無想像人間
物語の主人公は名字で呼ぶことにする。
そうだな、荒木にしよう。
一人称は、僕。
この物語は、自分が想像したことが絶対に起こらない、もしくは真反対のことが起こる少年の話。
では、どうぞ。
ーー
後ろを、振り向く。
そして目を見張る。
高い、ブレーキの耳障りな音が響く。
目の前に、一台の車が迫る。
フロントガラス越しに、目が合う。
身体が、何故か固まる。
なのに、時間が進むのは遅い。
?
右から、感触がする。
押された。
隣から、叫び声が聞こえる。
誰だ?
受け身を取らずに地面に転がる。
痛い。
両手を地面につけながら、右を見上げる。
鈍い音が聞こえた。
それと、小さいうめき声も。
再び、目を見張る。
友達が、車に撥ねられた。
僕を庇って。
僕を。
ーー
夏。
六月の、夏と呼ぶにはあまりにも涼しい、そんな時期だった。
僕は、中学生だ。
中学二年生。
今は二人の友達と一緒に下校している。
今日は諸活動停止の日なので部活はない。
まぁ、僕は部活に入ってないけど。
右にいる男友達、岩田が話しかけてくる。
3人とも読んでいる、漫画の話だった。
「でさ、その主人公がさ」
「あー、やめて!そっから先ネタバレしないで」
顔を左に向ける。
あー、と耳に手を当てているのはもう一人の男友達の、多宮。
多分、片耳だけ塞いでいるのであまり意味はない。
小学生からの仲のこの二人とは、中学でも同じクラスで、親友と呼ぶべき、自分にとってはかけがえのない存在だった。
あ、正しくは、中1の頃は同じだったけど中2は違う。
二人がその漫画の話で盛り上がってる中、不意に、左にいる多宮が僕の顔を覗き込み、話しかけてくる。
顔が近い。
こいつ、顔が整ってるから意外とモテるんだよな。
何故か少し顔をしかめて目を細める。
「どしたよ荒木。死んだ目して」
「してないし」
唇を前に突き出し、少し笑いながら言い返す。
岩田も、その話に乗っかってくる。
真顔で僕の顔を人差し指で指しながら半笑いしてる。
「いやこいつ、いつもこんな目してるぞ」
「黙れ」
今度は、真顔で呟く。
そして、しばらくして。
不意に、目の前に鳥のフンが落下した。
目の前と言っても3メートルはある。
岩田はそれを見て、少し後ろに下がる。
げぇ、と苦い顔をする。
「うわ、不吉だ」
「それ羽根限定じゃないの?」
多宮がそう言うが、岩田は無視をする。
上を見上げる、がそれらしい鳥はあたりに見当たらない。
やだなー、フン。あたりたくないな。
そして、次の瞬間。
頭の上にばちゃ、と水っぽい音がする。
脳がフリーズする。
そして、あたりを見渡す。
左右にいる多宮と岩田が驚いたような、恐怖しているような顔をする。
あー、これもしかしてやったか?
やってしまったか?
固まった顔で、試しに岩田に話しかける。
「…これまずい?」
「まぁ、いいかまずいかで言えばまずいね」
…まずい、らしい。
つまるところ、鳥のフンが頭に落下したらしい。
突拍子のないことだが、少し聞いてほしいことがある。
僕には、多分思っていることと真逆のことが起きるって言う、何かがかかっている。
呪いとか、魔法かもしれない。
信じないっていうか中二病って思うかもしれないけど、これは小学校の頃からずっとそうだ。
絶対、本当に絶対に思った通りのことが起きない。
しかも他人には被害がなくて自分に被害があることがほとんど。
お陰で僕は昔から、不幸な人間と言うテンプレートが貼られている。
実に不可解だ。
それから家まで、ずっと暗い気持ちで帰った。
「っふぅ…」
家の前の蛇口でジャバジャバ頭を洗う。
何故か、ため息が出る。
まぁ当たり前か。
この世に頭に鳥のフンが落下して嬉しい人はいない。
一回、頭をブルブルさせて軽く水気を払う。
「ただいまー」
誰もいない家に入って、玄関のすぐ近くにある自分の部屋に入る。
そして、ドア近くにあるタオルで頭の水気を拭く。
そして、両手にタオルを持ったまま自分のベッドに倒れ込んだ。
ギシギシと、古いベッドが音を立てる。
仰向けで、一人呟く。
「なんなんだよ、これ…」
さっきの話しの続きをしよう。
僕がバカみたいに不幸っていう話だ。
確かに、ただ単に不幸なだけかもしれない。
だけどこの呪いみたいなものはいい方向にも効果がある。
これは小5の頃の出来事だが、スキー場で雪の深い穴に埋もれちゃって、叫んだけど誰も来なくて途方に暮れて、
「こんなとこ誰も来ないよなー」
って呟いた瞬間に通りかかった別の観光客にに助けられたことがあった。
これも偶然かもしれないけど、自分の中ではそう信じている。
そう信じていた方が、なんだか報われる気がする。
もう一つ。
この、能力?呪い?みたいなものは心の底から思ったことじゃなくて、頭の片隅に浮かんできた、なんとなくの想像が適応される。
だから、なるべく無感情でいることを貫いている。
だけど友達は欲しいから、無感情なのは一人の時だけだと決めてる。
まだこの能力で他人を巻き込んだことも、死んだりしたこともないけど、まだ詳しくはわからないので頑張りたい。
頑張りたい。
一体、何を頑張るんだろ。
「はぁ…」
感情のコントロールをするためなのか、最近はため息が多くなってきた。
人前で無意識にしないように気をつけないとな。
なんとなく、眠くなった。
ベッドの上にある時計を見るとまだ15時ちょっとだ。
母が帰ってくるまで、まだ3時間ある。
ま、眠ってもいいか。
目を瞑る。
暗い。
暗いと想像力が働いてしまうので、何か関係ないこと考えるか、もしくは極限にまで眠たくなるまで待っている。
あ、そういや眠ると言えば夢の中のことは大体現実の出来事には該当されない。
じゃあ、おやすみ。
ーー
そして、事件は次の日に起こった。
いつも通り、僕は登校する。
多宮は今日、風邪で行けないって連絡が来てたから二人だけで登校する。
岩田が寝起きみたいな、ぼーっとした声で僕に話しかける。
「なんで多宮来なかったんだろ」
「さぁ、腹でも出して寝てたんじゃない?」
一瞬、自分が無意識で何か考えたんじゃないかという考えがよぎる。
いや、ないな。
そもそも「これ」が他人に迷惑をかけたことは一度もないし、ていうかこの考えが良くない。
中二病だぞ。
消えろ雑念。
頭の中で、自分の頬を叩き前を向く。
そして岩田に話しかける。
「今日って一限なんだっけ」
「体育だよ、一限から」
「えー、やだななんか」
「そう?」
なんとなく、一限に体育はやだ。
なんとなく。
「話変わるけどさ」
「ん?」
今度は向こうが話を振ってきた。
「昨日の鳥のフン、どうだった?」
「どうだった、って何?」
「いや、すぐに落とせたら良かったんだけど」
「まぁ僕昔からこんな感じじゃん?」
「確かに」
確かに、深く考えすぎかもしれない。
ただ単に、自分には運がいい時と悪い時が極端ってだけかもしれない。
それだけでいい。
そうだ。
昨日はただ単に不幸だっただけだ。
自分の想像とか全く関係ない。
そうだ。
きっとそうだ。
岩田が慰めなのか嘲笑っているのかわからない声色で微笑する。
「お前、ほんとに不幸だな」
「うん…」
返事に困り、自分も鼻で笑う。
不意に、エンジン音が聞こえた。
二人は後ろを振り向く。
そこにはゆっくりとした速度で、狭い路地を進む軽自動車がいた。
傍に避けた方がいいかな。これ。
多分通行の邪魔だ。
道路の傍に行こうと、下半身を方向転換する。
しかし何故か、僕の顔は一瞬固まり車のヘッドライトの真ん中を眺めていた。
既に傍に避けた岩田が僕の肩を小突く。
「おい、下がって」
「あ、うん」
不意に、こんなことを思ってしまった。
それは絶対に思ってはいけないし、自分でもなんでこのことを考えたのかわからなかった。
車に、轢かれたくないな。
心のどこかで不幸なだけだと、少し安心していた自分が音を立てて崩れ落ちる。
そして次の瞬間、車が急発進する。
車が一瞬で目の前に迫ってきた気がした。
だけど、時間が経つのは遅かった。
おそらく、ブレーキとアクセルを踏み間違えたのだろう。
車の中の人の顔が焦りでパニックになっている。
再び、僕の体は固まった。
やっちゃった。
死ぬのか?
僕は死ぬのか?
嫌だ。
まだ生きたい。
だけど、動かない。
体が動かない。
なんでだ?
怖いのか?
死ぬのが?
死から逃れるためなのに?
なんでだ?
なんで、
なんでこんなに、
「危ない!」
「か、ぁ」
叫び声。
岩田だ。
右肩を勢いよく押される。
体が左に傾く。
顎がずれ、喉の奥から変な声が出る。
そして、顔が反動で右に傾き、首から変な音がする。
バランスを崩し、受け身を取らないまま地面に倒れる。
痛い。でも、擦り傷だけだ。
反射的に、右側を向く。
そのまま、視線はさらに右へと逸れた。
音がした。
衝突音。
それと、鈍い音とうめき声。
僕は一瞬で理解した。
岩田が、車に撥ねられた。
僕を庇って。
岩田の体は地面のコンクリートに擦れ、引きずるような音と共に落下する。
もううめき声も聞こえない。
一瞬、沈黙が訪れる。
そして激しい動悸。
呼吸が荒くなり、口から声が溢れる。
「いわ、いぃ、岩田ぁ、岩田!」
震える。
足が、腕が、心臓が。
擦れた手のひらで這いつくばりながら岩田に駆け寄る。
目を瞑ってる。
顔の右半分に地面に擦れたような傷がある。
一瞬、脳裏に死んでるんじゃないかという考えが浮かぶ。
軽く首を振り、顔を岩田に寄せる。
呼吸の音が聞こえる。
死んでない。
後ろで車のドアが開いた音がしたが、気にしない。
「岩田…ぁ」
地面に仰向けで倒れている岩田の近くにうずくまり、僕は、僕に絶望した。全てにだ。
僕の脳みそと、足と心臓に。
赤い血にも自分の五感にもだ。
そして、この邪魔な想像力。
本当に嫌になる。
本当に、死ねよ。
泣けてくる。
地面に、ぐりぐりと手の甲を押し付ける。
「…僕は…っ」
僕は、絶望的に不幸だった。
そして絶望的に幸運だ。
ーー
結局すぐに救急隊が来て、岩田を運んで行った。
ブレーキアクセル間違えた人は警察に連れてかれてた。
僕は学校をすぐに早退をして、突然休んでもらったお母さんと一緒にその病院前まで来ていた。
車の中でスマホを見ていた母が、ふぅ、と力が抜けたようにため息をつく。
助手席の僕は何があったのかと、母をガン見する。
そして、母は口を開く。
「命に別状はないって」
「…そう、そぉ」
体が崩れ落ち、膝に顔が着地する。
良かった。
本当に良かった。
僕は親友を殺さなかった。
殺したことにならなかった。
母は再び泣きそうな僕を見かね、車の扉に手をかける。
「いくよ、…岩田くん元気だって」
「…そう」
二人はシートベルトを外し、駐車場を小走りで進み玄関前に来た。
自動ドアが二人を感知し、音を立てて開く。
そして、歩く。
元気?
そんなわけないだろ。
あいつは、死にかけたんだぞ。
人が死にかけて1番辛いのは、死にかけたその本人なんだぞ。
きっと、あいつはいつもの空元気でやり過ごしているだけだ。
一人になったらめっちゃ苦しくて、吐きそうになると思う。
俺だったらそうだ。
…いや、そんなことみんなわかってるか。
岩田がそういう奴だって。
小学校の頃からこうだったんだから、こいつは。
お母さんも、僕も、岩田のお母さんもみんなわかってる。
お母さんの声が前から聞こえる。
「ほら、座るよ」
「ん」
受付が終わり、母と僕は待合所の小さいソファに座る。
上半身を膝に近づけ、頬杖をつく。
大丈夫かな、岩田。
この状態から急に容態が変わって命が危うくなる可能性がある。
岩田、死なないでほしいな。
…そうだった忘れてた。
そういうこと考えちゃダメだったんだ。
きっと僕が真逆のことを考えたから岩田は轢かれたんだ。
死なないの、反対。
逆のこと、だから…
死ね。
死ね死ね死ね。
死ね。
岩田、死ね。
お願い、本当にお願いだから、お願いだから。
死んでくれ。
…死んでくれ。
……死ね。
不意に、ため息が漏れる。
「…………だめだ……っこれ」
ポツリと、一人呟く。
両手で目を覆って、口元を歪ませる。
ダメだこれ。
いつか、壊れちゃう。
考えたくないことを永遠と考えるなんて、絶対にしたくない。
ため息が漏れるが、その声は震えていた。
「--番の方、どうぞ」
「はーい」
そんな中受付で番号を呼ばれ二人は立ち上がる。
そして、ひたすら長い廊下を進んで病室に向かう。
もし、岩田と僕の命を天秤にかけたら、俺は何がなんでも岩田を生かす。
だって、俺よりもずっと善人で、変に捻くれてないで、真っ直ぐなんだから。
当たり前だ。
うん。
当たり前。
「ほら、ついたよ」
母の声がした。
顔を上げる。
気がついたら、ある病室の前にいた。
多分、ここに岩田がいるんだろう。
扉を正面に向け、深呼吸をする。
そして、顔を斜め後ろにいる母に向ける。
「これ、ノックってする?」
「うん、2回コンコンって」
コンコン、失礼します。
扉を開けるとそこには、顔の右半分を包帯で覆っている岩田がベッドに横たわっていた。
あいつの母も、近くの椅子に座ってこちらを見る。
こちらに気付いたようだ。
岩田母が椅子から勢いよく立ち上がりこちらに小走りで向かってくる。
僕の母は体を曲げて謝罪をする。
「あー、荒木さんちの!」
「すみません、この度は本当にすみません、ありがとうございます」
「いえいえー、大丈夫ですよー!」
岩田母、とってもいい人なのだ。
それはもう、とんでもなく。
そこからあの岩田が生まれるのも納得である。
僕は顔を上げ、少し離れたベッドの上の岩田とアイコンタクトを取る。
それを見た岩田母が僕に促す。
「いいよ、荒木くん、うちの子と話してきて」
「あ、すみません、ありがとうございます」
軽くお辞儀をして、小走りで岩田の隣に向かう。
パタパタ靴裏が音を立てる。
そして岩田の隣につくなり、謝罪をして顔を前に突き出す。
「岩田、大丈夫?ごめんな本当に」
「良かったぁ、荒木無事だったんだなぁ」
岩田の反応は予想と違い、ほころばせた顔をしていた。
岩田とは、こういう人間であった。
思わず、僕まで顔をほころばせそうになる。
震えた声で返事をする。
「うん、無事だよ」
「じゃあ今日早退してきたのか?ごめんなわざわざ」
「いや、俺も体育サボれたし」
「あーそっか、今日行きたかったな。バレーボールだろ?」
「だね」
なんか、声の調子はいつもと変わってないようだ。
本当に全然辛くないんじゃないかと錯覚してしまう。
そんなことを考えてると、岩田がこちらに顔を向けて、今度は向こうから話しかけてきた。
「あのさ、ちょっと謝りたいことがあってさ」
「あ…え?」
「今日お前のこと、不幸って言っただろ?」
不幸?
あぁ、言ってたかも。
狭い路地で。
でも、それがどうしたんだろ。
謝らなくちゃいけないのは、絶対に僕なのに。
「あの時は軽く言っちゃったんだけど、ものすごく不謹慎な事言ったなって」
「全然、そんなことなくて、全然。お前の方が…」
「それでも、謝りたかったんだ。お前も今後こんなことになるかもしれないし」
確かに、僕の周りにいたらまたこんな感じで傷つけてしまうかもしれない。
なんなら、次は死んでしまうかもしれない。
それはやだ。
なら、友達やめるか?
それで2度と会わなければ岩田が怪我することもないし。
…やだなー。
ずっとまだ親友でいたい。
多宮と三人でいろんなとこに行きたいし、遊びたい。
無責任だな。
馬鹿だ。本当に。
本当に馬鹿だ。
僕のせいで、僕の不幸のせいでこんなことになるのは嫌だ。
ため息ををついてはダメだ。
目の前には、自分より辛い人がいるんだぞ。
岩田が、下を向いた僕の顔を覗き込み、尋ねてきた。
「どうした、荒木。絶望したような顔して」
「…いやぁー、ごめんな。本当に。謝り方もわからなくて」
「大丈夫だって、3日後には退院できるから」
「…そう」
3日後か。
そうか。
…一瞬、意外と短いと思ってしまった自分がいた。
死ね、無責任野郎。
その自分を奥歯ですり潰す。
「じゃあ、明日からも来れたら来るよ。病院」
「いや、来なくていいよ。っていうか来ないで」
「…なんで?」
「お前も勉強あるだろ、定期テスト近いし」
「…確かに、そうだけどさぁ」
そういうことじゃない。
僕は、岩田を殺しかけた張本人かもしれないんだぞ。
こんなことでもしないと罪が拭えない。
ていうか、一生拭われないと思っている。
岩田はベッドに潜り込ませていた右手を挙げて、微笑みながらそれを振った。
「…じゃ、また3日後」
「…うん」
岩田のその笑う顔を、僕は見てられなかった。
ーー
病院帰りの車の中。
助手席から窓の外を眺めていた。
不意に、母が話しかけてきた。
「どう?ちょっと楽になった?」
「…楽って?」
「いや、なんだか思い詰めててそうだったから。顔が」
「え、知らなかった、無意識だ」
思わず、空いている片手を自分の頬に当てる。
耳の付け根に、ちっさいニキビが一つ指に触れるのを感じる。
そして、その手を下げながら自身の母にぼやく。
「あれさ、もちろん運転手も悪いけどさ。僕が原因なんじゃないかってずっと思ってんだよ」
「…はぁ」
「もし、僕が轢かれたくないって思ってたら、たった一歩避けれてたら。なんかずっと考えちゃうんだよ」
「…それはね、中二病っていうんだよ」
赤信号。
十字路で車がゆっくりとブレーキを踏んで減速する。
不意に、鼻で笑いながら母がこちらをチラリと向く。
僕も母の方を向いて顔を合わせる。
中二病か。
まぁ、本当にその通りだ。
自分の思っていることが一つも起きないってんじゃなくて、真逆のことが起こるんじゃなくて、ただ単に運が悪いだけだと思いたい。
だけど、思えない。
被害者が出てしまったからだ。
僕は自分を責めることしか許されていない。
「どうせさ、ずっとそんなこと考えてんでしょ?俺のせいで、こんな事になったって」
「僕ね」
「…僕のせいでって。あんま背追い込まなくてもいいんだよ」
「なんでよ」
少し、語気を強めてしまった。
慌ててのめり込んだ上半身を正し、少し目線を逸らす。
横の車線の、黄色信号が点滅しだす。
僕はそう思わない。
気楽に生きろって、そんなの誠実だとは思わない。
謝罪には誠実を求められるのかって言われたら、違うかもしれないけど。
でも、多分そういう事じゃないと思っちゃう。
僕はめんどくさい人間なんだろうか。
母がアクセルに足の重心を置きながら僕に話しかけてきた。
「大切なのは相手の気持ちだけだよ。それ以外考えなくていい」
「それ以外は、ってのは違うんじゃない?」
「…まぁ、言っちゃえばそれはその当人の考えようだよ。お前はまだ中学生だからさ」
緑信号。
車が発進する。
小さいエンジン音が車内に響きわたる。
「とにかくその人のこと考えながら過ごしていたらとりあえず傷つきはしないよ、きっと」
「…なるほどねぇ」
助手席側の窓際に、再び方向転換して頬杖をつく。
斜め上を見上げ、フロントガラス越しにこちらに流れてくる街並みをただ眺めた。
そうかー。
自分を責めんのもよくないのか?
今回は、俺が悪いと思うけど、岩田は確かに謝罪の気持ちを求めていない。
今後、こういうことがないようにしなくちゃな。
「あ」
「ん?」
ハンドルを片手で握りしめながら、母が小さくつぶやいた。
思わず、僕も一瞬母の方向に向き直る。
その目線の先には、隣の車線で車とバイクとの事故でできた人混みがあった。
バイクが歩道にまでぶっ飛んでいる。
なんだか事故がたくさん続いて、イヤな気分になっちゃう。
バイクの運転手が地べたにうつ伏せになっているのを、周りの人たちが必死に「大丈夫ですか」と呼びかけている。
車内の母が、低い声で僕に話しかける。
「なんだか、物騒だね」
「…だね」
頬杖をつきながら、その人混みを眺める。
なんだか、他人事じゃない見たいだ。
うわ。
車で近くに寄って少し目をしかめる。
倒れているバイクの運転手の頭のあたりから、血が溢れている。
少量だが、それでも血を見慣れていない人からしたらやっぱり怖い。
その人混みとのすれ違い様、僕の脳裏にある一つの文章が浮かんだ。
もしかしたら、死んでんじゃないかな。
母の車が人混みを通り抜ける。
それと同時に、バイクの運転手がその場で上半身を起こした。
一瞬、僕は顔を後ろに向けて目を見張る。
なんと、気を取り戻したそうだ。
後ろから人々の歓声が聞こえる。
その声も、車が遠ざかるとともに小さくなっていく。
あれ、もしかしてこれ、僕がやったのか?
僕があの人を助けたのか?
いや、違うのか?
えどっちだ?
「あれ、なんかあったんかね」
母が顔を前に向けたままこちらに話を振ってきた。
僕は顔だけ母に向けながら、口元に少しの笑みを浮かばせながら呟いた。
「さぁ?」
ーー
ちなみに、荒木が岩田が轢かれた時に「死んでるのか?」と思わなかったら岩田は死んでた。
あと、スキーのくだりは実話。
なんかありきたりだね。
評価お願いします!