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輝憶

作者: 青坂陽
掲載日:2025/11/12

「え…?」

かすれた声を絞り出し、振り返る。貴方といた日の私のように、前髪を整え、服についた泥を払い、笑顔で。

「いた?」

横に立つ女性が心配そうに私の顔を覗き込む。

「ううん… 違った…違ったの…」

両手を顔の前に持ってきて、子供のように泣きじゃくる。

「うっ…ひっく… なんで…」

「おかあさん、しっかりしてよ。もうちょっとだからさ。」

女性は私の手を引いて前へ進もうとする。

「いや…やめて…離してっ」

必死にあらがうが、女性は強く腕をつかんで離さない。

「お父さんもきっと、先にいるから。」

なだめるように、ふてくされた子供をあやすように女性は問う。

「でも…あの人の声が…後ろからっ、したのよ…」

そういって振り返ろうとするが、身体が重く、動かない。

全身が激痛に襲われ、視界もぼやけ始める。両の手は震えている。

「おかあさん、もう…。あとちょっとで…ほら、あの桜の木。覚えてるでしょ?」

階段の遥か先を指さして少し不安の混じった声で笑う女性。

「さ、くら…?」

何を言っているのか、分からない。思い…だせない。

「そう、さくら。覚えて…ない?」

彼女は続ける。彼女も既に息が切れており、話すので精いっぱいと言うように息をついている。

そうだ。

「私の…娘。さくらっていうのよ。もうじき4歳になるの。だから…」

そういった私の言葉を遮るように。

「おかあさん…っ、もう、いいから…!」

振り返り、私にぎゅっと抱き着いて静かに涙を流す彼女。

「なにか…悲しいことがあったのね。よし、よし。」

彼女の頭をなでる。

「もう、いいから…。大丈夫だから。」

嗚咽にむせび泣きながら、彼女は叫ぶように、悲痛に、言葉をつなぐ。

「大丈夫よ、ほら、きれいな桜の花が咲いてるよ、見てごらん。」

階段の先にある大きな桜の木を指さしてにかっと笑う。

「うん、うん…お母さん、桜の木、好きだったよね。」

彼女は泣きながら続ける。

「そうなのね、わたしも、桜の木は大好きなのよ。」

彼女の言葉に共感を示し、安心させようとする。

「そうだ、ポケットに、あめちゃんがあるわ。娘も、大好きなの。」

そういって私は左のポケットに手をいれる。

ところが、ポケットの中に肝心の飴が、ない。

かわりに、なにか紙切れのようなものが入っている。

紙を取り出して確認しようとするが、うまく手が動かず、紙切れを掴むことができない。

どうして…

手は汗ばみ、生ぬるい温度がまとわりつく。

やっとの思いでとった紙切れを見ると、そこには何か文字らしいものが書かれていたが、読み取ることができない。

「お母さん、それ…■■■■」

彼女の言葉すらも、聞き取ることができない。


_ここで、私の記憶は途切れた。

目が覚めると、目の前には私の知らない白色が広がっており、横には先ほどの女性。

赤ちゃんを抱えており、横に立つ男性が彼女の肩を支えている。

少し視線を下げると、帽子を深く被った男の子もこちらを見ている。

「おばあ、ちゃん…、だい、じょう…ぶ?」

そうやって、たどたどしく、私にしゃべりかける。

「…ふふ。」

上手く言葉が出ず、ゆっくりと微笑みかける。

後ろに立つ女性の目に涙がたまり、つーっと一筋の涙が頬を流れ、落ちた。

「さくら。」

低く、落ち着いた口調で男性が、女性の方をさすっている。

「さくら…って言うの?いい名前ね。」

彼女に問いかける。

「うん…うんっ…」

彼女は強く頷き、

「いい名前、でしょ…。」

と続ける。

「桜が見たい、季節ね…。」

そういって目を閉じる。

「あと、半年…、あと半年もあれば、桜、見れr……だから……おか……」

まどろむ中で、私は薄く目を開けて少し頷く。

もはや何を言っているのか、誰がいるのかも、分からなかった。

でも、幸せで…、本当に…、ありがとうって、どうしようもなく伝えたかった。


伝えたい相手も、分からないのが、苦しかった。

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