3.出会い
神様との交渉を終え、風の大陸に放り出されて6日目。
与えられた能力を試して、使い勝手を調べるなど、順調だった。
そう。ここまでは、何事もなかった。
しかし。
いきなり、ピンチを迎えた。
唐突に現れた謎の男に押し倒され、動けないように押さえつけられ、マウントを取られている。
焦ってじたばたと藻掻くけど、全く効果がない。
恐怖に涙が滲んでくるけど、相手は意に介していない。
「ねぇ、君は何者?」
「いっ……たぁ……?」
何者とはどういう意味だ。頭が混乱して理解できない。
急展開すぎる!
今、何が起きたのか、わからなかった!
私の腹の当りに跨るフード付きのマントを身に着けている男。
フードのせいで、しっかりと顔は確認できていない。
菫色の癖のありそうな髪の毛と、赤い瞳の色。
口の端を上げて意味深に笑っていることだけは見えた。
恐怖で喉が引きつり、声を上げることもできない。
ばくばくと耳に聞こえるような錯覚するほどに動悸が激しくなっている。
「くっ」
人の上に乗って刃物を突き付けているくせに、何事も無いことのように笑っていることが逆に恐怖を煽ってくる。
いつの間にか、自分でもわからないほど息が弾み始め、汗がだらだらと流れ出ている。
やばい人に捕まってしまった感が強い。
じたばたと抵抗はしてみたけど、疲れるだけで何の効果もない。
「ねぇ、答えてよ」
「あ、あの、と、とりあえず、退いていただけません、でしょうかっ?」
再度の問いに、目元に涙が滲みそうになりながら、退いてほしいと願った。
恐怖で少しどもってしまった。
次は気を付けて、虚勢であっても、平静を装おう。
すぐに食べられてしまいそうな雰囲気にのまれてしまう。
ここは近くには何もない草原。
街道からも外れ、人はほとんど通らない。
地図で確認して、少しだけ穢れがでている場所だった。
穢れ――これは放置すれば魔獣が発生し、悪化すると大陸ごと沈んでしまう。
こまめに浄化する必要がある。
ただ、周囲を簡単に調べてみたけど、特に、不審な点は見当たらなかった。
仕方ないので、浄化作業をしていた。
そんな時に馬に乗った人がこちらに近づいてきた。
他の人からは何をやっているかはわからないだろう。
それでも、一応、警戒しておこうと決めた。
作業を止めて、通り道の邪魔をしないように脇にそれた。――はずだった。
急に、目の前が暗くなったと思ったら、地面に縫いとめられるように押し倒されていた。
頭を打つことはなかったけど、腰は打ち、その痛みに声を上げるよりも早く、目の前の恐怖に慄いた。
これが、ここまでの流れだ。
馬が近くで草を食み始めている。
その様子がのどかで、この状況に諦めが生じ、思考が戻り始めた。
しっかりと体が抑え込まれていることもだけど、この人は戦い慣れている。
男女で体格が違っていても、足や腕を使って抵抗すれば、多少は動揺したり、動けるようになるのが普通だ。
それが出来ないくらいに、完ぺきに抑え込まれている。
「質問には答えてくれないのかな?」
私の顔の目の前に、相手が顔を近づける。美形だ。
やや垂れ目気味で、優しげ・穏やかに見えそうな目元に、口角が上がっていて、ふわっとした柔らかい印象を持ちそうな顔。
左耳には大きな涙型の青い宝石がついたピアスをしているのが印象的だ。
彼の顔に覚えはない。
私が知っているゲームの登場人物ではないことはわかる。
だけど。
確かに優しく微笑んでいるのに、冷や汗が止まらない。
私をじっくりと値踏みしている視線に、ぞくりと寒気を感じる。
怖い。
ここで何もできずに死ぬわけにはいかない。
助けはない。自分の力で、彼から逃れる必要がある。
一度、目を瞑って、乱れていた呼吸を整える。
「きみが最近、頻出している穢れを撒き散らす存在ということでいいかな?」
「は? ちがう! 私は穢れを浄化するためにここにいる!」
私の言葉に、男の目が少し大きくなった。
こちらをじっと見つめる瞳が先ほどより少し柔らかくなった気がする。
「そう……それを証明できる? 君が何者であるかも」
「質問の意図がわかりません。名前を聞かれたのならば、答えます。でも、何者と聞かれても答えようがありません」
私の言葉に「ふふっ」と笑う。
この状況を楽しんでいる。
「そうだねぇ。じゃあ、質問を変えるよ。ここで何をしていたの?」
「……浄化を。使命を果たすための事前準備を、していました」
「あははっ、この状況で面白いことを言うね」
私の返答に、男はぴくりと反応した。
馬鹿なことをと思った反応ではない。
私の返答を面白いという……まるで真実であることがわかっているかのようだった。
その反応に、相手も何かを知っていて、この地に来たのではないかと疑惑が生じる。
ここは普通の旅人であれば、通ることのない道なき場所。
先程の穢れを撒き散らす存在がいるという。
それを追って、ここにいるということだ。
馬も連れずに、一人でいるのが怪しい……それは、理屈はわかる。納得は出来ない。
出会い頭に襲われる理由。
この人は、戦える人だ。たまたま通りがかったわけじゃない。
ごくりと唾を飲み込んでから覚悟決める。
危険はあるけど、交渉を持ってみるのはいいかもしれない。
「退いていただけますか? この体勢は話しにくい。話をするなら、お互いに姿勢を正した方が有益になるのでは?」
内心の焦りを悟らせないように、冷静、ゆっくりと相手に伝わるように言葉を紡ぐ。
少し考える素振りをした後に、「いいよ」と言って、私から退いた。
近くの岩に足を組んで優雅に腰かけた男性は、真っ赤なルビーのような瞳でこちらを見つめにっこりと楽しそうに笑った。
改めて、全身を確認する。
フードで見えなかった男の服装は、黒を基調に深紫と金装飾をした和装。
片方の袖を落として、むき出しになっている腕に重厚で豪奢な金のブレスレット。
「あっ」
少しデザインは違うけど、この服装を私は知っている。
アイオ様が水の神子の従者だった回想で、身に付けていた服装に酷似している。
こうなると、こちらも彼との接し方に困る。
私の目的のために、水の神子の関係者の可能性がある彼を敵に回すわけにはいかない。
少なくとも、彼に殺されず、疑われずに、この場を切り抜けないといけなくなった。
「使命ね? それ、教えてくれない?」
「……」
無言で、首を振る。
使命。
それを語ったところで、理解は出来ないだろう。
いや、私の頭が可笑しいと思われて終わるだけかもしれない。
「話さないと、どうしていいか判断がつかなくてね。困るんだよね」
「そう、ですね。私としてもお聞きしたいことがあります。どうでしょう、お互いに聞きたいことを聞くというのは?」
「さっき、答えなかったよね?」
「答えられる質問には答えます。質問者を交互に行い、互いの疑問を解消するのはどうでしょうか?」
「3回。答えを拒否したら、その時点で答える気がないと判断し、打ち切るよ」
「わかりました」
とりあえず、少し興味を引けたようで、交渉は成立した。
3回。これは互いに情報を得ることと、信用が出来るのかを試す場でもある。
「じゃあ、初めから行こうか。君の言う使命は?」
「……この世界を救うことです」
私はこの世界に降り立った最終的な目的。
悲運の死を遂げることになる推しを救い、世界を救う。
この世界は、乙女ゲーム「救世の神子と闇の姫」。
滅びゆく世界を救う神子と闇属性の主人公が織りなす乙女ゲ―の舞台に類似した世界。
全く同じ世界ではない。
舞台となった世界ではあるけれど、私ともう一人の転生した人の影響を受けて、ズレていく。
すでに先に転生した人により、同一の世界ではないとこの世界の神から聞いている。
目の前の男は、水の神子様の関係者だろう。
この出会いが吉とでるのか、凶とでるのか。
顔を上げると、視線が合う。
赤い瞳が炎のように揺らめいたように感じ、一歩下がる。
私の様子に目を細めた男は、まるで獲物を見つけた肉食獣のように口に弧を描いた。




