18.カライス(2)
移動の休憩中に、改めてカライスちゃんに、私が水の神子様が暗殺される未来を改変したいことを伝えた。
さらに、神子様の暗殺後に、ルヴィニも死んでいる可能性があること。
風の国がめちゃくちゃとなり、滅びの道へと進むこと。
伝えるたびに、カライスちゃんの表情が青ざめていく。
「嘘」と何度も否定するが、その度にルヴィニが訂正する。
少なくとも、そういう未来の可能性はあると、私を信じてルヴィニは補足してくれた。
「風の大陸も滅びる? そんなことがあり得るはず……だって、風の神殿では、水の神子様がいるせいで、力を阻害され、大陸に影響が出てるって……いなければ……」
「魔力が強い人がいると土地の魔力に影響を与えてしまう。各国に別れて神子がいるのは距離を取って、均衡を保つためだから間違ってはない。でも、それは一面に過ぎない。在位が長くなって力が衰えはじめた風の神子様を支えているのは水の神子様だよ」
いやいやと首を振って否定しているのは、認めれば、神殿と姉を否定することになってしまうからだろう。
カライスちゃんは見習い神官で、風の神殿にて学ぶこともあり、都合のいい情報のみを植え付けられているようだ。
「お姉ちゃんだって……」
「別に、神殿を信じたいならそれでいいって昨夜も言ったよ。自分でものを考えることも出来ないなら、姉の足元にも及ばない。邪魔なだけだからね」
ルヴィニが教えてくれた襲撃内容。
神子様の護衛の半数付けていたのに全滅。大幅な戦力ダウンでもある。
少数精鋭で動くことも難しくなり、子どもであるカライスちゃんとアイオ様すら、残しておけずに連れている状態。
カライスちゃんとルヴィニ、どちらが正しいかということではない。
ルヴィニは本心を隠して、笑ったり怒ったりが多い。
頭のキレもいいから、それすらも計算しているような気がしてくる。
それでも、カライスちゃんを支えてあげないと、判断能力が低下している。
後悔しながら生きる未来を知っているから支えたい。
「お姉ちゃんが嫌いだからって!」
「そうだね、嫌いだよ」
「もういいっ!」
怒って、その場から去ってしまったカライスちゃん。
ジト目でルヴィニを見ると、くいっと顎でカライスちゃんの方に視線を送った。
追いかけろということのようだ。
「警戒はしてね」
後ろからぼそっと呟かれた言葉に、大きく頷いてカライスちゃんを追う。
油断するなということは、何かあるのかな。周囲を見ても何も無い草原。
ただ、草が長くて、背の低い獣とかが近付いてきても見つけられないかもしれない。
警戒のために、すぐに杖を取り出せるようにしておこう。
「カライスちゃん」
向かった先の茂みの影、そこで蹲って泣いているカライスちゃんの横に座る。
そのまま、泣き続けるカライスちゃんの側で、落ち着くのを待つ。
「……っ、お姉ちゃんは、ずっと頑張ってたの! ずっと……でも、水の民だった人達はっどんどん、お姉ちゃんも……神子様も、見限っていって……もうっ……風の民になったって、わざわざ言いに来るし……」
「うん……」
大陸が沈み、かつて水の民だった人達はすでに新しい生活をしている。
水の民だと名乗らず、各地の民だと自称するのは、生活のためには溶け込むために必要になる。
そこら辺は、火の民がいない中で、火の民を名乗るルヴィニが一番わかるのだろう。
「……ルヴィニ様っ……お姉ちゃんはいつも意見が対立してた……っ……だって、神子様が大事でっ……他は全て切り捨てるっ……言い方ばかり……ずっと、なんで意地悪ばかり言うんだって……抗議してもっ……わからないのは子どもだからだって……」
カライスちゃんは、ゲームでは17歳。今はまだ、12歳だろう。
多少、大人びた言い方をすることもあるけど、まだまだ子供だ。
「……お姉ちゃん……っ……見殺しにしたっ……」
「それはないと思うよ。行く必要はなかったけど、お姉さんは責任感が強くて、二人が止めたけど向かったって聞いたよ?」
「ひっく……参加しなければっ……水の印象がさらに悪くなる! ……ずっと……人が近寄らない、田舎に……引きこもって……役目っ……果たさな……って……だから、お姉ちゃんがっ!」
カライスちゃんの感情とともに魔力が昂ったのか、空気が重くなったように感じる。
泣きながら、必死に訴える。彼女の中では水の神子様がちゃんと役目をはたしていればよかったと考えている。
サフィラとルヴィニの様子を見ると、そう思われてでも、力を削ぎ続ける判断を選んだ神子様は不屈の精神だと思う。
10年以上も自分を貶め続けるなんて、私には出来ない。
「ほんとにっ……力ないって……馬鹿にされて……あんな神子に仕えるなんてって……でも、お姉ちゃんはずっと頑張ってたの! なのにっ! なのにっ!! 力があるならもっと早く示せばいいのにっ!!」
「うん……私は水の神子様本人を知らない。会ったことも無い。……でも、水の国が滅んでからずっと、力を抑えて、風から水の魔力に置き換わらないように我慢して、民が生きるために、馬鹿にされても無力な神子で居続けた方だよ」
私がゆっくりと言葉にすると、カライスちゃんの動きが止まる。
わなわなと唇を震わせたあと、ぎゅっと唇を噛んで、拳を握りしめた。
「幼い頃から、ずっと。神子として生きるしかなかったのに、滅んだ国の神子となった後も、民のことだけを考え、自分の民で無くなっても慈しんでる方だよ」
私から見えている水の神子様像を伝えると、カライスちゃんの涙腺は崩壊した。
耐えきれず号泣しながら、抱き着いてきたカライスちゃんを抱き留める。
私の胸に顔を埋めて、泣いているカライスちゃんの背中を撫でる。
「……知ってます。ほんとに、優しくて、でもずっと……苦しんでる。本当は自由に振舞いたくても、出来ないことも……ルヴィニ様は、少しでも寄り添うために、あえて嫌われ役すら熟して……魔力持ちなのに、外部に出せないなんて、屈辱的なことを公開しても、無能なふりしてるの……」
少し落ち着いて、顔を上げたカライスちゃんは、ちゃんと神子様のことも、ルヴィニのことも理解していた。
ただ、行き場のない感情を持て余していただけだった。
もう少し、心が整理出来たら戻ろう。
そう思った瞬間。
がさっと、嫌な音がした。
視線の先には、大きな犬……狼かもしれない。
群れのリーダー格っぽい、一際大きな狼が興奮しているのが遠目にもわかった。
「まずい! カライスちゃん、逃げて! ルヴィニ呼んできて!!」
抱き着いてるカライスちゃんの肩を叩いて、立ち上がる。
「え?」
「早く!!」
カライスちゃんがそのまま走っていく間に、リーダーの周りにいた狼たちが散って向かってきている。
視線をちらちらと横にむけると、囲まれてる。
カライスちゃんを追っていないことを確認して、聖杖を握り、汗で滑らないようにぎゅっと力を込めたまま、魔力を込める。
やるしかない。




