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【短編】元悪役令嬢は、最推しの旦那様と離縁したい

数ある物語の中からお読みいただき、ありがとうございます!!

少しでも楽しんでいただけましたら、うれしいです。


 

「アルフレッド様、離縁してください!!」

 

 私の言葉に、金の瞳が向けられた。

 それだけで、私の胸は勝手に高鳴りだす。

 今日も今日とて、アルフレッド様は誰よりもかっこいい。

 

「何度も言うが、そのつもりはない」

「それじゃ、困るんです。アルフレッド様の運命の相手は、私じゃないんです!!」

 

 このやり取りを何回繰り返しただろう。婚約者の時からだから、(ゆう)に100回は超えている。

 それでも、諦めきれないのだ。

 推しの幸せが私の幸せ。

 残念ながら悪役令嬢だった私では、アルフレッド様を幸せにできない。

 既に乙女ゲームのエンディングを迎えてしまったが、現実はその先も続いているのだ。ヒロインちゃん(リリアンナ)がまだ結婚をしていない今なら、十二分に割り込むチャンスがあるはずだ。

 アルフレッド様がその気にさえなれば、逆転以外あり得ない。

 その時のためにも、私と離縁する必要があるんだよ。

 

「そんな運命なら、俺には必要ない」

 

 アルフレッド様は、大きな手で私の頭をなでる。

 頭をなでてもらえるなんて、ご褒美が過ぎる。ファンサ、ありがとうございます!!

 でも、言いたいことは言う!!

 私は、推しと恋愛したいんじゃない。誰よりも、推しに幸せになってほしいのだ。

 

「それは、まだ本物の運命に気がついてないから言えるんです!!」

「俺の運命は、俺が決める。カタリナが、俺に不満があるなら直そう。離縁は諦めてほしい」

 

 少し困ったようにアルフレッド様は言う。

 困らせたいわけじゃないのに……。

 

 アルフレッド様に不満なんてあるわけない。

 ひとつに結われている長い黒髪も、金の瞳も、ちょっとぶっきらぼうな話口調も、時々見せる冷やりとした空気も好きだ。

 どこをどう切り取っても、私にとって完璧で素敵な人。

 誰よりも大好きで、愛してる。

 

「アルフレッド様より素敵な方なんて、この世に存在しません。直すところなんか、あるわけないです」

 

 きっぱり、ハッキリと言えば、もっと困らせてしまったらしい。

 ただ、大好きな推しに世界一幸せになってほしいのだ。

 伝われ、私の想い!!

 

「カタリナは俺のことが好きか?」

「当り前じゃないですか! この世はアルフレッド様中心に回ってるんです。アルフレッド様をお好きじゃない人はいません!」

「そんなことはないが……」

 

 アルフレッド様は謙虚だなぁ。世界の中心はアルフレッド様に決まってるのに。

 

「とにかく、離縁はしない。俺にはカタリナがいる」

「……うっ」

 

 じわりと体温が上がったのを感じた。

 推しに甘い言葉を言ってもらえて、嬉しくないわけがないのだ。今なら、どんな不可能も可能にできそうだ。

 

 だけど、私は悪役令嬢なのだよ。

 すっごい性格が悪くて、みんなから嫌われる役なの。

 実際、学園時代はヒロイン(リリアンナ)をいびり倒すために、ちょっとのミスを指摘しまくった。

 リリアンナが攻略対象者へと作ってきたクッキーを全部私が食べちゃったこともあったし、リリアンナお手製のお弁当と私のランチを許可も得ずに交換したこともあった。

 かなり、悪いことをしてきた。

 それなのに、何故かリリアンナに懐かれてしまった。

 ヒロインって、果てしなく心が広くて、何でも許せるらしい。

 ゲームの画面越しでは伝わりきらなかったリリアンナの魅力を実感して、アルフレッド様と結ばれたいと思ってしまった、私の中に芽生え始めていた欲望は消えたのだ。

 アルフレッド様に相応しいのは、リリアンナだ。私じゃない。

 

 リリアンナの魅力をもっとアルフレッド様に理解してもらわないと……。

 

「アルフレッド様! 今度、ダブルデートをしませんか?」

「ダブルデート?」

「はい。私とアルフレッド様、リリアンナとリリアンナの婚約者(ロバート)でデートに行きましょう!!」

「……わかった。リリアンナ嬢とロバートは邪魔だが、行こう」

 

 うん? リリアンナのことを邪魔って言った?

 親密度が足りてないのかな……。学園で、あんなにふたりが一緒にいられる時間を作ったんだけどなぁ。

 私もその場にいたから駄目だったの? でも、私が席を外すとふたりとも何も話さなくなっちゃうんだよね……。

 まぁ、過ぎてしまったことを気にしても仕方がない。

 

「楽しみですね!!」

「そうだな」

 

 よし。アルフレッド様にリリアンナの良さを全力でアピールして、巻き返して見せるんだから!

 目指せ! 私と離縁からのヒロインとの恋だよ。

 絶対に、アルフレッド様を幸せにするぞー!!

 

 ***

 

 ダブルデート当日、私たちはピクニックに来ていた。

 何故、ピクニックなのか。それは、リリアンナが料理が得意だからだよ。

 リリアンナ特製のお弁当を食べれば、アルフレッド様もリリアンナの魅力に気が付くはずだ。

 私も料理人に指導してもらってお弁当を作ってきたけど、正直、上手じゃない。

 味は大丈夫なはずだけど、見た目は……。うん、まぁ胃に入れば同じだろう。

 

「カタリナ様、見てください。綺麗なお花が咲いていますよ」

「そうね。……ねぇ、リリアンナ。どうしてあなたは、私の腕にくっついているの?」

「久々のカタリナ様を堪能するためです」

「…………先月も会ったじゃない」

「月一回なんて、少なすぎですよ。学園に通ってた時は、毎日お会いできてたのに……。私、もっとカタリナ様にお会いしたいです」

 

 はい! 美少女の上目遣い、いただきましたー!! ごちそうさまです!!

 うーん。さすが、ヒロイン。めっちゃくちゃ可愛いわ。

 性格よし、顔よし、愛嬌もあり、努力家。完璧だね。

 アルフレッド様の隣に並ぶと絵になるんだよなぁ……。その姿をもっと見たいという気持ちはある。大いにある。

 私とリリアンナが会う時、アルフレッド様もいれば、ふたりの距離を縮めるチャンスだよね。

 うん! 学園の時は失敗したけど、今度こそ成功させてみせる!!

 

「そうね。もう少し──」

「リリアンナ嬢、残念だがカタリナは貴女と違って忙しい。諦めてくれ」

 

 えっ? 

 アルフレッド様が答えちゃうの? 私、そんなに忙しくないよ?

 

「あの──」

「アルフレッド様には聞いてません」

 

 今度はリリアンナに(かぶ)された!!

 お願いだから、私の話も聞いてー!!

 

「月に一度だって多いくらいだ。我が家(うち)に押しかけてくるのは、やめてくれないか?」

「それは、アルフレッド様が私の手紙を──」

「とにかく、迷惑だと言っている」

「なっ……。私もあなたには迷惑してるんですけど」

 

 ふたりの言い合いは止まらない。

 こうなると、しばらく続くんだよね。

 

 それだけ、アルフレッド様とリリアンナが対等に話せるってことだよなぁ。

 うん。これはこれで、仲が良い……のかもしれない。

 ケンカするほど仲が良い的な? ケンカップルって言葉も世の中には存在するくらいだし。

 このままふたりきりにするのは……、ありだな。

 よし、リリアンナの婚約者(ロバート)を連れて行こう。

 

「ね、ロバート。ボート行かない?」

「また(たくら)んでるの? 無駄なことはやめなよ」

「何のこと? そうだ! 競争しようよ」

「競争? ぼくのメリットは?」

「私が負けたら、次のパーティーでの装飾品はロバートの実家から買うわ」

「その勝負のった!!」

 

 ふふふ……。これで、アルフレッド様とリリアンナはふたりきり。

 ロバートには悪いけど、これでふたりの仲も深まるってものよ。

 

リリアンナ(リリ)とアルフレッド様が仲良くなることなんて、絶対にないのに、頑張るよね」

「そんなことないわよ。完璧なふたりでどう見てもお似合いじゃない!!」

「それ、リリの婚約者のぼくに言う?」

「あ……。ごめんなさい。ロバートもすごく素敵だよ。私は好みじゃないけど」

「一言、余計なんだよなぁ。あのふたりは同族嫌悪みたいなものだから、仲良くはならないよ」

「そんなことないわ」

 

 だって、ゲームの中ではラブラブになれてたもの。

 何かきっかけがあれば、変わると思うんだよね。

 

「アルフレッド様ー。カタリナ様がボートで競争したいんですって」

「ちょっ……、ロバート!!」

 

 なんでアルフレッド様に声かけるのよ。

 ふたりきりにできないじゃない。

 

「アルフレッド様に恨まれたくないからね。勝負の条件に、リリとアルフレッド様に声をかけちゃいけないなんてなかったでしょ?」

「たしかに……」

 

 って、ちがーう!! また、ロバートに邪魔された!!

 そりゃ、ロバートはリリアンナの婚約者だし、邪魔するのもわかるけど……。

 

「私、ロバートと…………」

「うん?」

「しょ……、勝負するの久々です」

 

 い、言えなかった……。ロバートと乗るって言いたかったのに……。

 今、何かよくわかんないけど、身の危険を感じたんだけど。

 

「そうだな。半年ぶりくらいか? 卒業してから、そういう機会もなかったからな。カタリナは、俺と乗るだろ?」

「え!? 私と乗りましょうよ。アルフレッド様とは、いつでもお会いできるじゃないですか」

「えっと……」

 

 どうすればいいの? アルフレッド様とリリアンナをふたりきりにするという目的は、もう叶わない。

 推しとボートとか、絶対に楽しい。でも、その姿をリリアンナに見せてしまうのは、どうなのだろう。夫婦でボートって、仲が良いアピールにならない?

 となると、リリアンナと? それも楽しそうだよね。私が漕ぐのでいいのかな? せっかくだし、漕いでみたい。

 

「せっかく婚約者と来てるのに、男同士でボートは嫌なんだけど……。リリもカタリナ様に会えて嬉しいのはわかるけど、ほどほどにしておきなよ。あと、ぼくのことも少しはかまってほしいな」

「ロバート、ごめんね! 一緒にボート乗ろう?」

 

 あ、あれ? リリアンナは、ロバートとボートに乗るの!?

 なんか、ロバートの思い通りにことが進んでる気がするんだけど、気のせい?

 リリアンナとロバートは、仲良く手を繋いでるし……。これじゃ、アルフレッド様とリリアンナをくっつけられないよ……。

 こうなったら、勝負に徹することにする。絶対に勝つ!!

 

 仲良く手を繋いで歩くリリアンナとロバートの後姿を恨めしく思いながら、アルフレッド様にエスコートしてもらう。

 アルフレッド様は、どんな時でも私の歩くペースに合わせてくれる。

 それを当たり前のようにしてくれて、そんなところも好きだ。

 

「どのボートがいいとかあるか?」

「うーん。速そうなのはどれですか?」 

「速さだけなら、あれだな」

 

 そう言ってアルフレッド様が指したのは、足漕ぎのアヒルボート。

 うん。たしかに、速そう。手で漕ぐよりも、ぐんぐん進みそう。

 でも、アルフレッド様をアヒルボートに乗せる?

 いや、アヒルボートは楽しいだろうし、アヒルボートに乗ったからとアルフレッド様のかっこよさが損なわれることはない。

 わかってる。わかってるんだけど、それでも、私は見たくないのだよ。

 見るなら、オールでボートを漕ぐアルフレッド様が見たい。

 

「普通ので、お願いします」

「わかった」

 

 私たちの横では、リリアンナとロバートがアヒルボートに乗り込んでいた。

 ロバート、勝ちにきてるね? 

 たとえ、相手がアヒルボートでも、負けないんだから。

 

「私が漕ぎますね!!」

「…………わかった」

 

 私とロバートの勝負なのだ。アルフレッド様にお願いするわけには、いかない。

 

「じゃ、行くわよ!!」

「いつでも、いいよ」

「「3・2・1……スタート!!」」

 

 私とロバートの掛け声とともにスタートしたボート対決。

 順調な滑り出しを見せたロバートたちに比べ、私のボートはまったく進まない……どころか、陸地にぶつかってしまう。

 

「な、何でぇ!!??」

「貸してみろ」

 

 頼もしい言葉に、半泣きでアルフレッド様にオールを渡す。

 そうすれば、すいすいとボートは進みだした。

 そして、この時にやっと私のミスに気が付いた。

 手漕ぎボートは、後ろ向きに進むのだと。

 

「何で教えてくれなかったんですか?」

 

 思わず恨みがましい視線を送れば、アルフレッド様は苦笑した。

 そんなお姿もかっこいい……。ゲーム内なら、絶対にスチルだったと思う。

 ボートを漕ぎながらのアルフレッド様の苦笑……。眼福すぎる。

 

「俺が漕ぎたかったから」

「えっ!? あ、そうだったんですね。気が付かずに、すみません」

 

 慌てて、頭を下げた。

 危ない、危ない。うっかりアルフレッド様に見惚れて、話を聞き逃すところだった。

 

「それと、気づいた時のカタリナの反応が見たかったからだな」

 

 何ですと!? 私の慌てる姿が見たかったと!?

 見ても、何も良いことないと思うんだけど……。

 

「可愛かった」

「……え?」

「慌てるカタリナも可愛かった。だが、悪趣味だったな。すまない。もう自分の欲を優先するのはやめる」

「いや、何もそこまでしてくれなくても!! 馬鹿だなーって、笑っていいんですよ!?」

「そんなことするわけないだろ」

 

 真剣な金の瞳に、美人だけど、気の強そうな私が映る。

 もし、私がヒロインだったら、アルフレッド様を幸せにできたのかな……。

 幾度となく過った思考。

 考えたところで、どうにもならないのに。

 久々に痛んだ胸は、気が付かなかったことにする。

 

「私の幸せは、アルフレッド様が誰よりも幸せになることです。アルフレッド様になら、笑われるのも嬉しいですよ」

 

 他の人に笑われるのは嫌だけど、アルフレッド様になら嬉しい。

 アルフレッド様の笑顔を見るためなら、何でもする。

 

「それなら、いい加減、俺とリリアンナ嬢をくっつけようとするのはやめてくれないか?」

「え?」

「俺が一緒にいたいと思うのは、カタリナだけだ」

「そんなの、まるで──」

 

 私のことが好きみたいじゃないか。

 いや、そんなわけ……。

 

「言ってなかったか? 俺は、カタリナが好きだ」

「聞いてません!!」

「言ってなかったとしても、態度で(あらわ)してただろ?」

 

 たしかに、アルフレッド様は、婚約してた時も、結婚してからも、優しくしてくれた。

 それを私は、アルフレッド様が婚約者や妻という立場の私を無碍(むげ)に扱うことができないからなのだと思っていた。

 運命の相手は私じゃないからと、決めつけすぎた?

 私でもアルフレッド様を幸せにできるの?

 リリアンナの方が確実じゃない?

 

 思考はぐちゃぐちゃで、嬉しいと心が叫び、私じゃ駄目だと頭が言っている。

 

「結婚すればなくなると思っていたのに、自分の妻に他の女を薦められるんだもんな……」

 

 あ……。私のやってたことって最低だ。

 婚約者や妻に、別の人とくっつけようとされたら、嫌に決まってる。そんなことにも、気が付かないなんて……。

 

「そのくせ、俺のことが好きだと言う。本当に俺のことが好きなのか?」

「前世から、誰よりも大好きです!!」

 

 信じてほしい。

 ずっと、ひどいことをしてしまった。

 それでも、この気持ちは本当なの。

 大好きだから、誰よりもアルフレッド様の幸せを願った。

 間違えちゃったけど、気持ちに嘘はなかったの。

 

「──うぎゃっっ!!??」 

 

 ボートが大きく揺れた。

 自分の状況を忘れた馬鹿な私が、勢いよく体を前に出し過ぎたのだ。

 急に動けば、ボートが揺れるなんて、当たり前なのに。

 そこに運悪く風が吹いたものだから、さらにボートは揺れて、私の体は傾いていく。

 

「カタリナっっ!!」

 

 焦ったアルフレッド様の顔も、声もかっこいいだなんて、こんな時も思ってしまう私は馬鹿だ。 

 きっと、今までアルフレッド様のお気持ちも考えず、自分の思い描くアルフレッド様の幸せ像を押し付けたから、罰が当たったのだ。

 

 覚悟を決め、目を閉じた。

 

 けれど、どれだけ経っても水に落ちる衝撃は来ない。

 かわりに強い力で腕を引かれ、かたいものに耳をあてている。

 それは、ドドドドドドドドド……と速く鳴っていて、私の体は強い力で抱きしめられている。

 

「危ないだろ!!」

 

 初めて聞いたアルフレッド様の大きな声に、私の体はびくりと跳ねた。

 

「ごめんなさい……」 

「いや、大声を出して悪かった」

 

 アルフレッド様は、悪くない。私が悪い。

 

「急に動いた私がいけないんです。ボートの上だってことを忘れてました」

「うん。本当に気を付けてくれ」

「はい」

 

 そう返事をしたものの、アルフレッド様はなかなか腕の力を緩めてくれない。

 

「強く引いたが、痛みはないか? どこかぶつけたりは?」

「大丈夫です」

「……嘘だな。ぶつけたのは、足か?」

「いえ、本当に大丈夫ですから」

 

 何で、わかったの?

 安心したら、急に痛くなったけど、この状態なら顔も見えてないのに……。

 

「ずっとカタリナだけを見てきたんだ。このくらいはわかる。すぐに屋敷に帰って医者に見せよう」

「ちょっとぶつけただけなので、大丈夫ですよ」

「駄目だ」

「でも……」

「でもじゃない。俺が怪我をしても、同じことを言うのか?」

「言うわけないです!! すぐにお医者様に見てもらうに決まってます」

「だろ? 俺もカタリナが心配なんだ」

「はい……」

 

 何だろう。

 アルフレッド様の言葉が、いつもよりストレートな気がするんだけど……。

 

「何だ、照れたのか? 可愛いな」

 

 うぐぅ……。あまい。あまあまだ。

 し、心臓がもたない……。

 

「な、何で急に……」

「うん?」

「何でそんなにあまいんですか!!??」

 

 ひーん。まだいろいろと気持ちが追い付いてないのよ。整理ができてないの。

 そこに、このあまさ!!

 嬉しいし、心臓バクバクだし、胸がキュンなんだけど、サービス過多だよ。脳が幸せでショートしちゃいそうだよ。

 

「言わないと伝わらないって、わかったからな」

「え?」

「これからは、言葉にしていく」

 

 あ、あれ?

 もしかしなくても、想像以上に愛されてる? 

 なんて思ったのだけど、現実はそんなもんじゃなかった。

 

 ボートは陸地に寄せられ、そこから私は一歩も歩かせてもらえていない。

 

「自分で歩けます!」

「駄目だ。悪化するかもしれないだろ!?」

「ただの打ち身です。悪化なんかしません!!」

 

 お医者さんに診てもらうことは、了承したよ? 同じ立場になったら、心配するって気持ち、すごーく分かるし。

 でもね、お姫様抱っこは別問題!!

 いくら言っても、聞き入れてもらえない、強制お姫様抱っこ。

 このまま、リリアンナとロバートのところへ行くのは恥ずかしい。

 こうなったら……。

 

「アルフレッド様、見てくださ──」

「こんなところで、スカートをめくるな」

 

 お姫様抱っこから、縦抱きへと変えられる。

 これじゃあ、ぶつけたところを見せられない。

 

「見せなきゃ、打ち身だって信じてくれないじゃないですか!!」

「だからって、こんなところで膝を見せるな。誰が見てるかわからないだろ」

「誰も見てませんよ」

「ロバートかリリアンナ嬢が見てるかもしれないだろ。他の人だって、見ていないとは限らない。カタリナは自身の魅力にもっと気が付くべきだ」

 

 私の魅力? そう言われても、私は元悪役令嬢だし……。

 

「私、嫌われ者ですよ?」

「はぁ!?」

 

 えっ……。何でそんなに、じっと見てくるの?

 

「ほら、私ってイジワルですし」

「どこが? 優しいだろ」

「え!? リリアンナにネチネチ嫌味を言ってたじゃないですか。それに、勝手にリリアンナが作ってきたクッキーを食べたりしましたし……」

「嫌味じゃないだろ。あのアドバイスがあったから、リリアンナ嬢は他の令嬢たちから嫌がらせを受けなかった」

「どういうことですか?」

「侯爵令嬢であるカタリナが目をかけている相手に嫌がらせをして、カタリナの不興を買いたくなかったんだろ」

 

 え……。

 周りから見ると、そんな感じだったの?

 面倒を見ていたつもりなんか、ないんだけど。

 

「クッキーの件だが、本人は喜んでるんだから、問題ないだろ。あれがきっかけでロバートと親しくなったわけだし」

「へ?」

「カタリナが気に入ったクッキーなら、市場価値があるとロバートがリリアンナ嬢に近づいたんだ」

 

 な、なんてことだ。

 私の行動は、アルフレッド様とリリアンナをくっつけるどころか、ロバートルートを進める手助けをしていたってこと?

 

「そのおかげで、俺はカタリナとふたりで過ごせる時間ができてよかったけどな」

 

 そう言って、アルフレッドは穏やかに微笑んだ。

 金の瞳が優しく細まる。その表情に、好きだ……という気持ちが溢れてくる。

 

「私──」 

「カタリナ様っっ!! 何かあったんですか?」

 

 心配そうな表情で、リリアンナとロバートが走ってきてくれる。

 

「カタリナが怪我をした。悪いが、先に帰らせてもらう」

「ごめんね。ただの打ち身だと思うんだけど、念のため──」

「大丈夫ですか!!?? 早く帰ってください!! 一刻も早く、お医者様に診てもらわないと……」

「いや、本当にただの打ち身で……」

 

 私の言葉、聞こえてる? と聞きたくなるほど、リリアンナは心配してくれて、お弁当も食べずに解散となった。

 

「ふたりとも、本当にごめんね。ロバート、賭けは負けだから約束は守るわね」

「今回の賭けはなしでいいよ。そのかわり、お医者様に診てもらったら、どうだったかリリアンナに知らせてくれない? ずっと心配するからさ」

 

 ロバートの言葉に大きく頷くと、私とアルフレッド様は馬車へと乗り込んだ。

 リリアンナに手紙を書くのはもちろんだけど、ロバートの実家で装飾品を買おう。

 

  ***

 

 屋敷へと帰り、お医者さんに診てもらった。

 診断結果は、予想通り打ち身だった。

 そのことと今日の謝罪、また一緒に遊びに行きたい旨を手紙に書いて、執事へと渡す。

 

「あの、アルフレッド様……」

「なんだ?」

「どうして、私はアルフレッド様のお膝に乗ったままなのでしょうか?」

 

 最初は、恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がなかった。

 大好きな人が至近距離にいるとか、心臓が壊れるかと思ったのだ。

 それでも、この状況が一時間も続くと、さすがに慣れるし、冷静にもなる。

 

「カタリナと一時も離れたくないからだ」

「へっ!!??」

 

 熱がこもった声と、金の瞳に、冷静になったと思っていた頭は沸騰し、心臓がダッシュをはじめる。

 

「だって、今までそんなこと……」

「カタリナのイメージを壊したくなかっただけだ。ずっと、思ってたよ。もっとそばにいたいって」

 

 色気のある声が耳に流し込まれ、私はハクリと息を溢すことしかできなかった。

 

「こんな俺は、嫌か?」

 

 壊れたように、ぶんぶんと大きく首を横に振る。

 そうすれば、金の瞳が細まった。

 

「前世? から、俺のことが誰よりも好きなんだもんな?」

「はひ…………」

 

 かっこいいぃぃぃぃぃぃぃぃ。

 ちょっと悪い顔をしたアルフレッド様も、色気のあるアルフレッド様も、不安そうに私を見るアルフレッド様も…………、ぜんぶ、ぜーんぶカッコいい。

 

「愛してます」

 

 好きだ……と溢れた、言いかけていた言葉が、今度はしっかりと音になる。

 

 アルフレッド様の幸せを願っていた。

 今だって、願っている。

 誰よりも幸せになってほしい。

 その気持ちが、永遠にかわることはない。

 だけどね──。

 

「私と一緒に世界で一番幸せになってくれますか?」

 

 できることなら、一緒に生きていきたい。

  

「当り前だ。愛してる。カタリナがそばにいてくれたら、俺は世界一幸せだ」

「私も、アルフレッド様が一緒にいてくれたら、それ以上の幸せなんてありません」

 

 抱きしめられ、背中に腕を回す。

 あんなにも離縁を願っていた私は、もういない。

 

「私、アルフレッド様の運命の人に、ずっとなりたかったみたいです」

「出会ったときから、カタリナだけが俺の運命だ。言っただろ? 俺の運命は、俺が決めるって」

 

 くっついていた体が少しだけ離れ、小さくアルフレッド様は微笑んだ。

 そして、私たちはどちらからともなく、瞳を閉じた。

 

 

 ──END──

 

 

 

 番外編~アルフレッドside~

 

 カタリナがついに、俺の気持ちを受け入れてくれた。

 俺と一緒に生きていこうと決めてくれた。

 こんなに喜ばしいことはない。

 俺が好きなのはカタリナだけで、しきりにくっつけようとしてきたリリアンナ嬢はカタリナの友人だから無視できなかった。それだけだ。

 

 俺がカタリナと出会ったのは、十歳の時だった。その時は、キレイな子だとは思ったけど、特別な感情は抱かなかった。 

 婚約者になった時も、特に何か思うこともなく、強いて言えば、婚約者の顔が好みでラッキーだな……くらいなものだ。

 

 それが変わったのが、十四歳の頃。

 成長期が遅く、小柄だったことがコンプレックスだった俺に、カタリナは言ったのだ。 

「誰よりもアルフレッド様がかっこいいに、決まってるじゃないですか」と。

 あまりにも当たり前のように言うものだから、自分の耳を疑った。

 その頃から、以前よりも何となく、カタリナのそばにいるようになったのは、もしかしたら好きになりかかってたのかもしれない。

 

 実際、カタリナのそばは居心地がよかった。

 いつでも自分を肯定してくれる存在のありがたさを知った。

 背が伸びると、急に令嬢たちの態度が変わったが、カタリナだけは変わらなかった。

 背が低くても、高くても、俺が一番だと言ってくれた。

 

 年齢が大きくなるたびにのしかかってくる、公爵家の後継ぎとしての重圧。

 突然の父の死去による当主交代。

 まだ婚約者なのに、悲しみで動けない母の代わりに、カタリナが一緒に、必死になって公爵家を守ってくれた。

 何があっても、ずっとずっと、そばにいてくれた。

 

 それなのに、学園に入学した途端に、別の女とくっつけようとしてくるなんて、誰が信じられたと思う?

 頭がおかしくなりそうだった。

 俺は、カタリナのとなりに立つのが、俺以外になるなんて許せないし、その男をどんな手を使ってでも排除するのに、カタリナは俺の運命が別の人だと言う。

 そのくせ、変わらずに俺に接してくる。好きだとも言う。

 

 何度、閉じ込めてやろうかと思ったか。

 何度、その口を封じてやろうと思ったか。

 何度、リリアンナ嬢を消そうと思ったか。

 

 それを踏みとどまらせたのも、やっぱりカタリナだった。

 カタリナの信頼を壊すのが怖かった。

 怯えた目を向けられたら、狂ってしまうと思った。

 

 だから、静かに卒業を待った。

 卒業さえすれば、カタリナとの結婚が決まっていたから。

 子爵令嬢であるリリアンナ嬢との関係が途絶えると思っていたから。

 それなのに、卒業してもリリアンナ嬢はカタリナとの交流を続けようとした。

 

 邪魔な人間は多いが、その中でも特にリリアンナ嬢は、邪魔だった。

 だから、リリアンナ嬢から届いたカタリナ宛の手紙はすべて燃やした。

 リリアンナ嬢が屋敷(うち)の方に向かっているという情報が入れば、すぐにカタリナを連れて出かけた。

 

 本当は始末してしまいたかったけれど、カタリナを悲しませるわけにはいかないから、できなかった。

 両想いになった今でも、リリアンナ嬢の存在は邪魔でしかない。

 カタリナの瞳に映る人間は、少ない方がいい。特に、カタリナから好意を持たれている人間はいらない。

 

 ……そうだ。ロバートに王都ではなく第二都市のある地方で店を出させよう。

 そうすれば、リリアンナ嬢も必然的にカタリナのそばから消える。

 どうして、思いつかなかったのだろう。

 

 これで、カタリナに近づく人間をまたひとり減らせる。

 俺だけのカタリナに一歩近づく。

 カタリナ、ずっとずっとカタリナだけを見てるよ。

 愛しているよ。

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございます!!

隠れヤンデレ(隠れてましたか?)のつもりで書きました。

カタリナにはなかなか伝わってなかったですが、愛が激重タイプです。


面白かったよ!! と、思っていただけましたら、評価をしていただけますと今後の励みになります。

よろしくお願いします!!


2025/3/21 うり北 うりこ

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