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攻略対象外の推しを救うため、世界を改変することにした  作者: 白露 鶺鴒
第一部 水の神子 暗殺阻止   第一章 風の大陸 出会いと陰謀の幕開け

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1.神との邂逅

『ああ……僕の負けか

 でも、僕の……目指したものが負けたわけじゃない

 悲劇が……繰り返されないため……無駄にならないことを祈るよ……』

『勝手なことを言わないでよ! あなたのせいで! 世界は混乱しているのよ!』

『羨ましいよ……何も、知らないくせに……

 他人を貶め、正義を振りかざす君達が……

 ……ああ……こんなのに世界の命運を託すのか……

 …………様……ぼく、も……いま、そちらに…………』


 画面に表示される推しの死に、唇を噛む。それでも、ボタンを押す手は止めない。

 主人公の言動に少しイラつきつつも、イベントを進める。


「はぁ……ストーリー上、必要なのは理解してるけど。アイオ様が正しいからもどかしい」


 滅びゆく世界を救うための物語。

 

 推しは亡き主、死んでいった仲間、主が望んだ世界を残すために奔走していた。

 でも、彼の成し遂げた偉業と存在意義――全てが奪われる。彼が幸せに生きる世界はない。


 ゲームのイベントが終わり、セーブをして、ゲーム機をスタンバイ状態にして鞄にしまう。

 明日は公式イベントがある。SNSで交流していた人とか、何人かと直接会う約束をしている。そのために、現在、夜行バスで都心へ向かっている。


「そろそろ、寝ようかな」


 カーテンで仕切られている座席の明かりを消して、瞳を閉じた。


 微睡み始めた瞬間、キキーーッというブレーキ音が痛いほどに大きく響く。

 音に驚くよりも早く、ふわっと自分の体が浮いた。


 ドゴーーーーン!!


 体が壁に叩きつけられた。

 息が出来ないほどの激しい痛み。自分の目にかかる液体の感触に手を当てるとぬるりとした赤。

 これは血? こんなにべったり? 

痛い。息ができない。



死ぬ、のかな?


「あっ……い、…………」


 痛みとぐらぐらと揺れる視界。何が起きたかを確認することも出来ず、視界が暗転した。




 目を開けると、不思議な空間にいた。


 遠くからでもわかる、細く長い建物が輝いている。

 遥か上、空まで一直線に続いている光。そこだけが明るく光り、他は真っ暗闇。


 不思議な光景に戸惑う。

 それでも、暗闇に向かって歩く勇気はない。光る建物の方向へと向かい歩き始める。


 光る建物の中心には、光る玉と、大きな本。


 大きな本のタイトルは〈救世の神子と闇の姫〉。


 先程までプレイしていたゲームのタイトル。引き寄せられるように近づくと、突然、光の玉が輝き、人型に変化する。


「え?」


 驚いて目をこする。

 目の前には初老の男性が立っていた。


「どういう状況?」

「うむ。吾はこの本のタイトルの世界を司る神じゃ。すまぬが、そなたに頼みがある。この世界を救ってくれぬか?」


 いや、何が起こった!?

 呆然と、神を名乗る目の前の人物を見る。


 意味がわからない。あの世界の神? いや、そうだとしても私の目の前に現れる理由がわからない。


 さっきの手に付いたぬるっとした感触は? 痛みは?

 何が起きている?


「聞いておるのか? もう一度言うぞ。この世界を救ってくれぬか? 吾の願いが叶えば、そなたの願いも叶えよう」


 威厳のある声が少し咎めるような口調。目の前にいる神は確かに神々しく輝いている。


 大きく息を吸って、吐く。

 落ち着こう。まず、この人が神だという。そこはいい。否定するには、妙にリアルすぎる。


 息を整え、もう一度、内容をかみ砕いて考えてみる。


「無理です」


 無理無理と手を振って否定する。どう考えても無理。

 散々やり込んだゲームだからこそ、この世界を救う方法が思いつかない。


「即答じゃな」

「当然でしょう」


 イージーモードを除き、攻略対象すら成長できなかったとき、世界の犠牲になるように設計されるほど難易度が高いゲームだ。


「無理かのう?」

「不可能でしょう。世界を救うということは、トゥルーエンドですよね? それがどれだけ難しいか」


 ハード以上は攻略ガチ勢じゃないとあのゲームをトゥルーエンドまで持っていけない。


「わかっておる。遊戯が始まる時点でほぼ詰んでいるから、無理という判断じゃろう? 吾も同じ見解じゃ。そのために、其方でないとならん理由がある」

「どういうことでしょう?」

「トゥルーエンドと呼ばれるエンディングを迎える条件を知る者でないと世界は救えない。これが最低条件となる」

「無理っ! 絶対、詰んでる!」


 あの世界は、神子と呼ばれる存在が大陸に魔力を送り続けることで成り立つ。神子が死ねば、大陸への魔力供給が途切れ、滅びる。攻略対象が神子になるまで成長させることが出来ればいいが、厳しい。

 ジト目で自称神を見るが、ごほんと咳払いをして誤魔化された。


「吾には世界を救うためには、お主のような攻略対象者なぞ、どうでもいいと考える者の方が都合が良いのじゃ」

「それは……」


 攻略対象外である闇の神子、アイオ様。それが私の推しだ。

 彼を追いかけて、数百時間をかけて、全難易度、全イベント、全台詞を網羅した。


 逆に、攻略対象は育たないと死ぬのは承知で、どうでもいい自覚もある。彼らはルートによって救いがあるのだから。


「其方は闇の神子に異常なほどの愛を注ぐ者じゃ。あやつが救われる世界を望むと考え、打診をしておるのじゃ」

「アイオ様の生存ルートっ!?」


 思わず上擦った声を上げてしまった。

 ごくりと生唾を飲み込む。


 彼の功績は主人公に奪われ、汚名だけが残り、死後も人々から恨まれる。そんな彼の人生を変えられるなら――変えたい。


 だけど。


「彼が救われる道は、大きく世界が変わります。神であるあなたがそれを望むということですか? 彼を救う代償に、攻略対象者達が死ぬ可能性もあります」

「吾の望みは世界が救われることのみである。世界が、大陸が無くなれば全て死に絶える。ならば、少数の死をもって、多数を救うのは当然のことじゃ」


 神の発言は、重くのしかかった。

 全ての人を救うことが出来ないことを確信している。そこには感情が見えない。

 犠牲になる人が変わろうと、世界が全てだ。


「世界を救うために其方を選んだ理由は理解できたかのう?」

「……それでも、私がそこまでする理由はないです。特に叶えて欲しい望みもありません」


 アイオ様の生存の可能性に少し緩んでいた頬を戻し、ぎゅっと眉間に力を込めて、冷静な顔を作り直す。


 魅力的な話ではあるけれど。世界を救って、願いを叶えてもらうというのは現実的じゃない。


「其方は何故ここに来たのか、わかるか? 瀕死であり、体から魂が抜き出ている状態だったから呼べたのじゃ」

「は?」


 神がさっと手を払う仕草をすると、目の前に映し出されたのは、病院の入口。

 

 何人もの人が病院に運び込まれ、周囲も騒がしい。その中に私がいた。

 どうやら、乗っていたバスが事故。


 自分が死にかけているという映像が目の前に流れる。

 現実に起きているとは感じられない。私は生きてる? 

魂が抜けてるって死んでる? どっち?


かたかたと震え出す身体が止まらない。


「まだ、生きておるのじゃ」

「……生きてる?」

「辛うじて、じゃな」


 さらに先には集中治療室にいる私の姿。いつ、心肺停止するかもわからないような状況。わずかに心電図が反応しているだけで、そこに現実味がない。


 重症という割には、今の私は体の痛みとかは感じない。

 ただ、あの姿を見てから、酷く喉が渇いてきたように感じる。


「生き、かえること、は?」


 自分の出した声が掠れ、か細くなっている。


「吾の願いを叶えてくれるのであれば、其方の願いも叶えよう」


 等価交換。望みを叶えれば、奇跡を起こしてくれる。

 自分が生き返るには、あの世界を救う。それしか――ない。やらなきゃ、駄目だ。



「…………条件を」


 契約条件は大事。

 異世界に放り出されて、やるべきことを成せと言われたところで、その手段が無かったら何もできない。


 世界を救う。失敗すれば、自分も死ぬ。

 本気で取り組む。失敗は絶対に出来ない。生きるために……。


「吾の希望は、世界を救うこと。お主に与える機会は3回じゃ。お主がなにを成すか、お主が決めてよい。そのミッションの結果が確定した瞬間、ここに戻される」

「3回。……その機会で世界が救われなかった場合は?」

「……お主は奇跡が起きないまま、自分の世界に変えることになるのじゃ」


 神の声は無機質で感情が感じられない。

 指先が冷えていくのを感じる。救えなければ、自分は何も出来ずに死ぬ。


 いや、本当はすでに死んでいるかもしれない。だって、魂は抜けていた……神の考えは世界が救われないなら、意味がないのだから。


 何も成せない私には、価値がない?


「あまり思い定めずともよい。お主が定めたミッションが成功できずとも、結果的には邪龍が滅びるのであれば、願いを叶えよう」


 ゲームの世界のラスボス、邪龍を滅ぼす。

 バタフライ効果により、予期せぬ変化が起きた場合の結果も考慮される。難しい条件ではあるけれど――チャンスは3回ある。不可能ではない。


「わかりました」


 落ち着かない気持ちを静めるように、一度目を瞑って、息を吐いた。

 助かる道は一つ。あの世界を救うこと。


「流石に生身で救うのは難しいと思いますが、何か能力もらえますか?」


 何も能力を持たずに、知識だけで世界を変えることなど出来るはずがない。

 ここで、少しでも可能性を上げておきたい。奥歯を噛みしめるように、神を見つめる。


「うむ。お主の望む能力を3つ与える。しかし、其方の体は死にかけていて使えぬ」

「えっと、誰かの体を乗っ取るとか?」


 現実世界で、機械に繋がれて延命処置をしているのに、異世界に体を持っていけるわけがない。

 よくある『気付いたら登場人物に転生していた』みたいになるのだろうかと思ったけど、神はゆっくりと首を横に振った。


「否。其方には吾が新しい体を用意するが、一般人。すでに死んだ者を成長させた体じゃな。体と心が異なるため、能力を与えてもその体で発揮できるかはわからない」

「は? 使えないなら意味はないのでは?」

「故に、この杖に能力を込めて渡すのじゃ」


 能力を渡しても使えないのは、意味がない。

 与える特殊能力を杖に能力を付与するというのは合理的ではある。


「ちなみに、体が馴染めば貰える能力とは別に、新たな能力を発揮できるようになりますか?」

「お主自身の努力にもよるが個人の資質に合わせて覚えるのじゃ。遊戯のように選ぶことは出来ぬぞ」


 個人の資質か。

 失敗できない世界で、あっちなら運動神経良くなるかも、なんて淡い期待は出来ない。堅実に、発揮できる能力が必要。


「杖を奪われた場合に他の人も使えますか?」

「奪われても、其方が念じれば、すぐに手元に戻るようにしておこう」


 他の人でも使えるのか。それなら、貸すことも前提にしよう。

少し考えてから、能力を決める。無理なく、私自身が活用できる3つの能力。


「ゲームのように色々な詳細が確認できる地図機能を。魔獣の出現、レベルや龍脈の穢れなどを確認できる仕様で。ついでに、可能であれば大辞典の情報もあれば便利で助かります」

「むっ。あの遊戯のシステムを付与するじゃと? お主の世界で、あのように数値化されておることがあるか?」

「いや、ないですけど……あれがあるだけで、格段に難易度が下がります」


 神がうんうんと頭を振って、悩んでいる。

 じっと神様の様子を窺いながら結論を待つ。能力は妥協できない。


「少し待つのじゃ。全てではないが、出来る範囲で当てはめよう」


 神の言葉が終わると同時に光が広がる。

 杖の周りに本が現れ、杖を中心に公転し始める。


 よくよく目を凝らして見ると本から光の文字が杖へと吸い込まれている。時折、光の文字が揺らいだりするのも見ていておもしろく、神秘的で不思議な光景だ。


「ふぅ……出来ることはしたのじゃ。これ以上は諦めよ」

「ありがとうございます」


 私の目の前に移動してきた杖を両手で持つと、杖から浮かび上がるようにゲームの地図画面が表示された。欲しかった情報は入っている。


「杖を持つ者の知っている情報しか表示されない仕様じゃ。数値は他には見えぬ」

「なるほど」

「其方の知識と現実が異なる場合は、其方が認識を改めるまで、其方の知識が優先されて表示されることには気を付けよ」


 ん? 今気になることを言った。事実と異なる場合というのはどういうこと?


「まあいいか。では、二つ目を空間転移〈テレポテーション〉で」

「……無理じゃ」


 ぴくっと自分の眉間に皺がよってしまった。

 空間転移。自分の場所と、行く場所の座標を特定できる場所に飛べる。

 距離によっては魔力が膨大で制限もあるけど、大幅な時間短縮が可能。


「なぜです?」

「その能力はすでにあげてしまったのじゃ」


 すでに、あげた? 

 だれに? なんで? 意味が分からない。


「……其方以外に、もう一人送っている」


 言いよどんだ後、一瞬、神の姿がぶれた。そして、聞き捨てならない言葉が発せられた。


 もう一人!? どういうこと?

 私だけじゃない?


「どういうことですか?」


 頭が混乱しながらも詰め寄ろうと近づこうとした。

 しかし、それより先に一歩下がって、牽制されてしまった。

 一度、息を吐いて、落ち着く。


「説明をっ」

「其方より前に一人。其方と同じように、あの世界を救うように求め、送り出した者がいるのじゃ」


 つまり? 私は後発で、すでに世界を変えようとしている人物がいる。

 その人が望み、渡した能力が空間転移。

 

便利な能力だから欲しいのはわかる。これはかなり不利になる。

私はまだ、生きていたいっ!


「確認ですが……二人で競わせて、どちらかの願いが叶うということですか?」

「結果的に救われればよい。そういうことじゃ」


 力が入っていた肩がすっと落ちる。


 どこかでホッとした。

 世界を救うのは自分だけでない。


 私がやらなくてもいい。


 顔を振って、もう一度考える。


同じ目的の人がいるなら、最初に考えていたよりも世界を救うのは楽になるはず。

 ふぅっと一度息をゆっくりと吐いてから、神に向き直る。


「吾の願いが叶えば其方の願いは叶える。じゃがな、覚えておくのじゃ。先に送った者では、世界を救うことが出来ぬと判断して、其方を送ることにした。……転生ヒロインとして転生しておる」


 もたらされた新たな爆弾に「はぁ!?」と大きな声を出して、神を二度見する。


 転生ヒロイン!?

 ゲームの仕様でもあるけど、主人公はチートだ。

本人の能力の伸びもいいけど、かつての闇の神子達の研鑽を奪うから、かなり強くなる。


「未来を知っていて? あの能力があって? 判断した?」


 救えないと判断し、私を送る? 何が起きて、そうなったのか。


 頭をひねって考えるが、理由が全く思いつかない。

 何か、重大な失敗をしているのだろうか? 神が見放すほどの、重大な失敗があったのなら――私が取るべき選択は?


「なぜ、駄目だと判断を?」

「……説明はできぬ。理がある」

「切り捨てたんですか?」

「……吾は直接干渉は出来ぬ」


 欲しい答えを貰えない。ただ、少しだけ、苦しそうな顔をしている。

何かある。


 私が失敗したらどうなるのか? すでに一人見放している。

この神は……私が駄目と判断したら、目の前にいる神はどうするのだろう。


魂だけここにいる私は、失敗すれば消えてしまうかもしれない。

何が、起きているのか――この神を信じていいのか。


同じように切り捨てるのなら――失敗が死に直結する。



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