殺人配信から始まるプロローグ
部屋の中は、生ゴミと湿気の匂いが混ざっていた。
カーテンは閉じ切られ、狭いワンルームにLEDライトのリングだけが白く光っている。
4畳ほどのスペースに、配信用のノートパソコンとマイク、散らかった空き缶。床にはペットボトルとインスタント食品のゴミ。
配信画面には「投げ銭したぞ。激アツなの頼む!」「今日でBANされてもお前の伝説は忘れない」といった男を鼓舞する文字が踊っている。
男はコメントを読みヘラヘラと笑っていた。
誰もが不快に感じるだろう類の笑い方。
男は視聴者の数が増えるのを待っていた。
事前に予告をしていたから今日の視聴者数はいつもの1000倍。1万人を超えていた。こういう時の拡散力は凄まじい。普段、日陰で生きる紳士の皆さんが一致団結した時ほど心強いものはないと男は笑った。
そして視聴者数が1万5000人になった時、男は舌で唇を一周した。
「さぁさぁ話しますかぁ?!」
「俺の伝説を!俺が”やっちゃった”やつぅ!」
「俺のトップおぶトップの思い出!」
缶ビールを口にしながら、男はカメラにウィンクした。
コメント欄も「待ってました!」「右手はもう添えています…」「ゴクリ…ジュルリ….」 「ティッシュ準備完了」といった汚い言葉で埋め尽くされていた。
「何がとは言わないけどね!?何がとは!」
「まぁ…相手は…中1です!13歳でした!よいしょ!」と男は言って手を高速に叩いた。
「あれはねぇ…やばかったよ。思い出すだけで勃っちゃうよね。この思い出だけで俺もう刑務所生活とか全然乗り越えられたわ。」
「相手の親が毒親というのも俺の味方してくれたわ。まじで…うん」と男は何かを言いかけてやめた。目を左から右に動かしコメントを読んでいる」
「あの子…今?はは17、17、セブンティーン。数学と化学が得意みたい。名前検索したら全国模試の結果出てきました。ネット社会ありがとう!よいしょ!」と言って男は再び手を叩いた。
「記者にもマジで感謝してる。あの子が裁判で証言してる様子めっちゃ記事に書いてくれたじゃん。『…涙を堪えながら、か細い声で必死に被害を打ち明ける姿は胸が締め付けられた』とか….ぶははははは!!!!おかずあざーす。〇〇新聞の方!見てますかー」と言って画面越しに手を振った。
「あぁ…はいはい…早く本題に入れって…。まず〜見た目は黒髪ローング!!…….だろ!?やばいだろ!?激アツすぎるだろ!」と言って男は机をバンバン叩いた。
「や…もうね…凄かったよあれ。ブルブル震えていて…『やめてください』って泣きながらおねだりしてきたから、『あと5分だけね』って言ったら受け入れて…でも5分でやめるわけないじゃん。その時のあの子の顔!絶望絶望!ギャハハハ!」
「あ、フェミニストの皆さん安心してね。お前らも大好き話のジャンルだし。はいはいこれあくまで架空の話。フィクションだからね!ディスイズファンタジー」
画面越しに誰かを挑発するように言ったその瞬間、玄関の扉が軽いノック音とともにゆっくりと開かれた。
男は気づかない。配信に夢中だった。
バカみたいに笑って缶を握りつぶしながら、
「まぁ学校も把握してるしな。会いに行こうかなー…。約束したもんな!見てるか!またやろうって指切りしたもんな!!」と言った。
その瞬間、誰かの声が、低く背後から届いた。
「――やりにきたよ」
男が反射的に振り返った時には、もう遅かった。刃は、無言で男の胸元を突いた。白いヨレヨレの薄汚れたTシャツは、綺麗な朱色に染まっていった。半紙に筆を置いた瞬間に墨が広がるあの光景に似ていた。喉元から空気が漏れる音がして、男の目が大きく見開かれる。声も上げない。抵抗もしない。生きていたのが不思議なくらいの、弱く、臭く、情けない男だった。
配信中のノートパソコンをゆっくり閉じた。代わりに窓を開けた。外の空気も男の部屋の空気とほとんど変わらない蒸し暑く鼻につく匂いだった。
紺色の雲を塗り重ねた空は遥か遠くにある光を煌びやかに映した。
あの男の最後に頭によぎったのは誰だったのかーーそんなこと、もうどうでもよかった。
ただ一つ確かなのは、この夜この星空の下で、“またやろうね”という言葉が、もう二度と誰かの耳に届くことはなくなったということだ。
男の右手と左手の小指を切り取りジップロックに入れた。
大きく深呼吸をした。
その時後ろから
ー守り天使はもういいの?ー
と声をかけられた。
少し間をおいて考えてから
「もういいさ、還ろう」と答えた。
後ろの天使はゆっくりと口角を上げて微笑んだ。
ーそう、じゃあ昇天しましょうー
お久しぶりです〜
今回はほんのちょびっと書きためております(^-^)
※子供の性犯罪を扱っております。前作もそうでしたが性犯罪を肯定するコメント、犯罪被害者を侮辱するコメントはすぐ消します。




