘘だから」
「はい?」
「脱出はする。ちゃんと、貴方の指示に従うから」
私が首を傾げると、少し困ったように視線を反らす。
答えを待っていると、絞り出すように「試した、ごめん」と謝られた。
「どういうことですか?」
「貴方を信用できないのは本当。だから、もし僕が行かないといったらどうするのか、試した」
私が軽く眉を動かして、不思議そうにしていると、アイオ様が続けた。
「でも、貴方はそう受け止めなかった。僕に何か考えがあると思ったんでしょ? ごめんね。考え無しは僕だった……このままここにいることは出来ない。助けてほしい」
考えがあったわけではないらしい。
それでも真剣な表情でいう彼に頷きを返す。
信頼がないのであれば、仕方がないのかもしれない。
「わかりました。明日の深夜、窓開けておいてくれます?」
「わかったよ」
会話が続かなくなってしまい、互いに部屋に戻った。
アイオと呼んでほしいというなら、そうしたいけど……心の中は様付けでもいいだろうか。
どうも、今までの呼び方を変えるのも、なんとなく悲しみがある。
翌日も、アイオ様が顔を出すことは無かった。
深夜となり、杖が手元に来るように念じる。
瞬間、私の手元が光り、杖が現れた。ぎゅっと握るとひやりと冷たい。
少しだけ手放していただけなのに、ずっしりと重い気がするのは、覚悟が足りないからだろうか。
アイオ様が私を信じられず、冷たい態度を取ったとしても――ルヴィニ達の元へいかないといけない。
ゆっくりと杖に魔力を流していく。部屋のせいで、魔力を伝えにくいのをねじ伏せるように大量に注ぐ。
「神獣召喚、オリオン!」
「きゅ~!!」
神獣オリオン。麒麟モデルの神獣だけど、成体の馬並みに大きい。窓は大きいため、出入りは問題がない。
現れたオリオンが嬉しそうに頭を摺り寄せてきたオリオンを撫でる。
すごく久しぶりだ。
なんだかんだと人に見られる懸念もあり、召喚する機会もなかった。
少し撫でた後、私が言う前にオリオンが膝を折って伏せてくれたので、背中に跨る。
「オリオン。もう一人乗せたいんだけど、大丈夫?」
「きゅきゅ?」
オリオンがぐぐんと一回り大きくなった。
どうやら、サイズを自由に変えられるらしい。サラブレット並みの大きさになってしまった。
「あ、ありがとう。飛んだまま、隣の部屋に」
ちょっと驚きつつ、オリオンに指示をすると、窓から出てアイオ様の部屋へと向かう。
「え? あ、あの?」
私がオリオンに乗ったまま、窓から入る。
アイオ様は驚いて挙動不審になっている。
「こんばんは」
「えっ……うん、こんばんは」
戸惑いつつも、オリオンがふんふんとアイオ様の匂いを嗅いでいる。
アイオ様も慣れてきたのか、オリオンを受け入れ、頭を撫でている。
「乗ってください。脱出します……バレないうちに」
私の言葉にこくりと頷き、さっと素早く、後ろに飛び乗った。
「オリオン。町の外までは空を」
「きゅきゅ~」
窓からそのまま脱出して、空を駆ける。
冷たい夜の風を下から感じ、視線を送る。
こんな夜に松明を持って立つ人物――距離があるけど、互いの視線があった。
「また……会いましょう」
そう、呟くとオリオンを押し出すように暖かな風が吹き、一気に夜の街を超えた。
「うわっ……こわっ」
「え? ちょっと、落ちないよね」
「だ、大丈夫。ただ、空飛ぶって結構怖いなって」
追い風を吹かせてくれたスマラ殿下に感謝しつつも、そのスピードは予想外でかなり怖かった。
オリオンは気にせずに駆けているけど、それでもかなりのスピードだった。
「きゅ~?」
「オリオン、大丈夫。逃げないとだから、一気にお願い」
私の不安を察し、心配そうなオリオンの鳴き声に指示を出すと、ぐんっと風に乗って夜の空を駈けていく。
「ふぅ……脱出成功」
「えっと、すごいね? この子、えっと……」
「オリオンです。人目があるところで、この子に乗るのは難しいので、夜のうちに移動しますけど……どうします?」
脱出は成功した。
空から地面に降り立つ。空を駆けるときはオリオンだけでなく、私も魔力を消費する。
追っ手が来ていないことも確認したため、アイオに問う。
ここから先、一緒に行動するのか。否か。
オリオンがゆっくりと歩く。
アイオ様は戸惑っているのが背中越しからもわかる。
「あ、えっと……僕も連れて行ってくれる? 合流するんだよね」
「はい。じゃあ、一緒にいきましょう」
しばらく悩んだ後、供に行くと口にしたアイオ様に明るく返事をした。オリオンの首を軽くたたいて、指示をだす。
「きゅ~!!」
オリオンが返事をして、また、スピードを上げていく。
目指すは、シャーナンの町。そして、そこから海へと出て……神器を入手するために。




