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300年の勇者。  作者: 餅米
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3/13

◎強者と。


ポプルス国の歴史上、異例の脱出劇から一日が経った。


サロスが怪我をしていたことから東部の城下町から逃げることは叶わず、空き家で一泊を過ごした。


「いたっ!」


「我慢して。」


壁にもたれかかり座っているサロスにコアが電気を流す。

傷に微量な電気を流し、治癒力を高める療法である。


だが、もちろん、麻酔もないために電気特有の痛みを伴う。


サロスはその痛みに悶えずにはいられず、コアに厳しくもあやされた。


「仕方ないだろ。痛いものは痛いんだ。」


子供のように反論するサロスを無視して、コアは治療を続けた。


腹に出来た傷口の周りをなぞり、立てた人差し指から電気を流す。

そして一周終わると、コアは指を止めた。


「よし。これで大丈夫なはず。」


「ありがと。でもどうしてこんな方法知ってるんだ。」


サロスが患部を摩りながらコアに聞いた。


「お父さんが教えてくれたんだ。薬草を持って帰って来る時、医者なのにいつも怪我して帰ってくるから、僕が手当てしてたんだ。その時にね。」


微笑み暖かい表情で答えるコアを見て、サロスは目を逸らした。


その時、閉められない窓から野太い声が聞こえて来た。


「全ての門で奴らの姿は確認されていない!これはまだこの城下町区内にいるということだ。探し出せ!」


コアは焦り、目を泳がせてこう言った。


「早くここから出ないと。」


「まあ、落ち着け。別に閉じ込められた訳じゃない。」


サロスのその無頓着な言葉にコアは突っ掛からずにはいられない。


「ほぼ同じだよ!門での確認ってことは記録機が付けられてるってこと!一度姿が見られたら警報が鳴って処刑台に逆戻りなんだよ!?」


呼吸すらせずサロスに怒りを浴びせた。


「分かってるよ。」


「じゃあ、」


「考えがあるんだ。」


コアが身を乗り出し、サロスからの"考え"に注目する。


「それは、」


固唾を飲み、目を見開いた。


「……壁を飛び越える。」


だが考えが一言で終わった。


「サロス。真面目に考えて。」


コアはそんな馬鹿馬鹿しい案に少しでも期待してしまった自分に失望した。


「真面目だって。」


「どこが!?壁はアリーナよりも高くて八十メートルもあるんだよ!?あのアリーナを飛び越えるのだってギリギリだったじゃん!腕に力が入らなくなってたじゃん!」


コアはサロスが剣を振り切った時のことを話す。


「確かにギリギリだった。でも、別に地面から飛んで壁を越える必要はないだろ。」


「まさか……」


コアに悪い想像が浮かんだ。


「ああ。東部の城、キャッスル・オブ・イーストの屋上から飛ぶ。」


「そんなの無理だよ!もし捕まったらどうするのさ!」


コアはさっきも言ったでしょと呆れ半分、怒りを足し、サロスに言った。


「まあまあ。捕まらないようにする方法はある。」


サロスはコアを手招き、耳を借りた。


作戦は人目が少なくなる夜に行う。


前提としてサロスの剣技は脱出する上での要。そのためサロスが場所の警戒、コアがそれを補助する形が基礎で、異常があればコアの魔法を使う。城までも、城に入った後も変わらない。


そこで今回の作戦は人に対して魔法を初めて使うためちょっとした講習が行われた。


「いいか。魔法っていうのは体中を巡る魔粒子を変換し放出する方法のことだ。そしてそれは今、力を持った。魔法は誰かを守る盾にも、誰かを傷つけることのできる武器にもなる。それをよく覚えておけ。」


頷くコアを見てすぐ、サロスは言った。


「ま、俺が教えられるのはこれくらいだな。免許皆伝だ!」


笑いながら、明るく言った。


「ちょっと待ってよ!サロスは勇者なんだからもっと魔法について教えてよ!使い方とかさ。」


「使い方と言っても、俺は風しか使えないからなー」


困惑一色。コアはあることを引き合いに出して質問する。


「風しか?でも車運転してるし、電気も付けられるでしょ?」


「それはそうさ。俺が言ってるのは戦いに転用できるほど熟練したのは風だけって意味だよ。通常、人間であれば四元素の魔法を使うことはできるが、稀に魔法に精通した天才が現れることがある。その彼らを魔導師(ウィザード)と敬称するんだ。」


サロスはコアに向かって人差し指を突き立てる。


「お前もその一人だな。」


自然と胸を張り、鼻を伸ばすコア。


「魔法によって特徴は異なるから複数を覚えるよりも一つに絞った方が結果的に強くなる。お前の場合、電気になるな。」


「じゃあ、僕は誰に教わればいいの。」


「簡単だ。敵からさ。きっとこれから数々の強者と会うだろう。その大半は魔導師でお前の先輩に当たる。だから見て覚えろ。さっき魔法の特徴は違うと言ったが反対に共通点もあるということ。それを見いだせ。」


共通点、とポツリと呟いた。


◇


陽は沈み、月が空に上り詰めた頃。

街並みの灯りさえも消え、サロス達は作戦を開始。


空き家の今にも崩れそうな屋根に登り、城の方へ向かう。

建物の屋根や屋上に跳び移る。


サロスが建物と建物の間を跳んだ。

コアがそれに続いて跳んでみるも、助走が足りなく寸前で落ちたところに、サロスはコアの腕を掴み、地面に叩き付けられることはなかった。


サロスはコアを引き上げ、城に走って跳んで近付く。

兵士はそれに気付かずに、街の様々な通りを巡回していた。


二人にとっては好機以外何物でもない。


そのお陰で何事もなく城付近に到着。

塀を越え、中に入る。


暗闇の中から読み取れる情報は少なく、広い庭の中央に城、というよりかは屋敷のような建物が建っていた。


城らしきそれに続く道は庭の中、1本真っ直ぐで、脇道も分化した道もない。

他は全て切り揃えられた緑色の芝生のみ。


次に城自体は極端に大きいわけではないが、ここポプルスの東部では五本の指に入ることは間違いないと言える。

十字架状の建物で、白い煉瓦と所々に入った青い装飾は如何にも王族だった。


交差した接点部分には一階から五階をつなぐ螺旋階段がある。

一旦の目標はその螺旋階段まで向かうこと。


サロスたちは正面玄関から行くわけにはいかない。

そのため西へ伸びた城の一端の窓から侵入。


ある部屋に入った。


両手を伸ばしスイッチを探し、窪みに電気を流す。


天井から吊るされたシャンデリアが徐々に光量を増して灯りが点く。それに伴い壁に付けられたランプの電球も同じように小さい光から大きい光へ変わっていく。


そうして明るくなった部屋はどこを見ても高級品が目に入る。

先ほどのシャンデリアに、壁にはランプの他に絵画が等間隔に掛けられている。

棚も机も椅子も全て滑らかな上質な木材が使われ、赤と金色の装飾が施されていた。

床でさえ柔らかくそれでいて固く、この上を歩くのが心地良いカーペットが敷かれている。もちろん、これにも装飾がなされている。


正に豪華絢爛。

家具の配置や種類から、ここは客室だろう。


サロス達が向かう目的地はこの城の最上階。

五階、螺旋階段の行き切った、鐘が掛けられた場所。


そこには中々に長い通路を通って階段を登らないと行けない。


二人は客室のドアを開け、顔を出し、通路を右、左と見渡した。


互いに見合って通路に出た。


通路にも赤いカーペットと壁に掛けられた絵画とランプがある。

どこに行こうと豪華さを損なわせない気概を感じる。


足音を立てないように、忍び足で進んでいく。


順調に進んでいると思われたその時、ドアノブが回転した。


二人伴って腰を低くし、部屋から誰が出てくるのか待ち構える。


錆びで悲鳴に似た音を出しながらドアは少しずつ開いていく。

幸いにもドアはサロスたちの方に開くため、ドアが壁になり姿を隠せる。


そして、ドアが開き切った。


中から出てきたのは、巡回兵、と核認する間もなくサロスは咄嗟に兵士の前に飛び出した。


「なにやってるの!」


コアは小さい声ながら驚きと共に声を放った。


「あ!お前は、」


兵士がサロスの姿を見ると目を見開き、腰の剣に手を伸ばす。

だが、サロスはお構い無しに兵士の口を押さえた。


「コア。電気を流せ。」


そう命令されたコアは慌てて兵士に駆け寄り、サロスを振り解こうと焦る兵士の首筋に人差し指を押し当て電気を流す。


感電した兵士は体全体を細かく震わせて眠った。


「よくやった。コア。」


サロスが気を失った兵士を部屋の中へ運びながらそう言った。


「咄嗟に体が動くなんて、サロスこそ。」


コアは呆けた顔して呟く。


兵士を部屋に閉じ込めた二人は再び階段に向かい始めた。


その後も向かってくる兵士から隠れるため部屋に逃げたり、その逃げた先の部屋に兵士がいたために電気を消し、暗闇の中、コアが電気を兵士に流すことで危機を回避した。


ようやく階段に着いた。

残るはここを登り、空を飛ぶだけ。


コアを先に、サロスがその後を付いて行く。


埃の一つもない白く綺麗な螺旋階段を一段、一段、目で、耳で、よく警戒し登って行く。


一階から二階まで、兵士と出会うことなくスムーズに登った。


実質、兵士が見回り出来るのは四階までで残る五階は鐘を鳴らす場所しか無い。

つまり、四階に行くまで兵士に見つからなければ脱走は確実になる。


コアは二階から三階に移動完了。サロスもそれに続く形で三階へ。


残るは三階から四階、四階から五階。


コアが四階の床に足を乗せた。

サロスもまたコアの後を離れず登る。


緊張感で空気が凍る中、二人は一歩ずつ着実に登る。


サロスが四階に差し掛かった時。


「おい!お前!」


その怒号と共に炎の斬撃が飛んできた。


「コア!進め!行け!」


「え!?」


コアが言いかけた後、サロスは階段共々斬撃にやられた。


「サロス!」


遅れてコアは手を伸ばすも届かなかった。


斬撃が来た方向に視線を移す。

階段が崩れて舞った砂埃の中に目を凝らした。


その奥には巨体の一人の男が剣を担いで立っていた。


大きく飛ばされたサロスは何とか無事。

反射的に剣を抜くことで炎の斬撃を防いだ。


咳き込み、剣を床に立てながらサロスは大声で叫ぶ。


「コア!上で待ってろ!」


その声はしっかりとコアに届いた。


「でも!」


「安心しろ!俺に攻撃してきたあいつを俺は知ってる!いいから!お前は行け!」


コアはまだ四階に繋がっていた崩れた階段から離れられないでいる。


「おやおや、まだゴミ虫が入って来ていたのか。エリックの叫び声に駆けつけて正解だったな。」


コアは突然現れたその声に驚きながらも、声を辿った。


「お前は、」


コアが睨みつつ聞いた。


軽装な鎧を纏った男が飄々と喋りだす。


「悪い。自己紹介がまだだったな。私はポプルス国近衛隊長が1人。イリック=クワッド。侵入者であるお前を排除する命を預かっている。」


言葉の節々にある異様なアクセントがコアの耳を逆撫でする。

それだけ、その声だけで分かる。


こいつは強者だと。


◇


東部ポプルスの城、三階。


サロスは剣の鞘に目を向ける。

ガタガタと音を立てることもなくキツく柄に結ばれた白い鞘。

その鞘に小さくヒビが入っていた。


「相当、力を付けたんだな。」


階段を作る石が削れた細かい粉塵から男は跳んでくる。


男は赤い鎧に身を包み、背中には柄だけで頭を超える長さの大剣を背負い、溌剌(はつらつ)な笑顔をサロスに向けた。


「なぁ。エリック。」


「……よぉ!サロス!」


サロスにエリックと呼ばれたこの男はサロスに両手を広げ近づいて来る。


「待て、待て!」


サロスは両手をエリックに突き出すも、エリックの広い胸の中に押し込まれた。


「会いたかったんだぜ!サロス!やっとその気になったのか!?」


エリックはサロスに毛穴が見えるほど近づいているのにも関わらず、まるで遠くの人と話すように大声でそう言った。


「わ、分かったから。一旦、離して。」


顔が紫色に変化していくサロスはエリックの腕を叩きながら懇願し、エリックはサロスを離す。


「わ、悪かったな。で!どうなんだ!?」


息を切らせ、膝に手を付きながらサロスは答えた。


「悪いけど、あの話で来たんじゃないんだ。」


「じゃあ何の用だ?」


「お前は、全く。変わってないんだな。」


サロスはひと息付いて発した。


「俺はあの子を勇者にする。」


あの子と言って階段を指差した。


「どの子だよ。」


「コアだよ。」


「あー!……ってことはまさか!」


サロスは呆れ、エリックの驚愕の顔を見た。


「今の逃亡者ってお前達か!!」


エリックは待てよと肘を付いて考え出した。


「今の逃亡者がお前達なら、王様から逃亡者を捕まえろって言われてる俺は、お前達を捕まえないといけないのか?」


サロスは慌てて、エリックを止めた。


「なぁ!頼む。昔のよしみだ。俺とコアをここから逃がしてくれ。」


「だが、俺は近衛隊長だぞ。もし、破ったらどうなる。」


「そこをどうか頼む!」


サロスは両手を合わせ礼をした。


エリックが決めかねていると、イリックから通信が入った。


耳に付いた無線機のボタンを押した。


「おい。エリック。そっちにサロスがいるだろ。」


「あ、ああ。」


「なら、任せたぞ。……昔のこと思い出して逃がしたらタダじゃおかないからな。」


イリックの通信は切れた。


エリックはサロスに視線を戻す。


「サロス。悪い。」


「そうか。なら……」


サロスはエリックから距離を取った。

剣を構え、剣先を彼に向ける。


エリックもまた、背中から大剣を抜いた。


刃が赤く染まっており、ランプの灯りに照らされると赤色が薄まる。光沢を持つ片刃の大剣。


「俺様は、ポプルス国の近衛隊長が1人。エリック=クワッド。指名手配犯の確保を遂行する者。サロス!覚悟しろ!」


「来い!エリック!」


大剣を両手で上段に構え、サロスに向かってくる。


エリックの間合いにサロスが入った。


エリックはすかさず、その赤い大剣をサロスの頭に振り下ろす。

それに何の余念もありはしない。


サロスは剣を下から上に振り上げ、エリックの攻撃を相殺。


金属音が木の鞘に吸収された。


二人は距離を取り、同時に剣を肩に構え、再び迫った。


互いに駆け、自分の攻撃を相手に打ち込むことに集中している。


右から左へ剣を振り抜き、二人の手はすれ違う風に振動した。


その後、サロスはエリックよりも一足先に両手を頭の上へ。


エリックの頭上を狙う。


動きが遅いエリックはサロスの振り下ろされた剣が脳天に直撃した。


木刀で打たれた時と同じ、鈍い音が響いた。


エリックの目は白く変わった。


しかし、変わったのは一瞬。


エリックは気を取り戻し、サロスの剣を掴んだ。


「サロス!まだお前は剣が抜けないのか!」


サロスは目をカッと見開き、剣に風の魔法を流し込んだ。


エリックの手が剣から勢いよく剝がされる。


サロスは風に剣を乗せ、右回転でエリックにもう一撃放った。


当たったのは頬でそこまでのダメージは無いものの威力は高く、エリックを仰け反らせた。


サロスはエリックから離れる。


左足を床に滑らせ移動の反動を打ち消す。


エリックは打たれた頬を摩り、サロスを見据えた。


冬の夜風がこの中々に長い廊下を抜けて行く。


◇


四階。


コアは未だイリックと睨み合っていた。


「今、下にいたあの男と連絡を取ったな。」


最大限の警戒心を引きながら口を開いた。


「その通りだ。あいつはエリック。彼は私の弟でね。心配で堪らないんだ。」


気取ったような口ぶりで平然と嘘を吐く。


「嘘だ。心配だなんて。」


イリックは口角のみを上げコアに笑って見せた。


「だから、なんだ。君に関係あるのかい?」


「ただ癪に障るだけだ。」


「これは参ったな。犯罪者の子供に嫌われるなんて。」


耳に残る特徴的な声質で続いた。


「願ってもない。」


イリックは背中に回していた手を動かし、体に沿わせるようにして隠していた槍を出す。


先端にのみ金属の刃が付いていて他はヒノキかカラマツかの木製の長い棒のみ、槍の形を保っている。金属の刃も錆の色に変色、青く変わり果て欠け落ちたであろう禍々しい形になっている。


片手で槍を回転させ、槍先を下に向け構えた。


まるで見えなかった槍が急に現れたことに驚いているコアにイリックは言った。


「何だ?"魔法(マジック)"を見るのは初めてか?」


コアがその言葉に反応し、イリックを睨んだ。


その行動をイリックは逃さず、槍先を下から前へ、コアに向け、床を蹴った。


およそ人に出せない凄まじい速度でコアに向かってくる。

その原理は足から水を噴射、床にも水を撒き摩擦を極限まで減らす単純なもの。


けれどもその小技で一度相手を刺せば返しの役割を持つ欠損した刃が更に凶悪になっている。


イリックの槍先が顔手前に近付いて、コアはやっと電気を奴に放った。

稲妻が五指から飛び出し、魚を捕える網のように重なる。


しかし、イリックはコアの電気から距離を取り、初撃を躱された。


イリックは焦った。


コアの魔法の威力は歴史上にしか存在しないようなウィザードの魔法と同じかそれ以上。そして"電気"だということに。


逆にコアはイリックの速さにまだ心臓を振るわせている。


一瞬、一秒でも判断が遅れれば、コアの顔に風穴が一つぽっかり出来ていた。


コアはそんな恐れから常に電気を溜めておくことに決めた。


両腕に力を入れる、だが電気が溜められない。

力を込めているのに、電気が出てこない。

コアは両手を確認、表から裏まで見てみるも何も違いがない。

今まで通りの手である。


コアは焦りの中思い出した。

あの夜もボスゴブリンに対して電気を放てなくなっていたこと。


共通するのはただ一つ、目の前の敵を怖がっている。

理解した途端、恐れは強く大きくコアの中で成長していっている。


イリックはそのコアの姿をじっと見ていた。

そして、不気味にニヤリと笑い、槍を構えた。


「どうやら、さっきのがお前の作戦だったようだな。」


「まずいっ。」


コアは不意に口から出てしまった。


「終いだ。」


イリックはコアに近づいて来る。


その間、コアは繰り返し両腕に力を込めてみるも、手を振ってみるも、叩いてみるも、電気が溜まらない。


魔法が使えない。


目線を下から前に、イリックに移した。


尖った槍先が今度こそと言わんばかりに顔に迫ってくる。


動け、動かせ、とコアは頭の中で考えるも足に、体に命令が届かない。


伝達する速度が足りない。


殺される。


死ぬ。


ただひたすらにそんな言葉が無数に頭に出てくるのみ……だった。


死の直前、人は走馬灯を見るらしい。

そこから何とか助かろうと策を考えるために。


コアは見た。


父だ。


お父さんは医者を継がせようとコアに度々医術を教えていた。その一つが傷口に電気を流す方法。この説明をしている。


「なんで、そんな傷口に塩を塗るのってか?それはな、電気ってのは人間の生きる活力なんだ。神経の間を微量とは言え走ってる。」


父親はふざけ半分でコアに言った。


「だから、もし父さんが電気の魔法を使えたら体内に流し続けるなぁ。」


「なんで?」


「だって、父さんのこの老けた神経を強化出来るかもしれないだろ?」


コアの父親はきっと冗談で言ったのだろう。

それでも、今、死ぬ間際で得たこの希望にコアは縋らずにはいられない。

そして、なにより、お父さんからの贈り物なのだから信じない訳がない。


魔法は体中を巡る魔粒子を変換し放出する方法のこと。


なら、体中を巡る魔粒子を捉えろ。全ての魔粒子を電気に作り変えろ。


イリックの槍がコアの鼻先を越えた時、コアの全身に電気が微かに流れた。


仄かに熱く、肌をつままれる感覚。

体が宇宙にさらされたかのような浮遊感。


イリックの槍は眼球に触れる距離。

数秒と経たず突き刺さる。


その時、電気は体を満たした。


槍に電気が走る。

一本、一本の電流が金属の刃を通り抜け、木製の柄を焼きながらイリックの手に伸びた。


奴はコアから間合いを取り、通った道に満たされた水を分け、波を作る。

電流は霧散したが、


「今、何が、」


コアから目が離せない。


さっきとはまるで違う雰囲気を纏う相手にイリックはたじろいだ。

姿は変わっていない。ただ感じられる。

体から微量に発される電気を。


永遠へと引き伸ばされた時間感覚の中でコアは恐怖を乗り越え、一歩、自身の魔法を次の段階へと引き上げた。


「ふざけるな。」


イリックは悪舌をつき、コアに襲いかかる。

初撃を囮にコアの反射を誘い出し、身を引いた奴の腹を貫こうと二撃目を加える。

だが奴は避けた。

明らかに術中にはまって体を動かしていたのにも関わらず避けた。


「どうして。何が起こった。」


イリックは上手く思考が出来ない。


槍のリーチを活かし、地面と水平に素早く振り払う。避けられる空間を与えないよう槍を横振りしているが反応速度が上がっているのか外側に逃げられる。

避けられる空間を作らせず、直感でも間に合わないように振るった。

だのに奴はまるで未来を読んでいるかのように避けてみせた。

槍に触れないギリギリ、側宙で体を浮かし華麗に。


何回もコアに攻撃を繰り返すも、その度に無駄のない動きで躱され続ける。


「お前、一体なにをした。」


腹からこみ上げる煮えくり返る思いを覗かせ、イリックは聞く。


その返答は無言。

コアの体から迸る電気までもイリックを睨みつけていた。


「なぜ、何も言わない。答えろ!」


コアの態度にいよいよ本性が露わになり、イリックは続ける。


「餓鬼が!調子に乗るなよ!俺は!近衛隊長なんだ。ウィザードの弟子だか何だか知らないが俺は自力でここまでやってきたんだよ!」


そう叫び、イリックは槍を構え、コアに仕掛けた。

先程までとは違う、直前的な動きではなく、コアの背中を狙った曲線的な攻撃で向かってくる。


「才能だけのお前が偉そうに無言決め込むんしんじゃねえ!!」


足から噴射する水の量を調整し、急カーブや急停止することでコアを翻弄する。

慣れない動きにコアは予測出来ずに段々と押されている。

イリックの速さでコアの行動範囲がどんどん狭まっていく。

水に浸った靴でコア自身の動きも遅くなる。


「犯罪者の餓鬼!俺を揶揄ったことを後悔して死ね!」


イリックの突きがコアの腹を掠め、抉られた部分から血と電気が溢れた。


一滴の血が地面に王冠を作る。


コアに後はない。

全力を出さなければ蜂の巣にされて殺される。


コアは体の電気を足に流し、水を散らし、足跡を焼印するかの如く床に右足を突き立てた。


「喰らえっ!」


電気は溜まった水を通り、イリックに感電。


しかしながら、当たり前にその水に触れていたコアも感電し二人ともその場に倒れた。


◇


場所は移り、三階。


サロスとエリックが剣を交え、両者の頬を赤黒く染め、息を弾ませる。


再度、木製と金属製の剣がぶつかり合い、鍔を競り合わせている。


「サロス!なんで"あの時"断った!」


エリックは感情溢れ、サロスに言った。


「俺には出来ないと思ったからだ!」


サロスも負けないように力を込める。


「何でだ!何でそう思う!お前なら申し分ない力を持ってる!」


「お前が言っただろ!」


「何を!」


「俺は剣を抜けない!」


二人の剣を握る力は緩まっていく。


「俺にはどうしてもそれが出来ない。どんな状況でも、もしお前が殺されそうになってても、俺には鞘を走らせる勇気がない。」


サロスは思いを吐露した。


「なら、どうして、お前はここに来た。」


エリックは今一度、サロスに問いかけた。


「あいつを、コアを勇者にする。あいつならやれる。この世界を変えられる。俺はあいつを信じてる。」


エリックの顔は敵に向ける顔からかつての友に向ける顔へと化した。


「俺はお前と戦いたくない。嫌だ。相棒のお前となんか。」


大剣を持つ手は力を失い、床に垂れ下がった。


「でも、俺は隊長だ。お前が勇者に加担するって言うなら俺は全力でお前を止めなきゃいけない。」


だが、最後、大剣を握る力だけは手に残り続けた。


「だから、一騎打ちで終わりにする!」


エリックはサロスを弾き飛ばした。


「なぁ。最後なんだ。教えてくれよ。お前はなんであの子供を信じるんだ。」


エリックの声が初めてしんみりと小さくなった。


「あいつは"自分の意思"で行動できる子だからだ。」


「……なるほどな。」


エリックは大剣を両手で固く握り、大上段に構える。


サロスもそれに合わせ、腰を捻り、鞘の剣を横に倒して両手で構える。


ひんやりと冷たい風がサロスのマフラーをたなびかせる。


ピリつく空気の中、二人は目を見合った。

瞳孔が開くその瞬間を待って。


天井から伝ってきた一雫の水滴が2人の間に落ちていく。


水滴越しに相手を見据えるーー。


雫が床に当たるなり弾けた、と同時に床を踏み締め、剣を振りかぶった。


二対の剣は縦、横の順で軌跡を描いた。


勝負はついた。


頭を打たれたエリックが白目を剥き倒れる。


立っているのはサロスのみ。


「エリック。信じてくれ、あいつなら魔王を倒せる。」


サロスは剣を腰に納め、コアの元へ。


◇


その四階では、コアとイリックが倒れていた。溜まった水の中に浸かり、動かない。


「コア!」


無音に響くサロスの声で、コアは目を開いた。


「……サロス。」


腕を床に差し立て体を起こそうと力を込めるも、何かに首を掴まれた。


息が出来ない。


どうしようもない苦しみで抵抗しようも力が出ない。


首を掴んでるのは他でもなくあいつなのに手出しができない。


「エリックのやつ。手を抜いたな。まぁ、いい。この餓鬼を殺せばサロスも止まるだろうからな。」


イリックはコアを投げ飛ばした。


飛沫をあげ、壁に水が掛かる。


感電の影響か、首を掴まれた影響か、力がまるで入らない。

立ち上がることすらままならない。


イリックは槍を水の中から持ち上げ、コアに歩いて近づく。


水を叩く音がコアに迫る。


「全く、せっかくならサロスを相手取りたかったな。こんな力及ばずの子供なんかじゃなくてよ。」


イリックは槍を持ち替え、槍先を床に寝るコアに向けた。


「死ね。勇者のなり損ない。」


槍を持ち上げ、コアに突き刺す、ことはなかった。


イリックは槍を手放した。


コアはイリックが近づくのを待ち、直接電気を流す作戦を立てていた。


その作戦は大成功。


脛をしっかりと握り、電気を流したコアの勝利である。


サロスが遅れてコアの元に近寄り、抱き抱えた。


「コア。……よく頑張ったな。行くぞ。」


「う、うん。」


そんな短い会話さえ、兵士達は許さない。


「こっちだ!サロスとあの少年だ!」


サロスはコアと共に五階へ。


兵士達は登れない階段下から待てと連呼している。


「コア。ちゃんと掴まってろよ。」


その声に頷いているのを確認し、サロスは剣を構え、風を起こし、飛び上がった。


二人は遂に壁の外へ、東部の城下町区から抜け出した。




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