10.イーハンの町(2)
買い物をするなら店を案内するというサフィロスさんに、服屋を探していると伝える。
「服? それなら、良い店を知っている」
案内してくれるサフィロスさんは、この町のことや、目に入る店についても説明をしている。
ガイドをしつつ、彼自身も楽しそうだ。
だけど、歩きながらも振り返る男性もいるくらいに笑顔が可愛い。
私だけでなく皆が女性だと見紛えている。
「え? ここ? ちょっとまって」
案内された店は、店の外側すら、豪奢な装飾が施されていて、店内に入るのを戸惑う高級店だ。
出迎えるスタッフを気にせず、すいすいと入って言ったサフィロスさん。
「こっちだ」と呼ばれ、お腹に力込めて店に入る。
しかし――値段を見て、ぎょっとする。
手持ちの金額に0を一個足しても、全然足りない。たらりと汗が流れる。
「どんな服が良いんだ?」
「え、いや……目立たない、汚れても問題ない服なんだけど……」
「う~ん。この店では売って無さそうだな」
こくこくと頷くと、店主もゆっくりと頷いた。流石に、場違いだと思う。
店主さんと目が合ってしまい、気まずい雰囲気が流れる。
「じゃあ、仕方ないな。少し待っててくれ」
店主と話を始めたサフィロスさんと距離をとって、店の品を眺める。
よく見ると、中華風のアクセサリーに混じって、和風の物もある。
生地とかも、一部は和柄。
ただ、仕立てた服は全て中華風になっていた。
もしかして、かつては水の民だったのだろうか。
「すまんな、待たせた」
「いえ」
サフィロスさんは店主に詫びつつ、いくつか高そうな生地を購入していた。
当然のように宿に届けてもらう辺り、セレブだなと思う。
嫌味でなく、自然体でお金持ちのそれだ。
箸より重い物を持ったことが無いと言われても納得する。見た目は美少女だしね。
「すみませんでした……その、紹介してもらったのに。ただ、旅をしているので汚れても構わない服が欲しくて」
「そうか、残念だな。その服はとても似合っている」
「あ、ありがとうございます」
ナチュラルに褒められて照れてしまう。ただ、男性に褒められた気がしない。
女性的な仕草をしているわけではないけど。
上品で落ち着いた仕草が、男でも女でもなく、高貴な人という感じだ。
「久しぶりにそんな服を見れたから嬉しかったんだ」
「え?」
「もう、水の民族衣装を着ている者なんていないからな」
懐かしそうに眼を細めて、私の服を見ている。
確かに、風の国に保護された水の民は多かったと記憶してるけど、町では全くいない。
「ルヴィニも似たような服装では?」
「あいつはな。いや、女性だから嬉しいんだ。しなやかに見えて、うなじとか色っぽいだろ? 野郎の服はどうでもいい」
ああ、そういう思考は男の人だ。ただ、ちょっと誤魔化していると思う。
ルヴィニと違って、水の民そのものであるサフィロスさんは、より思い入れがあるのだろう。
多分、同僚であるルヴィニとかくらいしか、和服を着ていないとかかな。
最初から好意的な理由は、服装のせいだったらしい。
「まあ、珍しいからこそ、大事な時に着るってのもわかるからな。動きやすい服、プレゼントしようか?」
「え? いや、そこまでしてもらうわけには」
「友達だろう?」
いや、ルヴィニの知り合いであって、ルヴィニとサフィロスさんが友達でも、私とサフィロスさんが友達ではない。
初対面で、いきなり男性に服を買ってもらうとかあり得ない。
「どうした? 私に何か付いてるか?」
「美しいご尊顔がついてます」
「そうか。たっぷりと見るといい」
「いや、顔近づけないでください」
「つれないな」
この人は自分の顔にも自覚があるタイプか。
男っぽい仕草をしないのも自分の外見がわかっていてやってるっぽいな。
「色とか、希望あるか?」
「いや、流石にそんな高価な物はもらえないです」
「友達ならいいだろう?」
「友達だから、ダメなんだよ。お金の価値観が違うから、私がもらうばかりになると思う。それって、対等でないというか、友達って対等なものだから」
いや、今日出会ったばかりで友達かどうかも曖昧ではあるけれど。
それでも、貰うばかりの関係は駄目だと思う。
敬語から、親し気に話しかけると、嬉しそうに微笑む。うん、何ていうか罪作りな笑顔だった。
「なるほど、そうか。わかった、それなら仕方ないな。対等でいたいもんな」
「あ、はい」
「なら、あそこで売ってる焼き串はどうだ? あれくらいならいいだろう? 一緒に食べないか?」
「う~ん。まあ、それくらないなら」
屋台の肉を串に刺した食べ物。多分、豚肉? ちらっと値段を見たら、高すぎないので、次の時に私が奢ることも出来そうな値段。
何故かすごく嬉しそうに対等であると言うので、断り辛いので頷いておく。
「えっと、友達いないの?」
「ああ。ルヴィニは友達でもあるけど、違うとこもあるというかな」
「そうなんだ?」
「ああ! だから、君と友達になれてうれしい」
本気で言ってるのがわかってしまった。
なんだろう、目がキラキラしてて、すごく可愛く見えてしまった。
「わかりました。友達ね? サフィロスさん、よろしく」
「呼び捨てでいいぞ? 敬語もいらない」
「じゃあ、サフィロス。いいの? 私、まだルヴィニに疑われてるよ?」
「ん? そうなのか?」
私とルヴィニは同行者ではある。だけど、まだ緊張感のある関係でもある。助けてくれるし、食料も分けてくれたので、好感度は互いにあるとは思う。
ただ、どちらも完全に協力関係を結べているかというと微妙。お互いに大事なことを話す関係まで至っていない。
「ふむ。ミオ。ルヴィニのことはどう思う?」
「え? 何、突然」
「きみは旅をしているんだろう? ルヴィニと旅をしてるんじゃないのか?」
「ああ、えっと……どうかな?」
旅をしているのも、ルヴィニが連れとして一緒にいることもその通りだけど。
これからも旅を一緒にするのか、何も聞いてない。
明日、待ち合わせをしただけだ。
「違うのかい?」
「多分、もう少しは一緒にいるのかな?」
「そうか。それで、きみから見たルヴィニはどんな男なんだ?」
「えっと……怖いけど、良い人ですかね。あと、変なところでツボって笑い上戸になる」
何だかんだと、心配してくれたり、庇ってくれたりと見捨てないでくれている。
魔力の使い方とか、護身術とかも教えてくれた。
ちょっとスパルタだなと思うけど、出来ないと危険なのは私だからね。
「いい人か。それは面白いな」
「貴方から見たルヴィニは?」
「性悪だな。互いに遠慮がないんでな。……幼いころからずっと側にいただけに、性格が歪んでるところも、やり過ぎるとこも知ってる。信じすぎると色々大変だぞ」
楽しそうに唇を歪めた笑いは、すごく男くさい笑い方だった。
ああ、本心だなとわかる。
今までの振る舞いは余所行きというか、対外的な振る舞いなのだろう。
ルヴィニへの感情は身内であり、素を出せる相手なんだなと感じた。
お揃いの腕輪しているし、何だろう。
男同士だけど……傍目から見ると、ルヴィニとサフィロスさんは恋人とかに見えてしまいそう。
「そうなんだ?」
「ああ。小さい頃から一緒に悪戯したり、悪さばかりしてるからな……私が負担をかけている部分もあるんだけどな」
少し沈んだ声で、ぼそりと呟いた。どうやら、何か負い目があるらしい。
「同僚なんだよね?」
「うん? ああ、まあ。だが、物心ついた時には側にいた。もう、家族と言えるのはあいつくらいだからな。だから、忠告だ。信じすぎるな……傷ついて欲しくない」
なんだろう。何かあるのかな?
それは、ルヴィニが私を傷つけることを確信しているかのような響きがあった。
「えっと……サフィロス?」
「いや、すまん。不安にさせたな」
「……忠告ありがとう。でも、私、ルヴィニと上手くやろうと思ってるよ? 認められて、水の神子様に伝えることがあるから」
「ん?」
「やるべき使命があるのは、私もルヴィニも一緒だから。協力できることもあると思うんだ。だから、大丈夫」
サフィロスの言葉を鵜呑みするわけじゃないけれど、多分。ルヴィニにもサフィロスにも何かあるんだろう。
具体的に話を出来ないけど、忠告をしてくれた。
「色々やるべきことがあるから、サフィロスと会う機会はないかもだけど。次会えたら、また遊ぼう」
「ああ、それでいい。ルヴィニと行動してれば、会えるだろうしな」
サフィロスはそろそろ時間だといって、私の方に向き直る。
「楽しかった。だから、頼みがある」
「うん?」
「もし……私がこの格好でなく、君の前に現れたときは何も知らないふりをしてほしい」
「知らないふり?」
「公的な立場では私は君の味方になれない。だから、声をかけないでくれ」
少し悩んだあと、能面ではないけれど……感情を押し殺したように淡々と告げられた言葉。
じっとこちらを観察するような瞳は、熱がない。氷のように冷めた青色が私を見つめている。
「……うん、わかった」
「すまない」
わずかに頭を下げたサフィロスは、まだ、こちらを見定める冷酷な瞳だ。
「その恰好のときは声かけてもいい?」
「ああ! それじゃあ、またな」
「うん、またね」
サフィロスは、先ほどの顔から一転して、振り返ってぶんぶんと手を振るので、私も手を振って挨拶を返すと嬉しそうに笑って去っていった。
子どもの様に振舞うこともあれば、冷静に冷酷に、見定めるような瞳をする。真意が読みにくい。
多分、私に対して敵意はないこと。ただ、それが全てでない。味方になれないこともある。
次に会う時、敵でないといいな。




