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番外編9 ユークリートとスフェン

「スフェン、邪魔していいか」


 ノックの音にドアを開けると、そこに立っていたのはユークリートだった。セラフィスと仕事をするようになりめっきり訪ねてくる回数は減っていた。ましてこんな昼間に来るとは珍しい。


「もちろんです。どうされました? どこかお怪我でも?」

「ああ、大丈夫。ちょっとお茶飲みに来ただけ」


部屋に通しながら問い掛けると、ユークリートが言った。眉が下がった情けないその顔に少し笑う。


「おや、お疲れのようですね。ノイライト様にこき使われましたか?」


ユークリートがセラフィスと仕事を始めて随分経つ。そろそろ疲れが出てもおかしくはない。


「セラフィスはいいんだよ。たしかに人使いは荒いけど意図は明確だし妥当性がある。問題は元老のジジイどもでさ。やれ慣習だ、しきたりだって反対ばっかりなんだよな」


スフェンが勧めた椅子に腰を掛けながら、ユークリートが溜め息をつく。ふわふわと軽く見えてもその実あまり内面を見せないユークリートがわかりやすく愚痴を漏らした。これは相当に参っている。しかし、彼がそう言いたくなるのもわかる。元老院にはスフェンも色々と思うところがある。


「目に浮かぶようですね。会議が踊っているのが」


スフェンが嘆息すると、同意されたのが嬉しかったのかユークリートがほんの少し明るい顔をする。


「そもそも俺の話なんかはなから聞く耳持たないって感じなんだよな。いい大人なんだから少しは論理的に動いて欲しいんだけど」


言いたくはないが元老には頭の固い年寄りが多い。あそこは伝統と格式を重んじる典型的な貴族ばかりだ。


「それはお疲れ様でした。でも逆に言えば感情で動く人は味方になれば強いですよ。損得で動く人間はすぐ裏切りますからね」


テーブルの横に立つスフェンを見上げたユークリートが驚いたようにひとつ目を瞬く。


「イオリスも大概だけど実はスフェンも結構口が悪いよな」

「今さらユークリート様に取り繕っても仕方ないでしょう。それに私が何年ノイライト様と付き合っていると思ってるんですか。あなたが小さい頃からですよ」


スフェンの言葉にユークリートは今度はパチパチと瞬いて、そして小さく吹き出した。


「なるほど、それは口悪くもなるな」


面白そうに言うユークリートにそうでしょうともう一度頷く。


「世の中の半分は感情で動く人間です。その人たちの幸せも含めて政治ですからね。全ての人を納得させることなど不可能ですが、折り合えるところを探してください」


励ましついでに年上らしく諭してみると、ユークリートが少し膨れた。


「頭ではわかってるんだけどさ、でもムカつくもんはムカつく」

「そうですね。でも今のあなたは愚痴を言いに来ていても前より楽しそうですよ。話してすっきりするならいつでもいらしてください。特別にノイライト様には内緒にしますよ」


唇の前に人差し指を立てて言う。

 セラフィスはこの手の人間ほど「お利口さん」と言って上手に使うタイプだ。真っ向から相手をしてストレスを溜めているユークリートはまだまだ可愛らしい。


「ありがとう。悪いな」

「どういたしまして。『口が悪く』ても癒すのが私のお仕事ですからね」


ふふ、と笑って返事をすると、ユークリートの口許が少しひきつった。それには気付かない振りをして、お茶の用意をしにキッチンへと向かった。

『……もしかして口が悪いって言ったの根に持ってる?』

『さあどうでしょう』

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